第18話-① 斉藤、再びキレる(本年度内n回目)
北天軍管区
北天軍管区は、太陽系から見て銀河系円盤部の垂直方向北側に広がる軍管区。当然の事ながら円盤部に比べて星の数がまばらであり、開拓惑星の数も東部軍管区や西部軍管区と比べても一桁少ない。南天軍管区もほぼ同様の状況だが、南北の軍管区は、本国-領邦が作り出す歪な球状の宙域の上下をカバーする軍事的必然性から構築されたものなので、問題視はされていない。
わずかに存在する惑星も開拓惑星より鉱山惑星や、帝国艦隊の拠点として整備されたものが多く、そこで起きる事象が本国でニュースになることも少ない。
そんな平穏な宙域を揺るがす事態が、今、軌道都市ゲオルギウスⅠで起きていた。
特別徴税局徴税特課による抜き打ち監査である。
コローニア・ゲオルギウス星間軌道都市群
軌道都市ゲオルギウスⅠ
北天軍管区国税局
居住惑星が少ない北天軍管区の植民都市は、主にリパブリック級軌道都市船を結合した軌道都市群として存在していた。
ゲオルギウス軌道都市群は帝国第六代皇帝ジョージⅠ世の御世である帝国暦二三二年に構築された軌道都市群で、およそ八〇〇〇万人が暮らしている。
ゲオルギウスⅠに置かれた北天軍管区国税局の一室で、特課課長斉藤はイライラと局内の資料を手繰っていた。
「なんですか、このデタラメな帳票……いくらなんでも酷すぎますよ。これで国税の監査しているだなんて冗談でしょう」
斉藤達徴税特課は、北天軍管区国税局への特別監査を実施していた。マルティフローラ大公国に所在する帝国国教会マルティフローラ大教区の本部、サリックス大聖堂への税務調査で判明した国税局の癒着。これを特別徴税局からの報告として国税省が発表した後、マスコミを皮切りに大々的な地方国税局ならびに国税省への批判が行なわれた。
そもそも国税当局に対して一般市民が良い感情を抱いていない――いかに国税が自分の生活に役立てられていると言われていても――ことも手伝って国税大臣辞職要求が発展して内閣総辞職の声も高まり、内閣支持率は急降下。帝都ウィーンはじめ帝国各地で国税当局への批判・デモが多発。摂政として国政を預かるマルティフローラ大公への批判――皇統への正当な批判は言論の自由で当然保障されている――さえ起きる中、火消しのために内閣総理大臣エウゼビオ・ラウリートは国税省に対して類似事例の捜査ならびに、地方国税局への調査、指導を徹底するように厳命した。
その結果、特別徴税局は各地の強制執行と並行して、身内であるはずの国税当局への指導も並行して行なわなければ行けなかった。
斉藤率いる徴税特課は特にこの任務においては機動力を発揮することが期待され、帝国中を飛び回っていた。
「斉藤、これも穴だらけだな。うちの調査部のほうがデータ持ってるんじゃないか?」
アルヴィンも呆れたように資料にマークを付けて押収品コンテナに放り込んでいた。
「斉藤君、これ去年のデータから更新されてないよー! 不備だらけだよ、これ」
増援として調査係の仕事をしていたソフィ・テイラーもげんなりした様子だった。他の調査係の局員も同様だ。
「斉藤君、カール・マルクスからデータベースの照会結果が帰ってきたわ。まあ酷い。一部の情報は一〇年前から更新されてないわ」
データベース関連の調査をしていたハンナと徴税四課出向組がうんざりした様子で端末のデータを見ていた。今、特課の全員の心境はほぼ統一されていた。
『こいつら全員西条部長の説教聞かせてやりたい』と。
「北天軍管区国税局は何をしてるんだ! こんな事だからバカ共につけ込まれるんだ」
山積する仕事に斉藤の精神は確実に蝕まれていたというか、そもそも身内の大ポカの後始末なワケで、誰でもこんな仕事をさせられればキレ散らかしても無理はない――とはアルヴィンの言葉だ。本来部署長がキレ散らかすのはあまり部下の精神衛生上よろしくないとは言われるが、特徴局では西条が常にキレ散らかし演説しはじめるので慣れている。
上司が多少精神不安定なくらいで仕事の能率が低下するようでは、特別徴税局ではやっていけないのである。
「国税の徴収は国税当局への臣民の信頼あってこそです。軍管区の国税当局の元締めである北天軍管区国税局がこの体たらくでは、臣民に対してどうやって当局の無謬性を証明するつもりですか?」
あまりに疑義照会が多いために、斉藤達が調査する横で北天軍管区幹部が直接待機して質疑応答に応じる有様。オマケに斉藤のお説教まで付いてくる。
本来地方国税局といえども幹部ともなれば、入省後二〇年から三〇年のベテラン国税官僚なわけで、斉藤のような新米に叱責されることはプライドが許さないのだが、斉藤が放つ正論の弾幕に気圧され、まったく対抗できていない。
「あなた方国税当局幹部の怠慢ですよ、これは。本来であれば首が飛んでもおかしくないところを、特別徴税局では監査という形で穏便に済ませるようにと大臣官房室からも言われております。その重大性を認識して頂きたい」
イライラと手にした安物のペンで机をカツカツと叩きながら、斉藤は居並ぶ穀潰しもとい幹部達を睨み付けた。
「し、しかし北天軍管区はあまりに広大。辺境惑星連合の跳梁も見られ、領域外縁部の企業などへの実態調査が難しく……」
北天軍管区国税局長、
「そんなことを言っているからつけ込まれるんです。第一あなた方が言う賊徒の跳梁というのは、四、五年に一度のことでしょう。なんのために帝国軍や交通機動艦隊がいると思っているんです? 護衛を依頼すればいいでしょう。国税法や帝国軍法などでもそういった権利があるはず。それとも他の役所に頭を下げるのが面倒だとでもいうんですか? 大概にしてください。そもそも――」
反論した国税局徴税部長に対しての斉藤の応射は三分に及び、まるで西条部長の生霊が取り憑いたが如くと評された。ただし、あんなに声はデカくない。斉藤はともかく冷静に、怒りを押し殺しながら、最低限の礼儀を込めてはいたが、それが伝わるかは別問題である。
「――ともかく、本日中に査察内容は纏めてお渡しします。改善が見られない場合は特徴局本隊によるさらなる監査が行なわれるものと覚悟してください。一時休憩とします。一三〇〇より再開しますが、同席して頂かなくて結構です。必要がある場合はこちらからお伺いします」
斉藤の言葉に、国税局幹部が退席していく。
「まったく……!」
斉藤は憤懣やるかたないという調子でコンテナへ合成紙の束を投げ込んだ。
「斉藤、手加減なしだな」
アルヴィンが苦笑いを浮かべながらミネラルウォーターのボトルを手渡した。他の局員も午前中の調査だけでうんざりと言った様子で項垂れている。
「当たり前です! こんな適当なことをしてるからつけ込まれるんです……もう少し、地方国税局というのは真面目に仕事をしていると思っていました」
「斉藤、多少手加減しておけよ。連中今は落ち込んで見せているが、仮にも国税省の官僚だ。性格は悪いぞ」
キレ散らかす斉藤を諫めるロード・ケージントンの顔を、斉藤はしげしげと見つめた。
「課長はそう思いますか?」
「私は連中より底意地の悪い内務省の出身だぞ」
帝国官公庁は魑魅魍魎の伏魔殿、などとよく評されるが省庁ごとに空気は異なる。内務省はその中でも特に底意地が悪く、性根がねじ曲がり、自意識が肥大化して尊大と評されているのは、斉藤もよく聞き及んでいた。
「覚えておきます……しかし、他の国税局もこの調子なんでしょうか?」
「東部や西部の国税局はここまでではなかろう。なまじ受け持ちが多いから癒着してじっくり袖の下など受け取っている暇が無い」
ロード・ケージントンの言葉は矛盾しているようだが真実を突いていた。東部軍管区はその管区内に一〇〇を超える自治共和国、三つの皇帝直轄領、一〇〇〇を超える星間軌道都市群や鉱山惑星を抱えており、むしろ納税主体との関係は希薄になる。
「つまり、各惑星の税務署レベルだとなにしてるかはよくわからん、という事ですか?」
アルヴィンの問いに、ロードは頷いた。
「イステール騒擾事件を見れば明らかだな。まあ各地の税務署は各国税局に監査教育させなければ手が回らん」
「それもそうですよね……」
数日後
南天軍管区
アルベルティーナ星間軌道都市群
アルベルティーナⅠ
南天軍管区国税局
「あなた方は今まで何をしてきたんですか? 我々がここに来るまでの三日で調べ上げたこれだけの案件、何年放置していたんです?」
「南天軍管区は広いものですから……」
「南天軍管区は広い? 東部軍管区はもっと広いじゃないですか! 管区内の税務署は少ないんですから、むしろもっと密にやっていけるはずでは?」
「いやその……」
「あのもそのもないんですよ! こんな事実が明るみに出たら、あなた達の首ごとすげ替えないといけなくなるんですよ!? 分かってるんでしょうね!?」
なおもヒートアップする斉藤だったが、当然このような動きは国税当局幹部達の不興を買う。
翌日
巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング
徴税特課 オフィス
「おはようございます……ハンナさん、どうしたんですか? それ。ニュース・オブ・ジ・エンパイアじゃないですか」
「あっ、斉藤君……いやこれは」
「ああ、気にしなくていいですよ。こんなモノまで相手にしていたら、キリがないですから」
ハンナの机の上に置かれた電紙新聞には、今週号のニュース・オブ・ザ・エンパイア――略してNOTE――が表示されていた。その表紙のゲスな見出しの一つに、何あろう斉藤一樹の名前が出ているのだ。
「特別徴税局の虎の威を刈る子狐、ねえ。もっと修辞的技巧を凝らせないものかしら」
「特別徴税局なんて、分離主義者や潜在的反帝国主義者、お花畑の非武装主義者からみれば国家権力の犬同然だからなあ」
五流のフェイクニュースバラエティ誌とまで評されるNOTEらしく、斉藤の捏造された女性遍歴、局内での横暴、とくに局長付に就任してからの同僚への横柄な態度などが、なんと直属の上司や部下、元恋人からの証言という形で書かれている部分もある。さすがに不快を示さないのは無理な話だが、斉藤は気にも留めていない。
「むしろ僕の名前がそこまで売れてるというのは好都合です」
「北天とか南天の国税局連中が垂れ込んだんだろ? 見て見ろよ、これじゃ斉藤はまるで悪魔かなにかだ」
アルヴィンが該当する記事を拡大して斉藤に差し出した。
「それだけ帝国中に、特別徴税局への警戒心が生まれているということですし。下手なコトをすれば、こいつが飛んでくると言うのはいい威圧になりますよ」
「これなんて傑作よね。税務調査中に相手方の事務員が蹴り飛ばされた話」
「僕が張り倒す前に、マクリントック班長辺りが蹴りを入れてますよ」
第一と斉藤は前置きしてから続けた。
「蹴り飛ばして終わるなら、皇帝陛下だって蹴り飛ばしますよ」
東部軍管区 第一二ポスト付近
装甲徴税艦カール・マルクス
局長執務室
「すごいねえ斉藤君達。この二ヶ月で南天、北天、それにフリザンテーマ公国のプラーヴニックにスカテオストクの国税局を叩き潰してるよ」
永田は上機嫌で今週号のNOTEを見ながら満面の笑みを浮かべていた。
「フリザンテーマ公国は脱税の温床になっているからな。これを機にしばらくは真面目に仕事をするだろうね」
同じものを見ている笹岡が、苦笑いを浮かべながらタバコに火を付けていた。
「しかし永田。君が真面目に仕事をする気になったのは、これを隠れ蓑にしたいからかな?」
「え? そう見える?」
「そうとしか見えないよ」
斉藤達の動きは週刊誌などがしつこく報じており、特別徴税局に対するネガティブキャンペーンは現在斉藤に集中している。
「いつも僕は真面目に仕事をしているんだけどなぁ」
永田は半笑いのまま茶を啜った。
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