第1話-④ 天翔る徴税吏員達
東部軍管区 クリゾリート自治共和国
惑星クリゾリートⅧ 近傍宙域
実務部実務一課旗艦 装甲徴税艦インディペンデンス
徴税三課 仮設オフィス
時間は斉藤が永田と共に帝都の国税省を飛び立った頃まで遡る。
特別徴税局の本隊は、クリゾリートⅧの近傍宙域に布陣しつつあった。
『全艦超空間より浮上完了。周囲に、多数の艦影を確認』
『一課長より全艦に通達! 全艦第一種強制執行用意! 抜かるんじゃないわよ!』
『実務三課、航空隊発進準備よろし……私も前線指揮を』
『いけません三課長!』
『三課長は意気軒昂ですなぁ』
『二課長も煽らないでください!』
『馬鹿野郎! 指揮通信回線で漫才するんじゃないわよ!』
『四課長より全艦へ。本部戦隊より安全第一が下命されている。ただし、逃亡者は銃殺するからそのつもりで』
艦内放送では、【強制執行】に向けての準備を行う多種多様な通信が流れていたが、装甲徴税艦インディペンデンス艦内の一室、紫煙渦巻く徴税三課仮オフィスには、同時にワイドショーの音声も流れていた。
『こちら、クリゾリート自治共和国、同星系の惑星鉱山、クリゾリートⅧの静止衛星軌道上です。納付期限から半月。株式会社クリゾリート鉱山開発は、惑星周囲に多数の武装船舶を並べ、徹底抗戦の構えを見せています』
「やー、金があるってなぁ怖いもんだなぁ。どこの民間軍事企業を引っ張り出してきたのかね。しかしこのリポーターの子、可愛いな。特に胸が」
純度一二〇%の緊迫感を装ったリポーターの声は、彼らからすれば白々しいものにしか聞こえなかった。頬杖をついてモニターに映し出されたワイドショーを見ている男の関心は、むしろ女性リポーターの胸に向かっていた。彼の名はトリスタン・アルヴィン・マーティン・ウォーディントン。徴税部第三課所属の徴税吏員だ。厳ついがそれなりに整った顔立ちは、黙っていればイケメンと局内では話題だ。ただし、彼の女癖はあまりよくないのであった。
「あんたはデカくても小さくても同じこと言うわね。ま、辺境じゃ珍しくもないでしょ。蛮族の襲来に海賊、ヤクザとなんでもござれなんですから」
相づちを打ったのは同じく三課主任のハンナ・エイケナール。彼女は酷くつまらなさそうにワイドショーを見ているが、その手は常に机上のラップトップコンピュータのキーボードを忙しなく叩き続けていた。
「まったく、こちらがあれだけ恩情掛けたというのに、これだから滞納者というのは度し難い」
口から紫煙を細く吐き出した初老の男が、呆れた様子で頸を振る。彼がこの三課を預かる課長。アルフォンス・フレデリック・ケージントン。こんな仕事に就いていなければ、今頃母国のマルティフローラ大公国の領主の下で、国政を担う立場になっていたであろうと言われているのだが、彼は特別徴税局の現場仕事がお気に召しているようであった。局内ではもっぱらロード・ケージントンで通っている。
「ちょっと課長。インディペンデンスの方は間借りしてるだけなんですから、あんまり調子に乗って吹かしすぎんでくださいよ。あとからこの部屋使う奴らが中毒になったらどうするんです」
「分かってるよ」
「分かってんだかないんだか……」
見た目こそ普通の葉巻とはいえ、中に詰められているのは惑星カムサ産の天然ハーブ――それも著しい中毒性を示す――である。耐性が出来てしまったハンナやアルヴィンはともかくとして、一般的な身体能力の人間がこの部屋に立ち入れば、五分と立たずに気分が悪くなるはずだった。
「ああ、早く帝都に帰って酒でも飲みたい。浴びるように飲みたい」
「そんなことしてると、あなた今に肝臓壊すわよ」
「いいんだよ、俺は。いざとなりゃあ博士に頼んで機械の肝臓でも埋め込むさぁ」
「自棄になんないでよ……」
ハンナは博士、つまり第二課課長の顔を思い浮かべ、背筋を震わせた。肝臓だけならまだしも、あの博士のことだから、おそらく真っ当な人間としての機能は残らないだろうと思ったのである。もし、アルヴィンが本気で博士に人工臓器の埋め込みを依頼しに行くのであれば、彼女は同僚としての最期のよしみとして、全力で阻止しようと心の中で誓った。
「そうだ、カール・マルクスが合流したら新人が来るからな。アルヴィン頼むぞ」
「えー、俺っすか……」
ロード・ケージントンの言葉に、アルヴィンはやや面倒くさそうに答えた。
『――鉱産税三億四五九二万帝国クレジット、重加算税一億三八三六万八〇〇〇帝国クレジット、これらの納付期限をとうに過ぎています……今速報が出ました! 現時刻を以て、帝国国税省特別徴税局は、帝国国税法第六六六条に基づき、当該企業に対する強制執行を開始します!』
リポーターのわざとらしい声を聞きながら、三人は再び自分の仕事と向かい合っていた。彼らはこれから、税の取り立てに向かう。
言うなれば、天駆ける徴税吏員なのである。
第一艦橋
「全艦、執行部署発動。執行火砲使用許可は? まだ出てないのか?」
装甲徴税艦インディペンデンス艦長、
「つながりました。こちらインディペンデンス……高麗軒? ラーメンの出前じゃないんですよ局長……はい! 了解しました! 局長から武器使用許可が出ました!」
吉富はホッと胸をなで下ろし、横に座る上司にうなずいた。
「いいか! 今回は相手を消し去るんじゃなくて半殺しに留めるんだぞ。フリじゃないぞ! 分かってるんだろうな!? アル中の二課長にも徹底させろ! 雇われ艦隊は沈めてもいいが、滞納者の艦艇は接収して国庫に納めるんだからな!」
インディペンデンスに同乗している徴税一課――特徴局の強制執行の作戦立案を担当する――の課長、
「ったく面倒なもんだねえ」
自前で改造したらしい帝国軍服に身を包んだ吉富の上司。特別徴税局実務一課長フランチェスカ・セナンクールは、言葉通り非常に面倒くさそうな口調で言った。
「イチカチョウはこれだから……」
「吉富! なんか文句あんの?」
「いいえ、なんでもありません! 全艦、スタン・カノン発射用意!」
小声のつぶやきが聞き取られていた。我が上司は地獄耳の持ち主と場違いな感慨を抱いたところで、吉富は自らの職務に忠実に、攻撃準備を整えさせることにした。
「ったく、全部吹っ飛ばすほうがゼッタイ気持ちいいのに……」
「イチカチョウ? それは不穏当な発言では?」
「グダグダ言ってないでさっさとぶっ放してやんなさい!」
「了解。全艦一斉射撃、撃てえっ!」
号令一下、特別徴税局第一戦隊全艦から、惑星鉱山クリゾリートⅧ周辺に布陣した敵艦隊へ向けて砲撃が開始。
それに応えるのは株式会社クリゾリート鉱山開発社有武装船団と民間軍事企業ハリストス警備保障艦隊。こちらもほぼ同時に砲撃を開始して、今年度最初の特別徴税局強制執行の火蓋が切って落とされた。
装甲徴税艦カール・マルクス
居住区 斉藤の自室
「……何をすればいいんだろう」
特徴局の研修は業務時間内に入るものの、それ以外の時間を斉藤は持て余していた。何せ自らの所属である徴税三課は遠くクリゾリートⅧにいるとのこと。カール・マルクスの艦内では同じように非番の人間が思い思いに時間を潰していたが、知己も同期もいない斉藤は、大半の時間を自室で過ごすこととなっていた。
「……部長、ここにずっといるんですが、いいんですか?」
斉藤の部屋に来たきり、斉藤の部屋でリラックスしている特徴局実務部長、サー・パルジファルは大きくあくびをすると、そのまま斉藤の膝の上で丸くなり、眠り始めた。時刻は二一時を回っている。何せ帝都からそのままカール・マルクスに連れ込まれたので、満足な私物もなく、斉藤は時間を持て余していた。
超空間に潜行しているカール・マルクスからは外の様子の一切が、淡いグラデーションに彩られた一様な空間しか見えないので、外を見ているわけにもいかない。そもそも、よほどの惑星近傍空間で無い限り、まともなタイムスケールでは景色に変化などないことは、斉藤も知っていた。
『もしもーし斉藤君、いる?』
「誰だ……? どうぞ、鍵は開いてますよ」
長身の女性が斉藤の部屋に入り込む。斉藤はベッドから跳ね起き、警戒心も露わに声を上げた。予期せぬ大声に、サー・パルジファルは膝から飛び降りてベッドの上で丸くなる。
「鍵も閉めてないなんて不用心だね。これ、ミレーヌ部長が斉藤君に渡しといてって」
「あ、ありがとう……なにこれ」
斉藤の手に握らされたのは黒光りする重厚感のある塊。火薬を爆発させ、それにより生じるガス圧で銃弾を加速、ライフリングにより回転を与えられ、目標に着弾する――とどのつまりが拳銃である。余談だが、帝国暦五八〇年代においても個人携行火器は火薬を使用したものが大半であるが、これは技術として枯れており、高い信頼性を持つが故である。
「なにこれって、拳銃」
さすがの斉藤だって拳銃くらいは見れば分かる。
「見たことない? いい銃なんだよー。斉藤君、手がちっちゃいけどこれなら扱いやすいし」
帝国軍銃火器廠傘下のカンディンスキー記念物理・熱光学設計局のメッセレルE38は特別徴税局の制式拳銃で、他にも憲兵艦隊や交通軌道艦隊などで使用されており、軽量で小型、なおかつ発砲時の反動は少ないという特徴を持つ。
「いやそうじゃなくて! なんでこんなものを」
「護身用だよ。私達、素性がバレると狙われやすいからねー」
彼女の言葉は、斉藤にとってあり得ない響きを持っていた。つまりそれは命を狙われる、ということだろうが、なぜ、一徴税吏員ごときがそんなことまで気に掛けなければいけないのか、と。
「……つくづくよく分からないところに来ちゃったんだな」
「ねえねえ、斉藤君。サー・パルジファルとなにを話してたの?」
「別に……というか、君は誰なの? 僕の質問にまだ答えてもらってないよ」
ああ、とサー・パルジファルを膝に乗せてなで回し、前脚を万歳させていた女性が数秒のタイムラグの後に斉藤の言葉の意味に気がついた。
「あっ、ごめんごめん。私、総務部のソフィ・テイラー。ソフィって呼んで。あっ、歳は二四。君の一つ上。先輩って呼んでくれてもいいんだよ!」
徴税各課の課長に比べればどうということはない。多少濃いキャラクターが増えたところで。斉藤は自分に言い聞かせていた。
「あれ? 何か変なこと言った?」
「いや、僕と同年代の人が居るんだなって思っただけ」
「そっか。宇宙艦の乗り組みは初めて? って、普通乗ったことないよね。カール・マルクスはまだいいけど、巡航徴税艦とか強襲徴税艦だと艦内も狭くて大変らしいよ?」
「へえ……ところで、いつまでここに?」
「え?」
「え?」
サー・パルジファルがにゃんと鳴く声だけが部屋に響いた。ソフィ・テイラーという人はややおっとりしていると斉藤の記憶に刻み込まれた瞬間である。
「いや、仕事中じゃないんですか?」
「ううん、別に。非番だよ」
特別徴税局の職務は必要とあれば深夜でも行なわれるが、基本的には九時から一七時となっていて、その他の時間、徴税艦の運行スタッフ以外は非番となる。
「そう……」
「あっ、何か困ってることがあったら言ってね!」
「……そういえば艦外への通信ってできるの?」
「え? うーん、今はこの艦は第二執行配備中だけど、一応出来るよ?」
それを聞いた斉藤は、そもそも第二執行配備とは何だということを聞かなければいけないことを思い出していた。
通信室
「ここが通信室。個人用ブースを使ってね。通信料は一〇分までなら局持ちだよ」
民間旅客船にも良くある、小部屋が連なる共用スペースの通信ブース。まさか軍用通信機でも搭載されていたら……と心配した斉藤であったが、幸い帝国大学のキャンパスにあるものと大差は無いようだった。
「そうですか。ありがとうございます」
「ふふん、いいってことよ。使い方はわかるよね? じゃ、終わったら声かけてね」
そう言うと、ソフィは通信ブースの扉を閉めた。外で待ってくれているのだろうか、物好きな人間もいるものだと斉藤は感じた。斉藤の目的は、自分の恋人への通話である。
「クリス? 今大丈夫?」
『こんな時間にどうしたの? 一樹君』
クリスティーヌ・デルフィーヌ・ランベール。斉藤の大学時代の同期にして、恋人。その出会いは斉藤からの熱烈なラブコールだったらしく、それに対してランベールが心打たれた、ということらしい。彼女は寝間着らしいネグリジェ姿だった。斉藤は目まぐるしい、あえて言えば非現実的な出来事の連続の中で、ようやく現実につながる人間の姿を見られたことで安堵していた。
「ごめん、忙しい?」
『ううん。さっきお風呂入ってたところ。ところで、どこにいるの? 電話交換局がケンタウリ・Aって出てるけど……』
通信波を超空間を経由させることで超々距離をタイムラグなしで繋ぐ超空間通信は、ET&T《地球帝国電信電話公社》がサービスを提供しており、高重力源などを迂回させるために、無数の中継局を帝国領内に設置していた。現在カール・マルクスからの通信は、太陽系のごく近傍にあるケンタウルス座アルファ星宙域に設けられたケンタウリ・A局が通信を中継している。
「うん、それが――」
斉藤は自分の置かれた状況は簡潔に説明した。国税省本省勤務ではなく、特別徴税局の配属となったこと。とんでもない連中の巣窟だと言うこと、猫が部長だということ。食堂の飯は比較的美味しいこと。とにかく、斉藤にとっては話し足りないが、彼女の睡眠時間を奪うような無粋な真似はしなかった。
『そう……国税省だって聞いてたから、てっきり帝都だと』
「僕もそう思ってたんだけどね、アテが外れちゃったよ。クリスはどう? 確か帝国政策投資機構だっけ」
『ええ、もう覚えることが山積み。一樹君のこと笑ってられないよ』
帝国でも一握りのエリートのみが進学できる帝国大学、そこから就職する人間の行き先もまた、帝国の超優良組織といっても良いものだ。ランベールの就職先は帝国領内にある自治共和国や領邦国家で行われる巨大事業、民間企業や産学官連携への融資や投資を行う投資ファンドである帝国政策投資機構だった。
「そっか……僕も帝都に戻れる機会があれば、また連絡するよ。そのときは――」
『もちろん、時間は空けておくよ。ふふっ、そんなに心配しないで』
「うん……じゃあ、切るね。ごめんね、こんな時間に」
『宇宙には昼も夜もないもんね。一樹君、体に気をつけてね』
「それじゃあ……また、時間が出来たら連絡するよ。やれやれ、帝都との時差も考えなきゃだね」
『ふふっ、メールでもよかったんじゃない?』
「……君の声が聞きたかったんだよ、クリス」
『まあ、嬉しい。目の前で言ってもらえないのが残念ね。それじゃあ』
にこりと微笑んだランベールの顔に、斉藤はこれまでのストレスが一気に和らぐのを感じた。彼女は斉藤を甘えさせるばかりの人間ではなく、適度に叱咤する人間だが、もちろん恋人同士の甘い時間も存在する。それが斉藤にとっては心地よかった。
「彼女?」
ブースを出ると同時に、何かのコンソールを操作していたソフィが聞いてきたものだから、斉藤は目を見開いた。
「き、聞いてたの?!」
「あ、ごめん言い忘れてた。執行配備中は準作戦行動中だから、艦の外への通話は監視が付くの。普段は第四課の人がするんだけど、今回は私ね」
「聞いてない!」
つまり、歯の浮くような自分の台詞も、全てこのソフィ・テイラーは聞いていた訳だ。ソフィは目の前の男性の純情な部分を垣間見た気がして、少々面白くなっていた。
「言ったじゃん、一応出来るよって」
「一応ってそういう意味だったならもっと早く言ってくれよ……」
「ごめんごめん、で、彼女?」
「個人のプライバシーもお構いなしか、ここ」
「えへへっ、ごめんね」
「……口外無用でお願いしますよ」
無邪気に笑って見せたソフィを見て、斉藤はそれ以上何も言えなくなった。
「もっちろん! 他人の過去とかに深く関わらないのが、ここのルールだからね」
「えっ?」
「あれ? 聞いてない? でもそっか、カール・マルクスのほうはそうでもないのかなぁ。うちの局、犯罪者とか軍規違反者とか元活動家が多いから」
ソフィは何の気なしに言ってのけたが、斉藤には聞いてはならない言葉が聞こえた気がした。犯罪者、軍規違反者、元活動家。おおよそ官公庁には似つかわしくない人間が構成員だと、目の前の人間が言ってのけたのである。驚かない方がおかしいのだ。
「とんでもないところに来てしまった……」
唖然とした斉藤だが今更逃げられるわけでもない。彼は緊張した面持ちのまま、自室へと戻っていった。
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