第24話-④ 監督官、襲来

 会議室


『これよりアストロノーティカ星系、エクスプローラーⅢセンターポリスでの強制執行事案における、徴税特課執行状況に関する査問会を始める』


 本省側査問会の長は本省領邦課課長、金恩林キムウンリム。太り気味の中年男性だった。


『まずは第一次報告書の概要を出席者と共有する。ミケルソン署長、よろしくお願いします』

『はっ……執行状況についてですが――』


 現地税務署長の報告書読み上げが終わるまでの時間、斉藤は自分の短気を呪っていた。


『過剰な火器使用は特別徴税局ではよく見られる事案ではあるが、人口密集地での強制執行にも関わらず、徴税艦による砲撃は看過しがたい。斉藤特課長、弁明はあるかね』

「現地税務署員の救出、速やかな執行を実現するために最適な措置だったと確信しております」

『笹岡徴税部長、どうですか』


 領邦課長に呼びだされ、カール・マルクスの会議室にいる笹岡が画面に映し出された。


『我々の仕事から言って、これは特に珍しい事態ではありません。人質救出と執行を円滑に進めるためのやむを得ない火器使用だと考えています』


 斉藤と笹岡の弁明は、特別徴税局から本省への報告でも用いられる定型文だった。


『笹岡部長!』

『結果として執行は順調に終わっております』

『そういうことを言っているのではない! ラポルト監督官、君の所見を聞きたいが』


 斉藤は横に座る監督官を見た。ラポルトは相変わらず暢気な笑みを浮かべている。


「警察の規制線が張られており、民間人の被害については軽微に済んでいます。被害届の報告もありませんし、まあ問題ないでしょう。特別徴税局の執行は、民間人レベルですと花火大会のような調子ですから、まあ灰を被った程度の感覚です。規制線内の被害についてはまだ集計中ですが、ミツイシ建設本社ビルに局限されており、まあ多少周辺ビルにも被害はありますが、保険で対応出来る範囲内かと。用いられた砲弾も演習用の、軽量砲弾とかいうもので、現地への被害を軽減させるため、砲弾の射出速度を低下させるなど工夫はされていました。あのまま立てこもっている連中と交渉を続けても没交渉でしたし、それは本来警察の仕事であり、特別徴税局の仕事ではないでしょう。最低限の注意喚起もされていましたし、執行火器の使用状況としては何らかの処分を下すにしても、戒告程度で済ませるべきかと」


 立て板に水とはまさにこのこと。ラポルトの発言に斉藤は目を見開いていた。


『しかし、斉藤特課長にそれらの指示をした記録はないが』

「普段から人口密集地帯での執行が多いのですから、斉藤課長による日頃の指導、薫陶くんとう賜物たまものでしょう」

『……現地で監督官が見た上での発言であれば、それが尊重されるべきか。ミケルソン署長はどうか』

『はっ……人質になった私の部下達も怪我もなく、幸いでした。徴税特課の行動についても、監督官の証言に付け加えるところはありません』


 現地税務署長としては自分達の手に負えない案件を、特別徴税局に恥を忍んで出動を要請したのであって、あまり大口を叩けない。領邦課長はアテが外れたとばかりに不機嫌そうに鼻を鳴らした。


『……では、斉藤特課長、今回は人口密集地での重火器の使用についての戒告、とする。以上』



 居住区

 斉藤の自室


「……監督官。なぜあのような証言を?」


 斉藤は珍しく、自室に人を入れていた。別に彼が人嫌いなのではなく、ヴァイトリングの私室は狭いというのが第一。


 第二に、管理職になってしまったので迂闊に部下を入れるわけにはいかないということがある。職権濫用と見られてはたまらないということだった。


「え? だって斉藤がこんな事件で処分されたら、僕は悲しい」


 コンテナを椅子代わりにして、斉藤が出したコーヒーを飲んでいたラポルト監督官は、事も無げに言った。


「え?」

「帝大以来の友達じゃないか!」

「いや、だけど」


 斉藤は困惑していた。そもそもラポルトを友達と思ったことはなかったが、相手の認識は一八〇度違ったのだから当然だ。


「本省の役人ってのは本当に性格が悪いからね。僕みたいなのを送り込んだのは、君達特別徴税局の立場を悪くしたい一心だろう? 本省の出世レースで君みたいな有望株を潰されたらたまったものじゃない」

「ラポルト……」


 ラポルトの言葉に、斉藤は思わずこれまでの彼への行いを恥じた。


「あっ! 久しぶりに名前で呼んでくれたねえ! いやあ、いいよ、もっと呼んで」

「うるさい!」

「あははは!本当に君は変わらないねえ……ところで、僕が誰にここに向かうように言われたのか知ってる?」

「君の上司は領邦課長だろう?」

「いや、その上ってこと。三羽烏に睨まれてるねえ、君」

「僕が?」


 ラポルトはコーヒーの最後の一口を飲み干してから口を開いた。


「注意しといた方がいいよ。本省内じゃ君達が叛乱を起こすんじゃないかって噂になってる」

「……叛乱?」


 ラポルトの暢気なツラから出てくるような言葉ではなかったので、斉藤は阿呆のように同じ言葉を繰り返した。


「うん、叛乱。君達何をしでかしたんだい?」

「さあ?」


 惚けて見せたものの、ラポルトには何かを見透かされているのではないかと、斉藤は少しばかり怖くなっていた。


「ま、僕が案外操り人形に甘んじていないようだと、今回のことで気付いてくれただろうし、監督官の派遣も短期間で終わるんじゃないかな」

「君の領邦課内での扱いが悪くなるのでは?」


 公務員、特に国家公務員、それも中央官庁では成功より失敗のほうが悪い意味で評価される。斉藤がラポルトの身を案じたのは、彼らが出会ってから初めてのことだった。


「別にいいさ。領邦課だけが出世ルートではないし、そもそもそんなところにいく器じゃないよ、僕」

「そんなつもりは……」


 あっさり言ってのけたラポルトに、斉藤は居心地悪く口ごもった。


「いいんだよ! 僕は誰しも認める無能者。帝大卒業したのだって、高等文官試験通ったのだって不思議なくらいさ。そんな僕にだってプライドがある。同じ国税当局の一組織をおとしめるための操り人形になるのはゴメンさ」


 実はさ、とラポルトは斉藤に顔を近づけて続ける。


「実はね、君の懐柔を頼まれてたんだよ。帝大同期のでさ」

「どういうこと?」

「君を本省に引き戻したいんだろう。永田局長のそばに有能な人材を置いときたくないんだ。人事権を発動するのは無理でも、本人の転属願いは考慮しないわけにはいかないからね」


 ラポルトの言葉に、斉藤は不愉快そうに腕を組んだ。


「甘く見られてるな。まあ入省二年目の下っ端だからそれもそうか」

「入省二年目で目を付けられてるんだから大したもんだよ。僕なんか君と同期ってことだけで、他には何にも取り柄がないからね」


 やや落ち込んだような斉藤を見て、ラポルトは笑った。


「そんな顔をするなよ。今回は君の元気そうな顔が見られただけでも満足さ。僕が帰ってからも、真面目に仕事するんだよ」

「普段から真面目だ!」

「うんうん。その調子だ。死んじゃダメだよ、斉藤」

「わかってる。色々すまなかった……」

「この貸しは、そのうち色々な形で返してもらうさ!」



 翌日

 第五宙域

 星間ステーション《ランゲルハンスⅤ》

 旅客ターミナル


「いやあ、短い間だったけどお世話になりました」


 ラポルトは本省領邦課からの帰還命令を受けた。ヴァイトリングで最寄りの星間ステーションに送り届け、ラポルトはそこから帝都行きの旅客船に乗り換えることになったので、斉藤と徴税特課から何名かが見送りに出ていた。


「ラポルト、本省も大変だろうが、元気でな」

「もちろん! 今度は特別徴税局配属で転属願いを出してからくるよ」

「エアロックから放り出すぞ」

「あははは、最後まで君は変わらないなあ。それじゃ、アデュー!」


 ひらひらと手を振って出発ロビーへと向かっていくラポルトを見送りながら、斉藤はらしくもない寂しそうな笑みを浮かべていた。


「斉藤君、ラポルトさん居なくなって寂しいの?」


 ソフィが茶化すように斉藤に言うが、斉藤の表情は複雑だった。


「いや、そうじゃないけど……アイツはアイツで、僕のことを友人と思ってくれていたんだなと」

「まあ、あの空気の読めなさはある意味才能だわ。中央官庁はあの手のタイプが案外向いてるのかも……局長も、若い頃はあんな感じだったのかもね」


 ゲルトの言葉に、斉藤とソフィは何事か考え込んだように黙ってしまった。二人はもし近い将来、永田の後任として、あるいは本当に追加人員としてラポルトが送り込まれてきたときのことを考えてしまったのだった。

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