第2話-② 徴税艦隊(タックス・フォース)

 第一格納庫


「総務部長がお出迎えとは。で、彼が例の?」

「ええ、後はお願いできますか?」


 じゃあね、と言い残してミレーヌが去ると、斉藤は自分の直属の上司と先輩の前に残されたのである。


「私が徴税三課長。アルフォンス・フレデリック・ケージントンだ」

 

 シルバーグレーのオールバック。スリーピースのスーツを着こなした老紳士。それが斉藤が初めて目にする、自分の上司だった。


「斉藤一樹です。至らない点多々ありますが、ご指導ご鞭撻のほどお願いいたします」

「よろしく頼む……さて、あとの二人は、君の先輩ということになる。うまくやってくれ」

「ハンナ・エイケナール。徴税三課主任よ。よろしくね、斉藤君」


 キャリアウーマン。一言で彼女、ハンナ・エイケナールを言い表すのなら、これが最適な表現である。ブロンドのボブカット、切れ長の目に薄い化粧。活動的なイメージの女性で、頼りがいがありそうだと斉藤には感じた。


「で、俺がトリスタン・アルヴィン・マーティン・ウォーディントン。喜べ、お前と同じ三下だ」


 斉藤の対人格崩壊センサーが触れるか触れないか微妙なところだった。厳つい顔だが整っていて、彼をよく知る特徴局員達の評価としては二枚目半といったところ。彼が斉藤とコンビを組むことになる先輩である。


「よろしくお願いします!」

「返事はよろしい! それじゃ課長……あれ、課長どこ行った」

「うちのオフィスでしょ。右手が震えてたもの」



 徴税三課 オフィス前


「なんで自分のオフィスに入るのにマスクが」

 

 斉藤は、アルヴィンから手渡されたマスクを付けていた。格納庫に置いてあった塗装用のものであり、医療用のものではない。


「いや、万が一、万が一だから心配すんなヒヨッコ」

「……じゃあ、開けるわよ」


 扉を開けたその刹那。斉藤は妙な感覚を覚えた。これまでの人生で嗅いだことのない香りがマスクを突き抜けてきたのだ。


「おっほー。これまたすんごいのキメてらっしゃるよ、うちのボス」


 アルヴィンは鼻をつまんで顔の前で手を振る。臭いわけではない、できるだけ体内に取り込みたくないという自衛反応である。


「何ですか、あれ……タバコ……?」

「に、見えるように加工したハッパよ」


 ハンナはオフィスの奥にある換気装置のスイッチを入れながら答えた。ハッパ。あえてそういう言い回しをするものを、斉藤は一つだけ知っていた。


「ハッパ……まさかドラッ――」

「みなまで言うな。キチンと帝都中央病院の処方箋も出ているよ」


 そう、徴税三課長、アルフォンス・フレデリック・ケージントンは重度の薬物依存症なのであった。保健厚生省公認のものであれば、処方箋があれば使用することが出来るので、別段彼が脱法行為をしているわけではないが、彼のそれはもっぱら自らの快楽を満たすためのものであり、本来の目的、つまり重度の疾病などの苦痛軽減というものからは文字通り光年単位で離れてしまっているのだが。


「それ、末期の宇宙放射線病患者用とかいうヤツでしょ。良いんすか?」

「中々良い気持ちだ。どうだね斉藤君。君も吸ってみるかね」

「未来ある青年を薬中ヤクチュウにするのは止めてもらえませんかね。ったくロード・ケージントンが聞いて呆れるぜって斉藤、大丈夫か?」

 

 アルヴィンは、隣に立つ斉藤の足下がおぼつかなくなってきているのを見逃さなかった。

 

「はい、なんだかあたまがふわふわしてきました」


 それを言い切ると同時に、斉藤は床に崩れ落ちた。


「やべっ、流石に塗装用のマスクじゃだめか!」

「ふむ。やはりアルヴィン達ほどの耐性はないか」

「暢気に言ってる場合ですか! アルヴィン、足持って!」


 叫んだハンナはそのまま斉藤の上半身を抱き起こして抱えあげる。


「あいよ。サイトー、しっかりしろー、傷は浅いぞー」


 足を持ったアルヴィンは、特に真剣味のない声で適当なことを言っていた。残されたのはロード・ケージントンただ一人。彼は脳のシナプス一つ一つにまで、特注の葉巻の成分が染み渡るのを感じていた。



 医務室


「斉藤君!」


 医務室に運ばれた斉藤は、特徴局内の記録によれば、新規入局後の医務室送り最速記録を更新した。その報を聞きつけたミレーヌが、青ざめた顔で医務室に飛び込んできた。


「あ、モレヴァン部長……申し訳ありません」


 ベッドから体を起こそうとする斉藤を、ミレーヌは有無を言わせずに、しかし優しく、子供を寝かしつけるようにして押しとどめた。


「ダメ、まだ寝てなきゃ……で、犯人は?」


 続いてアルヴィンに向けられたミレーヌの言葉は、斉藤へ向けられているモノと打って変わり、ヨタこいたらシバキ倒す、くらいの怒気を含んでいた。


「まだオフィスでヤニこいてるはずッス!」

 

 アルヴィンは鯱張って答えた。


「まったくあの伯爵様は……喫煙室で吸えって言っても聞きゃしないんだからもう……ハンナは?」

「課長にお説教中っす」

「私も加勢してくるわ。斉藤君を頼むわよ、アルヴィン君」


 斉藤は、ベッドに横たわったまま二人の会話を聞いていたが、妙な違和感を覚えた。何故、アルヴィンはあれほど温和なミレーヌに対して、あそこまで緊張を隠さないのだろうか、と。


「うちのボス、ケージントン課長は重度のドラッグ中毒者でな。アレでも一応、家はマルティフローラ大公の直参なんだが、どうもうちの空気がお好みのようだ」

「そう、ですか」


 完全には覚醒していない頭では、アルヴィンの言葉の半分ほどしか理解できない斉藤は、生返事を帰していた。


「まあ、課長にはしばらくは喫煙室に参勤交代してもらうさ。少しは気分よくなったか?」

「はい……ウォーディントンさん、すいません」

「良いってことよ。まあ洗礼だと思ってくれや」


 アルヴィンが差し出した水のボトルを、斉藤は一口だけ飲んだ。これももしかして薬なのではないか、と普段の斉藤なら訝しむところだが、その判断力を司る部分は、未だ開店休業状態の斉藤であった。


「しっかしまあ、お前、体ちっちぇーのな。薬の効き目も二割増しだぜ」

「ちっちゃいって言わないでください……!」


 斉藤にとって、小柄な体は物心ついたときからのコンプレックスだった。それが原因で虐められることはなかったが、体育などの体格差が如実に表れる動作では、ともかく不利な思いをしていた。そんな彼が、学業に打ち込んだのは、それが体格差ではなく、知識量、あるいは知識の使い方によってのみ結果が得られるモノであるからで、彼の原動力となっているものだった。


「ん、気にしてたのか。悪ぃ悪ぃ」


 言葉は軽いが本当に悪気は無さそうだ、と斉藤は判断した。


「……僕の仕事って、どんなものなんですか」

「ん。まあ徴税三課は調査部と似てるが、あっちはカチコミ前の調査、つまりどんだけ滞納してるかの調査。で、うちはといえばカチコミ後、どれだけふんだくれるかの調査ってとこか」


 その割には暇そうだな、と斉藤はぼやけた思考の中で考えていた。


「実務の海賊共がドンパチやったそのあとが忙しい。まあだからこそ、戦闘中はこうやってのんびりとしてるんだが……」


 アルヴィンも斉藤の無言の疑問に答えていたのだが、そのとき医務室の扉が開いた。


「んんんんん? 我が医務室に見慣れぬ迷い人でもいらっしゃるのかなぁ」


 低く癖のある声が医務室に響き、斉藤が首を巡らせると、帝国国教会の牧師のような格好の大男が経っていた。髭も髪もボサボサに伸び、明らかに常人ではない。無論対人格崩壊センサーは振り切れている。近づきたくない人リストも再び更新である。


「げっ。出た」

「誰です?」

「我が名はコンラート・ウリヤノヴィチ・ヤコブレフ。このカール・マルクスの医務班長にして、特別徴税局医務室長である」

「は、はあ。よろしくお願いします。斉藤一樹といいます」

「ふぅむふむ……少年、君は今、何か大きな悩み事があるのではないか」

「は、はあ」

「道に迷えし哀れな子羊を導くのもまた、我が使命よ」

「あー! これからうちは忙しいんです! 斉藤、行くぞ!」


 アルヴィンに半ば抱え上げられるようにして、斉藤は医務室を後にすることになった。


「あの藪医者には気をつけとけ。ドクターヤコブレフはハーゲンシュタイン博士の次にヤベーやつだからな」


 博士、というのが徴税二課長、ハーゲンシュタイン課長のことであるというのは、斉藤も既に覚えていた。否、覚えておかないと取り返しのつかないことになりかねないと深層心理で思っていたからである。斉藤はまだ知る由もないが、ドクターヤコブレフの言動は不可解ながらも、診断と薬の処方、治療については真っ当な医療従事者として行う。ただ、見た目からも分かるように、魔術的儀式などにも精通しているのだが、それは後に語られることになるだろう。



 第一格納庫

 内火艇一〇四号


「よし、それじゃあぼちぼち行くか」


 斉藤が医務室から出て三〇分後、徴税三課はようやく任務を開始するため、内火艇へと乗り込んだ。しかし、斉藤はこの時点で不安が止まらない。課長以外の自分を含めた三名は、ヘルメットと防弾チョッキを兼ねるタクティカルベストに身を包み、アルヴィンに至ってはアサルトライフル装備。斉藤自身も数時間前に手渡された拳銃をホルスターに収め、腰に下げている。


「課長、くれぐれも言っておきますが、艇内は禁煙ですからね」

 

 斉藤がベッドに寝ている間、こっぴどくケージントンを諌めていたハンナ・エイケナールは再度艇長席の男に釘を刺した。


「分かっているよ」

「そういってくわえない! 斉藤君に何かあったらどうすんです!」

「耐性が出来れば問題――」

「あるわ!」「あります!」

「そうか……」


 アルヴィンとハンナ、双方から同時口撃を喰らったケージントンは、酷くがっかりした様子で、葉巻をケースにしまい込んだ。


「斉藤、さっきも話したが俺たちの仕事は主に強制執行後に滞納者の資産を把握すること。どれだけの資産が残ってて、どれを差し押さえるかを調べること。この二つがメインだ。今回はとりあえず、連中の資産リストを漁って、資産隠しがされてないかを見つけ出す」

「は、はい!」

「まあ、ようは家捜しだ。電子的記録は無論だが、物理紙幣や古美術品だってかなりの額になる。まあ、その当たりは俺がみっちり教え込むから覚悟しとけよ」


 アルヴィンの説明は大雑把だが本質を簡便に表していた。内火艇は残りわずかとなった鉱山開発側の艦艇が弱々しく防御砲火を打ち上げる戦場を進んで、地表へと向かった。



 クリゾリート鉱山開発株式会社

 正面ゲート

 

 クリゾリートⅧはネオンやアルゴンなどを主体としたごく薄い大気しか持たない惑星だ。そのため、クリゾリート鉱山開発株式会社の事務所は、エアロックを備えた正面ゲートを備えている。エアロックを抜けた先は地獄絵図だった。


「また派手にやったわね」

「すごいニオイですが……しかも……あれは」


 ハンナがハンカチで口と鼻を覆うのを見て、斉藤もそれに倣った。臭いの原因は構造材が焼け焦げた臭い、さらには銃の硝煙に、もう一つ加わる生臭い臭いが混在したためである。クリゾリート鉱山開発の事務所ビル内に足を踏み入れると、タバコを吸う女と、無造作に転がる死体が斉藤のあらゆる感覚を殴りつけた。


「おーう、今日は殺しは無しだって聞いてたんだがなあ? 渉外班長サンよ」

「アタイらの座右の銘は臨機応変。好きで殺ってる訳じゃない。アルヴィン、分かってて言ってんだろ?」


 口にしていた帝国たばこ協会謹製のピストル・スターを投げ捨てたのは、カール・マルクス渉外班の班長を務めるメリッサ・マクリントック。元聖職者の身でながら、未成年男女に対する淫行で刑務所送りになっていたが、何の因果か今では国税省の手先である。なお、渉外班長であるとともに、カール・マルクス艦内における帝国国教会牧師も兼任している。


「まあ、相手も無抵抗っちゅーわけじゃあるめえしな」

「は、早く医者を呼ばないと!」


 斉藤は血を流し転がっている人間だったモノの傍らで震えていた。マクリントックはその顔を見て、酷く哀れんだ。腐っても元聖職者である。僅かに残った良心がその気持ちを引き起こしたようにも見える顔で、彼女は新しいたばこに火を付けた。


「遅ぇよ。もう死んでる」


 マクリントックは煙を吐き出しながら、斉藤の提案を一蹴した。ついでに転がっている死体も蹴り飛ばした。無造作に転がった死体はピクリともしない。綺麗に見えた頭部は銃撃で吹き飛んでおり、脳がどろりと流れ出たのを見た斉藤の胃は反転し、未消化の昼食のパンを床にぶちまけた。


「斉藤君!」


 ハンナはタクティカルベストに入れていた水筒を斉藤に渡し、口をゆすがせた。青い顔をした斉藤は、助けを求めるようにアルヴィンへと目を向ける。しかし、そこに救いは無いのである。


「いいか斉藤、この程度でビビってんじゃねえぞ。お前のポッケに入ってる御紋を見せた段階で、抵抗したら公務執行妨害だ。最悪射殺もあり得るって書いてあんだろ」

「でも……!」

「デモもスモモもあるか。ほらいくぞ」

「……行くわよ、斉藤君」


 アルヴィンとハンナの声に斉藤はよろよろと立ち上がり、通路の奥へ奥へと向かっていった。

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