第17話-④ それゆけ!徴税特課長斉藤一樹

 翌朝

 ケージントン邸

 ゲストルーム


「……もう朝か」


 帝都の高級ホテルのような寝心地のベッドから起き上がった斉藤が身支度を調えたころ、部屋の扉が控えめにノックされた。


『斉藤様、おはようございます。ご朝食の用意が出来ておりますので、大広間までお越しください』


 バトラーの目覚ましに加えて朝食付き。貴族の生活はなんとも豪勢なものだと斉藤は感心していた。


「課長も家にいればこんな生活なのか。ちょっと羨ましいな」 



 大広間


「昨日の夜の打ち合わせ通り、〇九〇〇をもってサリックス大聖堂への税務調査を実施する。特課初の調査だ。各員、気を抜かずに当たって欲しい」


 斉藤の言葉に、若い一同はハリのある返事を返した。


「おー、一端いっぱしの指揮官みたいになってんなあ斉藤」

「出世したもんだねえ、あのゲロボーイが」


 感心した様子のアルヴィンとマクリントックだが、まるで野次馬である。


「うるさいですよアルヴィンさん、マクリントック班長……あと、同時刻から政庁、大公家、国税局、中央税務署に対して本部戦隊が査察に入る、援護は実務四課」

「まあ、特課だけじゃ手が足りないからね」


 ゲルトの総括に斉藤は頷いた。


「でも、それだと特課の設立根拠である執行経費削減に反するような……」


 ハンナの言葉を聞いた一同はしばし考え込んだが、どのみち予算繰りで苦労するのは徴税二課と総務部ということで一度その考えを脇に置いた。


「ミレーヌ部長はいい顔しないと思うけど、まあ仕方ないよね」


 ソフィだけは総務部長の顔を思い浮かべて苦笑いを浮かべた。


「朝食を食べたら直ちにサリックス大聖堂に出動する。その頃にはヴァイトリングも到着するから、全員でとっとと仕事を済ませよう」


 斉藤の訓示は短かった。これは果たして永田の薫陶かはたまた。ともかく一同は朝食を手早く平らげ、大聖堂へと向かった。



 サリックス大聖堂

 マルティフローラ大教区事務所


「国税法第六六六条に基づき、只今より貴事務所に対する臨時税務監査を行ないます。現在より資料、データの外部送信、消去、隠匿、ならびに改竄、これらに類する行為を行なった場合は第三九条にある税務資料改竄の罪により拘束されることを留意してください」


 斉藤の簡潔な宣言が終わると、応対に出てきた事務所職員達は困り果てた表情で顔を見合わせていた。


「四課からの出向員はハンナさんと事務所のメインデータベースの解析を。残りの調査班は資料を根こそぎ精査、およびサリックス大聖堂の現地調査を。僕は会計長の聴取を行なう。ソフィはサポートを。ゲルトと渉外班は警護を」


 困惑する事務職員達を横目に、特徴局により税務監査が開始された。事務所内は渉外班二個分隊により警備され、メッセレルE38執行拳銃とタクティカルナイフ――室内近接戦を想定した丙装備――を装備している。


「それにしても、教会の司教様のお膝元なのに、なんかこう、俗世ドップリって感じだね」

「税については帝国国教会も逃れられないからね。国父より恐ろしいのは国税当局って訳よ」


 警護の傍ら、机の上に積み上がる資料、スタックされて浮かぶフローティングウインドウなどを眺めていたゲルトは、不思議そうにソフィに振り向いた。


「しかし斉藤も変わったわね……そう、ゲロ袋の斉藤だの言われてたのに」

「随分な言いようだねえ、大体ゲルトのせいだと思うけど」

「なによ!」

「はいはい、騒がない騒がない。サー・パルジファルだってもっと静かだよ」

「猫扱いされるとは……でもまあ、サーがお利口さんというのは同意よ」


 ゲルトを宥めたソフィは、クリーニングが済んだスーツや洗濯物を届ける時に斉藤の部屋や食堂で見かける黒猫の姿を思い出していた。


「そういえばサー・パルジファル、私が書類申請しにいっても、何も言わずにじーっと書類見てるかと思ったらさ、突っ返してくんの」


 ゲルトは憤慨した様子だったが、しかし実際にゲルトがサー・パルジファルに提出した書類には不備があったのである。


「サー・パルジファルは書面の内容を読めるからね。前も局長が無理矢理判を押させようとして引っかかれてたよ」

「なにそれこわい」


 ゲルトはその後、ネコではなく妖怪の類いなのでは? と気味悪そうに言ったが、ソフィは笑ってその話を流したのであった。



 応接室


「では、我が聖堂、いえ、大教区そのものの税務に問題があると、そう仰るんですか?」


 マルティフローラ大教区事務所の会計長、ラファエル・シュタンツルは真正面に座る特別徴税局の若造を睨み付けた。


「その懸念があり、それを解消するために今こうしてお話を伺っているわけです」

「しかし、我々は国税局へもきちんと報告はしておるわけで、このように銃まで持った方々を引き連れてこられるようなことはなにもありませんが」


 特別徴税局が、まさか現地調査とやや怪しい手口ながら内部資料まで精査した上でこの監査に入ったことを会計長は知らない。彼は不機嫌そうに答えた。


「皆さんそう仰る。しかし我々もあなた方を糾弾しようとか、人身売買市場のワゴンセールに乗せようとか、そういうことではありません。疑義があるなら、それを調査して潔白を証明するのも我々特別徴税局の仕事です」


 斉藤を見ながら、会計長は相変わらず不機嫌そうな表情を崩さなかった。


 

 マルティフローラ大公邸


「今から監査入ります。あとはこの書面に目ぇ通しといてください。じゃー打ち合わせ通りによろしく」


 永田は懐に入れたA4合成紙を取り出して広げた。永田の大雑把な宣言と共に、マルティフローラ大公家の税務監査は開始されたが、永田は一人、乗り付けてきた兵員輸送車へと戻った。


「首尾はどう?」


 兵員輸送車には、タバコをくわえたままラップトップ端末をコンソールに繋いで作業している瀧山徴税四課長がいた。


「大公邸の警備システムから入り込んで、こちらで情報を掬い上げてるとこですが……いいんですかねえ、皇統貴族にもプライバシーってもんがあると思いますが」

「ははっ、大公のハメ撮りなんてあったら大スキャンダルだね」


 永田の言葉に、さすがに瀧山も溜息をついた。瀧山は反社会的な雰囲気を纏わせてはいるが、根は常識人である。


「この場に局長付がいたら、バカですかって言われますよ」

「斉藤君が?」


 永田には、斉藤が青筋を浮かべて自分を諫める姿をありありと想像できた。


「……うん、言いそうだな、斉藤君なら。ま、ジョークだよジョーク」

「ジョークならそれも結構ですがね……いよぉしっと、これで会計データは全部落とせましたが、引き上げるんですか?」


 短くなったたばこをコーヒーの空き缶に詰め込み、新しいたばこに火を付けた瀧山が永田に問うたが、瀧山は永田がそんなに大人しい人間とは到底考えていない。


「まさか。調査部の皆には通り一遍見て貰うつもりでいるよ。ま、これも高貴なる方々への嫌がらせってわけ」

「応対する現場の身になってほしいもんですよ。マジで」

「ははは。あと瀧山君、不可視ファイルの類いがないか調べて貰える?」

「それは済んでますが、不審な点は今のところありませんぜ」


 瀧山の言葉に、ややガッカリした様子で永田が溜息をついた。


「ま、いいや。そうだ瀧山君、たばこ貰える? 切らしちゃってさ」

「はいはい、どうぞ」

「どうもどうも……きっついの吸ってるねえ、瀧山君」

「こんくらいないと物足らんのですよ」


 帝国科学技術の進歩は著しく、大は軌道エレベーターに代表される大規模構造物、小は生物のDNA操作にまで及ぶ。さすがに人間のDNA操作については倫理上の問題が未だ解決されず、よほどの先天性疾患が判明した場合に行なわれるが、植物類においては各惑星の気候や土壌栄養素などに合わせて遺伝子操作するのはごく一般的である。例えば瀧山や笹岡、永田が愛してやまないタバコについても、旧世紀のような原料葉に燃焼時に発ガン性物質を多量に含むものではなく、基本的には無害なものとなるように操作されている。旧世紀のような激しい嫌煙運動がなりを潜めているのは、愛飲家の先人達の努力の賜物であろう。


「タバコ飲みだねえ、瀧山君」

「局長の野茨だって相当ですよ」

「ありゃあ古い銘柄だからねえ。吸ってる間はいいよ、ありゃガツンと来るからね」


 その代わり、脳内セロトニン受容体に強く作用する物質が産生されるのだが、この点は帝国建国五〇〇年を経ても、帝国保健厚生省内はもちろん、学会でも議論が続いている。


「ところで、よその手伝いはいいんですか? なけりゃカール・マルクスに戻りますが」

「……そうだなあ、じゃ、ちょっと頼み事があるんだけど」


 瀧山は永田の頼み事とやらを聞いて、特大級の溜息をついた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る