第23話-② 宣戦布告

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一会議室


 永田が高級ホテルで暢気にタバコを吸っている頃、カール・マルクスでも状況把握と方針決定のための会議が行なわれていた。


「現在までの状況ですが――」


 まず、今回の攻撃を理解するためには、特別徴税局の情報通信システムを理解する必要がある、と斉藤は瀧山が作っていたシステム概要図をスクリーンに出した。


 そもそも特別徴税局のデータ送受信の九割以上は超空間通信を用いて行なわれている。超空間通信は帝都地球から半径一万光年の距離をほぼタイムラグ無しで結ぶことが可能な技術であり、ライナー・佐川パラドックス――超空間経由の物体の移動速度が通常空間の距離に反比例して遅くなる――が現れ、一光秒、約三〇万キロメートル以内を除いた通信は、超空間通信でやりとりを行なうことが常識となっている。


 話を戻せば、特別徴税局は固有の庁舎を持たず、宇宙空間を縦横無尽に動き回る特異な性質を持つ。超空間情報通信システム上ではカール・マルクスが庁舎として設定され、特別徴税局に届く情報と発せられる情報は一旦すべてカール・マルクスに集約され、そこから超空間回線ならびに通常帯域で送受信される。つまり、カール・マルクスを中心に各徴税艦はそれらを受け取る端末のようなものだった。


 特別徴税局の各徴税艦は外部との通信の際、必ずカール・マルクスを通して通信を行なっており、これは帝国軍の軍艦や民間船ならば考えられない構造だったが、軍艦でないからこそ、各艦の独立性よりも連携と通信の安全を担保したとも言えたし、帝国中央官庁の基幹システム並の情報処理力を持つカール・マルクスだからこそ出来る力技でもあった。


 逆に言えば、省庁連携の直通回線と一般共用回線しか使えないが故の妥協でもあり、帝国軍では軍用回線を使用するのでそもそもこんな迂遠な方法を取る必要がなかった。


 これを踏まえた上で、と斉藤は続けて現状説明に入る、カール・マルクスに向けて超空間通信回線、特に本省と帝都各省庁の間に設けられた直通回線を経由したハッキングを検出。ハッキングに使用されたのは、何者かにより悪用された帝都の各省庁中央コンピュータ群。現在までに徴税四課で迎撃対応中。データベース領域や操艦機能他、根幹部分への侵入は現在までのところ阻止出来ているが、外部との通信については最低限に抑えられ、特徴局としての業務はほぼ停滞中で、防戦一方である。


 現状、特別徴税局が使用できるのは通常空間で電磁波、及びレーザーを用いた通常通信のみとなり、星間空間に布陣する特別徴税局は、目と耳を潰されたも同然の状態だった。


 ここまで斉藤により簡潔に説明がなされた。会議室に集められた幹部達がそれぞれに反応を示す。


「永田が不在だ。僕が特徴局の局長代理として指揮を執る。異存はないね?」


 笹岡は、普段なら永田が座る椅子を見てから、居並ぶ特別徴税局幹部を見渡した。誰も異論などあるはずがなかった。


「直通回線からの攻撃であれば、それを遮断するだけでいいのでは?」


 総務部長のミレーヌがうんざりしたような顔で聞いた。


「直通回線が使えなくなっても、超空間回線が繋がるならどこからでも入ってくるんじゃないかな」


 幸い、今はまだ帝都の中央省庁と特別徴税局の直通回線からの攻撃で、カール・マルクスを経由して各艦に連携されており、カール・マルクスさえ持ちこたえればいい。


 今現在、カール・マルクス以外の徴税艦に外部通信を許可していないのは、対応がカール・マルクスだけで済むからに他ならない。無秩序に各艦の通信を許可すれば、それらへの対処が必要になり、徴税四課の対応力を超えてしまう。先に瀧山が各艦の公衆回線への接続を却下したのはこれが理由だった。


「今のまま耐えてれば、徴税四課はカール・マルクスだけ守ればいい。官公庁のシステム部門の連中も無能じゃない。中央官庁の基幹システムがコントロールを取り戻せば、うちへの攻撃は止むだろう。だが、その後が問題だ」

「実力行使に出てくると言うのか!」

「最悪の可能性を考えただけだよ。今のうちに情報は集められるだけ集めておきたい。通信遮断は最後のオプションだ」


 青筋を浮かべた西条徴税部長に、笹岡は悠然と答えた。


「それにしても、帝都のニュースはどこも情報不足ですね」


 セシリアが不満げにスクリーンを見つめていた。会議室の大型スクリーンは報道番組を映しているが、文字情報だけでなく、公衆回線経由で得られる各局のニュースも現在帝都全域で情報通信関連のトラブルが起きている、という程度の情報しか流れていない。


「しかし、これだけの長時間本省のシステムを掌握しているとなれば、相手は単一のハッカーではなく、組織的なものなのでしょうか?」

「さあ、どうだろうね。斉藤君、最近何か、うちが恨みを買うような案件あったかい?」

「恨みと言えば全部恨まれる案件ですが」


 即答した斉藤はにべもなかった。


「それもそうだね。考えるだけ詮無いことか……まあ、今は相手の正体はともかく、迎撃態勢を整えよう。秋山君、この辺りで籠城できそうな場所はあるかい?」


 笹岡に問われて秋山は、宙域図を会議室中央の立体投影ディスプレイに展開した。


「我々は現在、ロージントンとブロードハル自治共和国の中間宙域に居ます。ここから約一〇光年の位置に自由浮遊惑星IRPO-19048があります。ロシュ限界を超えた衛星が破壊され大規模なリングを形成していますから、隠れるにはよいかと」


 自由浮遊惑星とは特定の恒星の重力に捕われず、単体で銀河系空間に浮かぶ惑星のことで、その総数は銀河系全体で数兆個、帝国領内に限っても数百億個と見積もられており、主要航路帯に属さないものについては、現在でも確認されていないものが多い。


「なるほど、籠城するにはいい物件だ……入井艦長、IRPO-19048に向けてくれ。全艦にレーザー通信で新針路を打電。ただちに潜行。多分我々を追尾する連中がいるはずだ」

「しかし笹岡部長、籠城とはどういうことですか?」

「電子戦でこちらを落とせないとなれば、次は物理的に我々に襲撃を掛けてくる。そうだろう? 徴税一課で迎撃戦の検討を行なっておいてくれ。それと各課、万一の際は逃げ出せるように待機しておいてくれ」


 笹岡の指示により、非戦闘員は艦中枢区画で待機、万が一の時は退艦することが命じられた。戦闘部署については超空間潜航後に戦闘が予想されることから、第二種執行配備とされ、斉藤はじめ徴税三課は、敵対勢力の推定を行なうこととなった。



 徴税三課 オフィス


「恨みを買うことには定評がありますからね、うちは」


 溜息交じりに言った斉藤自身、局長付という役がついてからは敵対勢力の暗殺リストの末席に連なっているという噂もある。


「恨みというと不正確だな。逆恨みだよ」

「似たようなモノですよ」


 葉巻に火も付けず、珍しく熱心にデータベースの精査に当たるロードに、ハンナは苦笑いを浮かべていた。


「おい斉藤、内務省内国公安局の調査資料から、該当しそうな団体、個人をリストアップしたぞ」


 アルヴィンが斉藤に寄越したフローティングディスプレイには、ここ数年で帝国の官憲の手に掛かった国事犯のリストが表示されていた。


「ありがとうございます。課長が内務省に出入りできるのが功を奏したってことですね」

「ふむ。それなら帝都出張のスケジュールを増やしておくか」

「そうやって私達に仕事押しつけようたって、そうはいかないんですからね」


 これ幸いといった表情のロードに、ハンナは釘を刺した。



 徴税四課 電算室


 一足早く戦場となっていた電子システム上でも動きがあった。


「瀧山はん! もうアカンで!」


 ありとあらゆる手段でもってシステムの防衛を続けていた徴税四課だったが、いよいよメインデータバンクの落城も時間の問題となっていた。それもこれも各種情報収集、徴税艦同士のデータリンクのための超空間通信回線を維持してきたためだ。


「仕方ねえ、超空間通信回線遮断!」


 電算機部門、そして情報通信担当者として、瀧山は苦渋の決断を下した。


「ダメです! 回線遮断コマンドを受け付けません!」

「伝導ケーブルパージ!」


 超空間通信設備とメインフレームを接続しているケーブルを物理的に切断する操作を指示した瀧山だが、スイッチを押した課員が焦りの色も濃く瀧山に振り向く。


「反応無し! パージできません!」

「ちぃっ……!」


 瀧山は咥えていたたばこを吐き出すと、壁に掛けられたEMERGENCYと刻印された樹脂ケースを叩き割って、中から斧を取り出した。文字通り扉の開閉機構などが故障し閉じ込められた際に用いる緊急時用の工具だ。


「ひぃっ! な、なにする気や瀧山はん!?」

「全艦ケースD発令!」


 特徴局のケースDは電子攻撃により特別徴税局の情報通信ネットワーク上での安全が確保出来ない場合に発令され、外部との全ての接続を遮断し徴税艦のデータリンクを全て遮断、通信ネットワークから隔離・封鎖する指示である。


 瀧山は電算室の、そこだけ赤く塗られた床のパネルに手を掛けて一気に引き剥がす。


「チェェェストォォォォッ!」


 無数に走るケーブルの内、一番太い赤いラインめがけて、手斧が振り下ろされた。



 徴税部長執務室


「ふむ。まあ敵勢力はこのいずれか、というところが限界か」


 笹岡は机の上に寝転がっているサー・パルジファルをなで回しながら報告書を読んでいた。


「申し訳ありません。艦内データベースだけでは限りがありますので」


 普段なら内務省の最新データなどを閲覧して調査できるが、今はカール・マルクスの内部にあるデータだけでしか調査が出来ない。ロード・ケージントンはソファに座り、膝の上に載せた茶虎のモードレッドの尻尾の付け根をマッサージしながら、不十分な調査を詫びた。


「いえ、ロードを責めてる訳じゃないですよ。ここまで絞り込んでくれれば、やりようはある。帝都の状況も迎撃の合間に伝わってきた」


 笹岡は東部軍管区中央星系ロージントンのニュースネットをモニターに出した。中央政庁に対する電子攻撃により、下部組織である帝都交通管制局、ET&T、帝都中央放送なども機能を停止。


 帝都は自動操縦の個人車両、公共交通機関が停止、信号も停止していることから手動操縦可能な個人車両の類いも身動きが取りづらく、帝都を預かる警察庁では管区内各警察署が実に二世紀ぶりに警察官による交通整理が行なわれていた。


 また、金融庁に接続された帝都中央証券取引所も機能停止、実に三〇年ぶりのことである。


 さらに、ウィーンだけでなく各官庁の関係機関も含めて帝国中で様々な事象が発生しており、一日辺りの経済損失は計算不能という有様だった。


 そんな放送も、ニュースが佳境に入ったところで信号停止を示すメッセージと共に終了した。


「そんなことに……」


 斉藤は、足下をじゃれつくアーサーに猫じゃらしを向けながら愕然とした。


「今なら帝都を一撃で制圧できるかも知れないね。ひょっとすると、三課でリストアップしてくれた連中が、帝都に大規模攻撃を掛ける予行演習でもやろうとしていたのかな?」

「予行、ですか?」

「本気でやるなら、東部方面軍や西部方面軍の陽動くらいは行なうだろう? 今の状況に陥る少し前まで、帝国辺境では大規模戦闘は行なわれていない」


 そのとき、課長室のドアが開き、汗だくの瀧山が現れた。


「笹岡部長、終わりました」

「そうか。で、対応は?」

「通信モジュールとつながるうちの電算機のライン、ぶっ潰しました。現在ケースD発令中です」


 瀧山の手には黒光りする斧が握られていた。最終的に瀧山は、電算室と超空間通信モジュールを唯一繋いでいた超電導ケーブルの接続を、手動で緊急切断――文字通り切断――したのである。テレビが映らなくなったのもそのせいだった。


「じゃ、今は完全に目と耳を塞がれたってわけか」

「申し訳ありません」


 瀧山としては痛恨の極みだった。彼が徴税四課長に就任以来、特別徴税局はメインデータベースへの侵入を許すようなことがなかった。


「いや、迎撃しきれないならそれが最善だっただろうね。ご苦労様。万が一のこともある、徴税艦全システムのチェックも頼むよ。他艦にもその指示は飛ばしてあるけど」

「はい。しかしまあ、こうもあっけなく帝都の中央省庁が踏み台にされるたぁ、大方運輸省のメリクリウスあたりを狙ったんでしょうが」

「ああ、あの骨董品かい。通信省と共同使用してるから、おいそれと入れ替えできないからね、あそこ」


 笹岡は壁面モニターに帝国官庁のネットワーク概念図を表示した。


「しかし、我々への攻撃は些か不可解だ。それこそ、国防省のマルス辺りから軍管区司令部システムへ攻撃を掛けるほうが……それこそ、演習だからこそ我々へですか」


 ロード・ケージントンが何かに気付いたように言うと、笹岡は面白がるような笑みを浮かべた。


「実際に軍管区司令部へ攻撃を掛けては、警戒が強まるということかい?手の内を晒すにしては、些か間抜けだとは思うが……まあ、その辺りの詮索はあとにしよう。会議室に幹部を招集。対策を決める」



 第一会議室


『レーダー全天走査完了。レーザー通信接続、全艦浮上確認。脱落艦艇は居ないようです』


 今や超空間通信すら接続することが出来ない特別徴税局艦艇を繋ぐのは、指向性は強いが至近距離でしか実用的でないレーザー通信のみである。


『所属不明艦、超空間より浮上。接近してきます。艦砲最大射程まで一八〇光秒』

「通信回線は開くな。警告も必要ない。照準レーザー照射。それで待避しないなら直撃を許可する」

『よろしいので?』

「相手はヤル気満々なんだろう? 各実務課各艦にも打電。通常空間電子戦、対艦戦闘用意。あとのことは秋山君、任せるよ」

『アイ・アイ・サー!』

『了解しました』


 会議室から各所へ指示を出し終えた笹岡は、いつもの通りタバコを口に咥えた。


「救援を要請しようにも、通信回線を開けば電子攻撃で二正面作戦になる。ここは局長の縁に頼ってみてもいいんじゃないかな?」


 笹岡の提案に、一同は首を捻った。


「……どういうことです」

「以前の作戦で共同した、アスファレス・セキュリティの柳井常務。ギムレット公爵の知己でもある」

「民間軍事企業に帝国の省庁が助けを求めるんですか?」

「背に腹は代えられないよ。それに帝国軍が民間軍事企業に仕事を依頼しても構わないのに、特別徴税局が民間軍事企業に仕事を頼んでダメな法的根拠はあるかい?」


 そもそも帝国民間軍事企業そのものが帝国軍の下請けであり、帝国政府や領邦、自治共和国も防衛や航路保全、船団護衛をアウトソーシングしている。特別徴税局が利用することは不可能ではない。


「仰るとおりとは思いますが、それならば交通機動艦隊や帝国正規艦隊に頼るべきでは?」


 斉藤の指摘は当然のものだったが、笹岡は首を振った。


「交通機動艦隊でどうこうなる相手かな? 帝国艦隊を動かすには時間がない。連中が駆けつける頃には、我々は宇宙の塵と化している」

『笹岡部長、秋山です。光学画像から、敵艦は以前フリザンテーマ公国で遭遇した無人戦艦と確認、数は七隻』

「タルピエーダ級、だったかな? となると……」


 タルピエーダ級はフリザンテーマ公国での就役式典で暴走後、一隻を特別徴税局により撃沈――公式記録では撃沈とされている――された他は交通機動艦隊やフリザンテーマ公国軍の阻止を振り切っていずこかへ消えていた。


『敵艦火力から言って、あまり長くは保たせられませんが……』

「まあ、ともかく時間を稼いでくれ。増援はなんとかするから」

『了解しました』


 秋山徴税一課長の陰鬱そうな返事を聞いてから、斉藤は先ほどから抱いていた疑問を吐きだした。


「ですが、どうやって救援を求めるんです?」

「特課を伝令として出す」

「一隻でですか……」

「籠城中の艦艇を減らすのはあまり得策ではないし、規模の大きい別働隊を作れば狙われやすい。違うかな?」


 笹岡の言葉に、全員が唸る。確信は持てないがこれしかない、しかしあまりに不確定性も大きいところが難色を示した理由だった。しかし笹岡の決定は覆らなかった。


「とりあえず、徴税特課はヴィルヘルム・ヴァイトリングに同乗し、アスファレス・セキュリティとの接触を頼む」



 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 ブリッジ


 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリングはオデッサ級巡洋艦の一隻で、主力巡洋艦の座をアムステルダム級から奪うことは適わなかったものの、余裕のある船殻に大出力の機関部という基本設計は、各種任務に応じた増強改造にも応じることが可能な余裕を保持していた。それに目をつけたのが我らがマッドサイエンティスト、徴税二課長ハーゲンシュタインである。


『こちらカール・マルクス、秋山だ。今から装甲徴税艦が重荷電粒子砲を撃つ。その隙に最大加速で包囲網を突破。超空間潜行に入れ』

「簡単に言ってくれるもんなあ。まあやるしかないか。SSB用意。各員対ショック姿勢、シートベルト確認」


 艦長の不破は艦内放送で姿勢固定を呼びかけた。斉藤はその通達を聞きながらげっそりとした顔で溜息を吐いていた。先の作戦において実地運用試験を済ませたSSB――スリングショットブースター――をまた使うハメになったからだ。


 本来であれば通常空間に対して艦姿勢を固定し、超空間潜航時の安全を保つための時空間懸吊装置をストッパー代わりにして、増設された重力制御システム、慣性制御装置で重力ポテンシャルエネルギーを蓄積し、スリングショットのように艦を打ち出すという乱暴なシステムとなっている。


「大丈夫なんでしょうか」

「さあ……」


 斉藤は無論のこと、隣の座席に座るゲルトも懐疑的だった。


「加速三秒前、二、一、ゼロ!」


 文字通りはじき出されるような加速でヴァイトリングは敵艦隊の包囲網を突破し、一路ロージントンへの針路を取った。



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