第16話-③ 局長付・斉藤一樹




 装甲徴税艦 カール・マルクス

 局長執務室


「そういえばねえ、斉藤君」

「はい?」

「うちってかなり金食い虫らしいんだよね」


 カール・マルクスへの帰艦後、斉藤は局長執務室にデスクを与えられて、永田の決裁事項の整理に当たっていたが、唐突に永田は、ミレーヌから各部長が受けた譴責内容について話し始めた。


「ええ……まあ、これだけの艦隊ですから」

「装甲徴税艦はじめ徴税艦の運航経費もかなりのものだし、局員の皆には給料とは別にかなりの特別手当付けなきゃならないんだよ」

「そうですね」

「でさー……巡航徴税艦一隻とか、そのくらいの小さい部隊を編成してさぁ、小規模部隊で細々した仕事を片付ける部隊なんてのもいいかなーなんて思ってるんだー」

「はあ」


 まだ斉藤が局長付となって一週間程度だが、永田がこういうぼやきをする場所に居合わせることは今回が初めてではない。多くは取り留めのない愚痴に近いもので、斉藤は自分の職務をこなしながら聞いていた。


「でも徴税艦の実務課スタッフじゃ政治的判断が出来ないし、あー、どっかにいい感じに政治的判断出来そうでかつカール・マルクスから離れても行動出来るだけの自立して動けるような思考ができる人いないかなー」

「……」


 斉藤は嫌な予感がして手を止めた。聞き流して良い内容では無さそうだと判断したからだ。


「あとできれば若手がいいなあ。今、役職付いてないような子達を纏めて配属して、将来的な幹部候補にしていくってのもいいなあ」

「なぜ僕の方を見ておっしゃるんですか」

「いないかなー」

「……」

「なー」


 永田の生温い視線を受け、斉藤は腹を決めた。


「いえ、僕にやれと仰るならそれは構いませんが」

「ホント!? よし! じゃあ立案諸々お願いね! 草案出来たら見せてね! よろしくー!」

「あっ! 局長!」


 永田が部屋を出た後、溜息を堪えつつ斉藤は草案を一時間程度で作成した。それを見計らっていたように永田が戻ってくる。


「局長、草案が出来ましたので確認願います」

「おっ! 見せて見せて。巡航徴税艦を用いたタスクチームねえ……ちょうど会議があるから、そこで斉藤君プレゼンしてもらえる?」



 第一会議室


「というわけで、小規模編成の特別チームを編成をしたいと思うんだけど」

「局長にしてはまともなアイデアですね。いや、斉藤君の立案か」

「それを命じただけでも奇蹟だね。明日は流星雨か超新星か」

「ミレーヌ君も笹岡君も手厳しいなあ。ま、それはともかく斉藤君から説明してもらおうか」

「はい、では――」


 斉藤の説明に、笹岡以下部長達は感心した表情で頷いていた。特別徴税局に配備された巡航徴税艦――所謂巡洋艦――を一隻用い、少数の渉外班と若手局員をそれぞれの部課から抽出して編成される、ミニ特別徴税局とも言える部署を編成するというものだった。


「――以上です」

「斉藤君、この編成による運航経費の削減効果はどのくらい?」

「別表二の通り、現在の実務課ごとに運用するよりも九割減と試算しています。もちろん大規模戦闘、大口の調査になれば増援が必要になりますが、このタスクチームを投入する案件はこの規模で事足りる案件であるのが前提です」

「うん。よく出来てる試算だわ」


 ミレーヌの質問に、斉藤は淀みなく答えたのに満足げに頷いた。そもそも特別徴税局の強制執行とはいえ、本格的に艦隊戦や揚陸戦を行なうことは少なく、多くの場合は渉外班員が二個小隊ほど入れば済むことがほとんどで、徴税艦は輸送手段に過ぎない。


「徴税三課を中核とするということだけど、ロードはどうするんだい?」

「ケージントン課長が指揮を執ると、局長の意図する若手局員の自主性発揮という趣旨に沿わないので、顧問のような立場で考えています」

「なるほどねえ。いいと思う!」


 永田は斉藤の回答に上機嫌だった。


「しかし斉藤君がマクリントック班長を選ぶとは意外だねえ。マクレンスキー君とか選びそうだったのに」

「マクリントック班長についてですが、能力は十分ですので……」


 笹岡がやや茶化すような調子で斉藤に指摘した。確かにマクリントック班長は斉藤の人格評価としては最悪の一言だが、こと執行中の白兵戦能力や部下の統率力については全く問題がないとも認識していた。


「吾輩としては異存は無い。調査部から四名か。まあその位ならなんとかしよう」


 西条は感心したように斉藤の顔を見つめていた。西条としては年は離れていても同じ帝大経済学部出身者の斉藤に親近感を抱いていないわけではなく、また、去年入局したころの斉藤の姿を思い出して感慨に耽っていた。


「総務部からもソフィはじめ四名ねえ。斉藤君、ソフィ・テイラーさんは必ずということ?」

「以前、カリフォルニアンⅣのホテル群への税務調査などで同行して貰いましたが、情報処理の手際が良かったので」

「ふぅん、まあいいわ。彼女を含め四名出しましょう」


 ミレーヌとしてはソフィの能力に異存は無かったが、税務調査などでも活躍できるとは考えていなかったので驚いていた。


「うちからはゲルトか。良いのか斉藤君? また内臓ごとシェイクされるが」


 秋山徴税一課長はやや不安があった。斉藤はゲルトルート・フォン・デルプフェルトと行動する都度彼女の卓越した戦闘機操縦技術に翻弄されていたからだ。


「秋山課長もデルプフェルトに経験を積ませたいと仰っていたではないですか。航空機で突撃するだけが強制執行じゃないと考えて貰ういい機会では」


 秋山がよくぼやいていたのを斉藤も聞いていたし、どのみち強制執行の際の作戦計画を立てる専門家も必要だった。その点、ゲルトであれば気心はある程度知れているから多少は意思疎通が取りやすいと考えた面もある。


「うむ。なるほどな……わかった。しかしゲルトだけで本当に大丈夫かな……」

「アルヴィンさんがサイボーグ化したので、過去の執行記録から作戦立案のサポートが可能です」

「ああ、彼は戦術支援アンドロイドの素体を使ったんだったな……大丈夫か? いきなり『突撃であります!吶喊であります!』とか言い出さないか……?」

「大丈夫だと思いますが……」


 秋山のやや甲高い声のモノマネは、XTSA-666シリーズの音声をよく再現していた。斉藤は否定してみたが、やや確信を持てずにいた。


「秋山君、ちょっと似てるね、そのモノマネ。まあともかく、異論は無さそうだね。ちなみに入井艦長、ちょうどいい巡航徴税艦あるかな?」


 笹岡の質問に、同席していたカール・マルクス艦長の入井は少し考え込んだが、すぐに該当艦の名を出した。


「そうですね……ヴィルヘルム・ヴァイトリングなどどうでしょう。艦長の不破ふわはまだ若いですが柔軟なやつです。こういう特殊チームにぴったりだと思いますが」

「オッケー! じゃ、これで決まりね。斉藤君、あとはサー・パルジファルに印鑑貰っといて」


 永田はその場で斉藤に稟議書に判を押した。ナノマシン含有のインクから発せられた情報は、艦内ネットワークを通じてデータベースに登録され、国税本省にもこの決定が通知される。


「はい! ありがとうございます」


 斉藤としては特別徴税局入局後、初めて自分の立案した計画だったので喜びもあった。彼もいつの間にかすっかり特別徴税局に馴染んでいたし、やっていることは滅茶苦茶な場所だが、仕事を評価されて悪い気がする人間はいない。

 

「そのタスクチーム、名称はどうするんだい?」


 笹岡の問いに、永田はタバコに火を付けながら考えた。


「うーん、そうだなあ……徴税部……特別任務課、でどうかな。略して徴税特課。わかりやすいでしょ?」


 ここに、後に若手局員の登竜門とされることになる国税省特別徴税局徴税部徴税特別任務課、略して徴税特課が誕生することとなった。書類上は局長が直卒することとなっているが、強制執行の判断を含め、広範な権限を特科課長に移管した異例の新体制だった。課員は現所属との兼務であり、必要に応じて招集し編成されることとなった。


「それじゃ、これでおしまいかなぁ……あ、大事なこと忘れてた」


 会議を締めようとした永田が斉藤に振り向いた。


「特課課長は斉藤君に任せるよ」

「えっ」

「よろしく斉藤課長! いよっ、まいったねこりゃ!」


 初代特課課長斉藤一樹の名が官報に載せられたのは翌日のことだった。国税省至上、最も若い課長の誕生である。



 帝都

 国税省ビル

 大臣執務室


「なんだこれは!?」


 その日発行された官報を一瞥したシュタインマルク国税大臣は怒り狂っていた。


「いえ、特別徴税局の人事案は大臣の裁可を経ているものですが」


 事務次官が諫めるのにも構わず、大臣は印刷されてきた官報を破り捨てた。


「ええいうるさい! なんだこれは!? なにが徴税特課だ! 第一この局長付云々とはなんだ?!」

「ですから、永田からの文書にはきちんと目をお通しください、と……」


 永田憎しのシュタインマルクは、永田からの文書と言うだけで大したチェックもせずにさっさとサインをしてしまう。その悪癖は永田にも知られており、見事に逆用されたわけだ。


「なんだしかし、この、永田は何を考えている」

「さあ……しかし、碌でもないことになることは確かですね。監視を強化しますか?」

「ああ、任せる」


 破り捨てた官報を拾い集めてゴミ箱に放り込んだ大臣は、なんとも言えない気持ち悪さを抱えたまま、その日の執務を開始した。

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