第17話-② それゆけ!徴税特課長斉藤一樹

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 徴税特課 オフィス


 幼年学校の教室ほどの部屋が斉藤達特課のオフィスにあてがわれた。ヴィルヘルム・ヴァイトリングは帝国軍艦艇基本設計に則って建造されているオデッサ級をベースとしているから、カール・マルクスのオフィスとさして雰囲気は変わらない。


「おお、課長のお帰りだ。課員一同整列! 指揮官傾注!」


 アルヴィンがやや軍隊チックな号令を掛けると、それまで自分の仕事をこなしていた特課課員が整列した。


「改めて、局長付兼特課課長の斉藤です。言いたいことは先ほどの訓示通り。よろしくお願いします」


 斉藤は居並ぶ課員を見渡して、特別徴税局にもこれだけ若手がいたのかと些か、今更ながら驚いた。いずれも二〇代から三〇代前半、役職無しの平局員から主任クラスまでを集めてきた様相だ。


「徴税三課課長のケージントンだ。私は基本的にアドバイザーに過ぎん。君達が上手くやってくれれば、私の仕事は劇的に減るので精励してくれたまえ」

「努力しましょう」


 斉藤は苦笑いしてロードに一礼した。ロード・ケージントンには特課の全てのデータを閲覧し、職務内容を監視する権限が与えられており、それらに対する助言を行なうことが求められている。また、万が一斉藤らの業務に問題がある場合は、斉藤の指揮権限の剥奪と、その間の臨時指揮権の行使も行える。


「では仕事に掛かろう。調査係はマルティフローラ大教区の事前調査を、戦術係は万が一の強制執行案を作成してください」


 徴税特課は調査係、総務係、戦術係、渉外班、実務係に分類される。調査係は調査部と徴税三課からの出向員で構成され、戦術係は徴税一課と二課、四課の出向員、渉外班は読んでそのまま、そして実務係は徴税艦運航スタッフが振り分けられる。総務係は本隊から分離して動いている間の経理、総務の事務処理と、必要に応じて調査係の増援となる。


「ちょっと渉外班に挨拶してきます」

「一人でいいのか?」


 アルヴィンに聞かれた斉藤は、一瞬考えてから頷いた。


「別に向こうも取って喰おうなんて人じゃないですから」



 渉外班員待機室


「失礼します、斉藤です」


 渉外班員の待機室は、空いていた居住区の部屋を片付けたもので、


「おーう斉藤ー! カール・マルクスで暇を持て余してたアタイらにどんなスパイシーな任務を用意してくれたんだい?」


 万が一渉外班が必要になったときに備えて、斉藤は腕利きの渉外班員を引き抜いた。班長としてマクリントックを据えたのは、実務面での彼女の能力を高く評価したからだ。


「今回は派手にならないことを前提とした作戦です。ともかく、今後ともよろしくお願いします」

「あいよ。イステールみたいなことになるのはごめんだからね。しっかり守ってやるよ!」


 普段の軽口もその時だけは鳴りを潜めた。アルヴィンが死にかけただけでなく、渉外班員にも死傷者が出ているのだから、彼女としても忸怩たる思いがあるのだろう、と斉藤は納得してその場を後にした。



 マルティフローラ大公国 

 第八惑星ソノルス公転軌道上

 外宇宙トランジットステーション 錨泊宙域

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 艦橋


「局長付、こんなところで停泊してどうするんです?」


 普通ならこのまま入国手続きを済ませて出航するのに、斉藤は自動受付だけで済む錨泊宙域での待機を命じていた。


「ここからは最低限の人員で先行します。もし大教区の不正が明らかになるようなら連絡しますから、六六六を盾にしてシュンボルムセンターポリスまで来てください」

「あー、なるほど。この艦ごと乗込むと目立ちますもんねえ」

「そういうことです」



 会議室


 徴税特課の初陣となる今回の調査。斉藤は特課主要メンバーを会議室に集めていた。入局年次の浅いメンバーだが、総合職、一般職共に各課の期待のホープだ。


「先行部隊は僕が率います、調査係、それに総務係からソフィ、戦術係からゲルト、渉外班はマクリントック班長の率いる第一分隊がトランジットステーションから民間機で入国します」

「おい斉藤。アタシら囚人兵だぞ? 入国出来るのか?」

「そこは特別ルートなのでなんとかなります」


 マクリントックの疑問に、斉藤が頷いて答えた。


「ヴァイトリング残留組は大教区への調査前に艦ごと呼び出しますから、準備だけ整えといてください。その間、こちらの指揮は不破艦長、お願いできますか?」

「了解!」

「局長付、こちらも準備が出来た。あと五分でこちらとランデブーする」


 錨泊宙域に入ったところで別件と称して離脱していたロード・ケージントンが、会議室に入ってきた。


「課長、ありがとうございます」

「あれ? 課長出かけたんじゃなかったんですか?」

「先回りして入国のための細工をしていたのだ」


 斉藤達が乗り換えたのはロード・ケージントン所有のクルーザーの一隻だった。全長は一〇〇メートルほどとヴァイトリングの四分の一ほどだが、星間航行が可能となっている。


「これがモノホンの金持ちのクルーザーかぁ。仕事でもなけりゃシャンペンでもごちそうになりたいもんですなぁ」


 キャビンは木目調のパネルで装飾され、ソファは高級ホテルのラウンジ並、ワインセラーも完備となっている。


「シャンペンなんてガラかよ。ションベンでも飲んでろ」

「あー、ひっでえなメリッサ。お前だって他人のこと言えた義理か? いいのか? 今の俺目からビーム出るぞ?」

「出せるもんなら出してみろ! お前の電源切って口ん中にションベンしてやらあ」


 子供の喧嘩のようなアルヴィンとマクリントックを見て、ロード・ケージントンが溜息を吐いた。


「斉藤、よくもまあこの二人を同じチームで運用する気になったな」

「いやまあ……能力はピカイチですので」

「当然よぉ!」「当然だな!」


 振り向いて満面の笑顔を見せたアルヴィンとマクリントック。一段落付いたところでクルーザーは超空間潜航に入った。


「特徴局の徴税艦など、正規ルートで入国させたら現地当局と大教区にデータを隠すように薦めるようなものだ。抜き打ち、奇襲となればこういう小細工も必要になる」

「しかしケージントン課長、バレたらヤバいのはこちらでは……?」

「デルプフェルト君、我々は何のために野茨紋章を戴いているのかな。いざとなればその場で六六六で済む話だ」


 ゲルトがロード・ケージントンに聞くが、ロードは事も無げに答えた。


 国税法第六六六条は特別徴税局設置の根拠と関連事項をひとまとめにしたもので、その中には特別徴税局局員はいついかなる時でも、帝国領内における移動、入国、上陸の自由が保障されていた。特別徴税局が入国手続き無しであちこちの企業や自治共和国に強襲できるのもこの条文のおかげだ。


「六六六、そんな便利グッズみたいなノリで使っていいんですか……」

「斉藤、私はシュンボルムに降りたら別件で出かける。現地での調査は君達の手腕に掛かっている」

「はっ」



 惑星シュンボルム

 G・R・ケージントン宇宙港


「帝国貴族で専用宇宙港まで持っている方は、かなり少ないと聞きましたが」


 徴税特課各員は、マルティフローラ大公国首都星へと降り立った。シュンボルムセンターポリス宇宙港ほどではないにしろ、中規模星系の宇宙港ほどはあるスペースは、今や斉藤達の貸し切りである。ここはケージントン家所有の宇宙港、プライベート宇宙港である。


「固定資産税などをまともに払えば、ケージントン家の納税額の半分を占める。まあ、センターポリス宇宙港のバックアップや、災害拠点宇宙港としても使われるから還付されているが」


 ケージントン伯爵家の三代前の当主、ジョージ・リチャード・ケージントン帝国伯爵帝国軍中将に因んだ名称の宇宙港は、大型輸送艦も発着可能な広大な敷地を持つ。ちなみにジョージ伯の名は他にも、帝国軍ケージントン級高速戦艦の名として採用されている。


「さて、ここからは車に乗り換えだ。迎えが着ているはずだが」


 入国管理ブースを抜け、到着ロビーに出た斉藤達の前に、制帽を被った青年が立っていた。


「旦那様、お迎えに参上しました」

「うむ、ご苦労。彼は我が家のショーファー、ラッセル君だ」


 折り目正しい所作の壮年の男は、主君であるロード・ケージントンに恭しく頭を垂れた。


「ショーファーなんてはじめて見た……」


 ソフィは歴史資料の中でしか見たことがないような光景に目を白黒させていた。


「それにあれ、制帽の徽章はケージントン家の紋章だ。その辺のタクシー会社の派遣じゃねえな」

「さあこちらへどうぞ」


 空港正面のロータリーには、艶やかな黒のリムジンが一両停められていた。


「リムジンだ……」


 斉藤は唖然とした。今時帝都でも見かけないようなクラシックカーを目の当たりにして、徴税吏員としてその価値を瞬時に算出していたからである。


「それも年代物だ。皇宮でも使ってるかな、こんなクラシックカー……」


 斉藤は特に特定の機械や乗り物に興味を強く抱いているわけではないが、さすがに文化財級の代物となれば多少は興味も涌くというものだった。


「動く文化財ってところか。これに乗んのか……テメェら傷つけるんじゃねえぞ」


 マクリントック班長は配下の四名の班員に釘を刺した。メリッサ以外は懲罰兵。高級車の中で無闇矢鱈に暴れるほどのアホではない。一行を乗せ、音もなく宇宙港正面のロータリーを滑り出たリムジンは、空港専用道路――斉藤達の乗るリムジン以外は一両も通行車両などない――を滑るように走り始めた。


「課長、ホントに伯爵なんですね。なんで特徴局なんてとこで働いてるんです?」


 ショーファーの他に同乗していたメイドが淹れたコーヒーを飲みながら、斉藤は自分の上司をしげしげと眺めている。


「確かに我が家の資産運用などは、バトラーに任せっきりだ。私自身が遊んでいても、恐らく影響はあるまい。実際私の父などはそうだった……帝都に出て、世の中というモノを見てみたかった。だから大学を出て、高等文官試験をくぐり抜け、なんとか内務省に入省した」


 斉藤らの乗るリムジンは小揺るぎもしない運転により、気がつかないうちにケージントン伯爵邸へと到着した。マルティフローラ大公国センターポリスの郊外の森の中に佇む洋館を見たソフィは感嘆の声を上げた。


「すごい、帝都のシェーンブルン宮殿もかくやという規模ですね」


 質実剛健な作りは地球帝国初期の建造物に多く見られる新帝政洋式ネオ・インペリアリズムといわれるもので、華美な装飾を排しつつ、それでいて重厚感を与える建築様式である。


「ここは元々、マルティフローラ大公国防衛軍の司令部庁舎だったものだ。設備自体は取り払われたが、歴史的価値はあるのでね。一部は博物館として解放している」

「……それ、税金対策ですよね?」


 斉藤の指摘に、ロード・ケージントンはうなずいた。


「無論だ。こんな馬鹿でかい屋敷、しかも私自身は年間のほとんどの時間、カール・マルクスにいる。うまく運用しておかなければ、こんなものムダでしかないからな」


 ケージントン伯爵家所蔵の名画やクラシックカーのほとんどは、先代当主による収集活動の結果である。公営博物館同様、私設博物館でも帝国文化庁に申請し、収蔵品や建物そのものを学術展示品として公開すると、税制面での控除が受けられることになっている。


「ケージントン伯爵家がマルティフローラ大公の直参というのが頷けますね」


 美術品の収蔵エリアを抜け、伯爵家の居住フロアに上がると、大広間に斉藤達は案内された。


「まあ、今の私には当代大公との交流はないがね。先々代の頃に政策について対立したあと、我が家は大公国の中央から排斥されている」


 壁に飾られた歴代当主の肖像画を見上げて、ロードはどこか自嘲的な笑みを浮かべていた。


「そうだったんですか……」

「まあ、お飾りの帝国貴族など減ったほうが典礼庁辺りは喜ぶだろう。どのみち私に子供は居らん。死んだら財産は全部どこかへ寄付して終いだな。それに、私はこれさえあればいい」


 ロードはそう言うと、懐のケースから愛飲の葉巻を――当然ドラッグ入りである――取り出して掲げた。


「さて、私のプライベートの紹介はこの程度でよかろう。この広間は特科で使って貰って構わん。飾ってあるものは壊してくれるなよ。確かそれは国宝だったか」


 ソフィはロード・ケージントンが指し示した極東方面の磁器からそっと離れた。


「では、私は出かけてくる。バトラーに委細は伝えてある。食事や寝床はここで済ませてくれ。センターポリスで宿を取ると気取られる可能性があるからな。では頼むぞ、ウォーズリー」

「お任せくださいませ」


 いつの間にか姿を現していたバトラーが、主人に向かって恭しい一礼をする。


「さて、じゃあ早速仕事に掛かるとしようか。えーと……ウォーズリーさん?」

「はい、斉藤様。何でございましょう」

「この部屋、大型のモニターかなにかはありますか?」

「ええ、ございます。こちらです」


 バトラーが広間の円卓を撫でると、分厚い紫檀の天板が滑るように動いて操作パネルが立ち上がる。


「超空間通信含め、こちらから操作可能です。ご不明な点はお呼びいただければ」

「いえ、大丈夫だと思います」

「では、お仕事を邪魔してはいけませんな。私はこれにて」


 バトラーは小さな銀のベルを斉藤に渡した。鳴らせばすぐに来るとの言葉に、斉藤はややぎこちなく頷くので精一杯だった。


「慣れないなあ、これが貴族社会ってやつか」

「斉藤君、ヴァイトリングとのデータ連係出来たよ」

「ありがとう、ソフィ。それじゃあ今回の税務調査の手筈を確認する」


 壁一面のスクリーンがせり出してくるのに一同が感嘆の声を上げる。


「まず、大教区の不正が疑われる部分について再確認しておきたい」


 斉藤が出した資料で特に強調されたのは、大教区の建物、つまりサリックス大聖堂の登記に関わるものだった。


「まずは大教区の固定資産税。納税額と航空写真による大聖堂の規模に大きな差がある。これを現地で確認する。国教会施設ならともかく、ホテルやら何やらを併設する事例が他の教区でも判明している。その場合は営利施設であり、宗教法人に対する免税措置の適用範囲外ですからね」

「航空写真で分かってんなら、そのまま乗り込んだ方が早えんじゃねえか?」

「マクリントック班長、足で確認してこその実証です。それに大聖堂以外にも何か脱税しているものがあると睨んでます。現地でそれを調査して、動かぬ証拠として彼らの逃げ道を塞ぐべきなんです」

「へぇ、なるほどね」

「斉藤も一端いっぱしの徴税吏員だなあ……おいちゃん感動しちゃう」


 アルヴィンの白々しい泣きの演技を無視して、斉藤は説明を続けた。


「えー……ともかく、まず現地調査に入りますが、これはあくまで覆面調査。我々は一般観光客向けのツアーに紛れ込んで大聖堂に入ります。これは僕とゲルト、ソフィが。アルヴィンさんはそれとなく後ろから付いてきて貰えますか?」

「おっ、なんだダブルデートか?」

「違いますよ。護衛をお願いします」

「なぁんだツレねえでやんの。両手に華でウハウハってか?」

「イニシャライズしますよ」

「おっ、言うねえ」

「アタシらはどうすんの?」


 暇そうにしていたマクリントックだが、普段なら机の上に脚を載せるような真似をする女が、しおらしく姿勢良く座っている。さすがにそれ一つで車が買えるような天然木のテーブルでは、彼女でも蛮行を控えるらしい。


「班長にはいくつか郊外に見てきてほしい物件がありまして。データを班長の端末に転送しといたんで」

「……ふうん。まあいいか。でもアタシら独立行動でいいのかい?」

「もし惑星地表から離れたり、警察の厄介になるようなら自動的に首のチョーカーが吹き飛ぶってボロディンさんが言っていたので」

「このチョーカーそんな機能ついてたのか!?」


 囚人兵には自分では外せないチョーカーが装着されており、これにはごく少量の指向性特殊爆薬が内蔵されており、起爆すれば首と胴体は泣き別れとなる。


「むしろ知らなかったのかよ」

「うるせえアルヴィンもつけてもらうか?」

「やなこった」

「残りのメンバーは屋敷でコチラから送るデータの分析を頼みます。合流は一五〇〇を予定。各自の端末に合流ポイントを送りましたので、あとで確認しておいてください」


 斉藤の号令一下、各々それぞれの仕事を始めた。証拠は足で押さえるとは調査部長西条の言葉だったが、斉藤もそれに倣い、自らの足で調査に赴くことにした。

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