第25話-① パラディアム・バンク
超空間内
装甲徴税艦カール・マルクス
第一会議室
先の特別徴税局襲撃事件から一ヶ月。特別徴税局はようやく大規模な執行に移ることとなり、全艦艇が移動を開始していた。
「本日の議題は惑星アーカディアへの強制執行について、ですが……」
斉藤の歯切れの悪い会議開始の宣言に、一同は首を傾げていた。
「アーカディア? 聞いたことない惑星ね」
「惑星アーカディア。帝国に属さない、辺境惑星連合にも属さない、国家でもない、誰にも支配されず抑圧されず……そういうお花畑のアナーキスト集団が住んでいる楽園――」
ミレーヌの疑問に答えたのは珍しいことに永田だった。
「――のはずだった」
「はずだった? どういうことです?」
ミレーヌの疑問に、永田はいつも通りヘラヘラとした笑みを返した。
「じゃ、斉藤君あとよろしく」
「はっ……帝国国土省管理番号ES8034-G5-59-c。恒星ES8034ーG5ー59の第四惑星です」
ESは帝国国土省の管理している恒星であることを示し、8034は国土省が帝国の領宙を一万以上に細分化した宙域の番号を示し、G5はヘルツシュブルング・ラッセル図における恒星の分類、そして最後がG5型恒星リストの番号、小文字のcは最初にこの恒星が発見された際、惑星が観測された順番でa、b、cと振られる記号。つまり帝国国土省分類の8034宙域に存在するG5型恒星リスト五九番目の恒星に三番目に確認された惑星、しかしその惑星は惑星系の内側から数えて四番目……という非常にややこしい管理番号制度は、船乗りなどを中心に評判が悪い。
「それがなぜ、アーカディアと呼ばれるのだ?」
斉藤の説明に西条が疑問を投げかけた。
「アーカディアと呼んでいるのは、この惑星の不法居住者達です。この惑星、便宜上アーカディアと呼びますが……帝国による第三九次開拓計画に基づき調査が行なわれた結果、人類が居住するのには寒冷に過ぎる、ということで放置されていました」
惑星開拓庁の資料映像は帝国暦二〇〇年代のもので、地球の極地域とは比べものにならない猛烈なブリザードの様子が収められていた。
「しかし、放置されている間に、帝国の開拓技術を盗み出した反帝国勢力が、勝手に開拓を進めていたのです。寒冷であることに変わりはないようですが、一応は人類居住が可能な程度まで開発が進んでいます」
「不法居住者共がそんなことをしていたとは……」
西条が呆れたようにつぶやいた。
「問題はこの後です」
斉藤がモニターのスライドを切り替えると、解像度が大分荒い衛星画像が映し出された。
「これはアーカディアの領有権を主張するオードムンド自治共和国の防衛軍が所有する、無人偵察機による映像です。回線が弱かったのか画像が粗いですね……」
ブロックノイズが多い画像をレーダーのデータなどで補正して、無理矢理立体化した画像は、薄ぼんやりとした建物の姿を示していた。
「これは……建物だな? 恐らく工場建屋だ。そこまで大型のものを作る工場には見えん。都市部の外にあるボタ山は、隣接する工場から出たものだ。金属の精錬所か。その隣のものは、化学薬品のプラントか?」
「その通りです、さすが西条部長」
本来ならば帝国軍の情報将校が行なうような画像解析だが、西条曰く『その程度のコト出来ずに調査部部長は務まらない』と独学でそれらを学んでいた。
「実はこのアーカディア、ただの不法居住者の楽園では無く、帝国内で使用される様々な違法銃火器、薬物の製造工場の存在が判明。この都市部は巨大なプラントというわけですね」
「なに!?」
会議室内が騒然となった。斉藤がモニターに映し出したのは交通機動艦隊や治安維持軍が各地で押収した銃器や薬物の画像だった。
帝国では武装した海賊や武装勢力の襲撃が、特に辺境部においては後を絶たず、帝国艦隊や交通機動艦隊だけでは対処が難しいのが現状だった。民間軍事企業はその状況をある程度改善したが、それでも単独行の商船や旅客船は常にそういったものの襲撃のリスクを抱えている。
そこで帝国内では申請をすれば携行銃火器、艦砲やミサイルも購入することができるが、年に数度、交通機動艦隊による抜き打ちの監査を受けることになるので、面倒がって違法兵器に手を出す者が後を絶たなかった。
また、薬物についても帝国では認可された医療機関で処方されるもの以外は違法であり、警察当局の取り締まり対象になっている。
これらの供給源が帝国領内の惑星アーカディアだったという事実は、会議室内の一同にとってもショッキングな事実だった。
「また、パラディアム・バンクの本拠地がこの惑星にあるという匿名情報が」
「パラディアム・バンクだと!?」
西条の声に一同が耳を押えた。今年一の声量だったと斉藤は日誌に書き残している。
パラディアム・バンクとは帝国、辺境惑星連合のどちらでも流通する非合法通貨を監理する銀行組織で、通貨単位はパラディンと呼ばれる。正式な国交がないだけでなく、互いの存在を公式には認めてない帝国と辺境惑星連合の間で違法ながらも経済活動が可能なのは、このパラディアム・バンクの存在あってこそだ。
辺境惑星連合の通貨単位である連合デナリオンは、当然ながら帝国領内では通用しない。逆に帝国クレジットも辺境惑星連合勢力圏では通用しない。そのためデナリオンからクレジット、クレジットからデナリオンの両替をしているのがパラディアム・バンクなのだが、帝国では帝国クレジットが唯一の法定通貨であり、これ以外は違法通貨として駆逐され続けてきた。
そういった当局の摘発を逃れ続け、二〇〇年ほど前から流通し続けているパラディンは、脱税や反社会的組織の経済活動、辺境惑星連合との違法通商に関連していることから、内務省、国税省、財務省、司法省、商工省、国土省が調査を続けてきたが、ここに来て”有力な匿名情報”が現れたという、いかにも胡散臭い事態が生じた。
「しかし、分散型のネットワークかと思ったら、中央集権型のシステムだったのか」
笹岡が二本目のタバコに火を付けながら、驚いた様子で斉藤の顔を見ていた。斉藤は提供された情報を下に作図したパラディアム・バンクのシステム概要を表示させる。
「どうやらそれ自体が欺瞞だったようですね。勘定系のシステム会社をしらみつぶしに調べたら、どうも帝国内の銀行でも無く、辺境惑星連合のものでもないものを手がけた会社が内務省内国公安部にしょっ引かれたようで、そこから判明した……と、情報提供者は言っています」
「なるほど……ところで、その情報提供者は信用が出来るの? 匿名なんでしょう?」
ミレーヌは会議が始まってから今まで胡散臭い物を見る表情を崩していなかった。
「まあ、勘みたいなものかな」
「局長の勘ですか……」
ミレーヌだけではない、斉藤を含めた全員がガッカリしたような、呆れたような顔で溜息を吐いたり首を振っていた。
「エーナンデ皆ソンナ顔スルノー? 入省二〇年、勤勉実直、滅私奉公、
「局長の経歴、半分は特別徴税局に島流しじゃないですか」
一つも心にも無いような言葉を棒読みで並べ立てた永田に、セシリアが溜息交じりにツッコミを入れた。ミレーヌはツッコミすら放棄して紅茶を飲んでいる。
「島流しされても、国税省は国税省だよ」
「まったく、こういうときだけ帰属意識全開なんだな、君は」
笹岡が苦笑いをして言うと、永田は自慢げに笑った。
「うん! そりゃあ国家の公正な税制の実現のために邁進する特別徴税局局員だからね!」
「あのー、局長。続きを……」
「ああそうだった。斉藤君、続けて」
斉藤による各種説明が続けられた最後、またも会議室内の人間が溜息を吐きたくなる情報が提示された。
「ちなみに、この惑星の領有権をボーデン=マルダー自治共和国とオードムンド自治共和国が帝国国土省に申請しており、双方共に数日中に防衛軍艦隊を差し向けるとのこと。さらに星系自治省治安維持軍が監査の兵を降ろさせろと東部軍管区に要請を出し、これに加えて国土省交通機動艦隊が第六九八戦隊を派遣するので立ち入りを禁ずると言いだしまして、おまけに東部軍管区は東部方面軍第八艦隊第二戦隊、第五戦隊、第三二遊撃戦隊、第三四遊撃戦隊に軌道航空軍第三九一航空団、降下揚陸兵団第五九師団を動員して制圧に行くとのことです」
「……どういうこと?」
あまりに多くの組織名が出てきたので、ミレーヌは混乱して斉藤に尋ねた。
「つまり、今までこんな問題大ありの惑星をうっちゃらかしていた連中が、責任を感じて火消しに来たってわけ」
「国税省の火消し部隊が我々、ということですね」
永田の身も蓋もない言い方に、さらに斉藤が追い打ちを掛けた。
「あはは、斉藤君手厳しいねえ」
「ともかく、です」
場の空気が弛緩したのを感じた秋山が、咳払いで空気を変えようと試みた。しかし、その試みは秋山が期待したほどの効果は出なかった。
「特に東部方面軍が介入すると、惑星上が更地にされるだけでなく、彼らの大雑把な行動が惑星アーカディアの連中にしれてしまうでしょう。せっかく突き止めたパラディアム・バンクのシステム中枢がまたどこかへ移転することが考えられます」
「そこで、我々は既に当該惑星に向かっている、というわけだけど、まだ逃げ出した気配はない?」
「超空間通信の監視はしてますが、その兆候はねぇな。秋山、どうだ?」
「物理的にもここ一週間は船舶がアーカディアに出入りしていません」
「じゃ、うちが一番乗りだね。ちゃちゃっと済ませよう」
「それでは各部署、強制執行に備えて準備をお願いします」
瀧山と秋山の説明、永田の総括、斉藤の要請が続き、会議はお開きとなったのだが、笹岡と永田だけは会議室に残っていた。
「永田、あの情報はどこから?」
「ローテンブルク探偵事務所」
事も無げに言った永田の回答に、笹岡は若干頭痛を感じた。
「やはりか……あの事務所、何なんだろうね」
「さあ……ま、これは最後のピースってところかな。いよいよ面白いことになりそうだよ、笹岡君」
巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング
徴税特課 オフィス
「特課はパラディアム・バンク関連施設、人物の確保を最優先にと局長からの命令だ。敵の迎撃を排除してからのことだから、各自準備を進めておいてください」
最近はすっかり特課は特課で動くことが増え、カール・マルクスでの作戦会議後、斉藤達は直ちにヴァイトリングへ移乗していた。
「通常の強制執行もやるの?」
「局長はそのつもりのようだね。徴税種別は治安維持税、地方税、惑星鉱産税、艦船所有税に加え反応炉取引税、帝国法人税、商取引税。さらに超光速回線税、固定資産税、嗜好品税、環境税、静止軌道衛星設置税といったところかな」
挙手したソフィの質問に、斉藤が答えるが、それを聞いた特課一同はなんとも言えない表情を浮かべていた。
「帝国臣民籍もない人間から税金取り立てられるのかねぇ?」
「日付を遡って臣民籍をつくって、滞納された税金を計算することになるんじゃないですか?」
「ひぇー、結構骨だな」
アルヴィンがうげーという顔をしたのを、斉藤は苦笑して眺めていた。
「まあ、ともかく準備を頼みます」
斉藤は一通りの指示を出した後、珍しく、アンドロイドのくせに神妙な表情をしているアルヴィンをジッと見つめていた。
「おう、どうした斉藤。今更俺に惚れちまったのか?」
「はいはい……何かありました?」
「え? いやまあ特には」
「そうですか……妙にシリアスな表情だったので」
「……思い出しちまってなあ。昔の仕事を」
「え?」
「いやあ、その時は渉外班に居たんだがな。パラディアム・バンクの支部みてぇなところを襲撃したんだが、人間以外は全部持ち出されたあとだった」
斉藤が入局する以前、アルヴィンは渉外班にいた時期がある。パラディアム・バンク絡みの案件も担当していたとは思わず、斉藤は少し驚いていた。
「なるほど……」
「そんときにな、俺は女を一人殺し損ねた。町で出会った美人だったんだが、まさかな」
「……見逃した、と?」
アルヴィンは首を振った。
「狼狽えちまったのよ。半日前は俺の下でよがってた女が、パラディアム・バンクの関係者だなんて思えなくてな」
「なるほど……」
「ま、あの女が生きてるんだか死んでるんだか今となっては分からんが……」
アルヴィンはそれきり、溜まりに溜まった納税調書の作成に取りかかったため、それ以上斉藤は問い詰めることをせず、自身の仕事に戻ることにした。
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