第25話-③ パラディアム・バンク
巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング
艦橋
「全艦大気圏突入用意。艦首上げ一〇,突入姿勢確保」
「艦外冷却システム作動率規定値の範囲内」
「センサー、アンテナアレイ収納完了」
着々と大気圏突入準備が整えられる艦橋で、斉藤はぼーっと地表の様子を映すモニターを見ていた。
「寒そうだな。防寒着って積んであったっけ」
「極地用の防寒着は先の補給で受け取ってますよ」
「それならよかった」
艦長の声にも、斉藤はやや上の空で答えていた。
「大丈夫かな」
「えっ?」
斉藤の呟きを聞き取ったゲルトが、斉藤に振り向いた。
「いや、何がどうというわけじゃないんだけど……本当に降伏するのかな」
「そう言ってたじゃない」
「それはそうだけど、なんだかこう、不安はあるじゃないか。イステールの時にだまし討ち喰らってるし」
ほんの一年前、斉藤達はイステール自治共和国における叛乱に巻き込まれ、危うく死ぬ目に遭っている。それだけに斉藤は用心深くなっていた。
「まあね……不破艦長、地表からの砲撃に注意した方がいいかもしれません」
「そうですね……しかしこの高度でも攻撃態勢は見えませんし」
取り留めのない会話を行ないつつも、特別徴税局全艦が隊列を整えて降下していく。特に何事もなく、地表から五〇〇メートルの高度まで到着した。
「ありゃー、こりゃースゴい。前方視程七〇〇メートルってところですか?」
不破艦長がうんざりしたように艦外モニターに熱源感知のフィルタを掛けたが、あまりに低温すぎてこちらもあまり意味をなさなかった。
「うーん。後続艦に前方注意って打電しといてー」
「了解!」
不破艦長は艦外カメラに接続されている双眼鏡型の艦長席用のデバイスを取り出したが、やはりこちらでも意味がなかった。
「何にも見えませんねえ……」
「艦長、アーカディア居住地が見えました」
「あーあれねー。薄ぼんやりとまあ……」
真っ白な雪原にへばりつくように建物が林立している都市部に、特別徴税局全艦艇が向かう。いよいよそれらが目視できる距離まで接近した頃だった。
「ん? アレは……」
斉藤は艦外映像に、気になるところがあった。建物群の一部が動いたように見えたのだ。ブリザードのせいで見間違えたかとも思ったが、不安を感じた斉藤は、一応艦長に注意喚起しておくことにした。
「艦長、一一時方向、何か見えますか?」
「確認します……あれは……」
瞬間、モニターに拡大投影された映像が眩く輝いた。
「回避! 取り舵!」
不破艦長が反射神経だけで指示を飛ばして、ついでに艦長席のコンソールから直接操艦を行なう。慣性制御だけでは相殺出来ない横向きのGに艦内中が揺さぶられる。
「艦長お見事!」
斉藤はシートにしがみつきながら艦長に称賛の言葉を贈った。
「いやあそれほどでもって喜んでる場合じゃない! 機関最大! チャフ、フレア散布開始! 高度下げ! 距離を取って見通し外まで出れば大丈夫!」
「あれは要塞砲クラスの電磁砲! あいつら降伏する気なんて無かったのよ!」
ゲルトが解析をしたものの、それでどうこうなるものでもない。
「他の艦は!?」
「それぞれ回避運動に入りました! 本艦が集中的に狙われてます!」
ヴァイトリングは他の徴税艦より前方を航行していたため、砲火が集中する結果となった。しかし、そのおかげで後続艦の離脱が速やかに行なわれたことも否定できない。
次の瞬間、艦橋中のコンソールが火花を散らした。
「何事!?」
「強力な電磁パルスを喰らいました!」
「スタン・カノン!? アイツらそんなものまで持ってたの!?」
スタン・カノンは帝国では特別徴税局でのみ運用される特殊艦砲で、強力な電磁パルスを指向性にして敵艦にぶつける乱暴な兵器だったが、どこかからそのデータを入手し、製造していたと考えられたが、そんなことを気にしている余裕は今のヴァイトリングにはなかった。
「主反応炉緊急停止! 主機、補機出力ゼロ!」
「補助融合炉、反応炉再起動急げ! 総員、対ショック姿勢! 衝突警報!」
一瞬の浮揚感のあと、ヴァイトリングは雪原にその巨体を横たえながら滑走した。
装甲徴税艦カール・マルクス
第一艦橋
「被害報告!」
「本艦は損傷無し、他艦も同様ですが、ヴァイトリングが敵の集中砲火を受け、墜落しました……強力な電磁パルスを確認。恐らくスタン・カノンと同程度の艦砲と思われます」
秋山の悲鳴にも似た声に、入井艦長が落ち着いて答えた。
「いやあ、あのレイザックとか言う爺さんに一杯食わされたなあ。秋山君、見通し距離外まで出て体制整えたら、荷電粒子砲で薙ぎ払っちゃおうよ」
永田も今回ばかりは苦笑いも浮かべずに、真顔で指示を出した。
「いやしかし、パラディアム・バンクのデータなどを回収しないことには」
「それよりも人員保護が最優先だ。イステールのときみたいに局員を危険にさらす訳にはいかないでしょ? ヴァイトリングとの通信復旧急いで」
永田の指示を受けた秋山はすぐさま指示を実行に移すために各所の状況を確認し始めた。ひとまず自分の役目は終わりとばかりにタバコを吸いに艦橋を出ようとした永田だったが、通信士がそれを呼び止めた。
「局長! ルフレンス・レイザックなる人物より通信です」
「モニターに出してちょーだい」
『我らを甘く見た報いだ』
「こりゃあ派手にやってくれましたな。アーカディアでは約束をしたのと同時に破るのが礼節なんですかね」
先ほどの降伏受諾の通信と異なり、得意げに笑う老人に、永田は皮肉を返した。
『我らの元には貴様らの仲間が捕われている。あの巡洋艦の乗組員を無事に帰して欲しくば、さっさとこの惑星を去り、接近している貴様らの仲間もすべて退却させろ』
「奴ら、帝国軍の接近に気付いていたのか……」
通信を聞いていた秋山が呻いていた。辺境の惑星に引きこもっている連中が、帝国の動きを把握していたことに驚いていた。
『色よい返事を期待する』
立場は逆転した、とばかりにレイザック老人は通信を打ち切った。
「さあて、どうしたもんかな。とりあえず、ヴァイトリングに通信繋がらないの?」
「スタン・カノンの直撃を喰らったのなら、小一時間は補修で動けないはずですが……」
「ともかく、交信再開を急いで。我らの手元にあるとかほざいてるけど、居住地から大分離れた場所に墜落したんだ。ヴァイトリングに敵が押し寄せるには時間が掛かるだろうし」
「はっ……」
巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング
艦橋
「いたたたた……みなさーん、無事ですかぁ?」
艦長席のエアバッグが格納された頃、ようやく不破艦長は目を覚ました。艦の姿勢は左舷側に三〇度ほど傾いている。
「なんとか……」
ゲルトも答えた。彼女は不用心にもシートベルトを外していたので、座席から放り出されていた。
「むぐぐぐっ!」
「あ? ああああああ! ごめん斉藤!」
斉藤はゲルトの尻の下に敷かれていた。物理的に。
「はぁっ、はぁっ……死ぬかと思った」
斉藤も不用心なことにシートベルトを外したままだったため、座席から放り出されていた。それでも無事だったのは、艦橋中至る所に展開されるエアバッグのおかげでもある。これらは電子機器を使わない機械式の仕組みで、一定以上の加速度や衝撃検知後、コンマ数秒で展開されるように出来ていた。
「各部被害状況……通信がいかれてる? どう?」
「電磁パルスを喰らって、各部の
「復旧急がせて。課長、ゲルトさん、すいませんが艦内の様子を見てきて貰っていいですか?」
「わかりました」
艦長に言われ、斉藤とゲルトは覚束ない足取りで艦橋を出て行った。
徴税特課 オフィス
「おーい、皆、生きてるかー?」
徴税特課オフィスも、固定されていなかった資料のバインダーや書類の山が崩れて大変なことになっていたが、幸いオフィス什器は航行安全法に基づき固定されていたので、大事には至らなかった。こちらも至る所にエアバッグが展開されていた。
「なんとかね……」
ハンナが起き上がると、他の局員もそれぞれ書類の山やら何やらの中から姿を現す。
「アルヴィンさんは?」
「おー、ここだここだ! 斉藤!」
「わあっ!」
アルヴィンは何人かの姿勢を崩した局員の直撃を受け、腕がもげて、さらに首が一八〇度回転していた。
「アルヴィンさん大丈夫ですか!?」
「いやあ、ジョイントが緩いなこれ。博士に強化しとくように頼んどくわ」
落ちていた腕をガチャン、と接合し、首を正面に向けただけで、アルヴィンの機能は復活した。
「しっかし生身だったらソフィちゃんのでっかいお尻とか、ハンナさんの慎ましやかなおっぱいの感触を楽しめたんだがなあ」
指をワキワキと動かしてニヤニヤしているアルヴィンに、ハンナとソフィの冷たい視線が注がれる。
「セクハラですよアルヴィンさん」
「斉藤、アルヴィンの電源落として雪原に放っちゃいなさいよ」
「冗談冗談! ジョークだって! 雪原は勘弁。俺、サビッサビになっちゃうよぉ」
アルヴィンの冗談で済まない冗談はさておき、ここは無事だったと斉藤は安堵した。
「おーい! 皆生きてるかー!」
「メリッサ、無事だったか!」
執行用のヘルメットと、ライトを片手に飛び込んできたのは渉外係のマクリントック班長だった。
「艦内中見回ったが、まあ軽く骨折したのが一〇人ばかしってとこだな」
「そうですか……敵部隊が我々を捕縛しに来るでしょう。それまでになんとか艦機能の復旧をしないと。手伝えることは皆も手伝ってあげてください」
装甲徴税艦カール・マルクス
第一会議室
カール・マルクスは一旦敵の射程外と思われる距離まで後退し、ブリザードの中待機していた。
『局長、ヴァイトリングから通信です』
「おっ、復旧できた?」
入井艦長が報告してくるのを会議室にいた永田は待ちわびていた。
『近距離用無線なので、出力弱いです。繋ぎます』
『こ――、ヴァイ――グ、不破です』
途切れ途切れの通信に、映像はなし、それでも致命的な損害は受けていないことが分かっただけでも、会議室の一同は安堵した。
「皆無事? 怪我してない? 寒くない?」
『はっ、それは――夫ですが――敵――兵の接近が――』
「敵が来てるのか。こちらに戻って来られそう?」
『なんとか――みま』
そこで通信が切れた。
『通信、切れました。通信波の方向から不時着地点も分かりました』
「よぉし、それなら話は早い。ヴァイトリングを救出して、あの減らず口たちを叩きのめして任務を終わらせよう」
『この惑星からなにがしかの脱出艦艇はありません。人員、物資を離脱させた気配はないですね』
軌道上で作戦支援に当たる実務三課の桜田課長の報告に続いて、瀧山徴税四課長の報告が始まる。
「直近一時間でも取引記録と思われる処理が確認出来るということは、まだパラディアム・バンクの中枢はこの惑星地表にあると考えて間違いありません」
惑星上の通信を軌道上に置いた偵察機から監視していた瀧山は、自信を持って断言した。
「よしよし、秋山君。作戦どうする? ここからでも重荷電粒子砲斉射すれば岩盤ごと敵本拠地吹き飛ばせない?」
装甲徴税艦に備えられた重荷電粒子砲なら、地平線下にある敵拠点を岩盤ごと吹き飛ばすことなど造作も無かったが、秋山は首を振った。
「いや作戦目的は敵拠点制圧ですよ……ただ、陸戦で制圧と行っても、敵一個連隊におよぶ陸上戦力が問題です。パラディアムバンクの中枢と思われる場所以外は、正直言って我々にとっては事のついででしかないので、避けたいところなんですが――」
秋山の逡巡は当然の事で、この極寒の惑星でまともに陸戦ができるほど、特別徴税局は極限環境下での戦闘に慣れているわけではなかった。
「あっ! いいこと思い付いちゃった」
永田のこのセリフは、大抵碌でもないことを思い付いたときだ……と、会議室の一同は溜息を堪えていた。
「アレを落としちゃおう」
「アレ?」
永田の笑みを受けて、秋山は戸惑った。アレとはなんだ? と。
「秋山君、落っことすつもりだった石っころって、すぐに落とせる?」
「はっ? あ、ああ、はい、軌道上に残置していますし、待機中の実務三課に依頼すれば、というかですからそれでは……」
「直撃させなくていいよ。ヴァイトリングを囮に敵陸上部隊をおびき出して、ちょっと離れたところに落とせばいい。衝撃波と火球で吹っ飛ばせばイチコロだよ」
笹岡含め、このやりとりを見ていた幹部達は唖然としていた。普段も丁寧な執行をしているわけではない特別徴税局とはいえ、さすがに地形ごと変えてしまうようなことはしてこなかった。
「ま、まあそれもそうなのですが、しかし惑星地表に与えるダメージが」
「いいよ。どうせ半世紀はこんなところに植民するバカ居ないでしょ?」
「しかし」
「責任は僕が取るかもしれないし、いいよやっちゃおうよ」
「……ご命令とあらば」
「それじゃあ各部、準備整い次第始めようか」
またも永田による気楽な支持により、ヴァイトリング救出と敵陸上戦力殲滅のための作戦が開始されようとしていた。
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