第2話-① 徴税艦隊(タックス・フォース)

 装甲徴税艦 カール・マルクス

 第一艦橋


 翌日、調査部の局員から初任者研修を受けている最中の斉藤は、艦橋から呼び出しを受けていた。 


「研修中にごめんね。ちょうど面白いものが見られるから呼んじゃった」


 カール・マルクスの第一艦橋に入ると、一段高い舞台のような場所の座席に着いた永田が斉藤を手招きしていた。


「面白いもの?」


 周りを見渡すと、コンソールを見つめつつ、報告と復唱を繰り返す局員達の姿が斉藤の目に入った。彼らはカール・マルクスの操艦を担当する実務課の課員達である。カール・マルクスは帝国軍では既に退役しているセンチュリオン級重戦艦を転用しているが、運行に最低限必要な人員は二〇〇名を下回る程度、第一艦橋に詰めているスタッフはわずかに八名で済む。


「全艦浮上用意。応急対応班員は所定の位置で待機。隔壁閉鎖一〇秒前」

「観測ポッド切り離せ。映像を艦長席へ」

「周囲に脅威無し。浮上続行。メーンバラストブロー」


 斉藤にとっては人生で初めて見る航海中の宇宙船のブリッジの様子だった。


「斉藤君はこういうの見るの初めて?」

「乗ったことはありましたが、艦橋の中を見たのは初めてです」


 永田の向かい側の座席に腰掛けたミレーヌが問うた。斉藤にとって、こういった光景はフィクションの中のモノであり、彼の好奇心をくすぐった。


「民間船ならもっと靜かだけどねぇ。艦長、艦長」

「はっ」

「この子、徴税課新人の斉藤君。後学のためだから、ちょっと一連の流れを見てらってる」

「そうでしたか。自分は装甲徴税艦カール・マルクス艦長、課長補の入井令二いりいれいじだ。よろしく、斉藤君」

「よろしくお願いします!」


 入井令二は禿頭に柔和な笑みを浮かべ、徴税艦の艦長などと言う役職がついていなければ、大学の教授のような見た目をしていた。斉藤は、艦の指揮を執る人間もハーゲンシュタインや西条のような、一部人格に難がある人間だったらと不安だったが、少なくとも現場の人間は比較的まともなのだろう、と希望的観測に基づいて判断していた。


「さて……指揮の片手間になるが、解説しよう。超空間に潜行していた我が艦は、これから通常空間へと浮上する。そこのスコープを覗いてみるといい」


 斉藤の目の前に降りてきたスコープは、彼が見た時代モノの映画に出てきた、潜水艦の潜望鏡を思わせるものだった。いや、ほぼそのものといってもよい。しかし、このスコープはブリッジの天井に取り付けられているだけで、映像そのものは乗用車ほどのサイズの観測ポッドから、超空間通信によりもたらされている。


「惑星が見えます」

「それが我々の目的地、クリゾリートⅧだな。右のレバーを動かすと、通常空間にいる観測ポッドのカメラが動く」

「おお……!」


 斉藤自身、特定のメカに興味関心が深いわけではないが、こういうメカに触れて心がときめく程度の純真さがあった。


「周辺に脅威となる障害がないことを確認したら、超空間潜行機関の出力を徐々に下げていく。すると、超空間と、通常空間の物質であるカール・マルクスの間に斥力が発生し、通常空間へとはじき出される」


 超空間先行技術は、一昔前であればSFの中の産物である超光速航法に当てはまるものであり、これを実現させた数々の理論は人類の生活圏を飛躍的に広げたのだが、実用化からすでに五〇〇年近くなるとあっては、もはや枯れた技術とも言える。そのため、造船工学や機関技師になるのでなければ、細かな理論を学ぶ機会はない。斉藤も帝国大学を出ているとは言え完全に門外漢で、入井の説明はなかなかに興味深いものだった。


「ここで注意しなければいけないのが、急に潜行機関の出力を落とすと、はじき出される前に全方位からの斥力が艦を押し潰す方向に働く。まあ、通常は出力制御を制御システムに一任している。この第一艦橋にいる人間の主な役目は、機器が問題なく作動しているかのチェックだ……そろそろ通常空間に浮上する。スコープを代わってくれ」


 斉藤がスコープから離れると、制帽を後ろ前にした入井が入れ替わりにスコープを覗き込む。それまで不透明ではっきりしないあやふやな光景しか写していないブリッジ正面モニター――カール・マルクスを始め、大型艦艇ではブリッジが外部に露出していないのが普通だ――が、メリハリのある通常宇宙空間の風景へと徐々に変わっていく。


「艦橋マスト、境界面を抜けました。センサー稼動開始」

「艦首完全に浮上しました」


 超空間から通常空間へと戻ってくる物体を外部から観測すると、まるで海面から潜水艦、つまりかつて惑星上にしか人類が生存していない時代に主流だった戦闘艦艇が出てくるように見えるため、この航法技術は超空間潜行と呼ばれるようになった。


「艦尾、通常空間まで五,四,三,二,一……全艦浮上完了」

「各区画異常なし」

「よろしい。通常推進に切り替え。全艦に第一種執行配備発令」

「あれがクリゾリートⅧ……なんです、あれ……スクラップ……?」


 クリゾリートⅧは、恒星クリゾリートの周囲を周回する惑星で、惑星の分類的には地球型惑星に分類されるものだった。しかしサイズは二〇〇〇キロメートルに満たず、もう少し軌道上に小惑星や準惑星が残っていれば惑星に分類されることはなかっただろう、とされている。


 しかし、斉藤にとってそのような惑星科学の話題はどうでもよい。クリゾリートⅧの周囲というより、カール・マルクスの進行方向に無数のスクラップが浮遊しており、クリゾリートⅧの周囲でも、閃光が一つ、また一つと見えたことの方が気になっていた。


「うちの連中の仕事だよ……おっと、まだドンパチの真っ最中みたいだね」

「ドンパチ……戦闘ですか!?」

「見ての通りご覧の通り」


 横から斉藤を見ていた永田が、何のことはない、という風に答えた。


「税の徴収なのに?」

「うん」


 気の抜けた返事に、斉藤は二の句が継げなかった。今まで散々言われていた強制執行とはつまり、こういうことだったのかと、ようやく彼は理解したのである。主要紙やニュース番組では強制執行が行なわれたことが取り上げられることは希で、斉藤は地方紙や週刊誌の類いも確認しなければと反省していた。


「言ったでしょ。うちは荒事専門の独立愚連隊なの……ああ、ほらごらん。また一隻沈む。あはは、流石に戦力差が大きすぎたかなぁ。うちが負けるわけないもんね」

「笑って言うことですか!?」


 ははは、と笑って見せた永田に、思わず斉藤は声を上げていた。あの光の先、爆発のたびにひょっとしたら人が死んでいるのではないか。徴税業務で何故人が死ななければいけないのか。斉藤は疑問を通り越して憤慨していた。しかし、その問いはけたたましいアラート音と人工音声による警告メッセージによってかき消されたのである。


『高速質量弾接近、数一〇。〇時方向仰角ゼロ。着弾まで一〇秒』

「左舷スラスター全開」

「あれ、まだ反撃する元気が残ってるのか」


 斉藤はまだ知らなかった。左舷側を通り過ぎた質量弾が直撃していれば、カール・マルクスと言えども致命傷を負うということを。そして、宇宙艦の致命傷とはすなわち轟沈につながるのだと言うことを。


「斉藤君、こういうときにぴったりの四字熟語があるじゃない」

「……因果応報ってことですか。だからってこれは」


 斉藤の抗議は、通信士の報告により妨げられた。


「局長、実務一課旗艦インディペンデンスより通信です」

『局長! のんびり遊覧飛行してないで、カール・マルクスは早く本部戦隊と合流して後ろでふんぞり返っててください! 流れ弾に当たりますよ!』

「おやー、こらまた随分と派手にやってるねえ、フランちゃん。まだ戦闘中とは、珍しい」

『その呼び方は止めてもらえませんかねえ』

「紹介しよう。彼女が実務一課長のフランチェスカ・セナンクール」


 映像の向こう、ボサボサのロングヘアーを一つくくりにした女性が雑に敬礼した。通信が切れると同時に、永田は隣に立つ斉藤の顔を見た。唖然呆然といった姿に、永田は場違いな笑みを浮かべた。


「びっくりした?」


 その言葉には、子供がいたずらに引っかかった人間に問いかけるような無邪気さがあった。


「はい……」

「まあ、これが君のこれからお仕事をする特別徴税局の正体。邪魔者は力尽くで排除して、滞納した税金を納めていただくってわけ。まあ、最初からおとなしく払ってくれれば、こんな大事にしなくても済むのにねぇ……」

「局長。インディペンデンスからの内火艇がこちらに到着しました。徴税三課長以下三名です」


 永田が面倒くさそうに言うと同時に、通信士がまた永田に報告した。


「うん、来たね……それじゃあ斉藤君。今から君の同僚と部下にご対面と行こうじゃないか。ミレーヌ君、頼んだよ」

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