第24話-② 監督官、襲来


 東部軍管区

 第二三九宙域

 第四八九ポスト付近

 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「ここ一週間に実施された強制執行は一〇件。正常に執行が完了したのは二件。残り八件のうち五件が執行先が夜逃げ、三件は犯則嫌疑者が逃亡済み。ここ数年の執行状況から見ても異常です。徴税部、調査部、実務部の記録を見ても、執行について問題があったとは考えられず……」


 秋山は悄然とした様子で報告書を読み上げていた。


「別行動中の特課だけは何事もなし、ねえ……どう思う、永田」


 同じくタブレットに表示した報告書を読んでいた笹岡が、タバコを咥えながら永田に顔を向けた。


「どうもこうも、あまり身内を疑うのは僕の趣味じゃないなあ」


 部屋に来ていたサー・パルジファルに猫じゃらしを向けていた永田――なお、サーはまったく反応していない――は、暢気な調子で返事をしていた。


「永田の趣味の問題ではないよ」

「わかってるわかってる。しかし……執行予定の出来る人間は限られてるわけで……瀧山君のプロテクトは完璧だよ。資格保持者以外が予定の確認は出来ないだろうし、調査資料を閲覧することもできない」


 永田は少し考え込んだあと、畏まっている秋山に顔を向けた。


「まあいいや、秋山君、ご苦労さん。実務部の皆には規定通り休暇を出してあげてね」

「はっ」


 秋山が退室したあと、猫じゃらしを放った永田は、机の上の書類に埋もれていた通信端末を掘り出した。


「ロード、すぐにコチラに来てもらえる?」


 五分ほどしてロード・ケージントンが執務室に現れた。


「次の執行先が確認できるのは、局長、徴税部長、調査部長、実務部長、監理部長、そして私です」


 執務室のモニターに映された執行予定の一覧は、閲覧者の局員番号などが表示される仕組みになっているが、その履歴も表面上問題は無い。


「報告書にもあるとおり、瀧山課長の証言に間違いは無いでしょう。サー・パルジファルを除く六名以外で閲覧した形跡はありません」

「サー・パルジファルはいいのかい?」

「彼は僕らよりもずっと帝国に忠実だよ」


 永田が指折り数え、笹岡はその人数とサーを除いたことに疑問を呈したが、永田はサー・パルジファルに猫用のお菓子を差し出しながら答えた。


「さあ、彼も餌次第だと思うけどね」


 笹岡の軽口に、ロード・ケージントンは気にすること無く話を続けた。


「ここにいる三人すら信用出来ないとは、いやはや、世知辛いものですな」

「とりあえず、ロードには内偵を進めてもらいたい」

「承知しました」


 ところで、と永田は湯飲みの茶を啜ってから続けた。


「最近特課に送り込まれた、ラポルト君だっけ? 彼が漏らしてるなんてこと、ないよねえ」


 すでにラポルトが特課に派遣されて一週間。特課自体は特に執行についてのトラブルは無く、職務を遂行していた。


「不正アクセスがあれば探知できますが、瀧山四課長もそれらしいものは掴んでいないとのことです。ヴァイトリングにいる斉藤からも、その点については不審の点は無いと」


 特に過日の中央官庁コンピュータ群からの不正アクセス事件の後と言うこともあり、瀧山はじめ徴税四課による局内コンピュータシステムへの監視はいつも以上に厳重かつ慎重なものだった。部外者が執行予定のファイルにアクセスでもしようものなら、瀧山自身が拳銃チャカ短刀ヤッパを持ち出して襲撃しかねないほどである。


「斉藤君や瀧山君が嘘ついてるって事は?」


 永田にしては突っ込んだ言い方だったし、ロード・ケージントンをして一瞬戸惑いを隠せなかったのを笹岡は見逃さなかった。まさか永田が自分の部下や瀧山を疑うとまでは思っていなかったのだろう。実際、内務省内国公安局出身とは言え、その程度にはロード・ケージントンは部下や同僚のことを信用していた。


「これは私感ですが、彼らにそうすべき動機がありません」

Why done itなぜやったのか ってやつかぁ。推理小説だね。しかしロードが私感だなんて珍しい。斉藤君が本省のハゲ連中に頼まれて、地位と引き換えにやってるってことはないかな」

「部下として、彼の人間性には信頼を置いています」

「おー、ロードが信頼を置いてるのか。わかった、信じよう」


 永田はいつもの気の抜けた笑みを浮かべた。ロード・ケージントンはその顔を見ながら、自分も随分とお人好しになったものだと自嘲気味に笑みを返した。



 マンデーズ自治共和国

 首都星マンデーズⅣ

 センターポリス上空

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 艦橋


 特課にラポルト監督官が着任して一週間。通常通り各地の小規模ながら現地当局で執行が難しい案件を強制執行していた特課だったが、普段と異なる環境でいろいろなトラブルが生じていた。


「ふんふふふ~んふふん~♪」

「ラポルト監督官、執行配備中なので部外者はオブザーバー席についていて貰いたいのですが」

「いやあごめんごめん! 軍艦に乗ることなんかないから物珍しくてねえ。それにしてもすごいねえ、ほとんど下に居る徴収チームだけで片付けるなんて」

「それが普通です」

「いやあ、君は本当に指揮官っぷりがいいねえ」


 ラポルトが監督官として着任して以来、特課、特に執行配備中のヴァイトリング艦橋は張り詰めた空気が満ちていた。主に斉藤のラポルトに対する当たりの強さが要因だが、その元凶は自由気ままで緊張感を欠いたラポルトの発言と行動によるものだ。


「ところで艦長さん、今晩お食事でもご一緒にどうです? いやあ、といっても艦内食堂では雰囲気もありませんが」

「あのぉ、監督官、一応執行配備中ですのでそういうお話は……」


 不破艦長が横目でオブザーバー席の上司を見やるが、こちらを向いていなくても、意識は確実にラポルトに向いていることがハッキリと分かるほどだった。


 特課にいる遊び人――というよりほぼアルヴィンしかいないが、アルヴィンにしても執行配備中に粉を掛けるほど無神経ではない。ちなみに驚くべき事に、アルヴィンはサイボーグ化されたあともそういった行動を続けている。食事は取れなくても、性行為はできなくても、女性と駆け引き、交流することこそが彼の幸福なのだろうと、アルヴィンの行動ログを見ていたハーゲンシュタイン博士が証言している。


 ともかく、空気の読めない監督官、それに苛立つ課長は人間的にも監督官を嫌っていることを隠さないという最悪の状態だった。


「へぇすごい! 火器管制システムってこんなものなんだねえ。お一人で操作を?」

「え、ええ、まあ」


 砲雷長カーリー・クラークにちょっかいをかけ始めたところで、斉藤の堪忍袋の緒が切れた。


「監督官! それ以上の無用なクルーへの干渉は看過できません!」


 斉藤にしては珍しい、怒りを込めた低い声――それでも一般男性と比べれば高いが――を聞いて、艦橋内のラポルトを除く全員が硬直した。


「おお、斉藤。そんな怖い顔しなくてもいいじゃないかあ。皆怖がってるよ」

「誰のせいだと思ってるんだ!」

「あはははは、斉藤そんなに怒らなくてもいいじゃない――」


 斉藤がラポルトの胸ぐらを掴んで前後に揺すっていると、ラポルトが体勢を崩して斉藤に倒れかかる。


「あっ!」

「ちょっ――!」


小柄な斉藤が支えきれずに火器管制システムのコンソールに倒れ込むと、電子音がいくつか鳴り響いた。


「あーーーーっ! 発砲中止! 中止!」


 不破艦長が慌てて艦長席から火器管制システムをオーバーライドして取り消さなかったら、危うく市街地に大穴を開けるところだった。


「課長! 監督官! 執行配備中は座っててください! 艦長命令です!」


 船に乗ったら船頭任せ、巡航徴税艦に乗ったら艦長任せ。不破艦長としても自分の職域で好き放題されてはたまらないという様子だった。後にも先にも不破艦長が斉藤に対して叱責したのはこの時だけだった。


「いやあ、申し訳ありません艦長。ほら、斉藤も謝らないと」

「誰のせいでこんなことに……すみません艦長……オフィスにいます、状況が変化したら教えてください」

「お、そりゃあいい。僕もそちらへ行こう」


 斉藤が気を遣って艦橋を出て行くと、ラポルトもルンルンという擬音さえ聞こえてきそうな足取りで斉藤のあとに続く。


「……早く帰ってくれないかなあ、監督官」


 不破艦長が溜息交じりに言うと、艦橋内のクルーが同様に溜息を吐きながら頷いた。



 徴税特課 オフィス


「おい斉藤! さっきの発砲命令はいったいどういうことだ! アタシらごと纏めて吹き飛ばす気か!?」


 ヴァイトリングと執行配備中の渉外係の間には情報がリンクされており、先ほどの発砲未遂についても伝達されていた。一仕事終えて艦内に戻ってきたマクリントックが斉藤に怒鳴り込んできたのだが、無理もなかった。


「申し訳ありません……」

「まあ事情は艦長から聞いてっけどよぉ、もちっと気をつけてくれよ。味方の砲撃で死んだなんて情けねえことになりたくねえのさ」

「はい……」


 マクリントックが斉藤に叱責するという珍しい状況を、ゲルトとソフィ、アルヴィンとハンナは物珍しそうに見ていた。


「斉藤君、なんかやつれてない?」

「まだ一週間よ?」

「ありゃかなりキテるな……」

「相性悪いのね、あの二人」


 斉藤自身の決裁や判断が鈍っているわけではなく、ラポルト以外の課員に対する態度は平素通りだが、それが斉藤自身の強靱な自制心によって保たれていることに四人は気付いていた。いっそ常に誰に対しても怒り狂っていてくれたほうが自然とさえ言える。


「発砲未遂もこれで二度目。一昨日が監督官が舵輪に手を掛けて危うく墜落、三日前の宇宙空間でエアロック開放、反応炉区画のシールド解除未遂……」


 ゲルトがげっそりとした様子で指折り数えて、気付いたように斉藤を見やる。視線の先の斉藤はすでに通常業務へと移行していた。


「斉藤がいっしょにいるのがマズいんじゃない?」

「斉藤君のツッコミ、荒っぽいからね……」


 ゲルトの指摘に、ソフィが頷いた。アルヴィンとハンナは、あれをツッコミと評するソフィの感覚に同意すべきかどうかを考え込んでいた。


「ひょっとして、斉藤君がラポルト監督官と一緒にいるとトラブルが多いのって、斉藤君がラポルト監督官に当たりが強すぎるのもあるんじゃない?」

「スキンシップ過多というかなんというか……じゃれついてるというには不穏なことだらけね」


 特課の中でも斉藤と付き合いの長い四人は、今後のことを考えながらうんざりとした様子で、執行記録や納税調書の作成に取りかかることで、気を紛らわすことにした。


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