第23話-③ 宣戦布告

 超空間内

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 会議室


『斉藤課長、超空間潜航完了しました。浮上まであと三時間の予定』

「了解しました。本艦への電子攻撃は?」

『確認出来ていません。というか超空間回線封鎖してますから何も入らないですよ』

「わかりました。艦長、引き続き警戒をお願いします。皆、とりあえず現状は把握していると思う」


 若干顔色が悪い斉藤。超加速の影響がまだ残っていた。慣性制御のおかげで艦内は一応遊園地のジェットコースター程度の加速度に抑えられてはいるが、斉藤としては博士の作った奇々怪々なシステム搭載艦に乗っているというだけで不安を増大させられている。


「僕はロージントンに着き次第、アスファレス・セキュリティのロージントン支社に行って協力を要請する。課長はどうされます?」

「地上に内国公安局の出張所がある。そこで情報収集に当たる。船を動かすなら勝手に動かせ。あとで合流する」


 帝国中央が大混乱なおかげで、ニュースネットワークでもまともに情報が出回っていない。ロード・ケージントンの人脈でそれらをカバーするのは、斉藤としても願ってもないことだった。


「了解です。僕の随員はアルヴィンさんと……ソフィ、ゲルト、頼めるかい?」

「了解!」「わかったわ」「おうよ」

「渉外班の皆さんは……今回は待機ですね」

「えー! そんなぁ!」

「ロージントンの中なら護衛も要らないでしょう。いざとなればアルヴィンさんがいますし……」


 民間軍事企業の事務所に渉外班まで連れて行っては物々しいというより他ないためだが、斉藤の判断は結果として甘い見通しに基づくものだった。


「おう、任せておけ」

「へいへい……留守番かあ」

「残りのメンバーはハンナさんの指示で動いてください。不破艦長が艦の指揮は執られます」

『はいはい、お任せあれー』



 ラインブリッジ星系

 東部軍管区首都星ロージントン

 軌道都市アウグスタⅠ 錨泊宙域

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 ブリッジ


「斉藤課長、錨泊宙域への停泊完了」

「はい……」


 不破艦長の報告に、斉藤は覇気のない声で応えた。


「まだ気持ち悪いんですか? 医務室で酔い止めでも処方して貰います?」

「いえ、まあ大丈夫でしょう……アスファレス・セキュリティの事務所に行ってきます。以降、艦の指揮はお願いします」

「了解!」



 軌道都市アウグスタⅠ

 港湾区画


 軌道都市ともなると、内壁、特に天井に青空などを投影して閉鎖感を薄くするものだが、港湾区画などはそんな飾り気が無く、無粋な構造材が太陽灯で照らし出されている。


「アスファレス・セキュリティはこの区画のはずだけど……」


 斉藤達は事前にメモしていたアスファレス・セキュリティのロージントン支社を探していた。


「悪いな斉藤。俺も今徴税艦に繋ぐと乗っ取られかねないからなあ……」


 アルヴィンは自分の脳で考え行動出来るが、補助脳を徴税艦や公共ネットワークに繋ぐと、特別徴税局のコンピュータの一つとしてハッキング対象になりかねないので、念の為にスタンドアローンで運用中だった。状況が落ち着けばアルヴィン用の特製防御プログラムも完成するのだろうが、現在のところは念の為の措置だった。


「斉藤君、こっちじゃない?」

「ああ、そっちか……ん?」


 ソフィが曲がり角を指さして斉藤が目を向けると、何やら物々しい一団が進路を塞いでいた。


「……」

「貴様ら、特別徴税局の者か」

「あなた方は誰です?」


 斉藤はその瞬間、渉外班を連れてくれば良かったと迂闊な判断を後悔した。徴税艦隊を襲撃する連中が、自分達を狙わないとは限らないのだから。


「答える必要は無い。武器を捨てろ」

「アルヴィンさ――」


 こういうときのためにアルヴィンを連れてきたのでは無いか、と斉藤は振り向いたが、アルヴィンは既に覆面姿の男に銃を突きつけられていた。


「悪ぃな斉藤……捕まっちゃった♪」

「アルヴィンさん……」「捕まっちゃった♪ じゃないでしょう……」「肝心な時に役に立たない……」

「お~う中々ひでぇじゃねえの。ちったあ心配してくれよぉ~」


 斉藤とソフィとゲルトの落胆の声に、アルヴィンは悪びれずに口を尖らせた。


「抵抗しなければ殺しはしない。早く武器を捨てろ」


 斉藤とゲルト、ソフィは隠し持っていた拳銃を捨てた。そして、アルヴィンも。


「えーと、ナイフだろ、手榴弾、照明弾、音響弾、発煙弾、ジャミング弾、あとは――」


 腹の中からごそごそとアルヴィンは武器を地面に放っていく。


「おっ、お前は何なんだ……」


 流石に覆面男が唖然としていた。アルヴィンとしてはこうして時間を稼ぐ間に何か妙案が思い付かないか、ということを自分の脳だけでなく、増設された補助脳でも考えていた。


 その時、脳内に声が響いた。


(……ットパン……)

『な、なんだ!?』

(ロケット……チじゃ)

『誰の声だ!?』

(ロケットパンチじゃ……! ロケットパンチを使うのじゃ!)

『だ、誰だか知らねぇがともかく信じるぜ!』


 この間ゼロコンマ四秒の事だった。


「お、お前何者だ!? 手品師じゃあるまいしふざけるんじゃない!」


 覆面姿の男達の一人がいきり立って拳銃を抜いた瞬間だった。


「ロケットパーーーーーーンチ!!」


 アルヴィンが思いっきり腕を振り出した瞬間、アルヴィンの右肘から先が炎を吹き上げ銃を構えた男の顔面目がけて急加速した。


「ぐぉおっ!」


 覆面男の顔面を強かに打ち付けたアルヴィンの右腕は、瞬時に炸裂して煙と大音響で正面の覆面軍団を戦闘不能にした。博士特製ビックリドッキリメカである。


 ただ、スタングレネードにしてあったのは博士に意外な良心が残っていたことを示すものでもある。


「妙なことを!」


 しかしアルヴィンの背後の男は、アルヴィンの動きに驚いていたものの、銃を構え直した。ここまではすべて一秒以内の出来事だ。


 アルヴィンの後頭部目がけて銃が放たれたが、アルヴィンに増設されたセンサーはその射線を完全に捉えていた。彼のセンサーからの情報は補助脳に送られ、アルヴィンの脳が行動を考える前に神経伝達をオーバーライドして身体を動かす。弾丸を回避できるスレスレで身をかがめた。


「おらっ!」


 アルヴィンはそのまま男の脚を払い、倒れ込んだところに鳩尾へ強烈な肘打ちを叩き込んだ。ここまで三秒弱。


「アルヴィンさん凄い……!」「かっこいい……!」「ロボットらしさ出てるぅ!」


 斉藤、ソフィ、ゲルトが口々にアルヴィンを褒め称えるが、それを鼻の下を伸ばした照れている間は無かった。


「感心してる場合か! なんかまだ湧いて出てきてるぞ!」


 周囲のビルの陰からワラワラと湧いてきた男達は、明らかに斉藤達を捕縛する動きを取っていた。


「とっととズラかるぞ! ポリ公も押っ取り刀で駆けつける頃だ! 面倒になる!」


 アルヴィンは膝部無反動砲を斉射して追手を吹き飛ばした。こちらは実弾であり、周囲のビルや自動車の警報装置が一斉に爆風と衝撃にアラームや非常ベルを鳴らす。


「それ、悪役の台詞ですよ……」


 斉藤達が走りさった後、アウグスタⅠ中央警察機動隊は正体不明の武装集団と交戦しこれを鎮圧・拘束したが、揃って『腕が爆発して飛んできた』『腹から道具が』などと呟いていたという。



 アスファレス・セキュリティ株式会社

 ロージントン支社


 アスファレス・セキュリティは帝都に本社を置く民間軍事企業で、事業規模としては中小企業としても中の下に位置していた。しかし、近年は社内改革を推し進め、モールストン自治共和国の防衛業務委託を中心として活動。一方、ロージントン支社は事実上ギムレット公爵の意向を受けて様々な特殊任務に借り出されている特殊な事情を持っていた。


「ここだね」


 港湾区画の一角。プレハブ造りの簡素な社屋の玄関を開けると、これまた簡素なオフィスが斉藤達の目に飛び込んだ。そのオフィスの主は、突然の来客に目を丸くしていた。


「あなた方は、確か特別徴税局の……」


 アスファレス・セキュリティ株式会社常務取締役、柳井義久。皇統男爵としての地位も持ち、ギムレット公爵の懐刀とも言われる人物だった。柳井は来客の姿に驚いている。当然だ。斉藤、ゲルト、ソフィの三人は汗だくで肩で息をしていて、アルヴィンはスーツの両腕の肘から先が吹き飛んでいる。


「徴税特課、課長の斉藤です。事は一刻を争います。仕事の依頼についてご相談させて頂けますか?」

「……それより、彼は救急車を呼ばなくて、大丈夫なんですか?」

「いえ、それはお構いなく……」


 パーティションで囲っただけの応接スペースに通された斉藤達は柳井自ら入れてきた茶でもてなされていた。


「粗茶ですが、どうぞ……なるほど、武装集団の攻撃……こちらですぐに出せるのは、巡洋艦一隻、戦艦二隻、駆逐艦六隻です。それでなんとかなりますか?」


 提示された戦力が実際にはどの程度の力を持つのか斉藤には瞬時に判別し難かったが、アルヴィンが補助脳のデータと照合し、頷いた。


「イケると思うが」

「じゃあ大丈夫でしょう。とりあえず包囲している敵の後背を撃つことが出来ればなんとかなります」

「分かりました。直ちに準備に入ります。あとは情報収集ですが……帝都の情報であれば、ツテがあります」


 柳井の言葉に、斉藤は若干複雑な表情を浮かべた。


「……まさかローテンブルク探偵事務所ですか?」

「おや? あなた方もあのフロイラインとは懇意でしたか。では問題ないでしょう。調査能力は折り紙付きですよ」


 柳井に言われるでも無く、斉藤は件の探偵のことは評価していた。探偵と言うよりももはや情報部のエージェントに近い能力を持っているフロイライン・ローテンブルクだったが、斉藤としては永田局長に感じるのと同様の胡散臭さを感じている。


「コンタクトはこちらで取れますが、万が一のことがあるのでこちらの回線、お借りしても宜しいですか? うちの艦から通信すると、敵に傍受される恐れもあるので」

「どうぞ。ホルバイン、特徴局の方を通信室にご案内しろ」

「ソフィ達はここで待たせて貰っておいて」

「では斉藤さん、こちらへ」


 斉藤が通された部屋には、プレハブ支社ビルには似つかわしくない、星間超空間通信も可能な軍用通信システムのコンソールが備えられていた。


『はい、ローテンブルク探偵事務所です』

「フロイライン・ローテンブルク。仕事の依頼です。とはいえ私ではなくて、特徴局からですがね」

「お久しぶりです、ローテンブルクさん」

『あっ。斉藤さん、どうもお世話になってます。どうしたんです? ロージントンに特徴局がいるんですか?』

「いえ、それが――」

『あ、ちょっと待ってください。込み入った話なら防諜プログラム走らせますから』


 一瞬画面がハレーションを起こしたように白く飛んだあと、通常の画面に切り替わった。


『これでよし、と。じゃ、続けてくれます?』


 斉藤は、特徴局が帝都官庁中央コンピュータ群を介した正体不明の敵のハッキングに晒されたこと、その後現在正体不明の敵勢力に包囲されて攻撃を受けていることなどを話すと、エレノアは興味深そうに頷いていた。


『なるほどー。まだ帝都の混乱は収まってないんで、こっちでも調べてるところです。閃ちゃんにご贔屓いただいてるお礼もありますし、今回は特別サービス、タダで調べてあげちゃいます!』

「ありがとうございます」

「何か分かれば、エトロフⅡのほうに通信を入れて貰えれば大丈夫です。頼みますよ、フロイライン」

『はいはいお任せを。これもプロモーションみたいなものですから』


 通信を終えると同時に、アスファレス・セキュリティの制服に身を包んだ男が通信室に入ってきた。


「常務。出撃準備整いました」

「よし、直ちに出撃する。斉藤さんは特徴局の艦に戻られますか?」

「いえ、連絡の都合もありますし、通信機能が十全のアスファレス・セキュリティの艦に同乗させていただければと」


 事実ヴィルヘルム・ヴァイトリングも電子攻撃を受けた直後であり、最低限の通信機能以外は全て封鎖した状態である。それに加えて、博士の手が加わった得体の知れない艦に乗ることが、斉藤の神経を逆撫でしていた。それを言うならば、カール・マルクスなど博士が手を入れなかった場所はないとも言えるのだが。


「了解しました。ではエトロフⅡにご案内します」


 事務所に隣接する桟橋には、すでに出港準備を整えた軍艦が並んでいた。


「うわぁ、中々の草臥れ具合」


 普段装甲徴税艦はじめ、白色赤帯の綺麗な徴税艦を見慣れたゲルト達からすれば、アスファレス・セキュリティ側の艦艇はボロ船と評してもおかしくない具合だった。


「民間軍事企業の場合、艦の機能に問題が無い部分は中古部品や、損傷してもそのままにしますからね。徴税艦のようにぴかぴかとはいきませんよ」


 柳井は気を悪くするでもなく、飄々とした調子だった。


「こちらが旗艦のエトロフⅡです。皆さんにはこちらに乗っていただきます」


 桟橋に横付けされた艦艇の中でもひときわ異彩を放つのが、斉藤達の目の前にある深紅の巡洋艦だった。


「すげえな、インペラトリーツァ・クラウディア級だ」

「生で見るのは初めてー! どこで手に入れたんですか?」


 軍事知識は薄い斉藤やソフィは反応が薄かったが、アルヴィンとゲルトは興奮気味だった。


「いやまあ、この業界色々ありまして……目的地まではしばらく時間があります。コーヒーでもいかがでしょうか」


 斉藤達は柳井に案内され、エトロフⅡに乗艦した。



 惑星ロージントン

 センターポリス


 ロージントンセンターポリスは、東部軍管区首都星として帝国でも随一の規模を誇る市街地で、マルティフローラ大公国首都星シュンボルムやパイ=スリーヴァ=バムブーク首都星にも匹敵する。



 センターポリス第四九八街区

 内国公安局ロージントン支局

 支局長室


「まるで休み時間の幼年学校だな。マクファーレン」

「そう言うな。帝都停止など人生で一度あれば十分なレアケースだ」

  

 内務省内国公安局ロージントン支局も、帝都の現状に蜂の巣をつついたような騒ぎだったが、ロード・ケージントンは旧知の局員とゆったりコーヒーを飲んでいた。


「今のところ、これだけの事件を起こせる集団は、我々の網にもいくつか掛かっているが、お前に教えるわけにはいかないな」


 アルフレッド・マクファーレンはロージントン支局長を務める内務省監察官の男で、ロード・ケージントンとは同期入省だった。


「お前達ゴミ漁りの能力は私だって把握している。お前達が把握してない集団のデータも、我々は保有している、とだけ言っておこう」


 ロードがゴミ漁りと称したのは、内務省内国公安局は監視対象者のゴミ袋さえ開封して中身を確認していることからくる蔑称に近い自称でもあったが、マクファーレンは眉一つ動かさずにコーヒーを啜っていた。


「強がりを言うな。お前のところの調査能力に、うちが劣るとでも?」

「さあて、どうだろう……しかし、これだけの事件を起こした連中を、目星をつけておいてしょっ引けなかったとなれば、内務省も恥の上塗りでは済まないだろう」


 ロードの言葉に、マクファーレンは苦笑いを浮かべた。


「藤田大臣を切って済む問題では無いな。グェン事務次官あたりも首元が寒かろうよ」

「当然、東部軍管区の管轄であるロージントン支局管内であれば……」


 ロードが紡ごうとした言葉の続きを、分かっているとばかりにマクファーレンは手で制した。


「みなまで言うな。わかった、俺の負けだ。情報交換を受け入れよう。しかし本当に今のところ、我々が把握している組織に帝都へ電子戦仕掛けられるほどの連中はいないんだ」

「出し惜しみするな。五一五号室のデータも持っているだろう?」


 ロードの言葉に、今度はさすがに眉を動かした。五一五号室とは、内務省外事課のことを指す。内国公安局が国内向けの組織に対して、外事課は公称こそ課となっているが、規模は外局規模で辺境惑星連合に対する調査、工作を行なう部署である。


「ケージントン、お前……」

「単身こんなところに乗り込んできた、旧知の友人の頼みではないか。骨を折ってくれるくらいの好誼こうぎは結んでいたつもりだが」

「好誼、ねえ。お前もよくよくイヤな表現を使う……俺は下の様子を見てくる。独り言だが、端末のロックは外しっぱなしだし、部屋の監視装置もなぜか機能を停止して久しい。ではな」


 わざとらしい独り言を残して、マクファーレンが退室した後、ロードはなんのためらいも無く支局長の端末を操作しはじめた。


「準備のいいやつだ。データが揃っている。だがこれは……」


 ロードは疑問を抱きながら、データチップにデータをコピーし、部屋を後にした。

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