第17話-⑤ それゆけ!徴税特課長斉藤一樹


 マルティフローラ大教区事務所

 大会議室


「各自、調査の報告を聞こう。ハンナさん、どうでしたか?」


 斉藤は一通りの責任者達の面談を済ませたあと、配下の部下達から報告を求めた。


「資料精査は終わったわ。やはり表に出す資料を見せてきたようね」


 ハンナは事前調査で目を付けた箇所を中心に、申告漏れの納税額の想定を算出していた。


「それはそうでしょうね。聖堂の調査はどうだった?」

「それが、通路の向こうは別の施設だと言うことで通してもらえず……」


 調査部の局員は苦々しい表情で聖堂の図面を指し示した。斉藤達の事前調査で目を付けた箇所は、いずれも進入禁止だとはね除けられていた。


「裏手の建物か。土地と建物の登記はどうなってるんだっけ」

「土地は国有地となっています。つまりは――」

「大公殿下の下賜、というわけか」

「あれが公立校であれば問題ありませんが」

「どう見てもサリックス大聖堂併設の、マルティフローラ大教区の私立校だ。で、建物は」

「それが、大司教の個人所有となってるの」

「個人所有?」


 法務局に照会を依頼していたソフィが報告する。意外な結果が出てきて、会議室が一時騒然となった。


「大司教個人の納税状況は」

「給与他、洗い出しは完了してるよ。大司教は個人資産と思われるものの多くを、大教区への喜捨として登録してるみたい」


 ソフィの報告が終わると、斉藤は大きく溜息を吐いた。


「資産隠しの、それも古典的なやつだな。なんだこれ。事前調査通りリゾートコンドミニアムにクルーザー、リムジンシャトル? これが国教会に必要な設備なのか? 全部教会施設、冠婚葬祭式典場とされてますが……」

「資産運用もまあ認められてはいますが、申請外のものが多すぎます。故意ですね」

「シュンボルムだけじゃないですよ。地球にもロージントンにも国教会名義の資産がわんさか。こりゃあ絞り取り甲斐がありますよ、斉藤さん」

「斉藤さん、大教区の土地建物の虚偽申告は大体証拠が揃いました。大聖堂まで学校施設に直通で行けるのに、別の建物だって言い張るんですが」


 リストを精査していた調査部員の報告に、斉藤は怒りよりも先に呆れていた。いくら現地国税局が支援していたとはいえ、これだけおおっぴらに古典的なことをされては、国税当局が舐められているとしか思えなかったからだ。


「車両等の証拠写真の撮影が終わったよ。事前調査でも分かってたけど、高級車ばかり。オマケにこれ、運行記録を交通局に問い合わせたら随分私用と思われるものが多いね」


 ソフィの続けての報告に、斉藤は頷いた。


「そうだね。僕らが見かけたスポーツカーなどは、元々大司教や国教会幹部の資産だったものを喜捨として登録しているのかもしれない。それも併せて突きつけよう。登記を取り寄せて元の持ち主の照合もしておこうか」

「了解!」

「ハンナさん、例の不可視ファイルのデータに大教区が受け取った喜捨の一覧があるはずです。それと連中が出してきたダミーデータの照会をお願いします」

「ラジャー」

「今更国教会に清潔さは求めないけど、脱税となれば話は別だ。アルヴィンさん、確か国教会への喜捨には規程があったはずですよね?」

「ああ。上限は一〇〇万帝国クレジット、もしくはそれと同等のものとなっている。これらは年次の確定申告で報告することになってるんだが、それ以上の場合、各地の税務局への届け出と審査が必要だな」

「土地や建物の場合どうなります?」


 斉藤の質問には調査部員が答えた。


「土地、建物ともに、それが国教会の宗教行事に供されることが原則です。国教会の商業活動に用いる場合、これは国教会設置法の対象外となります。併設部分は修道院だけれど、一般教養課程は私立学校法人だから控除対象ではないですね」

「証拠は揃ったね。しかしこんなボロの出る脱税なんて、国税局の協力が無ければ成り立たない。西条部長達の調査はどうなっているんだろう……」


 斉藤はこれで確信を得た。そんな斉藤にゲルトが近寄ってきた


「カール・マルクスがセンターポリスに到着。各部隊が展開してるわ。国税局には西条部長、マルティフローラ大公邸には局長、政庁にはミレーヌ部長とセシリア部長が向かったわ」

「西条さんが国税局か。そりゃあ大ごとになりそうだ」


 斉藤はどこか他人事のように言って窓から外を見た。シュンボルム上空に展開する徴税艦が空一杯に展開していて、辺りは薄暗かった。



 在マルティフローラ大公国国税局

 正面玄関前


「これは明らかに脱税に対する現地当局の協力があったと見られる案件だ! 貴様らそれでも国税吏員か! 貴様らの公僕としてのプライドは尻尾を巻いて逃げ出したのか! 恥を知れ国賊め!」


 西条の非難声明が、大公国官庁街に響き渡り複合ガラスを震わせる。


 政庁、大公邸、大教区事務所は表向き平穏に事が進んでいるのに対して、国税局では特別徴税局による監査を拒んだことで一悶着起きていた。


「黙って聞いていれば特別徴税局の一部長ごときが偉そうに! 貴様らの調査は推測に推測を重ねたものでしかない! 在マルティフローラ大公国国税局になんら落ち度はない! 特別徴税局は国税当局の施設警備が仕事だろう! 何を勘違いしているのだ! 思い上がるのも大概にせよ! 黙って国税局前のゴミ拾いでもしていろ!」


 領邦中の領邦と呼ばれるマルティフローラ大公国。その統治機構に属するものは例外なくプライドが高いというのが、帝国官僚界における常識だ。その例に漏れず、在マルティフローラ大公国税務局も局長自ら、特別徴税局への非難を行なう……これは些か子供じみたものだが、ともかく、特別徴税局に屈するような軟弱さは国税局にはないのである。


「強制執行および税務調査は特別徴税局に法で認められた業務である! 貴様らが帳簿の改竄をしていることなどとうに分かっている! それ以上ほざくのならこちらにも考えがある!」


 国税省内での格式の上では、各地の国税局は特別徴税局と並ぶもので、現在西条が罵倒を浴びせている相手は在マルティフローラ大公国税務局の局長であり、西条より席次は上である。が、そんな些細なことで西条が斟酌することは決してない、あり得ないことだった。


「構わん! 強行突破だ! 邪魔をするヤツは構わんから排除! これより強制査察を開始する、ものども、掛かれぇっ!」


 西条の号令一下、実務四課渉外班を中心とした制圧部隊が正面玄関、屋上ヘリポートから突入を開始。三〇分後、国税局は完全に特別徴税局の管理下に置かれることとなった。


「おーおー、派手にやりましたな、こりゃあ」


 大公邸での仕事が一段落した瀧山は、センターポリスの喫茶店で一服してから国税局を訪れた。


「おお、瀧山課長か。君は大公邸の支援任務では無かったのか?」

「いえ、局長から西条さんの方の手伝いに行ってこい、ってことだったんで。こりゃ冷コーしばいて終わりじゃなくて、飯も食ってくるんだったな」


 包帯を巻かれた国税局員やら、頭から血を流したまま思い付く限りの罵倒を並べ立てる渉外班員が並んでさながら野戦病院と貸している国税局ロビーで、瀧山はうんざりと溜息を吐いて、適当に理由を付けてカール・マルクスに帰艦しておけばよかったと考えていた。西条にしても、スーツの右袖は破れてどこかへ消え、顔にはひっかき傷に鼻血とすさまじい様相だった。


「そうか。では局内の全データの回収と、不可視領域などがないか調査を頼む」

「了解。しかしまあ、現地の国税局がこれだけ抵抗するのも珍しいですね」

「領邦の国税局は、無駄にエリート意識があるからな。まあいい、高く伸びきった鼻をへし折ってくれたわ」


 実際、西条は本当に国税局長の鼻柱をへし折っている。この件についてはあまりに醜い内紛なので、国税局側も被害届を出すことはできない。


「はは、そりゃあおっかねえことで……ところで西条部長、一つ質問なんですが」

「何かね?」

「局長、何考えてるんですかね。国教会の牧師のセンセが脱税してたくらいで、大仰すぎやしませんか」


 瀧山は鼻息も荒く渉外班や調査部のゴロツキ共に指示を出す西条に問うた。


「国税当局が脱税の幇助ほうじょをしているというのが問題なのだ。大公国を締め付ければ、自ずと他の領邦でも警戒して我々が手を下すまでも無く片がつく」

「そういうもんですかね……」


 それは正当な理由だし、別段不自然では無い。瀧山が訝しんだのは、今回の陣容だ。


「さっき電子妨害は解除しましたが、ここまでやる必要あったんですかねえ」

「今頃慌てて本国へ通信を入れておるだろうな」

「でしょうね……んじゃまあ、局長にも頼まれてることがるんで、仕事してきますわ」



 帝都 ウィーン

 ライヒェンバッハ宮殿

 楡の間


 帝都宮殿の部屋にはそれぞれ樹木をモチーフにした名前が付けられており、部屋の扉はそれらの木で作られる――建材として向かない場合は表面の装飾として用いられる――こととなっている。


 その一つ、楡の間は別名を宰相の間と言う。皇帝が宰相――自らの政務面・軍事面の補佐を行なう――を置いた場合に宛がわれる部屋で、ここしばらくは空室のままだった。しかし、当代皇帝バルタザールⅢ世が体調を崩し領地に戻ってからは、マルティフローラ大公フレデリクが摂政に任じられ、この部屋の仮の主となっている。摂政の間は用意されていないからだ。



『殿下、ご政務中に失礼いたします。一時間ほど前、特別徴税局が大教区と国税局、政庁、それに公邸の調査に入りました』

「酷い画面だが……何があった?」


 大公邸にいる家令からの通信。しかし嫌に画質と音質が悪い通信に、マルティフローラ大公は訝しんだ。


『はっ……それが、特別徴税局が国税法第六六六条による情報統制を行ないまして。通信も傍受対策のジャマーを走らせておりますので、これが精一杯で……』

「やはりな。そろそろ嗅ぎつけてくる頃だとは思っていたが」

『いかがいたしましょう?』

「好きにさせておけ。永田のことだ、領邦国家への見せしめだろう」

『しかし……』

「構わん」

『はっ』


 通信が切れると同時に、全ての通信記録が抹消されるプログラムが作動した。


「……躾の出来ていない飼い犬だな」


 大公は楡の間の窓から見える帝都官庁街、その中の六角屋根の建物を睨み付けた。



 マルティフローラ大公国

 首都星シュンボルム センターポリス

 サリックス大聖堂 マルティフローラ大教区事務所

 大会議室


「――以上の調査により、マルティフローラ大教区について、宗教法人税および固定資産税、自動車重量税、船舶税、虚偽申告による未納付を確認しました。未納付分並びに重加算税、虚偽申告による追徴課税を行なうものとする。税法第六六六条に基づき、帝国クレジットによる即時納付を要求する」

「……はい」


 大教区関係者は項垂れるばかりだった。斉藤は納付額などが記された書面と、タブレット端末に電子サインもさせた。


「では、今後とも帝国の公正な税の徴収にご協力お願いします」


 徴税特課の初出動はここに無事、終了した。

 特別徴税局徴税特課によるスマートな税務調査は多くのメディアがこぞって取り上げた。


『特別徴税局に異変!? 国教会調査に銃声轟かず』

『国教会多額の脱税 現地当局長年放置 特徴局摘発』

『謎多き"局長付"の活躍。特徴局長の撹乱か』



 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「――ああ、そう、お疲れさん。特課のお手柄だねぇ。ま、丁度明日は休日だし、ロードのおうちでゆっくり休ませて貰いなよ。ヴァイトリングの皆もロードに頼んどくから、あはは、それじゃー、また休暇後」


 斉藤からの調査終了報告を受けていた永田は上機嫌だった。


「いやー、ここまで上手く動いてくれると助かるなあ!」

「局長、こちらも手筈通りに済みました」


 丁度部屋に入ってきた瀧山の報告にも、永田は笑顔だった。


「うん、ありがとう瀧山君。首尾は?」

「大公私邸、公邸、政庁以下領邦政府関係施設にウオッチドッグを仕込んでおきました。いつでも、どこからでも局長の端末から内部データを見られますが……いいんですかこれ。バレたら当然内務省が目の色変えて突っ込んできますよ?」


 永田が瀧山に依頼したのは、大公私邸に繋がる政府関係施設のシステムを根こそぎのぞき見るための仕掛けだった。特別徴税局が領邦国家ならびに自治共和国のデータを無制限に閲覧出来るのは礼状を出した税務調査時のみ。それ以外では国税省や国税局にあるデータの閲覧のみ、それ以外のデータは調査部が独自に収集したデータで事前調査を行なっている。


 常時領邦国家のデータを無許可で閲覧するのは公務員機密保持規定から大きく逸脱する行為だった。


「なぁに、そんときは内務省がうちにやってる盗聴記録と、高官の脱税を洗いざらい吐きだしてやるさ。データは取ってるんでしょ?」

「電子的なものは九分九厘排除できてますがね……」


 そこまで言って、瀧山は永田に鋭い目を向けた。それを受けても永田は相変わらず気の抜けた笑顔のままだった。


「局長、アンタ何考えてる? まさか大公国と戦争しようって――」

「戦争しようとしてたらどうする? 人事院の公務員内部通報窓口にでも電話する? ここからしてもらってもいいよ?」


 永田の目から光が消え、真顔で瀧山の顔を見つめていた。瀧山はゾッとしたような表情で仰け反りそうになった。


「……いや、まあ俺ぁ局長売るような真似はしませんがね。理由を聞かせてくれ。少なくとも、これは俺やうちの部下を公務員服務規程逸脱するような真似をしてでもやる価値があるのか」

「大公国だけじゃない。フリザンテーマ、コノフェールも相手にする。連中が秘密裏に進めている軍備拡張計画、それに使われてる使途不明金四五〇兆帝国クレジットの不正使用を摘発するためだ」


 事も無げに言って見せた永田を見て、瀧山は深い溜息を吐いてタバコに火を付けた。タバコが半分ほどまで短くなってから、瀧山は口を開いた。


「……聞いちまった以上は、聞かなかったことに出来ねえのが俺の性分でしてね。このことを知っているのは」

「僕と部長級以上、実務四課のボロディン君、ロード・ケージントンに、もしかしたら斉藤君も、かな?」

「ヤブヘビだったか……あーあ、こんなことなら聞くんじゃなかった」

「いやあ、瀧山君にも色々手伝って貰えると助かるよ」


 永田は普段の半笑いのような寝ているのか良く分からない表情に戻って、瀧山に正対した。瀧山は唸り声とも溜息とも取れる声と共に、吸い殻を灰皿に押しつけて消した。

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