第22話ー⑥ 冬来りなば……

 帝国暦五九〇年一月二日

 一〇時三〇分

 欧州管区ブリテン州

 ウィンザー・メイデンヘッド特別区

 ボルトン・アベニュー

 テイラー家


「ソフィ、もう行っちゃうの? もう少しゆっくりしていけばいいのに」

「ごめんねえお母さん。次の長期休暇でまた帰ってくるから」

「そう……ごめんなさいねえ斉藤君。満足におもてなしもできずに」

「いえ、とんでもない!」


 実際問題として、斉藤に振る舞われた料理や紅茶、酒の量は三一日、一日、二日の朝までで斉藤が普段一週間で摂取するカロリー量に匹敵していた。エリザベス・テイラーの提供する料理は斉藤にとって美味ではあったが物量に圧倒される日々だった。


「またいつでも来てくださいね」

「はい……しかしお父様はお気を悪くなさったのでは……」

「そんなことないですよ。あの人シャイなのよ」

「それならよかったんですが。それでは」


 斉藤がスーツケースを引いて迎えのタクシーに乗り込もうとするが、後に続こうとしたソフィをエリザベスが呼び止めた。


「ソフィ、逃がしちゃダメよ?」

「お母さん!」


 ソフィは顔を真っ赤にして母を諫めたが、ソフィが自身の気持ちに気付いたのは、実にこの時であっただろう。


 このあと斉藤達は問題なくロンドン=クイーン・コーネリア空港からインペリアル・エアラインズ、ウィーンーロンドン航路八九二便に乗りウィーンへと向かった。



 一三時一三分

 帝都

 ウィーン=カイザー・メリディアン空港

 欧州線ターミナル 

 カフェ・エアロプレス


 斉藤達がウィーンを発った時と打って変わって、空港内の壁面広告などもすべて新年仕様に切り替わっていて、どこか空港内の雰囲気も晴れやかだった。一月二日は商業施設も開業して帝国各地が活気づく書き入れ時とも言えた。


 空港も各地への移動のための乗客でごった返しており、食事を取るにも一苦労の有様である。斉藤とソフィはどうにか丁度テーブルが空いた喫茶店に腰を落ち着けた。

 

「すごい人出だね」

「久々に帝都の空港使ったけど、こんなに多かったとは……」


 ウィーン=カイザー・メリディアン空港は同時に一〇隻の八〇〇メートル級標準航宙貨客船の受け入れが可能で、さらに四本の滑走路、五つのターミナルビルが集まり地球大気圏内空路のハブ空港なだけに利用者も桁違いに多い。さらに言えば、空港から南方には第一号軌道エレベータヴィルヘルムが聳え、そのターミナルからの高速鉄道路線からの旅客も取り扱っているから尋常ではない数の旅客利用者が集中し、現在ターミナルビルの拡張が検討されている。


「それにしても、ソフィの家はすごく賑やかだったね」

「うん! 年末年始はいつもだよ。でも良かったの? 斉藤君ご実家の方は」

「いいんだよ。連絡は定期的にしてるし……それに、ソフィの家族が見られてよかった」

「そう……それならいいんだ!」


 ソフィの喜びようは斉藤の予想を超えたものだったが、斉藤は特に気にも留めず、喫茶店の窓へ視線を巡らせた瞬間だった。


「あれ、ゲルトじゃない?」

「ホントだ! おーい! ゲルトー!」


 斉藤がスーツケースを引っ張りながら人混みに抗うようにズカズカと歩いていたゲルトを見つけ、ソフィが手を振りながら捕まえに向かった。


「あんたたち、こんなところで何してんの?」

「実家からの帰り。ゲルトこそ、予定だと明日着くって行ってなかった?」

「それよ! もうホント頭きちゃってさ! 大体親父は――」


 その後、一〇分ほどゲルトは不平不満をぶちまけながら、運ばれてきたアイスコーヒーを飲み干し、さらには斉藤が頼んでいたパンケーキを半分ほど食べていた。


「僕のパンケーキだったんだけど……」

「男なら小さいことでガタガタ言わない! おかわりすればいいでしょ! すいませーん! パンケーキセット二つ! メープルシロップたっぷりで!」

「ゲルト、パブじゃないんだから……」

「うるさい! これが食べずに居られるかっての!」


 その後、パンケーキセットにカレーライスまで食べたゲルトと共に、斉藤達は帝都北方、ヴィルヘルミーナ軍港へと向かった。



 帝都

 ヴィルヘルミーナ軍港


 ヴィルヘルミーナ軍港は帝都北部、ライヒェンバッハ宮殿に隣接する近衛軍の駐屯基地である。帝都防衛の最終拠点でもあり、この近衛陸戦師団二個、近衛艦隊が配備されている。特定の拠点を持たない特別徴税局は、帝都に艦隊を降ろす際はこの基地の一角を間借りして過ごすことが多かった。



 第三九停泊エリア

 装甲徴税艦カール・マルクス


 例年、特別徴税局の仕事始めは一月四日と定められているが、大抵の職員は一月三日までにカール・マルクス他徴税艦に乗艦することが定められている。庁舎であり宿舎である徴税艦が動く庁舎である特別徴税局らしい習慣だが、早期に帰ってくる局員には待機任務の特別手当も付くため、一月二日にもなると暇を持て余した局員が大勢戻っていることが大半だった。


「この艦影見ると、帰ってきたなと思ってしまうのが複雑だよ」

「私も」

「たしかに……」


 特別徴税局の徴税艦は政府公用艦船であることを示す白地と、特別徴税局艦艇であることを示す赤色の識別帯で塗装されており特に目立つ。周囲の近衛艦が一隻を除いてロイヤルグレーと呼ばれる黒に近いグレーで塗装されているのでなおさらだ。


 既にカール・マルクスの舷門は開け放たれ、警備の渉外班員がライフルを持って待機していた。


「徴税三課斉藤、総務部ソフィ・テイラー、徴税一課ゲルトルート・アウガスタ・フォン・デルプフェルトを確認。乗艦を許可する。あけましておめっとさん」

「おめでとうございます。今年もよろしく」

「よろしくお願いしま~す」

「よろしくー」


 にこやかに新年の挨拶を済ませて乗艦すると、実家の廊下よりも見慣れたカール・マルクスの艦内通路が現れた。


「不思議だね。この艦内の方が帝都のホテルより安心できるなんて」

「まあ艦内でいきなり殺されることはないもんね」

「そうかな……?」


 斉藤は瀧山に首を絞められたり、博士の実験で爆発に巻き込まれたり、ミレーヌに拳銃を撃ちかけられたりしたことを思い出していた。


「じゃ、秋山課長に挨拶に行ってくるから」

「秋山課長、こっちにいるの?」

「どうせあのワーカーホリックはカール・マルクスにいるのよ。そんじゃ、またあとで」

「はいはい……ソフィは?」

「私も総務部に挨拶に行ってくるわ」

「そう。じゃ、僕もアルヴィンさんの様子でも見てから挨拶回りに行くよ」



 徴税二課 工作室


「アルヴィンさん、おはようございます」


 斉藤はアルヴィンが徴税二課で調整中ということを年末に聞いていたので、早速工作室を訪れたのだが、そこで衝撃的なものを目にした。


「あう゛ぁっあばばばばばあdぁfjg;あslじゃうぇjtls;df」


 斉藤の目の前では、四肢を捥がれ首だけケーブルで何かしらの装置に吊り下げられたアルヴィンが、言葉にならない呻き声のような笑い声のような声を上げていた。


「アルヴィンさん! アルヴィンさん大丈夫ですか!?」

「なんじゃ松の内から騒々しい……」


 照明が落とされていた工作室の奥から、ハーゲンシュタイン博士がゆらりと現れた。


「博士!? これは一体?」

「おお斉藤君、もう戻ってきたのかね。仕事熱心じゃのう、感心感心。あけましておめでとう」

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします……じゃなくて! これは! なんですか!」

「見てわからんか? アルヴィンの生体機構の調整作業じゃ。ちぃとばかし強化改造もしておこうと思ってのう」

「生首!」


 斉藤が指さす先には相変わらず妙な声を上げながら白目を剥いているアルヴィンの生首がぶら下がっている。


「アルヴィンの脳は今や生体デバイスとして非常に微妙な調整が必要なんじゃ。この脳髄液の循環器系なんぞ、詰まれば即終わりじゃからな。しばらくは鳴き声をあげておるだろうが心配はいらん。それよりも斉藤君この強化プランを見ろ! アルヴィンの膝関節を改良して三七ミリプラズマ砲を内蔵! 後で述べるがエネルギー供給問題の解決により小型化に成功し、降下揚陸兵団の主力戦車Mー33トラヴィスの側面装甲を貫通可能でそのほか大抵の陸戦車両、航空機を正面から撃破可能!さらにスネの部分には標準的な装甲材料をアルミ箔のように切り裂ける単分子振動カッターを収納! これだけではないぞ! 胴体内部には超小型の対消滅炉を内蔵しエネルギー問題を解決! 万が一の時はキングストン弁を抜くことによって即座に自爆が可能! 機密保持も万全じゃ! これがワシから斉藤君へのお年玉ということじゃな! わははははははははははは!!!!!! 許可さえ貰えれば一両日中に仕上げるがどうじゃ?」


 一瀉千里いっしゃせんり、立て板に水、竹に油を塗ったような滑らかな博士の強化プラン発表に斉藤は圧倒されていた。


「ん? どうした? いやあ年始から少々張り切りすぎてしまったかのう」

「対消滅炉なんて、んな危ないもの歩行機械に搭載して銃撃戦させようって言うんですか!? ダメダメ! 却下! アンタ何考えてるんですか!? プラズマ砲も対消滅炉も単分子振動カッターも不要! アルヴィンさんを機甲師団と戦争させようって言うんですか!? 却下却下却下!」


 斉藤も負けては居なかった。局長付になってからと言うもの、博士の無駄に壮大で無駄に火力が高い開発プランには悉く却下の印を局長に先んじて押してきた斉藤は、すっかり鍛えあげられていた。


「むぅ……ではプラズマ砲はプランBの陣地破砕用無反動砲に切り替え、電源はこれまで通り内蔵バッテリーと運動エネルギー変換機構による自己充電として――」

「博士! 明後日には仕事始めなんですからね!」

「わかっておる。プランBの準備はしてあるわい。調整が終わったらすぐに組上げておく」


 そう言ってから、博士はブツブツと何事か唱えながら工作室の奥へと消えていった。



 居住区

 ケージントンの部屋


「ごめんください、斉藤ですが」


 斉藤は居住区のロード・ケージントンの私室を訪れていた。去年は訪れたが不在で、仕事中訪れることはなく、入局二年目にして初めて斉藤は上司の私室を訪れたことになる。


『鍵は開いている。入れ』

「お邪魔します」


 ロード・ケージントンは徴税三課課長だが、課長だからといって広い居室が与えられていることはなかった。据え付けのシングルベッドに机と椅子は斉藤と変わらないが、床に敷かれた絨毯やマホガニー製の応接セットなどが整えられ、そこだけロード・ケージントンの邸宅のようだった。


「課長、新年あけましておめでとうございます」

「今年もよろしく頼むよ特課長。忙しい年になりそうだ」


 ロード・ケージントンは座って待っていろ、と斉藤に椅子を勧め、部屋の隅にあるサイドボードに向かった。数分して、ロードはティーカップをトレイに載せて運んできた。


「マルティフローラ産の紅茶だ。今年の出来は良いらしいぞ」

「いただきます……おいしい。課長が紅茶を淹れているところなんて初めて見ました」

「だろうな。こんな艦内だ。自室でくらいゆっくり過ごしたいしな」


 自分よりカール・マルクス暮らしが長い上司の部屋をしげしげと見ながら、他愛もない世間話や年末の出来事などを話しつつ斉藤は紅茶を味わった。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」

「いつでも飲みに来ると良い。たまには客に振る舞うのも悪くはない」



 瀧山の自室


「……」


 斉藤はこの部屋の主を訪ねようかと思いながら迷っていた。瀧山本人の私生活のエリアに踏み込むのには若干の勇気が必要だった。


「おう、斉藤。俺の部屋の前で何してんだ?」


 後ろから突然声を掛けられ、斉藤は顔を引きつらせて振り向いた。


「たっ、瀧山課長!?」

「なんだよ熊でも現れたような顔しやがって」


 普段は整髪料でガチガチに固めたオールバックにピンストライプのスーツがトレードマークの瀧山だが、休暇中の今は髪を軽くなでつけているだけで、服装も艦内酒保で買えるジャージ姿にサンダルだった。


「あ、いえ、新年の挨拶をと思いまして……」

「んだよお前真面目だなあ。まあ入れや」


 瀧山の自室も当然斉藤の部屋と同じ間取りだったが、こちらも住人の趣味を反映していた。据え付けの共通端末に加え、瀧山個人のラップトップ端末が机に据えられているし、レギオン・シスターズの最新アルバム特典のポスターも、壁に貼られた電紙ディスプレイで投影されている。


「えーと……斉藤、ビールでいいか?」

「そうですね、じゃあ戴きます」


 据え付けの冷蔵庫からビールを取り出してきた瀧山が、折りたたみの椅子を斉藤に勧めて、自分は部屋に据え付けの椅子に座った。


「ほいじゃあ、今年も一年よろしゅうなっと」

「乾杯」


 喉を鳴らしながら勢いよくビールを流し込んだ瀧山は、ぐぁーっと歓喜の声を上げた。


「やっぱりこれに限るねえ。ところでよ、斉藤」

「なんでしょう?」

「最近、局長変じゃねぇか?」

「いつも変ですが」


 斉藤の迷いのない回答に、瀧山は思わず半分ほど入っているビール缶を取り落とすところだった。


「いやいつも変だけど輪を掛けて変なとこねえかってことだよ」

「……そうですね、最近は仕事熱心ですし、本省への報告も早いですし」

「……だよなあ……いや、これ別に局長から黙ってろとは言われてねえんだが、お前には言っておく」


 瀧山は一月一日から局長に呼び出されたこと、それが国税省コンピュータの管理権限に関する工作だったことを告白した。


「そんなことを!?」

「まあ、特別徴税局が綺麗事だけじゃねえってのはお前も分かってるだろうが……一応、気をつけといてくれ。あと他言無用でな。徴税特課長」

「こんなヤバいこと他に話せませんよ……」


 その後、他愛のない話、特に瀧山による斉藤へのレギオン・シスターズ布教などをやんわりと交わして、ビールを飲み終えた斉藤は次の挨拶先へと向かうことにした。


 

 酒保


「やあ斉藤君。何かご入り用かい?」

「ラインベルガーさん、こちらに居たんですか」


 徴税二課長補、ハインツ・ラインベルガーはアクとクセが強すぎるハーゲンシュタイン博士に覆い隠されているが、事実上特別徴税局の補給など一切の管理をしている、事実上の二課長でもあり、今はエプロンをして酒保の管理に勤しんでいた。


「いやあ、年始でまだ皆帰ってきてないからねえ。仕事も多いし」

「大変ですね……」

「まあ、実家に帰っても結婚を急かされるだけでねえ。ちらっと顔出して帰ってきたんだ」


 斉藤はこの二課長補のことを好ましい人物と感じていた。特に上司に振り回される点に同じ苦労人としての同情を禁じ得ない点も大きく影響している。


「そうでしたか……いつものやつで」

「あー、はいはい。これね。斉藤君も大変だろうけど、頑張ってね」

「ありがとうございます。ラインベルガーさんも……」

「あはは、ありがとう……」


 洗顔料やらシャンプーなどが一緒くたにされたセットを購入し、斉藤は残りの挨拶回りも済ませるため、酒保を後にした。



 礼拝堂


 カール・マルクス艦内に設けられた礼拝堂は、帝国国教会のものであり、軍艦や客船でも設けられていて珍しいものではない。ただし、その管理者が問題だった。


「おーう斉藤ー。あけおめー」


 カール・マルクス礼拝堂の管理者はメリッサ・マクリントックが務めていた。元帝国国教会のシスターにして男女問わず未成年淫行が原因で収監され、なぜかステゴロ銃撃戦対陣地攻略戦までこなす謎の多い人物だ。


「マクリントックさん。今年は艦内で年越しですか?」

「んー……まあアレだ。去年セナンクールの姐御がやらかしただろ? だから今年はここにいるってわけだ」


 去年のやらかしとは、セナンクール実務一課長が年越しを過ごした収容所において、他の収容者と巻き起こした暴動を指す。多数の重軽傷者を出したものの本人はキズ一つ負わず、刑期が積み増しされたものの気にする素振りもなかったという、悪しき新たな伝説である。


「ったく艦内の若い奴は軒並み喰っちまったしなあ。斉藤、今晩どう?」

「遠慮しときます。ていうか礼拝堂でいうセリフですか、それ」

「固いこというなよ。まあアレだ、せっかく来たなら祈願くらいはしといてやる。えーと、天にまします国父メリディアンよ。御身の名を以て中略帝国を支える官吏に対して恩寵をもたらしたまえ以下省略」


 本来はもう少し長いはずの国教会式の祈願の言葉を省略して唱え、印を切ったマクリントックに、斉藤は儀礼的に数秒間目を伏せた。


「雑ですね……ともかくありがとうございます」

「いいってことよ。今年もよろしくな、特課長」



 カフェ・レッセフェール


「いらっしゃい。斉藤君、もう戻ってきたのか? 君もワーカーホリックだねえ」

「烹炊長こそ。ホットコーヒーで」

「はいはい」


 カフェには斉藤より先客がいた。ミレーヌ・モレヴァン総務部長だ。


「あら斉藤君、もう帰ってきたの?」

「まあ、色々と帝都にいるのも面倒そうなので」

「せっかくならソフィの家でもっとゆっくりしてくればよかったじゃない。カール・マルクスで直接迎えに行ってあげるよう、艦長に交渉してあげたのに」


 ニヤニヤと笑いながら冗談めかして言って見せたミレーヌだった。


「ミレーヌさん!」

「まあ事情は聞いたわ。でも、先方のご家族も気に入ってくれたみたいで良かったじゃない」

「は、はあ」

「大事になさい。あなた、今週刊誌だと永田局長の腰巾着扱いだから。床屋政談好きの連中は、あなたのことを常に色眼鏡を掛けて見てくるのよ」

「それもそうですね。ところで総務部長こそ、こんなに早くカール・マルクスに戻ってきて何していたんです?」

「国会が開会する前に特徴局としての答弁書だの予算案だの、色々やることが多いのよ。早く西条さんやセシリアが戻ってきてくれないと困るわ」

「局長付として手伝えることがあればいつでもどうぞ」

「ええ、それを見込んで資料作成しているから、年明けから対応よろしくね」


 抜け目ないミレーヌの対応に、斉藤は運ばれてきたコーヒーを飲んで愛想笑いを浮かべるしかなかった。

 


 局長執務室


「局長、あけましておめでとうございます」


 調査部と監理部は西条とセシリアが明日帰艦予定とのことで、斉藤は本日最後の挨拶回り、局長執務室を訪れていた。


「おー、斉藤君あけおめ-、ことよろー」


 数日前、仕事納めの前に綺麗に掃除したはずの局長室の机は、再び書類とタバコの吸い殻、飲みさしのコーヒー缶で埋もれていた。永田自身もジャージ姿にボサボサの頭、無精髭と人前に出る格好ではない。


「は、はあ……相変わらずだなこの人」

「ま、今年も色々忙しいと思うけどよろしくね。しかし帰って来るなり挨拶回りとは感心感心。お年玉をあげようと思ってたんだけど、ロージントンニューイヤーカップでその分溶かしちゃった、ごめんね」

「いえ、別にお年玉を貰うような歳ではありませんから……」


 ごめんね、とは言うがそもそも悪びれる様子もないので、斉藤としては普段の冗談として受け取っておいた。この後、一月三日は艦内で惰眠を貪った斉藤は、一月四日からの仕事始めに備えることとなったのである。


 特別徴税局にとって、斉藤にとっても激動の一年が幕を開けようとしていた。

 


 

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