第25話-②  パラディアム・バンク


 惑星アーカディア

 第一衛星軌道上

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「局長、全艦浮上完了しました。敵艦隊の規模は帝国軍標準編制の八割程度です。構成艦艇は……なんでしょうね、あれ」

「改造艦艇ばっかりだなぁ。せめて鹵獲した帝国艦艇なら拿捕しても買い手が付くのに。拿捕は取りやめ、一気にケリを付けよう」


 永田は偵察機による画像を見て決定を下した。どう見ても商船改造のにわか作りの改造艦艇ばかりで、拿捕しても構造材の重量でしか値段が付かないことが分かっていたからだ。


「帝国への帰順の勧告は」

「まあ、一応やらないと国土省やら星系自治省がうるさいからね」


 仮に特別徴税局がこの作戦を成功させてしまうとどうなるだろうと秋山は考えた。東部方面軍も中央官庁も完全にメンツを潰された形になるし、なによりも制圧後の統治まで永田が考えるはずもなく、執行終わり次第放りっぱなしになることは明白だった。投げっぱなしにされるのが星系自治省なのか東部方面軍管区政庁なのかは定かではないが、いずれにしろ、可哀想なものだと他人事のように考えていた。


「では投降勧告後に指示に従わない場合、装甲徴税艦による重荷電粒子砲掃射で敵艦隊を撃滅、残敵掃討後に降下揚陸戦に入るということで」

「うん、そんなとこだね……あとは彼らが大人しく従ってくれるかだけど」

「極めて可能性は低いと考えますが」

「まあ、それは出たとこ勝負ってとこで。じゃ、そういうことでよろしく」


 いつも通りの軽い言葉に、秋山は軽く胃痛を覚えていた。

 カール・マルクスを含む特別徴税局全艦艇は惑星アーカディアの第一衛星軌道上に浮上し、すぐさま戦闘隊形へと移行していた。


「敵艦隊、距離三六万キロ付近に鶴翼型陣形で展開しつつあります」

「まあいいや。とりあえず、勧告宜しく」


 その程度のことで執行を取りやめるような永田ではなかったし、特別徴税局ではなかった。


「はっ」


 秋山は全周波帯通信を開き、予定通りの原稿を読み上げることにした。


「こちらは地球帝国国税省特別徴税局。当該惑星は帝国による正統な管理天体であり、現在当該惑星に定住する者についても、帝国による管理下にある。当該惑星管理者は異議があれば申し立てよ」


 秋山はそこで言葉を区切って通信士の方を見るが、通信士は首を振った。異議の申し立てどころかまるで無人惑星かのように静まりかえっている。


「これより三〇分の間に異議申し立てがない場合、当該惑星の未納税について、帝国税法第六六六条に基づき強制執行を行ない徴収するものである。」


 秋山による最後通告から二〇分ほどして、突然全周波帯通信に動きがあった。

 モニターに映し出された不法占拠者の親玉が、ふてぶてしい面構えで名乗りを上げたのである。


『こちらは惑星アーカディア、代表のルフレンス・レイザックである』

「おお、今回のボスキャラか。また古めかしい言葉遣いを」


 辺境の賊徒などにありがちな傾向として、当時の帝国標準語――連邦標準語でもあった――の名残が今でも色濃く、五〇〇年の間に変化を遂げた帝国標準語と比べると語彙やイントネーションなどの面で古くさく感じる傾向があった。


『我らに対して不当な弾圧を加える特別徴税局なる武装集団に対して通告する。ここは帝国を名乗る征服者の法も、辺境惑星連合を名乗る無頼の輩の法も及ばぬ、人類の人類による人類のための真の生存圏である。帝国法などという蛮族の法律など我らには関係のないものだ。即刻我が領域から退去されたい』


 レイザックと名乗る初老の男は、威圧するように低い声で、特別徴税局に対する抵抗の意志を示した。その言葉を最後に、通信は遮断された。


「奴ら正気か。我々の陣容を見てまだ戦うつもりなのか!」


 頭を抱えた秋山のヒステリックな叫びもいつものことである。


「顧客の属する国家を蛮族だなんて失礼な連中だね」


 オブザーバー席でサー・パルジファルのブラッシングに余念がない笹岡が、皮肉を言ったが秋山にはそれに反応する余裕が無かった。


「敵艦隊高度を上げてきます。こちらの迎撃態勢に入るものと思われます」


 戦術支援アンドロイドの征蔵が秋山と永田に振り向いて報告してきた。


「ああ、こりゃあダメそうだね」

「もとより覚悟の上ですが……本当にいいんですか?」

「うん。叩き潰しちゃって」


 永田は事もなげに言った。いつもの通りである。


「簡単に言ってくれますね……特徴局全艦、強制執行開始! 以降は作戦計画に則り、各艦所定目標を火器の適正使用によって制圧せよ。全装甲徴税艦は重荷電粒子砲射撃隊形へ。第一斉射完了後、各戦隊指定目標の掃討を開始」


 秋山の指示が飛ぶと同時に、特別徴税局全艦艇が特別執行を開始した。



 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 徴税特課 オフィス


『全艦突撃用意! 非戦闘員は各ブロック居室内にて待機』


 現代の戦闘艦では、完全な重力・慣性制御が行なわれており、帝国標準重力――帝都地球の重力と同等――に調整されており、それと分かるような振動や音は、徴税特課オフィスがある艦中枢部においては確認できない。もし戦闘配置中の操艦部門の全艦放送がなければ、斉藤達非戦闘員は外の状況などほとんど確認できないだろう。


「あーあ、始まっちゃった……」


 放送を聞いたハンナがうんざりとした声でスピーカーを見上げた。


「あーあ、こんなシケた惑星じゃ無くてもっと都会がいいなあ」


 自分の周囲に浮かんだフローティングディスプレイを見つめながら、アルヴィンはいつも通り愚痴をこぼしていた。


「爆撃跡に調査だけは勘弁して欲しいですよね、ほんと」

 

 局長付になってからは、徴税三課との二足のわらじである斉藤も、それに同意した。


「斉藤君、前回のボルダ&スバーカウの資料。確認お願いします」

「ありがとう」


 斉藤の横の机から流れてきたのは、ソフィの作成したレポートだ。斉藤は三〇ページの資料を五分ほどで目を通し、自分の個人フォルダへと保存した。


「いいね。僕が指摘するような事項はないよ」

「それならよかった」


 斉藤は総務部員にもある程度の調査能力を付けさせるために、定期的にトレーニングを課していた。その甲斐あって、ソフィが提出したレポートもその一つだった。


 かように、艦隊戦の最中でも総合職、一般職の特徴局員は自分の業務をこなしていた。



 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一会議室

 

 すでに艦隊戦も佳境を迎え、惑星地表への強襲揚陸戦を控えた頃、カール・マルクス第一会議室では幹部会議が招集されていた。


「陸戦に移行する前に最終確認なんだけど、どう? 勝てる?」


 永田にしては最終判断を慎重になっているのには理由があった。


「極めて不透明です。地上に配備された敵兵力は事前偵察に比べて数倍の規模になっていると実務四課長より報告がありました。一個連隊規模は確実かと」


 敵艦隊を殲滅後、陸戦部隊たる渉外班を率いるボロディン実務四課長によれば、敵兵力が事前情報と異なりかなりの規模を保持していることが判明。さすがのボロディンも戦力差を鑑みて作戦休止を申し出てきて、今に至る。


「隠していたか、それとも民兵でも増やしたかな?」


 民兵という単語を発したのも久しぶりだと、笹岡は肩をすくめた。


「あり得る話だ。正規軍、という表現がこの場合当てはまるかは不明だが、民兵は厄介だな」


 西条は苦虫をかみつぶしたような表情で茶を啜った。帝国領を不当に占拠する無頼の輩についても、彼らが帝国領内の非合法行為に関与していることも彼の正義に反するものだった。


「どーするんです局長。下手に手を付けちゃったままで帝国軍に尻拭いさせる気ですか?」


 ミレーヌは今回の強制執行について消極的だった。東部軍管区や星系自治省との関係を悪くするものでもあるし、無用な艦隊行動で予算や人員を浪費されるのも、総務部長としては避けたいものだった。


「ボロディン課長からは、全戦力を投入し制圧は可能、なれど被害は甚大という予想が来ています。私も同意見です。ここは現在接近中の帝国軍に後を引き継ぐほうが合理的でしょう」


 作戦立案を担当する徴税一課長としての意見を、秋山は端的に述べた。


「つまり、通常の執行では無理ってことだね、よし、じゃあ落とそうか」

「何をです?」

「月」

「「「「「「月ぃっ!?」」」」」」


 永田の言葉に、会議室の一同は思わず叫んでいた。


「その辺に一杯転がってるでしょ、あれ」


 永田は手元の端末から徴税二課長、ハーゲンシュタインを呼び出した。数分して、いつもの白衣をはためかせながら現れた。


「博士。どう? なんとかなる?」

「ワシは山師ではないのだが」


 永田の発案を聞いたハーゲンシュタインは、眉間に皺を寄せた。ちなみに、山師とは小惑星鉱山を調査する専門職の異名だ。


「そこをなんとか、ね。今やってる案件の予算にも色付けますから。惑星開拓庁に話は通すんで、ね?」

「まったく、局長の思いつきには呆れる」


 お前が言うな、という言葉を会議室に居る誰もが飲み込んだ。


「この惑星は周囲に多数の大型小惑星を捕獲している。最大のものは第一衛星だが、これは六〇〇キロメートルほどあるから、さすがに手間がかかる。これ以外には一〇〇メートルから一〇〇キロメートル台までよりどりみどりじゃ。これら小型衛星はその重力が内部の剛体力よりも小さく、不規則な形状をしているのだが」

「博士、天文学の授業はまた今度」


 博士の講義が長引くことを察して、笹岡がストップを掛けた。


「ぬう、ここからが面白いところなのだが。そもそも小惑星というのはその惑星系が誕生したときの姿を現代に至るまで保存しているもので――」

「博士」


 笹岡による再度のストップに、博士は残念そうに首を振った。


「むう。まあ、小惑星を落としたいなら小ぶりなのを徴税艦でちょいと軌道をずらしてやれば済むことじゃ。軌道計算と衝突による影響の計算はすぐに済ませる」

「じゃ、徴税二課長のお墨付きが付いたところで、さっそくとりかかろう」

「牽引に使うアンカー類の準備に、各艦の工作班を借りるぞ」

「はいはい、博士のご自由にどうぞ」



 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 艦橋


「艦長、状況はどうですか?」


 戦闘が一段落した段階で、斉藤は艦橋に上がってきた。


「えー、これから地上への爆撃を行ない、その後に強襲揚陸を行なうことになりまして」

「爆撃?」


 不破艦長の言葉に、斉藤は阿呆のように口を開いたまま問い返した。


「いやだから、月を落とすんだそうで」

「月」

「そう、月です」


 舷窓の外に浮かぶ薄ぼんやりとした歪な衛星を見て、斉藤は顔をしかめた。


「あんなの落としたら何にもなくなるんじゃ……」

「一応小さいヤツ選んで、相手方には着弾地点は知らせておくそうですが」

「局長はやることが派手だな。あの人は半径一万光年の規模で仕事してるから、惑星一つで収まる仕事だと大袈裟になるんですよ」


 奇しくも斉藤の永田に対する評価は、永田の斉藤評と似たり寄ったりだった。


「それはともかく、こんな悠長に仕事してて大丈夫なの? パラディアム・バンクの本拠地がデータ移行とかされて逃げられるんじゃ……」


 ゲルトが危惧するのも当然だったが、斉藤は苦笑いを浮かべた。


「アーカディアから発信される通信は徴税四課ですべて検閲されてるし、この辺りの超空間回線は細いからね、今の戦闘の余波で大分フネが沈んで、通信どころじゃないだろうね」


 超空間通信は超空間潜航と同様、通常空間の影響を強く受ける。特に対消滅反応炉の爆発のように、時空間に多大な歪みを与える現象が起きると、通信が著しく阻害される。


「今のところ、脱出した船もいないようだし……爆撃とやらが終わってからが大変だな、これは」



 展望室


「おー、あれかぁ? 落っことす小惑星って」


 ヴァイトリングの展望室で、アルヴィンが暢気に呟いた。実務三課の機動徴税艦が小型の小惑星――それでも直径は五〇〇メートル近い――を牽引している。


「直径一キロメートルっていうから、クレーターもかなりの大きさになりそうね」


 コーヒー片手に眺めているハンナにしても、あまりに暢気だった。小惑星落下時の衝撃波や衝突時に生じる火球の影響を考慮すると、かなり大規模な破壊を伴うことは分かっていたが、実感を持てずにいた。


「下にいる人達、大丈夫なんですかね」


 ソフィはこの中では一般人に近い感覚だったが、それでもこの所業自体は容認しており、特別徴税局にいると世間離れしていくというのがこの三人を見ていれば分かるというものだった。



 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「機動徴税艦ワスプより、小惑星の投入準備完了との報告が入りました」

「よーし、それじゃ派手に行こう!」


 永田が小惑星投入の命令を下すその瞬間だった。


「局長、ルフレンス・レイザックを名乗る者が局長とお話ししたいと。降伏するとのことで」

「え?」



 第一会議室


『星をも落とそうとするその蛮行、我らはまったく容認できない……が、この母なる惑星をそのような暴挙に晒すわけにもいかぬ。我々は降伏する』


 苦々しい口調で降伏を申し出たアーカディアの代表を名乗る老人に、永田はニタニタと笑みを向けた。


「潔いなあ……では、我々の査察を受け入れる、ということでよろしいので?」

『致し方あるまい』

「そうですか。陸戦要員がいることも分かっています。ただちに武装解除していただきましょう。我々が降りた時点で何らかの抵抗を見せた場合、こちらも強制執行に入ります。お互い穏便に済ませましょう」

『わかった』


 通信が切れると、永田は至極残念そうに溜息を吐いた。


「せっかく派手なクレーターが見られるかと思ったんだけどなあ」

「穏便に済むならそれでいいじゃないですか」


 ミレーヌの当然のツッコミに、一同は頷いていた。


「ま、ともかく連中の武装解除、パラディアム・バンク絡みの証拠品押収とかすませたら、その頃には帝国艦隊なり治安維持艦隊なりがくるでしょ。丸投げしてこの仕事は終わり、と」

「やっぱり丸投げするんですね……」

「うん! そりゃそうだよ、僕らは臣民籍登録とか出生届や婚姻届の受理なんて出来ないんだから」


 秋山一課長の言葉に、永田は元気いっぱい頷いた。


「まあ、サクッと終わらせて、とっとと引き揚げよう」


 永田の気楽な指示で会議は締められた。

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