第24話-① 監督官、襲来
惑星ロージントン
錨泊宙域
装甲徴税艦カール・マルクス
局長執務室
先日の帝都中央官庁機能停止事件および無人艦襲撃事件から三日後。
補修が必要な徴税艦を除き、特別徴税局は平常業務に移行していたが、そんな中、思いもよらない通達がカール・マルクスにもたらされた。
「えー? 本省から増員? 監督官ってなに?」
永田はミレーヌが持ってきたタブレットを手に、明らかに不満げな表情だった。
「本省領邦課の期待のホープ、帝大出のエリートだそうで。まあお目付役といったところでしょうか。斉藤君と同期ですね」
ミレーヌもいかにも胡散臭いという風な表情だった。この時期にわざわざ本省からの影響力を強めようとしている意図が見え透いていた。
「今まであれだけ自由にやっても何も言わなかったのに?」
「言われてましたし自由にやってたから派遣されるのでは。しかし、人事に介入できないからって監督官なんてポストを新しく作るとは」
特別徴税局の人事権について、本省は一切介入しない――永田が特別徴税局への島流しを受け入れた条件の一つだが、人事に介入することはできないが、本省からの監督は、永田の立場では受け入れざるを得ないと、本省三羽烏が考えたとしても不思議ではない。
「なんとかして追い返せないかなあ」
永田はしばらくの間、何事かを考え込んでいた。その間にミレーヌは事務伝達は済ませたと退室しようとしたが、永田が手を叩いたので振り向いた。
「あっ、そうだ、いいこと思い付いちゃった♪」
永田がこう言うときは、大抵碌でもないことだとミレーヌは諦めたように執務室を後にした。
ルンハイ自治共和国
資源衛星サンルゥⅣ
巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング
徴税特課 オフィス
「えっ、監督官?」
斉藤はカール・マルクスからの通達を強制執行先で聞くことになった。
「らしいぞー。こりゃあれかな、面倒ごとを押しつけられてるやつ」
合成紙に出力された通達文を見ながら、アルヴィンは面倒くさそうに首を振った。
「えー。本省からでしょ? 面倒くさー。どうせやることなすこと全部文句付けてくるんでしょう?」
ハンナも同様の表情で帳票の仕上げに掛かっていた。今回の執行先は資源衛星サンルゥⅣを所有するドェンルウ鉱山産業、未納税二億八三九〇万帝国クレジットに加え、ルンハイ自治共和国を管轄する東部軍管区国税局の局員への傷害行為もあったために特課が投入され、二時間ほどで片付けられた。
「この忙しいときに……」
ソフィの低い呟きに、特課オフィスの空気が凍り付いた。
「ソフィ、怖い」
隣に座っていたゲルトが顔を青ざめさせる程度にはソフィの表情も険しかった。
「ただでさえ国会開会後で提出しなきゃならないものが多いのに……」
そもそも年明け以降は総務課課員がピリピリする時期である。国会対応に加えて年度末に向けた各種処理が山積することがその原因だった。
「ま、まあ、監督官の対応は僕がするから」
斉藤が特課課長に就任して一〇ヶ月。一般業務は既に斉藤の手から離れ、特課として出動中も、局長付や徴税三課職員としての仕事を並行して進める程度に斉藤の仕事量は激減していた。
「皆の業務に影響が出ないようにこちらでも配慮するので、まああまり深く考えずにやってくれ」
全員の気のない返事に、斉藤もややうんざりしたように通達書を閲覧済みのケースに放り込んだ。
二日後
アル=アルサイン自治共和国
惑星ハルールバード
軌道都市アル=シャリーフⅫ
巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング
徴税特課 オフィス
『斉藤課長、本省監督官と名乗る方が乗艦を希望されているのですが』
「オフィスへ通してください……どんなやつが来るんだか」
次の強制執行先に向かう途中の寄港地で、各種補給を進めていたヴァイトリングに件の監察官が来た。斉藤は雑務をしながら渉外係の局員に返事をしていた。
数分後、連れてこられた人間の顔を見て、斉藤は唖然とすることになる。
「やあ斉藤! 久しぶりじゃないかあ! 元気そうでなによりだ!」
長身金髪碧眼、眉目秀麗と言って過言では無い男性が、陽気な調子で斉藤に抱きついた。
「――――」
抱きつかれた方の斉藤は感情が一切消し去ったような表情で硬直していた。
「あ、あのぉ、どちら様で……?」
ホルスターの執行拳銃に手を掛けたまま、ゲルトが誰何した。
「僕と斉藤は大学時代の同期でねぇ。いやあ、こんなところで再会できるとは! これは運命じゃないかなあ! おっと名乗るのが遅れました。フィリップ・アンドレ・シリル・ラポルト。本省領邦課より、特別徴税局のお手伝いに参りました。どうぞ、お見知り置きください」
芝居がかった所作で特課の一同に一礼したラポルトに、斉藤は無表情というよりもいっそ侮蔑するような目を向けていた。
「おお! こんなお美しい方がいるとは事前に聞いていればもっと早く来たおごぉっ!?」
ハンナに笑みを向けたラポルトに、斉藤は後ろから蹴りを入れ、ラポルトは二メートルほど吹っ飛んだ。あまりの凶行に、普段から荒事には慣れているはずの特課員ですら固まって言葉も出ない。
「ナンパしに来たのなら今すぐエアロックから叩き出す」
常になく冷たい斉藤の言葉だが、ラポルトは起き上がるとスーツのホコリを払いながらヘラヘラ笑うだけだった。
「いやあ君は相変わらずだなあ。元気そうで何よりだよ! 特別徴税局なんてところに配属されたと聞いて心配していたんだ」
再び斉藤をハグしようとするラポルトを、斉藤は前蹴りして遠ざけた。
「ジョンソンさん、ラポルト監督官に居住区の空部屋を案内してあげてくれ。一〇時よりミーティングがありますので、それまではお部屋でお休みください」
「はっ……はい! 監督官、こちらです」
「そうかい? ではまた後ほど! アデュー!」
渉外係の囚人兵に連れられ、ラポルトが退室した。
ラポルトが退室してから数秒、斉藤に全員の目線が集中していたが、斉藤自身は両手をわなわなと震わせていた。
「そんなバカな話があるか! あいつが国税省に!? そんなはずはない! そんなはずはないんだ!! 監督官だと!? ヤツのために態々ポストを作ったのか六角のバカ共は!」
斉藤は叫ぶやいなや、自分のデスクの端末に飛びついた。
「さ、斉藤君? どうしたの?」
あまりの剣幕にソフィが斉藤に心配げな声を掛けるが、それさえ斉藤の耳には届いていない。
「で、電話だ! 警察!? 公安!? 消防!? いや違う本省総務課だ! ええ、はい、フィリップ・アンドレ・シリル・ラポルト、学籍の照合を。はい、私? 私は特別徴税局の――」
本省総務課の対応の後、問い合わせの結果を受け取った斉藤は、顔が青ざめていた。
「なんてことだ……」
「斉藤、さっきから変よ?」
ゲルトも不安げに斉藤を見ているのだが、やはり斉藤は気にしていない。
「帝大卒業後国税省入省……だと。ふざけるな! 帝大だぞ!? あいつが卒業できるわけが無い! そもそもあいつが帝大に入ったことすらおかしいんだ! 宇宙開闢以来の悪夢だ! この宇宙には法も仁義も無いのか!? 国父メリディアンはただ天上で微笑むだけの風見鶏か!? 夢なら醒めてくれ!」
何事かに怒り狂う斉藤というのは珍しくないが、特定人物に対してここまで憎しみを込めてキレ散らかす姿は、特課の中でも斉藤と付き合いの長いアルヴィンやハンナ、ソフィやゲルトでも見たことがなかった。
「で、でも、そんな妙な人には見えなかったけど……」
「そんな……騙されるなソフィ! 感覚が麻痺してるんだ! あれは妙な人だ!」
ソフィの言葉に、斉藤はガックリと項垂れたあと、ソフィの肩を揺すった。
「それはそうね……」
「確かに妙なやつだったわ……」
「うちも人材の珍獣猛獣勢揃いのサファリパークみてぇなところだからな」
ゲルト、ハンナ、アルヴィンの人物評を経て、斉藤は訴えかけるように叫びだした。
「あいつは碌なやつじゃない! 歩く無能、呼吸する甲斐性なし、
オフィスを飛び出そうとした斉藤をソフィが羽交い締めにする。
「離してくれソフィ! 離せ!」
「ま、待って斉藤君! ここは港の中だからエアロックからたたき出しても意味が無いよ!」
「いや、それもダメでしょ」
ソフィの突っ込みがズレていたものだから、ハンナが軌道修正を掛けた形になる。しばらくの間斉藤はジタバタと喚いていたが、五分ほどしてようやく落ち着いた。
「取り乱しました。申し訳ありません」
アルヴィンが淹れてきたコーヒーを飲んだ斉藤が、やや項垂れて椅子に座っている。
「斉藤君らしくないわね。それにしても斉藤君、どうして彼……ラポルト君のことをそこまで言うの?」
ハンナに聞かれ、ようやく斉藤が口を開いた。
「……ヤツとは帝大で遭遇しました」
他の課員一同斉藤の言葉に耳を傾けている中、斉藤は昔話を始めたのだが、出てくるエピソードごとに皆の表情が暗くなっていく。
まずそもそも、斉藤とラポルトの出会いは入学式だった。帝大のファン=ルーネン大講堂にて行なわれた式典で、斉藤とラポルトは偶然となり同士だったのだが、ラポルトが腰を掛けた瞬間、斉藤の椅子の金具が偶然にも外れ、
これを端緒として、突然ハグされ階段で突き落とされかける、後ろからびっくりさせようと大声を出して肩を叩かれ車道に放り出される、毒キノコを喰わせられる、書棚が倒れてくる、床が抜ける天井が落ちてくる、そのほか感電、爆発、滑落、食中毒、落水、昏倒etc.……と、ともかく帝大在学中の斉藤のヒヤリハットゾッとするようなイベントは枚挙に暇がない。
このいずれもラポルトによる短慮、浅慮、考え無し、蛮勇、無知、無定見、蒙昧、生兵法、非常識、半可通、拙劣な行いによるものだった。この後ゲルトは『なぜこれで斉藤が生きているのか分からない』と慨嘆している。
しかしながら、そのほぼすべてにおいて斉藤に対してラポルトはまったく悪意が無く、むしろ純粋に好意を抱いていることも察せられたことから、これらの事故が故意では無く偶然のものであることも、斉藤自身ですら理解していた。
「ともかく、奴と付き合うと碌なことにならないんです。なんとかして本省に送り返さなければ……」
斉藤はゆらりと立ち上がると、ブツブツと何事か呟きながらオフィスから出て行ってしまった。
「……アイツも苦労してるんだな」
いたたまれない様子で、アルヴィンが首を横に振った。斉藤もラポルトに悪意が無いことは自覚していながらも、斉藤の証言が事実であれば
「しっかし……それだけ
途中から話を聞いていたマクリントックが珍しく不安げに呟いた。
「メリッサ、おめえシスターなんだろ。なんかそういうのに効くまじないとか国教会にねぇのか?」
「アホかお前。んなもんあったら国教会が葬式宗教だなんて言われねえんだよ」
「そらそうだ。まあ……斉藤が死なねえように、俺達も気をつけておくか」
特課オフィスの一同は、言い知れない不安を胸に各々の業務に戻った。
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