第24話-③ 監督官、襲来


 三日後

 本国第三九宙域 アストロノーティカ星系

 第六惑星エクスプローラーⅢ


 本国宙域は帝国でも最も開発が進められている宙域で、それだけに特別徴税局の出動回数も多い地域である。帝国初期開拓時代から数えれば四〇〇年近い歴史ある有人惑星も多数存在する。アストロノーティカ星系はそんな星系の一つで、発見当時はシュトルーベー215αと呼ばれており、超空間潜航技術が実用化されて現地調査を行なう以前から、人類が移住可能な惑星としてリストアップされていたものだった。



 センターポリス

 ミツイシ建設 本社


「状況はどうなっていますか?」


 エクスプローラーⅢセンターポリス税務署からの要請を受けて出動した徴税特課。市街地ど真ん中ということもあって野次馬やマスコミも大勢詰めかけている現場に、斉藤は渉外係などを引き連れて到着した。上空はヴァイトリングがカバーしており、逃げ場はない。


「やっと来てくれた。あの連中をどうにかしてくれ!」

「あなたは?」

「センターポリス税務署長、ジャン=ロック・ミケルソンだ」


 薄寂しい頭髪の署長は、怒り狂っていた。


「特別徴税局徴税特課、課長の斉藤一樹です」

「ミツイシ建設。アストロノーティカ星系でも随一の建設企業。まさか一二億も脱税していたとは……オマケにマフィア雇って用心棒にしてるんで、手が出せないんだ……うちの署員が人質になってる」

「物騒な話だなあ、斉藤、人質の命は最優先だからね」

「監督官に言われるまでもありません……なぜ監督官はこちらに?」

「そりゃあ、君の仕事ぶりを目の前で見たいからさ!」


 相変わらず監督官は暢気な様子で現場をキラキラした目で眺めていた。


「アルヴィンさん、拡声器を」

「あいよ」


 アルヴィンが背中に背負っていた通信機を外部拡声器モードにして、マイクを斉藤に手渡した。なお、本来はアルヴィンそのものが外部拡声器になるのだが、アルヴィンいわく『頭の中で響いてうるさい』ので使用されていない。


『こちらは国税省特別徴税局。国税法第四九条に基づき、エクスプローラーⅢセンターポリス税務署より国税徴収権限委譲を受け、これより強制執行に入る。異議があれば直ちに代表者より申し立てを。また人質を速やかに解放せよ。要求が入れられない場合、国税法第一三九条に規定された国税当局員に対する武力攻撃と見なし――』


 斉藤が令状――別名おふだ――を読み上げていると、ミツイシ建設本社ビルの窓の一つが開いた。


『帰れぇ! 税務署が何の用だ! テメェらに用事はねえんだよ! 帰らねえならこいつらの命がどうなっても知らねえぞ!』


「あれは?」

「あれがミツイシが雇ってるこの辺りのマフィアのグラント一家だ」

『我々は国税徴収に来たのであって、人質をとった犯罪行為とそれによるあらゆる主張に対する交渉に来てるわけではありません。速やかに事務所を開放し、調査を受けて下さい』

『うるせー! 税務署だか特別徴税局だか知らねえが、とっとと逃亡用の船を用意しろ! 人質がどうなってもいいのか!』


 斉藤は事務的に返したが、チンピラ達は声を張り上げる。


『我々は警察ではない。よって交渉には応じられません』

「いいのかー斉藤? 相手は税務署員の人質取ってるんだぞ?」


 渉外係を率いるマクリントック班長が面倒そうに斉藤に振り向いた。


「もう少し様子見ましょうか」

「裏口からアタシ達が入って後ろからっちまおうか?」

「まだです」


『いいか! 俺達は本気だぞ! 早くセンターポリス宇宙港までの車も用意してもらおうか!』

『繰り返しますが我々は国税徴収に来てるのであって、交渉には応じられません』


 斉藤の宣言を聞いて、何事かマフィア達が喚いているが、さらに斉藤の横合いから叫ぶ者が現れた。


「君! なんてことをしているんだ!」

「なにか?」

「センターポリス警察署のチャールズ・アトキンソン警部だ。あんなに刺激をしたら交渉どころじゃない。もっと慎重に」


 そこからさらに、斉藤を取り囲むように現地の行政・消防当局、マスコミ、市民団体がわっと押し寄せてきた。


「センターポリス消防署の――」

「アストロノーティカ・ナウの取材です。斉藤さん、今のお気持ちを――」

「行政局の――」

「我々は国税省特別徴税局の横暴に断固反対する市民団体――」


 しばらく斉藤はそれらを聞き流していたが、やがて斉藤の中で何かが切れた。我慢の限界、あるいはオーバーフロー、堪忍袋はすでに破裂して粉々といった様相だ。


「だーぁっ!!!!! もう、まどろっこしい! 国税法第六六六条に基づき以下省略!」

 

 斉藤はマイクの音量を最大にすると、マフィア達を睨み付ける。


『とっとと降りてこいチンピラ共! お前達の額に風穴開けて中身引きずり出して国庫の足しにしてやろうか!? えぇ!? それとも荷電粒子砲で骨まで焼き尽くしてやろうか! どうなんだ! 脱税するような頭はあるくせに人質取って罪状増やすようなゴミみたいな頭しやがって! 納税者の風上にも置けないクズ共が! 特別徴税局を舐めるなよ! 木っ端の税務署と一緒にするな!』

「さ、斉藤、待て待て落ち着け!」


 さすがにアルヴィンが止めに入るが、斉藤の凶行はもう誰にも止められない。先ほどまでは抗議やら要請やらを喚き立てていた警察当局やマスコミ、市民団体も斉藤の剣幕に驚き、唖然とし、あるいは喝采を送る。


「おおスゴいな! 帝大に居たころも斉藤ってプッツンするときがあったんだよ! いやあ久しぶりだなあ」

「おいおい監督官がそれでいいのか!?」


 さすがにアルヴィンがラポルト監督官を見て愕然としている。


「ヴァイトリング聞こえますか!? 副砲発射用意! 砲撃座標一三四、三四八二、二三五四! 警察は野次馬を下がらせてください!」

『ちょっと待って下さい課長! 人口密集地ですよ!』

「至近距離です、外す距離じゃないでしょ!? 構わないから発射!」

『オイ! バカな真似は止めろ! 人質はどうする気だ!』


 斉藤の指示は大音量で響いていた。もちろん上空の巡航徴税艦から砲撃されたらたまったものではないからマフィア達も狼狽える。


『課長ぉ、砲撃準備完了しましたがホントに撃つんですか……?』

「撃つったら撃ちます! 今すぐ撃ちます! 撃たないなら今すぐ僕がそちらに戻って撃ちますよ!」

『えーん、責任は課長ぉ、お願いしますよー!』

「責任でも出前でも取ります! 直ちに発射!」

『待ちなさい斉藤!』


 斉藤が現場に出るのでヴァイトリング艦橋に残っていたゲルトが、さすがに制止を掛けるが、指揮系統上不破艦長は斉藤の指示を実行しないわけにもいかなかった。


「うるさい! 発射!」


 直後、ミツイシ建設本社ビルの正面にヴァイトリングの一五五ミリ電磁砲弾が着弾した。



 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「あー、はいはい。後始末はこちらでなんとかするから、はいはい。あそこの行政長官には貸しがあるから。はいはい、お疲れさまー」


 ヴァイトリングからの執行完了報告に、永田はヨットレースの専門紙――週刊メインセイル、毎週火曜日発行――を眺めながら答えた。


「しかしこれまた荒っぽい……いや斉藤君らしいか」


 ちょうど局長執務室でタバコを吸っていた笹岡が、苦笑いを浮かべていた。


「不破艦長が気を利かせてくれたからよかったようなものの……」


 笹岡は現地から送られてきた報告書に目を通した。斉藤の指示をそのまま実行していたら、ミツイシ建設本社ビルは倒壊して周辺市街地にも多大な犠牲が出ていたことは間違いなかった。そこで不破艦長は演習用に用いられる軽合金とセラミックで作られた軽量弾を用い、射出出力も二割程度に絞って砲撃。


 結果、ミツイシ建設本社ビルと、隣接するオフィスビル五棟の窓ガラスが衝撃で割れる程度。怪我人もミツイシ建設本社ビルに籠城していたマフィアや会社幹部が軽症を負っただけで済んでいる。


「斉藤君って、半径一万光年規模の仕事をするために頭が出来てるから、せせこましい一街区で収まる仕事だとああなっちゃうんだろうなあ」


 永田の斉藤評に、笹岡は頷いた。


「気楽に言ってる場合じゃないだろ? 幸い死人こそ出なかったが……監督官の目の前でやっているんだぞ」

「死人が出なけりゃ報道は彼を面白がって取り上げるだけ。税務署長や現地警察当局にしても、自分らの落ち度になるから声高に触れ回れない。怪我したのは現地のマフィアと脱税企業で誰も同情しちゃくれない。周辺への被害にしても保険が利く。良い塩梅じゃないか」


 笹岡の注意喚起も、永田には響かなかった。


「君は斉藤君に甘いんじゃないか?」

「笹岡君、人のこと言える? ところでさ、確か笹岡君、アストロノーティカの警察当局に顔が利くよね」

「あそこの警察署長は地元が同じでね。中等学校時代のクラスメートなんだよ。まあ穏便に済むように言っておくよ」

「しかしまあ……斉藤君、案外銃砲の扱いが過激なんだよね」


 斉藤のこの手の過剰な執行については初めてのことではない。いずれも斉藤の指示を受けた側が適度に調整しているから大事にはなっていないし、執行拳銃の使用については、斉藤自身がそれなり以上に銃を扱えることが功を奏し、こちらも大事にはなっていない。


「不破艦長は柔軟だね。特課の母艦にヴァイトリング選んで大正解だったよ。そのまま砲撃してたら一街区がクレーターになってた」

「荒事に慣れ過ぎちゃったんだなあ、僕ら……」

「本省から早速事情聴取の査問会の要請だよ。僕が出るから、君は書類のほうよろしく」


 笹岡としては面倒な査問会を永田に押しつけたいところだったが、永田が出ることでより状況が悪くなることを危惧しての配慮だった。


「あっそ」


 そんな配慮を知ってか知らずか、永田は気楽そうにヨットレース誌に視線を戻した。



 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 艦長室


「査問会、ですか……」


 アストロノーティカでの執行後、斉藤は艦長室に呼び出されていた。


「はい。本省は斉藤課長の職務執行に疑義があると判断したようですね……」

「斉藤が突然キレて艦砲射撃なんかするからよ」


 ゲルトが斉藤を睨み付けるが、とうの斉藤はそれを意に介さなかった。


「結果的に速やかに強制執行が済んだんだからいいじゃないか」

「アンタねえ、言い草が永田局長そっくりよ」

「……」

「あ、本気で傷ついてる」


 黙りこくって俯いた斉藤の様子を見て、ゲルトがざまあみろとばかりに鼻を鳴らした。


「局長とそっくりは効きますよねえ……それよりも、査問会ですが、こちらからは斉藤課長、ゲルトさん、監督官、私が出席します。会議室に行きましょうか」


 艦長もやや項垂れながら席を立ち、斉藤達も会議室へと向かった。


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