第23話-④ 宣戦布告

 惑星ロージントン

 第二九四八番出航ルート上

 巡洋艦エトロフⅡ 応接室


 東部軍管区首都星としてロージントンの衛星軌道は常に過密状態にある。もちろん各艦、軌道都市、衛星や軌道上プラットフォームは十分な安全距離を取っているが、無秩序に航行すると衝突の恐れがある。そこで惑星ロージントンのヒル圏内はいくつもの入出航ルートが設けられている。


 その航路上を、アスファレス・セキュリティ艦隊が単縦陣を組んで進んでいた。


『常務、特徴局のヴィルヘルム・ヴァイトリングよりレーザー通信、こちらに合流するとのことです』

「わかった。しばらく任せる」


 柳井が通信を切ると、斉藤達に向き直る。


「コーヒーをどうぞ。インスタントだがね」

「頂きます……いいカップを揃えておいでで」


 柳井がトレイに載せて運んできたコーヒーを、斉藤が一口飲んで、その味ではなく入れ物についてコメントした。


 斉藤達の前に置かれたカップとソーサーは、艦内酒保で販売されているマグカップなどとは明らかに質が異なるものだった。


「この船は元海賊船でね。そこの船長が揃えていたモノだ。そのカップでも多分私のスーツの一〇着分くらいにはなるだろう」


 斉藤は思わず、手にしたカップの取っ手を持つ手の力加減を強めたが、それはそれで瀟洒な装飾の施された取っ手をもぎ取るのではと思い、ソーサーへそっと降ろした。ソフィとゲルト、アルヴィンもそれにならう。


 柳井という男がどれほどのスーツを着ているか斉藤には推し量れなかったものの、少なくとも一〇万帝国クレジットはくだらないだろう、と。しかし柳井はカップとソーサーはそこにあったから使っているものであり、スーツは昔から吊しの量産品しか買わない主義であった。それでもカップとソーサーはそれなりの価値のものだが。


「君も中々因果な星の下に産まれたらしい。フロイライン・ローテンブルグと知己で、君のところの局長は公爵殿下とも懇意らしいし」


 柳井は特徴局の若きエース、局長付などと呼ばれ週刊誌で散々こき下ろされていた斉藤に興味深げに話しかけた。


「公爵殿下? ああ、ギムレット公爵ですか……懇意、とまでは行かないと思っていましたが」

「おや、局長付ともあろう方が知らないとは。君のところのボスは、我らが公爵殿下と悪魔の取引をしていると聞き及んでいるがね」

「悪魔の……?」

「局内のデータをよく見ることだ。それで分かることもあるだろう」

「はあ……?」

「それはともかく、先ほどフロイラインからの第一報が届いた。現在の帝都中央官庁の電子戦についてだ」


 黒檀の一枚板で作られたテーブルの縁を柳井が叩くと、タッチパネルが現れた。柳井が指を滑らせると、貴賓室の壁面が開き、大型モニターがせり出してきたが、斉藤達としては、なぜこんな豪奢な装備の艦艇を、あのプレハブ社屋の中小企業が持っているのか不思議でならなかった。


「始まりは運輸交易省中央コンピュータ、メリクリウスへの不正アクセスだったらしい」

「あそこのコンピュータは骨董品と言われていますからね……」


 運輸交易省は帝国のあらゆる交通と交易を管轄する省庁であり、省中央コンピュータのメリクリウスは本省部局である交易局、帝都交通局、港湾局だけでなく、外局である航路保安庁などと有機的に連結されたものである。運輸交易省が誕生してからすでに四〇〇年余、現在のメリクリウスはIGSC(Imperial Government System Corporation・帝国政府システム公社)の開発・製造した一三代目に当たり、中枢機能をはじめとする各種機能にアップデートを行ないつつ運用中で、帝国官公庁の中央メインシステムとしては最古参として知られている。


 帝国中央政府の官公庁システムリプレース等有識者会議座長のナレンドラ・ビハーリー・ボースからは、メリクリウスの設計の古さや処理能力の不足を継ぎ足しで補う泥縄式のシステム形態、並びに帝国全土の関連省庁部局と接続される都合上、セキュリティホールが生じやすいという指摘があり、会議全体では他省庁のメインシステム更新のタイミングでシステムを一新すべきとされていた。


 しかし、その規模と重要性から次世代システムの開発は難航し、運輸交易省からIGSCへの数度にわたる仕様変更の要求などにより、置き換えは遅々として進んでいない。


 システム保護については適宜アップデートを施されてはいたが、設計の古さからセキュリティホールの存在は指摘され続けてきて、今に至る。


「大方そこにつけ込まれたのだろう。運輸交易省のシステム管理部門による防御は失敗し、そのあと国土省のテルース、天然資源省のサトゥルヌスを経由して最終的には国税省のプルートー、財務省のアバダンティアから内務省のユピテル、国防省のマルスを掌握し、残りの省庁も次々に陥落、というわけだ。各省庁間の情報連携が徒になった、ということかな」


 柳井はさらに資料画像を展開する。メリクリウス以外のメインシステム、特に国防省のマルスと内務省のユピテルは鉄壁を自称するセキュリティを誇っていたはずだが、いわば身内による叛乱には脆いというありきたりな弱点をさらけ出した結果となった。


「今頃官公庁のシステム担当部署とIGSCのプロジェクトチームは青ざめているころだろう。原因不明の死者や行方不明者が出ないことを祈ろう」


 柳井はIGSCや官公庁のシステム担当部署の惨状を思い浮かべて苦笑いを浮かべつつ、モニターの表示を次の資料へと切り替えた。


「内務省、財務省、国防省は中央コンピュータの制御を取り戻したようだ。そのほかの省庁も、侵入領域の切り離しを完了し、通常業務に移行しつつあるそうだ。まあ、代替予備施設への移動から戻って、本格的に業務を再開できるのがいつになるかは分からないが……」


 帝都ウィーンが敵勢力からの攻撃などにより、帝国本国の中枢として機能を果たせなくなる場合、代替機能はブラチスラバの代替予備施設に移動されるが、何せ半径一万光年、人口一兆人の帝国を支える国家中枢のことなので時間も膨大だった。


「情報戦が終わっても特徴局本隊が通信封鎖中なのは変わらずかな?」

「こちらへ直接連絡がないので、おそらく」

『常務。まもなく戦闘宙域近傍へ浮上します。艦橋へ上がってください』

「さて、こちらもそろそろ仕事の時間だ」



 艦橋


 斉達がはじめて足を踏み入れる民間軍事企業の艦艇は、イメージよりもずっとスッキリとしていた。操船に当たる人員が少ないのも、民間軍事企業ならではだ。カール・マルクスのそれよりさらにすっきりとした艦橋内の風景を、特徴局の一同は興味深く見渡していた。


「驚きましたか? 別に人手不足だからではなく、この艦はこれで足りるんですよ。他の艦ならもっと雑然としていますが」


 柳井はそういうと、斉藤達に一段高くなっている舞台のような場所のオブザーバーシートを勧めた。


「常務。前方宙域に閃光を確認。スペクトル推定では重荷電粒子砲です」

「また派手にやり合っているな」


 データを一瞥したアルヴィンがうげぇ、と呻いた。本来アルヴィンは戦闘艦の交戦データを理解することはできなかったが、補助脳にインプットされていた戦術支援アンドロイドのデータにより可能となっている。


「何よこれ。ホントに戦艦なの? バカみたいに出力が高い」


 オブザーバーシートのモニターに表示されたデータを見ていたゲルトが愕然としていた。斉藤も特課長になってからゲルトから教わっていたが、単位やらベクトル方向の数字など、まだまだ一瞥して状況把握するだけの知識は無かった。


「映像は出せますか?」

「最大望遠、メインモニターに出してくれ」

「カール・マルクスだ……」「よかった、間に合った」


 ソフィとゲルトが安心したように呟いた。


「敵勢力は……少なくとも帝国軍ではない、しかし辺境惑星連合のものでもないな」


 この時点でアスファレス・セキュリティ側はタルピエーダ級の情報を持っていなかったが、現在特別徴税局艦隊を包囲しているのが規格外の艦艇だということは、柳井が言うまでもなくすぐさま判明した。


「現在特徴局と交戦中の艦艇は、出力波形、画像識別のいずれも年鑑に登録のないもので、火力も桁違いですね」

「ヴァイトリングにレーザーで問い合わせてみてください。詳細データを共有できます」

「なるほど」


 一分経たずに、ヴァイトリングからのレーザー通信がエトロフⅡに届いた。


「これがフリザンテーマ公国で暴れていたという……ともかく特徴局を襲う敵艦隊を排除する。全艦戦闘配置。砲雷撃戦用意」


 それまで柔和なサラリーマン然としていた柳井の表情が、戦闘態勢に切り替わった。


「全艦、敵艦隊後方に占位して戦力を削る。こちらに敵の意識が向いたら、後退しつつ攻撃を続行。特別徴税局が動き出せば、前後から挟撃して排除できるぞ」

「了解。砲雷撃戦用意。敵後方艦艇から順次照準。駆逐隊は艦砲射撃完了後、敵大型艦への近接攻撃に入れ」


 アスファレス・セキュリティ艦隊が水際立った動きで展開するのを、斉藤達は眺めているしかなくなった。


「さすが民間軍事企業、動きがスムーズね」

「見て分かるの?」

「そりゃあもう。演習しかしてない中央軍の艦隊よりも動きがいいわ」

「この会社、ギムレット公爵の密命を受けて動いてるって話も多いしな」


 ゲルトとアルヴィン、ソフィの雑談を聞きながら、斉藤は遙か前方、砲火に晒されたカール・マルクスの環境で、今頃秋山課長が苦労しているのだろうなと他人事のように考えていた。



 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


 実際、斉藤が案じたように秋山は苦労していた。というより本人は苦悶の表情を浮かべながら指揮を続けていた。


「フィッシャー・ブラック被弾。後方へ下がらせます。これで損傷艦が三隻目になります」

「損傷艦は後方に下がらせろ!全艦艦首シールドを最大出力に! 敵艦を側面に回り込ませるな!」

『おい秋山! いつまで石っころの陰に隠れてりゃ良いんだ!』

「一課長堪えてください……!」

『秋山課長、実務二課に突撃の許可を』

「今前進しても狙い撃ちです! 持ちこたえてください!」

『秋山さん、ここは実務三課航空隊にお任せを、私が特攻して血路を開くので、その隙に脱出を』

「却下! まだ敵が遠い。航空隊を出すのは早すぎます! あと特攻など許可しません!」

『秋山課長、ここは実務四課に接舷攻撃アボルダージュの許可を』

「ボロディン課長はそのまま待機! 陸戦は無理です!」

「一課長、このままでは押し込まれます! 本隊を下がらせつつ、徴税一課でも二課でもよろしいですが、側面攻撃を」

「おい秋山、これではジリ貧だぞ、どうする」

「分かっている!」


 入井艦長、セナンクール実務一課長、カミンスキー実務二課長、桜田実務三課長、ボロディン実務四課長、XTSAー444征蔵に糸久課長補から立て続けに意見具申、注意喚起、提案などが飛んできて、すでに秋山の胃はねじ切れる寸前だった。


「もう少し待て! 今突撃しても敵艦隊の集中砲火に晒されてやられるだけだ! 今しばらくの辛抱だ! 特課のことを信じろ!」 


 指揮卓に手を突いてどうにか倒れるのを堪えた秋山だったが、そんな彼に朗報、あるいは悲報が届いた。


「敵艦隊後方に新たな艦影、超空間より浮上。距離一二光秒、数は……八から一〇」

「熱紋、重力波形照合急げ! どこの部隊だ……」


 この時点で秋山は、もし現れたのが敵の増援であれば本部戦隊の装甲徴税艦から人員を退艦させて、無人で敵艦隊に突っ込ませて残りの艦艇を離脱させようと考えていた。


「会社艦隊です! アスファレス・セキュリティ所属、巡洋艦エトロフⅡ以下、ロージントン支社所属です。ヴィルヘルム・ヴァイトリングからも通信です。帝都官庁コンピュータは制御を取り戻し平常業務状態。超空間回線の再開可能」


 通信士の報告に、艦橋内の全員が安堵の声を漏らした。


「来てくれたか……秋山課長、増援部隊の誤射に気をつけつつ、敵艦隊を撃破して脱出しよう」

「はっ! 全艦前進! 会社艦隊に誘引された敵艦を挟撃する! 火力を集中せよ!」


 それまで秋山の指示に一切口出しせず、のんびりとコーヒーを飲んでいた笹岡の言葉に、顔色に生気が戻った秋山が指揮を飛ばす。


「敵艦隊との距離が一〇万kmまで接近したら航空隊発艦! ありったけをバラ撒いて航空隊は離脱! 一撃離脱だ! 集合座標は三課長に任せる! 本部戦隊は一課二課の後方より火力支援! 損傷艦を守りつつ前進する!」


 特別徴税局とアスファレス・セキュリティによる包囲を受けて、正体不明の敵艦隊は二時間にわたり抵抗を続けていたが、その最後はあっけないものだった。


「敵艦、撃沈……いえ、自爆しました」

「自爆……?」


 索敵士の報告に、秋山が気が抜けたようにオブザーバー席に座り込んだ。


「自爆……証拠隠滅か? まあいい、アスファレス・セキュリティ艦隊と合流。損傷艦はロージントンから自走ドックを呼ぶしかないな。ラインベルガー君、手配をよろしく」

『はっ』

「それと、ヴィオーラに向かったフリードリヒ・エンゲルスと永田の安否確認を。大丈夫だとは思うが……秋山君、入井艦長、あとは頼むよ。斉藤君達がこちらに戻ったら、僕の執務室へ来るようにと」


 一通りの指示を出し終えた笹岡は、タバコを咥えて自分の執務室へと戻っていった。



 ヴィオーラ伯国

 ホテル・セルヴィオ


「ああ、やっと繋がった。うん、そっちはどう。あっそう、アスファレス・セキュリティか、うんうん。わかった。はいはい、じゃ、よろしく」


 永田は通信を終えると、目の前に座る人物に目線をうつした。


「帝都もようやく片付いたそうよ。後始末が面倒そうね。そっちも大変でしょう?」


 ギムレット公爵も通信を終えたところで、苦笑を浮かべながら永田に問うた。


「いえいえ。私が居なくても大抵の仕事は問題ありませんから」

「優秀な部下がいるようでなによりね」

「うちの艦隊の救援には、そちらの男爵にもお世話になりまして」

「いいのよ。どうせロージントン辺りで暇してただろうから。帝都が大騒ぎだってのに半笑いで面白がってただろうから丁度良いわ」


 自分の懐刀にずいぶんな評価だな、と永田は感じたが、むしろ公爵からこうも言われるのだから、相当な信頼を得ているのだろうと思い直した。


「しかしまあ、うちの連中に喧嘩吹っかけてきた連中、何者ですかねえ」


 カール・マルクスから送られてきたデータはすでに永田が乗ってきたフリードリヒ・エンゲルスでも解析しており、襲撃してきた艦艇はいずれも無人で運用されており、尚且つ既存の帝国軍艦艇とも、辺境惑星連合の戦闘艦とも似ても似つかないものだったということが分かっている。


「あなたには、大凡の検討が付いているんじゃない?」

「ええ、まあ」

「オッズが高いのはどこかしら」

「僕、一番人気は蹴るんですけどね」

「博打打ちね、あなた」

「せっかく賭け事をするなら、でっかく勝つほうが面白いでしょう?」


 永田の笑みに、公爵殿下は溜息を吐いた。


「ま、特別徴税局なんて目の上の癌細胞以外の何物でもない、と考える方々は多いので……」


 永田は懐から小さなデータチップを取り出した。


「ココの端末って、信頼できます?」

「私の経営よ。安心なさい」

「それじゃま……最新版の、使途不明金の流れです」


 この帝国でも永田しか持っていないデータといってもいい、とっておきのデータ。永田が追い続ける使途不明金の詳細はこのデータチップにしかない、と永田は言っている。


「末端はボケボケね。どこに流れてるかまでは掴みきれないか」

「もしくは、掴めないような遠くに流れてるのかも」


 永田の言葉に、ゾッとしたような顔をして公爵が顔をしかめた。


「……うちの柳井もそんなこと言ってたわね」

「おお、それじゃまあ真実にたどり着く日も遠くなさそうですね。まあその前に僕が死んじゃうかもしれませんけど」

「今回の襲撃の一件、あなたの命を狙ったものと考えてる?」

「まあ、僕が死んでついでに組織もガタガタに出来ればいいなあくらいの考えでしょうね。こりゃあ宣戦布告ですよ」


 永田は無表情のまま言った。公爵は珍しく苦笑いを浮かべて頷いた。


「僕はともかく、僕のカワイイ部下達にまで手を出すのはさすがに堪忍袋の緒が切れちゃいそうですよ。今回の襲撃の件、データをあとからお渡しします。何かしら使いではあると思います」

「わかった。今日は楽しい会談だったわ。また会いましょう、近いうちになるかもしれないけど」

「はは、そうですね」



 装甲徴税艦カール・マルクス

 徴税部長執務室


 アスファレス・セキュリティ側との事務連絡、損傷艦の応急処置、通信停止に伴う業務停滞の挽回などでてんやわんやになっていたカール・マルクスに斉藤が戻ったのは、戦闘終了後一時間ほど経ってからだった。


「斉藤君、ご苦労様。おかげで全徴税艦無傷……という訳にはいかなかったけど、死者ゼロで済んだよ」


 この日、特別徴税局が受けた損害は装甲徴税艦フィッシャー・ブラックが中破相当、巡航徴税艦スターリングラード自走不能、徴税母艦フューリアス艦載機発進不能を初めとして中小破一二隻というものだった。


 秋山徴税一課長によるともかく守備を固めて増援を待つ戦法が功を奏したもので、普段通りの突撃戦法に移行していたらもう少し損害が増えていたことは疑いようがなかった。


「しかし、ロージントンのアウグスタⅠで斉藤君達を襲った連中……見境がないな。港湾区画とは言え東部でも随一の規模だ。人目に触れることも辞さないなんて」


 再接続された超空間ネットワークから取得されたニュースでは、ロージントン管制宙域のアウグスタⅠ内部で起きた謎の爆発と、武器等不法所持者の検挙が伝えられている。


「しかし、襲われた側の僕らのことを何も報じないのは不自然ですね。監視カメラとかに写り込んでいそうですが」

「先ほどロードから連絡があった。どうも内務省のほうに話をつけてくれたようで、情報統制を掛けてくれたようだ」


 斉藤達と分かれてからのロード・ケージントンの足取りは斉藤には分からなかったが、ロードはロードなりに修羅場を潜ってくれたらしい、と理解した。


「アルヴィンさんがサイボーグになってて助かりました……すみません、危うく救援要請まで失敗するところでした」


 カール・マルクス帰還後、すぐさまアルヴィンはハーゲンシュタイン博士に捕縛され、現在失った腕部の再装填と各種装備の微調整が行なわれているらしい。アルヴィンの叫びは尋常ではなかったが、博士も無茶はしまいと斉藤は納得していた。


「いや、そんな荒っぽい手に出てくることを指摘できなかった僕も悪かったよ。ところで、今日のこともある。しばらく局員の外出などは注意が必要かな?」

「ロードからも同様の忠告が来ていますね。しばらくアウグスタⅠで情報収集してからこちらに合流するとのことでした」

「わかった。特課の皆には苦労を掛けたね。今日はゆっくり休んでくれ」



 帝都 ウィーン

 国税省

 大臣執務室


「大臣……永田より通信が入っております」

「永田が……!?」


 官房長の言葉に、国税大臣は顔を顰めた。


「奴から連絡を入れてくるなんて、どういうつもりでしょう?」

「……少なくとも、あの方の作戦は失敗した、ということだ。ここに転送しろ」

「はっ……」


 超空間通信の通話ウィンドウが開くと、相も変わらず暢気な笑みを浮かべた永田の顔が映し出されて、再び大臣は顔を顰めた。


『ドーモドーモシャッチョサン、コンニチハ、ニィハオ、ボンジュール、グーテンターク』

「君から連絡をしてくるとは、珍しいこともあるものだ……」

『あははは、そりゃあカワイイ部下達を傷つけられたんですからクレームの一つや二つ入れたくもなりますよ』

「……どういう意味だ?」


 永田は特別徴税局への襲撃が、国税省が承認し、ある人物が画策したものだと看破していたが、大臣はそれを分かっていてなおとぼけることにした。彼にはそれしか取るべき方策がなかった。


『いやあ、クレームでもないか。これは警告です。よく耳かっぽじって聞いてくださいね』

「貴様……」

『皆さんの命は僕の掌の上だ。これ以上僕らに手を出すなら、あなた方を物理的に吹き飛ばすから肝に銘じておいてください』

「いやしくも一局長が国税大臣を脅迫するつもりか!? 貴様何を考えている!? 本格的に処分を依頼してもいいのだぞ!」

「大臣……!」


 短気は損気。激昂しやすい国税大臣を諫める官房長も、今回ばかりは焦りの色が濃かった。


『あんたらが悪い。の考えたことだか知りませんが、まだ続けるというのなら――こうだ』


 真顔の永田が指を鳴らすと同時に、大臣の執務机の下に置かれたゴミ箱から小さい破裂音が響いた。


「なっ――!?」


 大臣は顔面を蒼白にして通信画面に映る永田の顔を凝視してから、ゴミ箱を覗き込んだ。爆竹程度の小さな爆発装置が白煙を上げていたのだが、より威力の大きい本格的な爆弾だったら、大臣の身体は今頃四散していた。


 そもそもいつ仕掛けられたのかすら気付かなかった大臣は、官房長と顔を見合わせていた。


『あんたらのかっる~い命なんざ、僕の長~い腕に掛かればこの通り、ということは理解して貰えましたかね? 宣戦布告は受け取りました。それでは、アディオス、サイチェン、ダスヴィダーニャ』


 永田の表情は再び気の抜けた笑みに戻っていた。通信が終わった後、大臣と官房長は椅子に腰掛けたまま呆けていた。

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