第23話-① 宣戦布告

 ヴィオーラ伯国

 首都星ウィットロキア 


 ヴィオーラ伯国は地球本国から見ると銀河系外縁部に向かって伸びる西部軍管区に接する領邦で、フリザンテーマ公国とコノフェール候国領の一部を再編して、帝国暦三二三年に誕生した比較的新しい領邦だった。同じ時期に建国されたパイ=スリーヴァ=バムブーク候国と同じく、三二一年の叛乱後、その後始末として建国された経緯もあるが、現在ではそのようないきさつとは関係なく、帝国の屋台骨を支える領邦の一つとして発展しており、特に農林畜産業の発展度合いでは領邦随一と言われている。


 現在の領主はナタリー・アレクシア・ヴィオーラ・ウォルシューで、高齢ながら才覚溢れる領邦経営は帝国臣民からの信頼篤いものとなっている。


 その首都星ウィットロキアセンターポリス宇宙港に、一隻の装甲徴税艦が着陸していた。



 センターポリス宇宙港

 装甲徴税艦フリードリヒ・エンゲルス

 第一艦橋


 フリードリヒ・エンゲルスは特別徴税局本部戦隊所属の装甲徴税艦で、カール・マルクスと同じセンチュリオン級重戦艦を改修したものだ。準旗艦として総旗艦が行動不能時には指揮艦としての役目を引き継ぐため、内部構造はカール・マルクスと同じになっている。


「局長、ウィットロキアセンターポリス宇宙港へ着陸完了。このまま待機任務に移行します」

「ありがとさん。夕方には戻ると思うけど、まあゆっくり休んでてよ」

「はっ……」


 永田が艦橋を出て行ったあと、艦長の岩宿いわしゅく課長代理は副長のタルコフスキー係長に声を掛けた。


「妙だとは思わないか? 我々だけ本部戦隊から……というか、全艦集結させといて、我々だけ別任務とは」

「まあそれは……年明けから強制執行のペースも控えめですし、妙ではありますね」


 岩宿の問いに、タルコフスキーも同意した。年明けからは、いつもなら早々に新年初の帝国領内脱税一斉摘発の《徴》作戦を展開するのが恒例だが、今年はそれも行なわずに、警戒態勢を敷いたままだった。本部戦隊の艦艇は移動する庁舎たるカール・マルクスの護衛艦であり、単独行動は稀なことだった。


「何があるか分からんぞ……とはいえ、あの局長だからな」

「はい、局長も何を考えているのやら……そもそも、何故ウィットロキアに来たのかもひ・み・つとかいって聞かせてくれないんですよ」

「ううむ……」


 艦長と副長が何時までもこそこそと話しているのはよろしくない、と二人は入港後の作業に移るべく、各所への指示を始めた。



 ホテル・セルヴィオ

 貴賓室


 永田が訪れたのはホテル・セルヴィオ。ヴィオーラ伯国が設立される前、まだこの惑星がフリザンテーマ公国領だったころに建設されたもので、創業から既に三〇〇年を超える老舗ホテルだった。


「これはこれは殿下、お待たせしました」

「遅かったじゃない」


 ギムレット公爵との会談のために、永田はヴィオーラ伯国まで出張していた。しかも、真意は局内の誰にも知らせていない極秘の物だった。公爵も正式には現在東部方面辺境での、近衛軍の演習に向かったことになっている。


 その公爵はすでにワイングラスを傾けていた。


「特徴局、最近は大人しくしてるようね」

「やだなあ、殿下のご忠告に従ってるまでで」

「そう……ところで、あなたのところの上司、無事息災かしら」

「さあ……しかし、どうも碌でもないことを考えてるようでして」



 帝都ウィーン

 国税省 大臣執務室


 カーテンを閉め切って薄暗い室内。国税大臣のシュタインマルクは幾度目かのSOUND ONLYの表示のみ映し出される通信画面と対峙していた。


「しかし、それはあまりに性急では」

『猶予はならん。今後のことも考えればな。これ以上彼らが力をつけては、君達にも不利だぞ』

「ですが……」

『アレは帝国内において無秩序な暴力装置だ。そういう立て付けでいくらでも処理できる』

「しかし……」

『処置はこちらに任せて貰えば良い。君にはその容認のみ要求する』


 声の主はそもそもシュタインマルクの容認など必要としていない。容認以外の返答は、自分の地位の喪失、もしくは自分の命の消失を意味する。


「はっ……お任せいたします」


 通信中のモニター表示が待ち受け画面に変わったことを確認してから、シュタインマルクは深い溜息をついた。


「大臣……」


 同席していた官房長の李博文りはくぶんが気遣わしげに大臣を見やる。


「これでいいのだ……現状の特別徴税局の組織は我々の手に負えない。それは事実だ。これですべてが正される。特別徴税局のような余計な軍事力が帝国に混乱をもたらす、そんなことはあってはならんのだ」

「……今にして思えば、一〇年前に永田の処遇を誤ったのでしょうな、我々国税省は」


 官房長の言葉に、大臣は先代の国税大臣の肖像を睨み付けるしかなかった。

 


 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「永田、いるかい……っと、今日は局長付だけか。永田はどこに?」


 いそいそとタバコを取り出して火を付けかけた笹岡徴税部長は、局長付と札の立てられたデスクに座る斉藤に声を掛けた。


「今日はフリードリヒ・エンゲルスでヴィオーラ伯国に出かけられました」

「ふうん、単艦でか……何を思い付いたのやら。しかし斉藤君どうだい? 少しは局長付の名前も馴染んだかい?」


 笹岡はそう言うと、執務室の隅にあるポットで勝手にコーヒーを淹れだした。


「はい、どうぞ」

「あ、ああ。すみません、いただきます……慣れたかと言われれば、まあ」


 斉藤の分のコーヒーを机に置いた笹岡は、応接用のソファに腰掛け、たばこに火を付けた。笹岡のたばこのにおいは永田のものとは違う。斉藤にもその程度のことが分かる程度には、笹岡は普段から局長執務室を喫煙所のように使っている。


「永田のデスクが片付いたのも、君のおかげだね。以前なら総務部長か監理部長が雷を落とされないと片付けないのが当たり前だったから」

「そうですね……」


 灰皿のたばこの吸い殻はうずたかく積み上がり、決裁書類は決裁済みなのかそうでないのかも不明。資料なのか娯楽なのか分からない週刊誌と新聞の電紙ディスプレイも乱雑に散らばっていた永田の机は、今や斉藤により綺麗に整理されている。なお当の永田は「整理されるとどこに置いてあるか分からない」とのたまっている。


「笹岡部長、いつ仕事をしてるんですか?」


 永田が読み終わった週刊誌を回収ボックスから拾い上げた笹岡がゆったりと過ごしている。それが四〇分を超えた辺りで、斉藤は笹岡に声を掛けた。


「ん? ああ、大丈夫大丈夫。決裁はどうせ皆が勝手に判子押してくし」


 帝国官庁の書類管理規程には、ナノマシン含有のインクを使った印璽、俗に判子を用いたサインを書面に捺印することが定められているのだが、部長クラスなら本人への押印申請が必要なところ、笹岡は机の引き出しに入れてあるから勝手に使えと公言しては憚らない。事実斉藤自身も、勝手に決済印を押していた。


「……まあ、実際徴税部の業務が滞ってるとは聞きませんが」


 書面での決裁以外にも、当然電子決済もあれば、笹岡本人が受け持つ案件もあるのだが、これだけサボっている姿を見ながら、徴税部全体の業務が笹岡を原因として遅滞する事態は生じていない。


「これでも本省出でね、仕事のやり方には一家言ある、とだけ言っておこうか」

 

 笹岡も永田と同じく、本省出世コースの一つである領邦課で課長補佐まで務めた人間だ。永田がいなければ彼が課長になっていただろうことは、当時の本省を知る者なら誰もが口にする、と斉藤は西条に聞かされていた。


 笹岡の仕事のスタイルは、それだけ部下を信用しているということでもあった。


 ともかく、笹岡が執務室にきて、数本目のたばこに火を付けようとしたときだった。けたたましい警報音が流れ、自動音声が第一種警戒態勢が発令したことを告げる。それと同時に、局長執務室の内線も鳴り響いた。


「はい、局長付……ええ、はい、わかりました。笹岡部長、徴税四課電算室からです。今すぐ来て欲しいとのことです」

「瀧山君が? そうか、わかった。斉藤君も来てもらえるかな?」

「はい」



 徴税四課 電算室


 普段は瀧山が物理キーボードを叩く殺気立った音と、ターバンの独り言が響いているだけの電算室は、今や蜂の巣をつついたような騒ぎだった。


「第三九防壁、突破されています! ターバンさんまだですか!」

「自動防御A2949からB493まで無効化されてる! ターバン迎撃実行まだか!」

「は!? ワシ課長補やで!? なんやその口の――」

「「いいから早くしろ!」」

「はいぃぃぃぃっ! あと侵入者の逆探知はどないなってん!?」

「あと二分……! いえ一分!」


 カール・マルクスのメインフレーム上にあるデータベースは、特別徴税局という官公庁のデータベースであり、当然そこには次の強制執行予定や各種の脱税、企業や領邦、自治共和国などの財務記録をはじめとした資料が保管されており、帝国のアングラネットでは垂涎の的だが、瀧山が徴税四課長になってから、それらの情報が流出したことは確認されていない。コンピュータ犯罪を得意とする輩にとっては、特別徴税局のメインデータベースへの侵入を果たすことが夢の一つとも言われているほどだ。


 通常、これらの電子攻撃は手動での迎撃など間に合わないので瀧山謹製、自動対応の防御・迎撃プログラムが対応するのだが、電算室がこれだけ騒然となると言うことは、それらが通用していないことを意味する。


「おっとこれは大変そうだ。瀧山君、状況は?」


 笹岡は悠然とたばこを咥えて瀧山のデスクを覗き込んだ。彼のデスクの周囲には無数のフローティングモニターが浮かび、瀧山は青筋を浮かべながらそれらと対峙していた。


「直通回線からの攻撃だ! くそったれ、どうやって入ってきやがった」


 瀧山が叩いているのは今時珍しいフルメカニカルのキーボードだったが、瀧山曰く『キーボードを直接しばかないと入力した気にならない』とのことである。


「直通回線? ああ、六角とのやつか。情報屋連中の恒例行事じゃないのかい?」


 帝国官公庁は非常時対応などのために情報連携を行なう。このためET&T(帝国電信電話公社)の超空間共用回線以外に、専用回線を確保している。これを指して直通回線と言う。


「規模が違う。こりゃあ素人の仕業じゃねえ! 徴税艦連携とデータベース、操艦機能中枢は死守しろ!」

「来ました! 逆探結果出ます!」


 瀧山が乱雑に広げたディスプレイの一つには、特長局の紋章を中心に明滅する太いラインが表示されており、その一端は帝都にある官公庁の名前が表示されていた。


「六角がこちらに攻撃を掛けている?」

「国土交通省のメリクリウス、教育科学省のミネルヴァ、司法省のユスティティア、農水省のケレス、国税省のプルートに国防省のマルスからもだ!」


 いずれも省中央コンピュータとして使用されるコンピュータ群の愛称であり、それぞれのカタログスペックそのものはカール・マルクスメインフレームより性能が高い。物量において特別徴税局は現在圧倒的に不利な状況にあった。


「……帝国が僕たちに牙を剥いてるということですか?」

「んな露骨なことはしねえと思いたいがな。取り潰しなら事前に通達くるだろ?」


 斉藤の問いに瀧山も答えたが、斉藤はもう一つの可能性にも思い当たっていた。


「まさか乗っ取られた? そこまで帝国の省庁が迂闊とは思えませんが」

「そうかあ? 中央官僚がどんだけアングラ連中の事情を把握してるかだが……」

「瀧山課長、各艦から公衆回線への接続申請が出てますが……」

「バカ言うんじゃねえ! こんな時に各艦個別で通信させて見ろ、ダムに大穴空けるようなもんだぞ! 至近距離の通常回線以外は却下だ却下! ターバン! あとどれぐらい保つ!?」


 瀧山は前後左右に揺れながら迎撃作業を行なっているターバンに顔を向けた。


「もうあきまへん! 一〇分てとこですわ!」

「分かった。一時間だな」

「はぁ!? 瀧山はん、耳遠なった!? スパコン六系統相手に一時間て!?」


 悲鳴を上げるターバンだが、そのターバンにライターを近づけた瀧山の声が一段と低くなる。


「いいから保たせろ。できねえならエアロックから放り出す!」

「ちょっ、何それ脅迫やんパワハラやで! 職務規程でアカン言われてるやん! 人事院はんここやで! はよ来て!」

「俺が徴税四課の憲法だ! つべこべ言うな!」

「第一どないすんねん。時間稼ぎはこれでも必死のパッチやで!」

「必死なんていうのはホントに死んでからにしやがれ! 無駄口叩いてるとテメェのターバンでキャンプファイヤーしてフォークダンス踊ってやる! 誰かギター持ってこい!」


 ひぃ、と小さく叫んだターバンは、改めて作業に集中するのだった。


「瀧山課長、ギター弾けるのかい?」

「いやまあ若い頃に……それはともかく、なんとか一時間は保たせます!」

「分かった。よろしく頼むよ、瀧山課長」


 瀧山愛用のクリスタルガラス製の灰皿に自分のたばこを突っ込んだ笹岡が、珍しく不安げな面持ちで電算室を見渡した。


「さて、電子的攻撃だけで済ませてくれる連中かな。斉藤君、幹部会議を開くから招集を掛けてくれるかい?」

「承知しました!」



 ヴィオーラ伯国

 首都星ウィットロキア 

 ホテル・セルヴィオ

 貴賓室


「……カール・マルクスが?」


 永田はホテル・セルヴィオで岩宿艦長の連絡を受けていた。


『はっ。現在中央官庁メインシステムから電子攻撃を受けているとのこと。本艦も電子戦防護態勢に移行しております』

「うん、必要なときにはシステム切り離して、ケースDで対応しておいて」

『承知しました。それでは』


 遠く空の彼方で今頃瀧山が悪態を付きながら電子戦を繰り広げているのだろう……と永田はどこか他人事のように考えていた。


「特徴局に中央官庁から? 何が起きているの?」

「さあ……ただまあ、うちの連中がドナウシュタットの官庁コンピュータに負けるとは思いませんが」


 貴賓室に備えられた大型モニターに映されたチャンネル8、帝都中央放送のニュース番組が放送中の筈だが、現在放送停止中の文字が帝国国旗と共に流れているだけだった。


「どこの連中がこんなことをしているんだか」

「ちょっとフロイラインに骨を折って貰いましょうか」


 豪奢な装飾が施された通信端末を立ち上げると、大型モニターの映像が切り替わって、薄暗い探偵事務所の映像が映し出された。


『公爵殿下。何かご用ですか? あれ? 閃ちゃんもいるんです? あけおめです』

「エリーちゃんことよろー、いやあ、こんなキナ臭いときじゃねければねえ」

「なにイチャついてんのよ。で、フロイライン、何か分かったことがあれば教えてちょうだい」

『もうハンスに探らせてますが、第一報としては帝都中央官庁システム群が何者かの不正アクセスによりコントロールを奪われ、機能不全に陥っている状態です』


 公爵の大雑把な物言いを、フロイライン・ローテンブルクは正確に把握していた。


『結果として交通、通信、商取引など広範囲で影響が出てます。一〇分ほど前にラウリート首相はブラチスラバの代替予備施設への業務移行を進めるように関係閣僚会議で決定。先ほどからもうヘリやらトラックやら輸送船がワンサカとドナウシュタットに押し寄せてますね。あ、ちなみに全部自動運行システムがお休み中なので手動運転です。事故とか起きなきゃ良いけど』


 万が一帝都ウィーンが帝国中枢としての機能を果たさなくなる場合、もしくは果たせなくなった場合に備えて、ドナウシュタット地区に集中する帝国中央官庁は代替予備施設をブラチスラバに建設してある。こちらに移行すれば通常業務の継続が可能だが、人員移動だけでも五〇万人近い移動が必要となるため、演習でもごく一部の実施に止まっていた。


「そう……民間用の通信はまだ維持できているのね」

帝国電信電話公社 E T & T はバックアップ運用をしているようです』

「なるほどね。また連絡するかもしれないけど、分かったことがあれば逐次テキストだけでも送って」

『ご尊顔を拝して無事を確認するためにも電話入れます。それじゃ!』


 フロイラインが手を振って通信が切断され、待機画面に切り替わった。


「……ご尊顔ですって、最近柳井みたいなこというから困っちゃうわ」

「いやあ、中央官庁のブラチスラバ退避なんて、訓練以外でやるのは何年ぶりですかねぇ……」


 永田は暢気にコーヒーを飲んでいた。あまりの落ち着きぶりにさすがのギムレット公爵も呆れたような笑みを浮かべる。


「あなた他人事みたいね」

「ま、僕が現場にいてもここにいても、やることは変わりませんから」

「やること?」

「ちょっとタバコ吸ってきます。この部屋、禁煙ですよね?」


 永田は背広の胸ポケットからタバコのソフトケースとライターを取り出すと、のそのそと貴賓室外の喫煙室へと向かった。



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