第17話-③ それゆけ!徴税特課長斉藤一樹
センターポリス
サリックス大通り サリックス大聖堂
「これがマルティフローラ大教区の本丸。帝国国教会サリックス大聖堂」
アルヴィンの運転する車でたどり着いたのは、見上げるほどの高さの巨大な教会建築だった。
「立派な建物だね……ここの資産価値だけでもすごいけど、ここは国教会設置法で固定資産税の除外を受けてる」
ソフィが手元の携帯情報端末から該当建築物の国税局側資料を見ていた。
「精々建ててから三〇〇年ほどしか経ってないでしょ? ただのハリボテよ」
帝国国教会は当時の既存宗教の弱体化のために作られたものであって、そこに神聖さや清廉さは求められていない。かつて地上の大部分を支配していたキリスト教やイスラーム、仏教に覆い被さる形で誕生したもので、所詮はまがい物に過ぎない。ゲルトの言葉にはそういった意味が込められていた。
「外から見ただけでも、とても帳簿通りの面積とは思えない。付帯施設を宗教施設として登録しているのかも」
斉藤は一目見て、先だって感じていた違和感がいよいよ現実のものになったと確信した。特別徴税局の徴税吏員ともなれば、建物を一目見れば延べ床面積や建坪くらいは目見当がつけられるとは、調査部部長西条の言葉である。斉藤もその例に漏れず、すっかりその辺りの勘定が板に付いている。
「斉藤の言うとおりだな。さて、ツアーの申し込みは済んでるんだ。ちゃっちゃと済ませようぜ」
観光名所としても知られる聖堂では、三〇分に一度程度のペースで見学ツアーが組まれていた。斉藤達もこれに参加している。
『本日は皆様、ようこそお越しくださいました。ここ、マルティフローラ大教区、サリックス大聖堂見学ツアーをご案内いたします、副司祭のルーデンスと申します』
「……ソフィ、カメラは任せるよ」
「了解!」
ソフィがカメラを構えるが、斉藤をフレームインして絶好の一枚を取っている。
「いや、ソフィ。僕じゃなくて建物を撮ってくれないかな」
「え?」
「え? じゃないでしょ」
「だって斉藤君入らないよ、はいチーズ」
「チーズって違う! そうじゃない!」
斉藤が叫ぶと、見学コースにいた一般人も、引率の副司教も斉藤達を振り向いていた。
『あのー、そこのお二人。もう少しお静かに願えますか? 撮影自体は禁止しておりませんが……』
「すみません……」
まるで小学生じゃないか、と斉藤はやや落ち込んだ。
「恥ずかしいったらありゃしない……」
遠巻きにその様子を眺めていたゲルトはうんざりした様子だった。
「あの、質問なんですが。こちらの修道院は帝国国教会の司祭などの育成課程としてのものなんですか?」
見学コースも終盤に差し掛かり、見学者からの質疑応答タイムに移り変わったとき、斉藤は挙手して副司教に質問することにした。
『はい、こちらは帝国国教会の教義などを学んでいただくものとなっております。また、一般教養コースもありますので、お子様の入学先としてもご好評を頂いております』
「ありがとうございます。それと――」
その後も斉藤はいくつかの確認をして、質疑応答タイムは終了となった。
「さっきのどういうことか分かるかい?」
通り一遍の見学を終えた斉藤たちは、大聖堂から出て裏側に回り、駐車場へと来ていた。
「国教会の修道院としてのみならともかく、一般教養コースはその範囲外。募集人員の比率からいって、これは国教会設置法の適用範囲外、ということね」
ゲルトが手にしているのは、大聖堂に隣接……というより接合されたサリックス学院大学と附属初等学校、中等学校、幼稚園のパンフレットだ。建物の外観も、大聖堂と違和感がないようにされている。建築物としても同一とみて間違いない。
「こうなると大聖堂そのものも免税措置を除外されかねない危ない手だね。国税局はどこを見てるんだか……」
ソフィもカメラの写真を見ながら呆れたようにつぶやいた。
「セコい真似してくれるよ、ホント。それにあの車両を見て」
「国教会の車両だけど……」
斉藤が指さした先は、大聖堂裏側の駐車スペースだ。
「あれはハルフォード・モータードライブの極東工場が出してるモナルカだ。あんな高級乗用車を大量に導入する意味はない。他の教区ならせいぜいエクエスくらいで済ませるのが普通だよ」
モナルカもエクエスも官公庁や企業が公用車・社用車として導入する乗用車だが、モナルカはハルフォードのフラグシップモデルのショーファードリヴンと言われるような所謂高級車で、皇統貴族や閣僚クラスの公用車に用いられる一方、エクエスは比較的廉価なグレードまで揃えられている大衆車だ。
なお、皇帝用のモナルカはモナルカ・インペラトールと呼ばれており、市販モデルのモナルカと外見はほぼ同じながら、エンジン、車体構造、内装が異なる。
「たしかに……ということは、車両関係の税金も洗い出す必要があるなあ」
アルヴィンがタバコをくわえたままジッとガレージを見つめている。
「ん、シャッター閉まってるが、こりゃあなんだ……斉藤、わかるか?」
「アスコーネ482とルトナーク・リムジンですよ。あんなもの、趣味で持ってる以外に考えられませんよ。あれは国教会専用車両のものですね」
アルヴィンの目――高精度望遠、ブレ補正、各種電磁波帯での走査可能――から得られたデータは斉藤の端末に転送されている。一瞥して斉藤は答えた。
「スーパーカーもリムジンも司祭の説教に不要だ。ナンバープレートを見てごらん」
「本当だ……というか斉藤、なんで見ただけで車種が分かるの?」
ゲルトは自分の端末で車種名を調べて、斉藤の端末のデータと見比べて驚いていた。
「慣れだね……西条部長なんか、ドアを閉じた音聞いただけで車種を当てるよ」
これは西条の特技の一つだが、このほかにも、ゴミ捨て場のゴミの量で脱税を見抜くこともできるらしい、と斉藤は聞いていた。
「なにそれ怖い」
ややドン引きという様子のゲルトに、斉藤は苦笑いを返した。
「車種が分かったところで何にもならない。令状出る前だから交通管制局のデータも取れないし、一度戻って調査結果を纏めよう」
ケージントン邸
「首尾はどう?」
斉藤はケージントン邸に詰めていた総務部員に声を掛けた。
「バッチリだ。瀧山課長のピーピング・トムは優秀だよ」
この頃、斉藤が入局直後に起こしたメール誤送信事件に端を発する『特徴局内ソフトウェアのUI玄人向け問題』に瀧山が対策をしていたおかげで、これまで徴税四課員でなければ扱えないような電子戦プログラムが、一般局員でも使えるレベルに改良されていた。しかもヴァイトリング残留の徴税四課員が運用状況を身ながらさらなる最適化を行なっている。
なお、本来であればこれは電子計算機損壊等業務妨害罪に当たる行為だが、仮に事が露見するとその瞬間に国税法第六六六条が発動して納税状況調査のための措置として認定されるという、一般人が見ればあまりにも横暴な行動である。
「よし、じゃあ一息入れようか。ウォーズリーさん、お茶を頼めますか」
「かしこまりました」
ウォーズリーはケージントン伯爵家の先代当主、フレデリック・アルバート・ケージントンの代から仕えるバトラーである。ロード・ケージントンことアルフォンス・フレデリック・ケージントンが特別徴税局徴税三課長として出仕していることから、伯爵家の資産管理から使用人の手配までを一手に引き受けている。
「……課長って、案外貴族趣味なんだな」
「趣味ではない、実際に貴族だ」
「わぁ!」
素っ頓狂な悲鳴を上げた斉藤の後ろに顰め面のロード・ケージントンがいつの間に立っていた。
「課長、ご用事は済んだんですか」
「ああ。ちょうどいいタイミングだったな。まあ帝国貴族でここまでやるのは珍しいかもしれんが」
法制度上、帝国貴族の爵位はそのままでは相続できないとされているが、爵位継承税の納付、もしくは帝国への貢献が認められると継承が可能になる。
ケージントン家はそれぞれの代において、領邦に対する貢献などが認められて伯爵として認められている。額としては尋常ではないが、帝国伯爵の継承税に比べれば安く済む上、資産を整理して節税に用いることもできるため、意外とありふれた手法とも言える。なお、帝国貴族のうち伯爵以上の爵位継承率は二代目までは八割を超えるが、三代目になると五割、四代目になると二割を切って、五代目以降となると一割を切る希少種である。
ケージントン伯爵家当代当主アルフォンスの場合は、私設宇宙港の非常時解放許可や博物館運営、教育基金などへの多額の寄付によるものが継承の許可理由となっている。それも先代当主と同じ理由だが、彼の寄付金は先代当主の残した遺産を惜しみなく使ったもので、額としてはかなりのものになる。
「ちょうどいい調査の状況を共有してもらえるか?」
ロードに促された斉藤達はバトラーの淹れた紅茶を飲みつつ、調査結果の報告を行なうことにした。斉藤はソフィが撮った写真を――ほぼ必ず斉藤がフレームインしている――部屋の壁掛けモニターに映し出した。
「斉藤君、写真苦手?」
「そういうことじゃない!」
ソフィが首を傾げたが、斉藤は叱りつけるつもりで否定したのだが子供っぽさが前面に出て、その場の全員が小さく笑う。
「……斉藤、もうちょっと笑ったらどうだ?」
「アルヴィンさんまでそういうこと言うんですか」
「冗談だよ」
「しかしこうしてみると、斉藤、君は結構男前だな」
「何言ってるんですか課長!」
「失敬失敬。続けたまえ」
一同の笑いが収まってから、斉藤は説明を再開した。
「まったく……大聖堂本体そのものは、申請通りの構造ですから問題ありません。問題は付帯施設である修道院と事務局部分です。見学コースから外れた部分にかなり大きな建物があります。上空からの写真だと、この聖堂の裏手にあるものですね」
「確かに。これは提出済みの図面にはないものだ」
斉藤の説明にロードは頷いた。さらに説明は続く。
「提出済み図面は帝国暦五一八年度のもので、この翌年からサリックス大聖堂は大規模修繕工事を行なっています。この際、土地を取得し、増築された区画は国税局に対しては申請されていません。都市計画局の資料からも、これは明らかに脱税を主目的にした意図的な未申請」
斉藤はぎこちない笑みを浮かべた自分の写真から、サリックス大聖堂周辺の立体映像に切り替えた。斉藤がプロットした現在の大聖堂用地と、申請されている用地と建物がそれぞれ色分けされて表示される。
「申請されている国教会用地の二倍以上が国教会設置法に定める控除対象外となります。また所有する車両の内、明らかに不必要な高級車が三〇台近く見られるが、交通管制局のデータによると、商業地や歓楽街、さらにはリゾート地など、明らかに観光目的での利用を確認できる、と」
「リゾート地だと、結婚式の需要があるはずだが?」
「時速三〇〇kmもでるスポーツカーで行く場所ですか? 明らかに私用でしょう」
「しかし、車は中々いい趣味をしているな」
「課長」
課長としてではなくオフザーバーの立場なので、ロード・ケージントンは冗談が多かった。
「分かっているとも。ところでマクリントック班長から報告はあるのか?」
「ああそうだった。こいつをご覧あれ」
マクリントックが慣れない手つきで端末を操作すると、センターポリス南方にあるリゾート地の写真がスクリーンに映し出された。
「地番と登録番号通りなら、こりゃあ大聖堂の付属施設らしいよ」
「どう見ても別荘ですね……」
「これはその施設のビーチ側。教会の牧師サマが女を連れてアバンチュールってか? 聖職者の片隅にも置けねえクソ野郎だぜ、ったく」
斉藤はマクリントックの経歴を思い出した。彼女はこれでも国教会のシスターとして活動していた時期があるのだが、だからこそ今こうしているのが不思議でならなかった。
「これは明らかに虚偽申告が見られますね。あとは在マルティフローラ国税局ですが……」
「見れば分かるようなものなのに、随分放置されていたのはなんでだろう?」
ソフィの当然の疑問に、斉藤達は唸るばかりだったが、ハンナが進めていた作業が完了したことで、ある疑惑が浮上した。
「不可視ファイルの解読が終わりました……これは……!」
ハンナが手元の端末から、モニターに資料を映し出した。
「恐らく局長クラスしか閲覧出来ないものですが、こちらは申請通りの図面、数字が入ってます。と、いうことは……」
「国税局のトップクラスは、国教会側とグルだった、ということ?」
「正解。ゲルトも理解が早くて助かる」
「また税務当局の癒着か。西条部長を派遣して、再教育でもさせるか」
ロード・ケージントンが嘆息して言った。
「その前に、未納税の徴収と場合によっては強制執行ですね」
「それもそうだ。晩餐の用意をさせる。斉藤は現在までの進捗でデータを纏め、一度カール・マルクスに一報をいれておけ」
「了解しました」
マルティフローラ大公国 国境宙域
装甲徴税艦カール・マルクス
局長執務室
「なぁにぃっ!? また現地当局が!?」
さして広くない局長執務室に、西条の叫びが響き渡る。永田の机の上のバンカーズランプのシェードがビリビリと共振して震えていた。
「特課からの報告書は見応え抜群だね。こりゃあ全領邦と地方国税局の監査も必要になるのかなあ」
ヘラヘラと笑いながら、永田はたばこに火を付けた。
「どうするつもりなんです?」
ミレーヌは悪びれる様子のない永田を見て溜息をついた。
「実務四課と本隊は、今のところ動かせますが」
秋山徴税一課長が執務室のモニターに各実務課の稼働状況を表示させた。本部戦隊および実務四課は、待機任務中である。
「そうだなあ……たまには休暇がマルティフローラ大公国ってのもいいね」
「……はい?」
永田が何を考えているのか分からず、ミレーヌが訝しんだ。
「特課に連絡。明朝〇九〇〇をもってサリックス大聖堂に税務調査を実施。本日までの調査で明らかになったものを全部洗い出して、それと――」
永田はそこまで言って、ニヤニヤと会議室の一同を見渡した。
「本隊、ならびに実務四課も明朝〇九〇〇をもってマルティフローラ大公国、首都星シュンボルムへ出動。センターポリスへ降下し、マルティフローラ大公家、在マルティフローラ大公国国税局に特別監査を実施。ミレーヌさん、六角への通知は部隊の展開以降にしてね」
永田の指示に、ミレーヌは露骨に顔を顰めた。そもそも永田はこれを最初から予期して、本部戦隊と実務四課をマルティフローラ大公国の国境宙域に移動させていた
「特課を作った意味がないじゃありませんか」
「まあほら、国教会だけならともかく、現地国税局とか絡んでるなら人手が足りないでしょ? うちの仕事は徴税艦の運航経費を節約することじゃない。帝国内の国税に関する不正を正すことじゃないの」
これは正論だった。運行費用が掛かることなど、現地国税局の不正関与に比べれば些細な問題だった。
「しかも事後通知ですか? また政務官あたりがうるさいんじゃありません?」
ミレーヌはブレーキ役がいないこの場において最後の制止役としての役目を果たそうとしていた。既に西条は現地当局に殴り込みに行く気満々と言った様子で鼻息も荒い。
「これは戦術的有利を取るためのやむを得ない措置だよ? だって、僕らが乗り込むって本省に知らせて、もし本省から現地国税局あたりに連絡が入ったら、多分隠蔽工作だのなんだのやるでしょ?」
「それはそうですが……入国許可は事前に取らないと、入国管理局とかもうるさいですよ」
「六六六でなんとかなるでしょ?」
「またですか……」
溜息をつきながらミレーヌが退室し、西条と秋山もそのあとに続いた。
「よかったのかい、永田。マルティフローラ大公国にうちが乗り込んで」
一人残った笹岡が、永田に問うた。
「我々特別徴税局はいついかなる時でも帝国領内における自由航行権を有するし、査察に際して先方への事前通知は必要ない」
永田は無表情だった。機械的な回答に、笹岡は溜息をつく。
「そういうことを言ってるんじゃない。帝国政策投資機構の件を忘れたわけではないだろう? 六角から査察中止命令が出たら、元の木阿弥だ。その辺りの根回しを、君はもっと考えたらどうなんだい?」
「マルティフローラ大公国についたら、電子妨害、通信封鎖を行なう」
今度は永田は笑みを、それもかなり粘着質のものを浮かべた。
「……永田、君は意味が分かっているのか? 第二の帝都、領邦中の領邦だぞ? あとでどういうことになるか」
「マルティフローラ大公国といえども、領邦だ。領邦に対しての査察は特別徴税局に認められた正当な職務権限だよ? それに、ちょっと大公殿下にジャブを打っておこうと思ってね」
気楽そうな永田の言葉の裏にある意図を察して、笹岡はタバコの火を付けて、一息ついてから言葉を紡いだ。
「……つまり、そういうことかい?」
「まあね。帝国政策投資機構の件の仕返しと、妙な動きへの牽制、ってわけ」
永田の不気味な薄ら笑いに、笹岡も愛想笑いを返しておいた。
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