第2話-③ 徴税艦隊(タックス・フォース)
クリゾリート鉱山開発株式会社
管理事務所
「ったくデケえ事務所だなあおい。オマケに制圧終わってねえでやんの」
「斉藤君、はぐれないでよ。逃げだそうとしてる連中に撃たれかねないから」
アルヴィンが先導し、ハンナが後方警戒、斉藤は二人の間をおっかなびっくり歩いていく。
「だ、大丈夫なんですか!?」
「しっ、あんまデケぇ声出すな。気付かれるぞ」
「んっ……?」
相変わらず銃声やら怒号やらが聞こえる通路を進んでいくと、斉藤は右耳のすぐそばを何かが通過した音を聞いた気がした。同時にアルヴィンは斉藤を近場の部屋に押し込むというより、突き飛ばした。ほぼ同時に何発もの銃弾が先ほどまで斉藤が立っていた空間を通り過ぎていく。
「ったく渉外班の連中は何してやがる、まだバリバリ銃撃戦やってんじゃねーか。ハンナ、斉藤のお守りは任せたぞ」
アルヴィンはそう言うと、手にしていたアサルトライフルのセーフティを外した。ちなみにコレは彼がどこかの現場でパクってきた拾いものである。
「まったく……ほら、斉藤君、姿勢は低くね。眉間に風穴開くわよ。次の銃撃が止んだら通路の奥まで走るから」
「え!?」
「拳銃は持ってるわね? セーフティ外さなくていいからとりあえず持っておきなさい」
「えっ!? えっ!?」
ハンナが斉藤の腰のホルスターから拳銃を取り出して握らせる。斉藤はハンナに言われるがままでされるがままだった。先ほど受けた衝撃を反芻する間もなく、状況が斉藤の脳内の記憶を上書きしていく。
「今だ!」
「走って!」
アルヴィンのライフルを牽制として、ハンナが走り出す。訳も分からず斉藤もついて行く。ハンナの射撃は正確に滞納者の走狗となった民間軍事企業戦闘員の眉間を撃ち抜いた。
「ハンナ! 二人そっち行ったぞ!」
「斉藤君伏せて!」
言うが早いか斉藤はハンナに押し倒され、覆い被さった形のハンナの拳銃が火を噴きアルヴィンに追い立てられた戦闘員が倒れる。
「斉藤君起きて! 向こうまで走って!」
「エイケナール主任その前に退いてもらえませんか……!」
「あっ、ごめんなさいね。ほら、行くわよ!」
途中、幾度かの銃撃戦を挟みつつ斉藤とハンナはようやく落ち着ける部屋までたどり着いた。
「ふぅー、アブねえアブねえ。お、斉藤無事だな。けっこーけっこーコケコッコー」
そこへハンドグレネードを投げて通路に残った雑魚を一掃したアルヴィンが合流した。
「どこに敵が隠れてるか分かりゃしない」
「ありゃあ素人じゃねえな。鉱山会社だってのに正規軍並みの人間が居やがる。いや、連中民間軍事企業か?」
「な、なんでこんなことに」
「ん? そりゃあお前、悪足掻きってやつだ」
状況がまだ完全には飲み込めていない斉藤に、何でもなさそうにアルヴィンが答えた。
「悪足掻き!?」
「今更どんだけ抵抗しようが、特徴局は強制執行をやめねえ。最悪接収資産が無くても、奴隷市場にテメェの体を売り払うなりして払ってもらうってな。そうなる位なら、テッポー持ち出して、食い詰めた民間軍事企業を動員して、最悪辺境に逃げようって寸法だ」
「あ、奴隷市場ってのは派遣会社ね」
「……」
そのまま斉藤は動かなくなった。突入開始からずっと新情報と新体験の連続であり、ついに彼はオーバーフローを起こしてしまったのである。
「斉藤君? あらやだ、この子気絶してる?」
「一気に詰め込みすぎちまったかな?」
五秒後、斉藤は再起動した。
「状況は分かりましたけど……これってほとんどヤクザじゃないですか」
これで状況を理解する斉藤はさすがである。アルヴィンもその点については驚いた。
「ここは中央省庁にあらず。俺らは特別徴税局。国税省の
しばらくハンナとアルヴィンが雑談をしているのを聞くだけの時間を過ごした時、アルヴィンが手元の端末を見て肩をすくめた。
「渉外班から今度こそ制圧完了だと。やっぱまだ終わってなかったんだな」
「はあ、本当でしょうねぇ?」
アルヴィンの報告に、ハンナは露骨に顔をしかめた。
「おう、行くぞ斉藤。税金たっぷり滞納した不届き者のツラを拝みに行くとするか」
投降した戦闘員が簀巻きにされて運ばれていたり、特徴局側の渉外班員が通路で応急処置されているのを抜けオフィス区画へと入った。
「本当ならペラ紙一枚で済むようなことを、俺達は艦隊引き連れてカチコミに行くってんだから無駄だよなぁ。でも払わねぇのが悪いんだ」
おそらく激戦区だったのだろう。クリゾリート鉱山開発社長室フロアは爆撃にでもあったような有様だった。窓からは、特徴局実務課により撃沈・撃墜された戦闘機や戦闘艦がスクラップの山をなしているのが見える。カール・マルクス他徴税艦も着陸していた。
「だからって、ここまでしなくても……」
「それにこいつらもその覚悟の上で、俺達に楯突いたんだ。勇猛さは讃えるがね、同情はしねぇよ」
「だからといって武力行使は……」
「通告はしたぜ? 税務署から散々。三下から署長クラスまで訪問してやって、義理を通してやろうって温情を無視したのはこいつらじゃねえか」
斉藤の苦言に、アルヴィンは些かの苛立ちを込めて答えた。
通常、税の滞納については各地域、自治共和国や領邦国内の当該地域税務署が行うが、特別徴税局による強制執行はそれら税務署の手に余る大型案件が大半である。そもそも、税務署員を数名派遣するくらいで全ての税を徴収できるのなら、特別徴税局など必要ないのである。
斉藤がこれを知らなかったのは、彼自身がこのような現場に回されることを全く想定していなかったこともあるし、帝国の一般メディア、斉藤が目を通すようなお上品な新聞などでは報じられないからである。特別徴税局のような愚連隊の動きは、チェリー・テレグラフのような辺境軍事情勢に詳しい新聞や、ニュース・オブ・ジ・エンパイアやデモクラティアのような五流のゴシップ紙のほうが詳細だった。
「まあ、それは……」
「斉藤、お前も税務大だの帝大だの出てんだから、そのあたりは分かってんだろう? 払いたくねえから払わねぇなんてのがまかり通る世の中にしちゃあ、真面目に納税してる連中もイヤになるってもんさ」
アルヴィンの言うところはもっともであり、斉藤もそれは理解していたが、納得はしがたい状況だった。だからといってこれほどの暴力的手段をとる必要があるのだろうかと。しかし、彼もいずれ理解し納得し、自らその力を行使することになる。
「帝国は皇帝がいるから国として成り立ってるわけじゃねえ。民と税金で成り立ってるんだ」
アルヴィンは、そう言い捨てると銃撃で穴だらけになった社長椅子に腰掛ける。
「国税省の飼い犬が偉そうな!」
逃亡しようとしたところを捉えられたクリゾリート鉱山開発社長のアベラルド・マルケスが社長室に連行されてきた。彼は、両手を後ろに拘束されたまま吠える。
「はいはいどーも。何なら鳴いてあげましょうか?」
社長椅子にふんぞり返ったアルヴィンが、妙に上手い狗の鳴き真似を披露すると、マルケス氏の怒りのボルテージは最高潮に達して顔は真っ赤になってまるで茹で上がったタコである。
「アンタの言うとおり、俺らは国税省の狗畜生だ。その畜生に噛みつかれるまで、法を守らず私腹を肥やしてた間抜けはどこのどいつだ、ええ? 鏡見たことあるのか? 今持ってきて差し上げましょうか、社長殿?」
アルヴィンの挑発的な言葉に、マルケス氏は反論も出来ずに地団駄を踏む。
「アルヴィン、そのくらいにしておけ。事は優雅に運ぶべきだ。あまり吠え立てるのでは品が無いだろう?」
ロード・ケージントンの姿を認めた斉藤は、また薬物中毒にされるのでは無いかと反射的に鼻を覆い、距離を取っていた。防弾チョッキもヘルメットもなしに歩いてきたロードだが、そのスーツには一切の乱れも、すす汚れ一つさえなかった。
「はいはい、分かってますよ。悔しかったら、テメェも税を使う側にまわってみればいい。案外こっちも苦労してんだぜ?」
アルヴィンの台詞に続いて、ケージントンはスーツの内懐から二つ折りの黒い手帳のようなものを取り出した。
「事前通告通り、あなた方の資産は接収させていただく。この間一切のデータベースの変更、資産の異動は禁じます。大人しくしていただければ、命までは取りはしませんよ」
ケージントンが掲げた特別徴税局員身分証明書、通称野茨御紋を見たクリゾリート鉱山開発社長は、項垂れるだけだった。
「よし、斉藤。電算室に行くぞ。接収資産をリストアップする。ハンナ、データベースの確認は任せるぞ」
「はいはい、わかってますよ-」
アルヴィンに引き連れられ、斉藤はクリゾリート鉱山開発株式会社の電算室に足を踏み入れ、さっそく仕事を始めた。
「ひゅー。ただの山師の会社かと思っていたが、こりゃあ表の鉱山はデコイだな。どこからこんだけの金銀財宝をかき集めてたんだか」
鉱山内で稼働する掘削機械の中央制御のため、こういった企業でも大規模なコンピュータシステムが構築されているのは珍しいことではない。このクリゾリート鉱山開発では、これに経理部門の領域も確保されていた。
「斉藤、他の場所に裏帳簿はねえな?」
「はい、経理部のオフィスは、このメインシステム直結です。裏帳簿の類いは主任と第四課の――」
税務大学校では、公務員向けの税務調査の訓練なども行われていた。まさかこれほど早くその成果を生かせるとは思っていなかった斉藤であった。
「ああ、瀧山さんが見てんのか。なら問題ねえさ」
あのヤクザは仕事をするのか、と斉藤は驚いた。当然である。彼もまた特徴局員であることに変わりはないのである。
「あの、ウォーディントンさん」
「あ? あー……やめてくんねぇかな、その呼び方、長ったらしくてな。アルヴィン、アルヴィンと呼んでくれや」
気まずそうな顔をしたアルヴィンの言葉に、斉藤はふと、通信を勝手に聞いてきたソフィ・テイラーの言葉を思い出していた。そう、他人の過去に深くは突っ込まないのがここのルールだ、と。しかし、斉藤の予想に反してアルヴィンことトリスタン・アルヴィン・マーティン・ウォーディントンは口数が多かった。
「トリスタンなんて柄じゃねえ名前だし、マーティンは穀潰しのクソ親父殿の名前でね。アルヴィンなら俺の知らねえ曾爺さんの名前だからな。アルヴィンのが語感がいいし、何より飲み屋でこの話をすると、女の食いつきがいいんだ」
なんて理由だと思った斉藤だが、それはそれとして、彼自身がそう言うのであれば、アルヴィンと呼ぶことにした。
「わかりましたアルヴィンさん……僕はまだ、この仕事が好きになれなさそうです」
それは斉藤の偽らざる感想である。斉藤とて目標もなく高等文官試験などという狭き門をくぐった訳でもなく、本来なら中央省庁で出世街道に乗り、帝国をコントロールする官僚を志す身である。それがこんなヤクザと海賊と税務署を足して割らないような場所では、さすがに堪えるものがあった。
「お、なりは小っこいが言うことは言うね。結構なことだ。心配すんな、この特徴局でほんとに好きで税の取り立てやってんのは、あの局長と、調査部の西条部長くらいなもんさね」
それからさらに数時間を費やして、徴税第三課はクリゾリート鉱山開発の資産リストをまとめ上げた。斉藤も子供ではない。自らが置かれた境遇が思いもよらないものであるとはいえ、それならば与えられた持ち場で最善を尽くすのもいいだろうと無理矢理ポジティブに考えるようにしていた。何よりも、自分の能力が生かせるという点では、本省よりもよほど特別徴税局は適材適所とも言えた。即断即決即戦力は特別徴税局のモットーの一つである。
「アルヴィンさん。こちらの集計は終わりました」
「お、ご苦労さん……大物から小銭まで、丸々徴収か。鉱産税三億四五九二万帝国クレジット、重加算税一億三八三六万八〇〇〇帝国クレジット。これだけ納めてもらおうってんなら、そうもなるか」
大は鉱山の採掘権、小は金庫の中に転がっていた帝国クレジットの皇帝在位四〇周年記念硬貨まで。ありとあらゆるものを計上し、ようやく納税予定の金額に達したのであった。
「古美術品の類いが多いですね」
「見栄っ張りの貴族趣味だったんだろ。まー、金持ちってのがそういうもの収集しなくなったら、帝国の芸術文化は破綻するからな。そういうのを作る人間の立場と技術を守ることにもなる」下品さと相反する高邁な思想に、斉藤は驚いた。
アルヴィンの会話の端々から出てくる下品さと相反する高邁な思想に、斉藤は驚いた。
「どうせこのコレクションも競売に掛けられて、べつの金持ちに渡るって寸法さ。上出来だ新入り」
「終わったかね」
火を付けていない葉巻――らしきもの――を銜えたケージントンは、酷くつまらなさそうな顔をしていた。
「そちらも取り調べが終わったようで」
「つまらない、実につまらない。反帝国主義に染まって活動家を支援しているとか、そういう骨のある連中は少なくなったモノだ」
「……なんてことを」
思わず斉藤は唖然としてしまった。仮にも帝国の官僚、しかも帝国伯爵の位まで頂いているこの男が、反帝国主義に染まった連中を骨のある連中と評したのである。しかしアルヴィンやハンナの反応を見る限り、いちいち過剰反応していてはここでは無駄に神経をすり減らすのだろう、と理解した。
「さぁて、こちらは完了しましたが、あとはゴロツキ共に任せてオッケーですかね」
ハンナも自分のラップトップを畳んでベストのポケットに仕舞うと、肩を回して一息ついた様子だった。
「渉外班長に搬出には細心の注意を払うようにと伝えておけ。マルティン・カルノーの壺を割られたときのようにされてはかなわん」
「りょーかい」
遡ること一ヶ月前、クリゾリート鉱山開発と同様に税滞納を続けた企業への強制執行時に起きた凡ミスである。帝国現代芸術の大家と呼ばれるマルティン・カルノー作の花瓶。その価値なんと三〇〇万帝国クレジット。これを渉外班があっさりと床に落とし、粉々のセラミック片としたのだ。
その後、雑務を済ませた徴税三課はカール・マルクスのオフィスへと戻っていた。
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