第17話-① それゆけ!徴税特課長斉藤一樹
装甲徴税艦 カール・マルクス
徴税三課 オフィス
「課長。今空いてますか?」
その日の業務が始まってすぐ、斉藤はロード・ケージントンに声を掛けていた。
「ああ。どうした局長付、いや特課長と言うべきか」
「茶化さないでください。マルティフローラ大公国の国税局の資料なんですが……ここ。大公国国教会の資料が意図的に歯抜けにされてるような」
「何……? 確かに規模の割に税額が少ないか……? もう少し調べられるか?」
「アルヴィンさんとハンナさんにも手伝ってもらって構いませんか?」
「任せる」
斉藤は自分の机の隣に座るアルヴィンに振り向いた。
「アルヴィンさん、聞こえてたと思いますけど」
「あいよ。マルティフローラ大公国の収税記録と、うちで試算した徴税予定額の照合だな」
「よろしくお願いします。ハンナさんはマルティフローラ国税局の記録を調べてもらえますか?」
「はいはい」
しかし、この事前調査はあまりにもあっけなく完了した。三人が見るまでもなく、誰が見てもおかしな点が発見されたからだ。
「課長。やはり妙です。こちらの資料だと、納税予定額は約五六四五億帝国クレジット。実際去年に収税された額は約三五九〇億。むしろこれだけズレてるのに放置されてる状況が疑わしいです」
「西条部長は気付いているのだろうか……? 何故今まで気付かなかったのか。私も焼きが回ったか」
「いえ、データベースそのものがおかしいです」
納税額の算出には徴収対象の資産や収入を用いている。特別徴税局の場合強制執行先が法人や団体、貴族であることからこれらのデータを本省から共有して貰っている。それに加えて、ダブルチェックとして各国税局データも照合するが、これにズレがある、もしくは改竄が見られると斉藤は気付いた。この場合、マルティフローラ大公国の首都星シュンボルムに置かれた領邦国税局のデータと、本省データが一致していない、ということになる。
「待て。それはつまり、現地国税局が欺瞞情報をコチラに渡しているということか。これは根が深い問題かもしれん。西条部長にも確認を願い出てみよう」
調査部
「なぁにぃぃっ!? こともあろうに現地国税局が資料の改竄をした上で脱税しておるだと!?」
カール・マルクスの艦首から艦尾まで聞こえそうな怒号に、斉藤達は普段から持ち歩いている耳栓を嵌めて対処した。
「西条さん、ボリューム、ボリューム……!」
うっかり耳栓をするのが送れた斉藤は、耳を塞いで西条に叫んだ。
「おっと吾輩としたことが。しかし国税省から流れてきたデータを、そのままこちらが鵜呑みにしているわけではない。どこでそんな細工をする余地があるというのだ」
「我々への電子攻撃で改竄された可能性はありませんか?」
「徴税四課を疑うわけではないが……」
斉藤の疑問に、西条は手元のコンソールから電算室の主を呼び出した。
「――というわけなのだが」
『冗談言わないでください。リアルタイムで本省と各国税局のデータと照合してるんです。理屈からいっても、改竄されることはありえねえ。ズレるとしたら元のデータがおかしいんだろ』
明らかに不機嫌そうな瀧山徴税四課長だが、これはそもそも瀧山のデフォルトの表情なので西条も気にしていない。
「それもそうだな。忙しいところすまん」
『いえいえ、こちらも失礼を。念の為チェックを掛けておくんで』
通信を終えたあと、西条はオフィス内を歩き回りながら思考した。
「ううむ。だとすれば、このデータはなんだ。二〇〇〇億以上の脱税など、通常なら見逃すはずもないが……うちの帳簿の最終改訂日は?」
「今年度、四月一日のデータ更新時から手を付けられておりませんな、しかし……」
ロードが言い淀んだあとを斉藤が引き継いだ。
「……うちが調査を行なう時期は、現地の国税局も承知しているはずです。そのタイミングでは正常なデータを出しているなら、こちらも気がつかないのでは?」
「二重帳簿か。些か古典的だが、こちらのスケジュールを読み切れれば可能かもしれん。ケージントン課長。そのデータ、調査部にも回して貰えるかな?」
「了解しました。笹岡部長にはこちらから報告を上げておきます」
「頼む」
徴税部長執務室
「国教会の調査なら、特課の初出動にも丁度良いのではないかな」
斉藤とロードは笹岡に呼び出されていたが、そこでついに特課の出動が下命された。斉藤にとっては局長付兼特課課長としての初仕事になる。
「はい。早速招集を掛けておきます」
「斉藤君、あとは君に一任す」
「了解しました。では」
巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング
艦橋
ヴィルヘルム・ヴァイトリングは本来本部戦隊の巡航徴税艦の一隻で、オデッサ級巡洋艦を基礎として各種改装を施されていた。艦の規模はカール・マルクスの四分の一程度で運航経費の大幅削減を目指す特課の母艦として最適と判断されていた。
「特課初の出撃ですからね、局長付からなにか一言」
「からかわないでくださいよ、不破艦長」
ヴァイトリング艦長の不破は二九歳と特別徴税局艦長職の中では最若年だったが、交通機動艦隊に所属していた頃から巡洋艦クラスの砲術長や副長、そして艦長を歴任したエースだった。性格は柔和かつ人懐っこいことで評判と斉藤も聞いていた。
「いえいえ、私達だって命賭けてやってるんですからね。自分達の行為を正当化するような適当な文句が欲しいってだけですよ」
冗談めかしてはいたが、不破の言葉に斉藤は畏まった。普段戦闘中はオフィス内にいるから気付かないが、艦隊戦ともなれば彼女達は斉藤達総合職や一般職の命を預かっている立場だった。
「僕が軽率でした。失礼しました、不破艦長」
「あっ! いえそんな深刻な顔しないでくださいよぉ! 言葉のアリャリャコリャリャってやつで」
「それを言うなら言葉の綾でしょう……」
ツッコミを入れつつ、斉藤は不破の差し出したマイクを手に取った。
「局長付、斉藤です。今から徴税特課初の出動となります。今回はマルティフローラ大公国国教会大教区への税務調査です。戦闘行為などは今回想定されません。しかし、今後の特徴局幹部の育成もこの部署の目的です。各自、気張っていこう」
斉藤はやんわりと念押しして、自分のオフィスに向かった。
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