第16話-② 局長付・斉藤一樹

 四月一五日

 帝都 ウィーン

 国税省 

 一階 総務局


 ドック入りを終えたカール・マルクスの公試運転も兼ねて、地球に戻ったのを利用して斉藤のように人事に異動があった者が国税省を訪れていた。


「総務局長のミシェル・マリンスカヤだ。君が、えーと」

「特別徴税局、局長付高等主任補佐事務官の斉藤一樹です」

「そうだ。えらく長い役職名だったな」


 これは局長付として初仕事というわけではなく、辞令交付を受けに来たのだ。本来帝国官公庁の官吏は帝国領内広くに赴任しており、帝都から半径一〇〇光年以遠の任地にある者は電子辞令を交付され、後に正式な書面としての辞令書が配送されることになっている。


 しかし特別徴税局はそもそも特定の庁舎を持たず、書類上は国税省本庁舎に所在していることになっているため、わざわざ辞令を受け取りに来る必要があった。


「これが辞令だ。本文読み上げは省く」


 うちの局長と比べたら随分とシャキッとしている……などと斉藤は目の前の局長を見ていた。言葉に無駄はなく、


「君も因果なものだな。あの永田の部下とは」

「マリンスカヤ局長は永田局長をご存じで?」

「思い出したくもない」


 総務局長は、自分の白髪頭を指さした。マリンスカヤは四五歳で、彼女の同年代はまだまだ白髪が大半を占めるほどではない。


「永田がいる間に私の髪は真っ白になった、と言ったら君は信じるかな?」

「お察しいたします」



 二階 

 第一三会議室


「で、笹岡部長。これで前年度の聴取は終わるが……もう少し永田に掣肘せいちゅうするとか、そういうことはできないものかね」

「私が言って聞くような人間だと思いますか?」

「しかし、君と永田は同期だろう?」

「あちらは局長、こちらは部長。役職上、命令は履行する義務がありますし」

「しかしだねえ……」


 笹岡、西条、ミレーヌ、セシリアの三人の部長は中央税務局長、地方税務局長、経理局長、情報局長、それに事務次官が列席する会議室で戒告を受けていた。実のところ特別徴税局は戒告常習犯であり、永田だけでなく、その部下である四人の部長達も特別徴税局の幹部として、様々な処分を下されている。


 実績として未納税を強制執行で徴収しており、あまり大きな処分は下されていないが、譴責・戒告程度なら山のようになる。全てを都度行うのは面倒なので、現在では年度初めに特別徴税局側から出頭して処分をまとめて受けることになっていた。


「それにこの経費だ。君達の徴税艦の運航経費、もう少しなんとかならんのか、モレヴァン総務部長」

「これでも切り詰めているほうです。同規模の帝国艦隊の運用費に比べれば六割で回しているんですよ?」

「それはそうかもしれんが」


 経理局長からの叱責にも、ミレーヌは澄ました顔で答えるだけだった。補給整備計画の立案と実行は徴税二課の仕事だが、その原資となる特別徴税局予算編成は総務部経理課の領分であり、徴税二課の出してくる無理難題を極力意向に沿う形で、且つ予算を圧縮しているのはミレーヌ麾下のスタッフの手腕である。


「それに執行の際は現地当局や民間への被害は最小限に、と毎回言っているが、ハーネフラーフ監理部長、事前折衝でもう少し穏便に済ませられないのか」

「我々は夜逃げや資産移動を防ぐためにも強襲・奇襲が大前提です。まあもう少し調整は必要でしょうが、それでも不足しているとは思えません」


 地方税務局長の言葉に、セシリアはにこやかに答える。ただでさえ国税法六六六条の濫用とまで言われる特別徴税局において、セシリアはそれでも先方が納得する形で、あるいは受け入れるしかない形での交渉を続けてはいる。しかしながら、任務の特性上多少の苦情は仕方ない、とも割り切っていた。


「徴税先の選定についても、我々本省にもう少し共有できないのか」

「あなた方中央の怠慢で長期未納の多発を招いているのではないか! そもそも――」


 いつもの調子で演説を始める西条に、特徴局側は思い思いの対策を講じているが、本省側は毎回忘れていて聴覚障害寸前。このように、戒告の場でありながらも、素直にごめんなさいなどと言わないのが特別徴税局だった。


 なお、永田は同時刻、国税大臣が直接戒告を行なっている。



 六階 大臣執務室

 

 大臣執務室には国税大臣オットー・シュタインマルクの怒声が響いていた。

 

「永田……! どのツラ下げて帝都に足を踏み入れた!」

「呼んだのは大臣じゃないですか、あっ、新年度明けましておめでとうございます」

「ぐぅぅぅうぬぅぅぅぅぅっ!!」


 年に一度、永田には国税省への出頭が命じられている。これは彼の過去にも関係しているが、主に国税大臣のお説教がその目的である。役所風に言うのなら戒告だが、傍目から見るとシュタインマルク国税大臣のかんしゃくを永田が軽くいなしているようにしか見えない。


「貴様よくものうのうと六角の敷居を跨げたものだな! 国税省の恥さらしめ!」

「あはは、こう見えても案外足が長いんで、ひょいっと」

「そういうことではない!」


 なにせ永田は本省との交信時、ほとんどの場合カール・マルクス側のカメラをオフにしてから会話するので、国税大臣は永田の顔を見るのがほぼ一年ぶり。去年も同じように国税大臣は永田に怒りをぶつけていた。


「何だ貴様は毎回毎回こちらの命令を無視して動きおって! 東部軍管区のホーエンツォレルンや中央軍の富士宮、ムスタディだけではない! 財務省、星系自治省、航路保安局、交通機動艦隊、通信省、天然資源省に非常事態省に司法省、内務省、首相府に各領邦政庁、自治共和国政府、国税局から商工会議所に治安警察に防衛隊司令部、教育委員会に放送局、ET&T、ともかくありとあらゆるところから本省へ苦情が殺到している! 独断専行が目に余る! 秩序を無視して動き回りすぎだ! 本省総務局は貴様のところのクレーム処理担当ではないのだぞ! 尻拭いをするこちらの身にもなってみろ! 何が悲しくて私が土建屋のオヤジの文句を聞かねばならんのだ! そんなことをするために私は議員やってるのと違うぞ! 聞いているのか!?」


 強制執行ともなれば装甲徴税艦をはじめとする艦艇だけでなく、戦闘機隊や陸戦部隊を投入するだけでなく、電子戦で通信封鎖や妨害を行なうのだから無関係の市民からのクレームも含めれば、国税省全体で強制執行の度に平均して一万件以上のクレームが寄せられる。


 中には局内のたらい回しの末、大臣室にまで苦情の電話が回ってくるのだから、国税大臣の怒りもうなぎ登りと言うところだった。


「いやあ、なにせこちらは天翔あまかける徴税吏員でして、直通電話がないもんで、はい」

「そういう問題ではない! じゃあなにか? 直通回線を設ければお前がクレーム対応してくれるというのか、ええ!? なんとか言ったらどうなんだ貴様! 今からET&T本店で回線契約してきてもいいんだぞ! 行くのか! 行かないのか!」


 なおウィーン新市街地アスペルン地区のET&T本店では契約業務は行なっていない。


「家族割って効くんですかねぇ」

「貴様と家族だなどと言われるなら死んだ方がマシだ! 大体貴様はだな――」


 ムキになって言い返す大臣を面白がってからかう永田の応酬は一〇分にも及んだが、いよいよ大臣の顔が真っ赤になってオーバーヒート寸前になったところで、官房長の李博文りはくぶんが援護射撃を開始した。


「まあまあ大臣……永田局長、君達の仕事が重要だと言うことは分かっているが、あまり独断専行が目に余れば、分かっているだろうな」

「どうぞご自由に。ただし、そのときはこちらにも考えがあるというのは、お忘れ無く」


 官房長が最大の警告のつもりで発した言葉だが、永田にはまったく有効打にならない。


「私がなんで特別徴税局なんてところに居るのか、知らないはずはないですよね? あまりこちらの足を引っ張るようなことは謹んでくださいよ。でないと、僕が皆さんの喉笛を噛みちぎっちゃうかも。スネを囓られているだけで済んでいる、とでも思ってください」


 反撃を受け竦んだのは大臣と官房長の側だった。永田の顔を見たまま硬直して、なにも言えない。


「ま、お説教はこのくらいですかね? ちょっとこのあとデートの約束がありまして。それじゃ、また来年~」


 永田は相変わらず曖昧な笑みを浮かべたまま、大臣執務室を後にした。


「何がデートか!! ふざけてるのかあの男は! 誰だあんなのを特別徴税局に放り込んだのは! 許されるのであれば私自ら彼奴きゃつを八つ裂きにしてやる!」


 国税大臣は机の上にあったペンを乱暴に放り投げた。大臣執務室に飾られた先代国税大臣、つまり永田が特別徴税局局長に配属された当時の国税大臣、ランドルフ・オブライアンの写真に見事に突き刺さったのを、国税大臣は忌々しげに睨み付けていた。



 国税省

 正門前


「ああ、悪いね呼び出して」


 正門の守衛が嫌な顔をしながら永田をチラチラと見ている。携帯灰皿持参とは言え、敷地前でタバコを吸っている正体不明の中年男性が怪しくないと言えば嘘になる。かといって、敷地外であるから守衛が手を出すものでもない。


「ご用件はなんですか?」


 国税省の食堂で昼食を済ませていた斉藤は、永田に呼び出されて正門前に来ていた。


「ちょっとさ、僕とデートしようよ」

「えっ……?」

「いやごめんて、そんな本気で嫌な顔しないでよ。比喩表現だよ」

「それなら安心しましたが、どちらへ?」

「君も知ってるでしょ? ローテンブルク探偵事務所」



 帝都

 旧市街 ベイカー街24番地

 ローテンブルク探偵事務所


 斉藤は永田に連れられて、半年ほど前に訪れた探偵事務所のドアをくぐった。ここまで官庁街からは一時間ほど掛け、迂回したり戻ったりカフェによって永田の茶飲み話に付き合わされた斉藤だが、これが尾行避けだったことを、後に知ることになる。


「こんちわー、特徴局のせんちゃんですが」

「自分からせんちゃんだなんて名乗る人いますか?」

「いるよ、ここにね」


 斉藤も一度帝この探偵事務所には来たことがあったが、そのときと変わらず、事務所内は目で見て分かるほどのホコリとゴミの山だった。薄暗い事務所の中は煙っていてよく見えない。


「あっ! しまったもうそんな時間か! ハンス、あんたこの食いさしの親子丼なんとかしなさいよ! 昼食ったラーメンも片付けてないじゃない! ハエが集ってるのよ!」

「しゃあねえだろ調査調査調査と来たもんだ! エリーちゃんも集中力強化のパイプの煙、とっとと排気しやがれ! いつ事務所の換気フィルターは取り替えるんだ? えぇ!? お客さんまで薬中にする気か?」

「れっきとした第一類医薬品指定のものを違法薬物にみたいに言うな!」


 事務所の主と助手は、互いに罵り合いながらゴミと調査資料の山を部屋の片隅に押し固めていく。下層部は化石になった害虫の死骸でもありそうだと斉藤は考えていた。その間に片付け――に値するかはさておき――が済み、事務所内はどうにか他人が立ち入れるだけのスペースが確保された。


「いやあ、先日は大変だったそうで。お二人の無事が分かっただけでも安心ですよ」

「まあねえ……おかげで色々用事も済ませられたし、僕らのデータも訳に立ったかな?」

「ええ、より詳細が判明しましたよ。まだ公式発表前なのでご内密に」

「何を調べて貰ったんですか? 局長」

「ん? ああ、ルガツィン伯爵を焚き付けた連中とその真意」

「……大丈夫なんですか?」


 事も無げに言って見せた永田に、斉藤は我知らず辺りを憚るように声を潜めた。


「おやお客様、私どもの調査力は局部銀河群随一ですよ?」

「アンドロメダ銀河にゃもっとまともな探偵事務所があるんじゃねえかな」

「うっさい!」


 いつもの女探偵エレノア・ローテンブルクと助手ハンス・リーデルビッヒの漫才が終わると、エレノアは小さく咳払いをした。


「コホン……斉藤さんご安心を。この事務所の中はハンスの作った防諜システムが働いてます……まあ内務省のぼんくらくらいならだませると思いますよ」

「内務省も人のことつけ回して何が面白いんだか」

「連中性格悪いからねえ。内務大臣とか顔に性格出てるもん」

「内務省が優秀なら、毎度毎度辺境で叛乱なんか起きないんすよね」


 エレノア、ハンス、永田と内務省への悪態の限りを尽くしていたが、ようやく斉藤が止めに入る。


「あの、お話の続きを……」

「ああ、そうでした。お配りした資料が帝国暦五八四年三月三一日から四月二日に掛けて発生したイステール騒擾そうじょう事件の詳細です」


 机の上に残っていた書籍の山を払い落とし、愛用のラップトップを置いたエレノアが説明を始めた。


「まず、自決したとされているルガツィン伯爵……失礼、元伯爵の死因ですが、他殺である可能性が極めて高いです。後頭部を拳銃でズドンなんて、自殺にしては手が込んでますからね」


 さすがに死体の画像にはボカシが入っていたが、検死報告書を見るだけでも不自然さが際立つ。内務省の省内秘の印が押されており、何故この場で見られるのか斉藤は頭を抱えたくなった。


「また、伯爵の私兵ですが、叛乱軍の二割を構成していました。捕縛された構成員の八割は帝国国籍を持ち、帝国内に居住しているものでしたが――」


 さらにエレノアは報告書のページを進めていく。


「――残り二割は指揮官や部隊長クラスですが、指定テロ組織リハエ同盟の関係者です。偽の帝国臣民籍を使っていたようですね。かなりよく出来てますよ、これ。叛乱に加担しなかったら、多分死ぬまで気付かれなかったと思います」


 どこから手に入れたのか、臣民籍のデータは少なくとも目に見える齟齬はないように斉藤には見えた。


「叛乱に参加したイステール自治共和国防衛軍は、指揮系統上ルガツィン伯爵に従う必要はなかったはずですが、すんなり叛乱に参加しています。防衛艦隊の司令官の供述によると、あくまで辺境の窮状を知って貰うための示威行為であり、本格的な戦闘にはならない、と言われたとか」

「なるほど。ルガツィン氏はそう考えていたかもしれないねえ」

「待って下さい。ルガツィン氏はともかく、あまりに防衛軍があっさり動きすぎでは? 示威行為とはいえ、れっきとした帝国への叛乱行為です」


 エレノアの説明に永田は頷いたが、斉藤は疑問を口にした。エレノアは待っていましたとばかりに笑みを浮かべる。


「そう、そこなんですよ。うちの調査によれば、元々防衛軍司令官のアンジェリーナ・バーリー少将は帝国中央政府への不満を持っていたという証言があります」

「東部軍管区に賊徒の襲撃が集中しているのにも関わらず、辺境への投資が少なすぎる、と?」


 東部軍管区に赴任した役人がそう言うことを口にしがちと、斉藤はいくつかのルートから聞いていた。


「そう。彼女は東部軍管区のアルバータ自治共和国の出身ですからね。身をもって分かっていることでしょう」

「……それにしては短絡的な犯行というか、動機というか」

「東部軍の中枢部には、辺境惑星連合のエージェントが潜んでいる、なんてことも考えられるねえ」

「まさかそんな……誰かが焚き付けた?」


 エレノアの説明を、永田が引継ぎ、斉藤は絶句した。


「そこです。実は、リハエ同盟が出張っている割に辺境惑星連合の動きが鈍い、と軍や内務省でも話題だそうです。そこで持ち上がったのが、これ」


 エレノアがモニターに惑星の望遠映像を映し出す。


「この惑星、帝国国土省管理番号ES1034-G5-59-c、無人惑星……だったはずの惑星です」

「だったはず?」


 斉藤が首を傾げるのを待っていたかのように、今度はハンス・リーデルビッヒが口を開いた。


「実はこの惑星、不法居住者がいたんだな。オマケにこいつら、ここで何してたと思います?」


 ハンスの操作で、惑星を大写ししていたモニターが地表部の精密写真に切り替わる。


「これは……工場?」

「そう! なんとこの惑星、不法居住者がいただけじゃ無くて、違法武器、麻薬が製造されて、帝国内のブラックマーケットに流通してたってわけ」

「こいつらが、今回ルガツィン伯爵を焚き付け、武器を供与したと内務省は結論づけています」

「根が深い問題だねえ……」

 

 さして深刻そうに聞こえないのは、永田の声音のせいだった。


「それと、実は特ダネが――」


 その後もいくつか斉藤が頭を抱えたくなるような地方情勢などを聞いたあと、永田と斉藤はカール・マルクスへと帰艦した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る