第3話-② 【収】一号作戦

 巡航徴税艦ガングート

 食堂


「当然こうですよね……」


 一度だけ見た、カール・マルクス第二食堂の光景。罵詈雑言としょうゆの小瓶と食堂のおばちゃんならぬ看守の怒号が飛び交う戦場。そしてガングートの食堂は荒くれ者揃いの渉外班を多く抱えることもあり、より一層の激しさを見せていた。そもそも巡洋艦クラスである巡航徴税艦ガングートでは、食堂スペースも一カ所にまとめられている。


「おう何だ、アルヴィンがうちに来るなんて珍しい」

「おーい、本部戦隊の徴税三課様がいるぞぉ。少しはお上品に食べろよお前らぁ」

「あ~らごめんあそばせフィンガーボールがございませんの。オホホホホ!」


 周囲のむくつけき大男達に茶化されて、アルヴィンは頭を抱えていた。


「ったく、これがイヤなんだよ」


 ちなみに、カール・マルクス第二食堂はまだ優遇されているほうであり、ガングートの食堂はメニューの選択権は無い。これでも特徴局医務室長監修の栄養バランスに配慮されたものである。


「味、薄いですね」


 ボルシチらしき何かは一見食欲をそそる見た目なのだが、如何せん薄味で健康配慮の仕上がりとなっている。


「それは自分で調整しろ。ほら、そこの小瓶でも何でも使えばいい」


 アルヴィンは手慣れたもので、ソースやらコショウやらの小瓶を手に取り、適当に振りかけていく。


「おいそっち詰めろよ!」

「うるせえ立って食えや!」

「おいそれ俺のキシュカじゃねえかよ返せ!」

 

 黙って食えないのか、と斉藤は戦きながらも呆れていた。伊達に犯罪者を戦力転用しているわけではない。そもそもある程度の人格者がこの場にいること自体がおかしいのであり、斉藤はいわば、ピラニアの居る水槽に放り込まれたようなものだ。


「おいそこのちっこいの、食わねえなら俺に寄越せ!」


 斉藤の食事プレートに載るキシュカに、乱雑に突き立てられたフォークの持ち主は渉外班囚人番号三九一。本名ラモン・シガンダ。元民間軍事企業カサブランカ合同会社社員。婦女暴行、強盗殺人の罪で死刑宣告を受けていたが、特徴局渉外班にスカウトされ現在懲役一二〇年となった男である。


「あ、その……」

「おいちっこいのから取るとか恥ずかしくないんかお前は! テメェら囚人兵とは訳がちげーんだぞ。いいか、こいつは斉藤一樹。俺と同じ徴税三課だ。帝大経済学部修士卒、税務大学校卒、税理士・高等文官試験合格! お前らみたいな人生の敗北者共とは格が違う!」

「ンだとこらぁ! 表出ろぉ!」

「おっ、やる気か。テメェの不細工なツラをアジの叩きみたいにしてやる!」

「アルヴィンさんやめてください! 僕は――」


 斉藤が言いかけた時である。騒然とする食堂に二発の銃声が鳴り響いた。


「番号三九一、そこまでだ! それにアルヴィン、お前も何をしている! とっとと飯を食って配置に戻れ! 他の者もモタモタ喰うな! 貴様ら囚人兵や懲罰兵が無駄に使っていい時間など。コンマ一秒たりとも存在しないと言うことを忘れるな! これ以上騒ぐなら鉛玉を喰らわせてやる!」


 天井に向けて拳銃を向けたボロディン課長の怒声に対して、囚人兵達は不満の声を上げるが、それもさらに三発の威嚇射撃が押さえ込んだ。


「騒ぐな! 命令に従わぬものは今すぐ判決通りに処分する! もうすぐポグヌス自治共和国の領宙に突入するんだぞ!」


 ボロディンには任務不服従者への処罰は特例法により許可されている。つまり、死刑を免れた彼らでも、状況によってはその場で死刑が執行されるのである。故に、彼らは死刑になるくらいであればある程度の娯楽を享受でき、死刑から逃れられる特徴局での勤務を放棄することは無い。


「戻ってきて早々喧嘩騒ぎを起こすあたりも変わっとらんな、アルヴィン」

「いやあ、すいませんねえ。血が騒いじまったもんで」

「斉藤君、大丈夫かね? ん?」

「あの、拳銃はしまっていただけませんか」


 相変わらず愛用のメッセレルE38を構えたままのボロディンから、斉藤は二、三歩後ずさった。


「おお、すまないな。部下達が失礼した。君らの居室は私の部屋のすぐ隣だ。不埒な連中が近づくことはあるまい」

「いいか斉藤。連中は仕事熱心かもしれんが、それは西条さんや課長やうちの主任殿とは違う、慣れとけよ。あのゴロツキ共を使いこなせないと、苦労するぞ」


 アルヴィンの言葉に、斉藤はああはなりたくないと祈るばかりだった。



 ポグヌス自治共和国 首都星ラエティティア

 センターポリス政庁ビル 五階 応接室


 地球帝国帝都は既に五月で暖かな日々を迎えているというのに、ポグヌス自治共和国首都星ラエティティアのセンターポリスは未だ雪の降る陰鬱な光景が広がっていた。その政庁ビルの応接室で、特徴局と自治政府の最終交渉の席が設けられていた。


「えー、現在貴国、ポグヌス自治共和国は治安維持税、地方税の滞納が確認されています。これらを期日までに納付するように、と先日来センターポリス税務署から通告も行いましたが、そこのところはどうなってるんですかねぇ」


 アルヴィンはあくまで丁寧ながら、慇懃に目の前の自治政府首相と財務長官に言葉を放っていた。斉藤はアルヴィン、ボロディン、そして数名の渉外班員と共に首相と財務長官相手の恫喝、もとい砲艦外交のまっただ中に居た。


 ここで斉藤に与えられた役目はただ一つ。アルヴィンの指示があるまでは黙っておくこと。命令が有り次第、調査部謹製の資料を読上げることだった。そしてその瞬間は刻一刻と迫りつつある。それまでは斉藤もやることが無く、自治共和国政府提出の資料をたぐるだけだった。


 自治共和国というのは帝国のなかでもかなり権限が入り組んだ地域であり、その統治には星系自治省、内務省、法務省、財務省に国税省、非常事態省、国土省に加えて帝国各方面軍管区行政庁がしのぎを削り合っている。


 その各方面へ提出された資料のほころびを見つけたのが、国税省特別徴税局であったことが、彼らの命運を分けた。


「我が国から帝国本国への国税納付は行えない。先年の辺境惑星連合侵攻から、鉱山惑星開発も滞っている。とてもではないが地方税も治安維持税も本国に払える状況にはない。納付期限の延長を受け入れない国税省は何を考えているのか」


 ポグヌス自治共和国財務長官のジェンキンスは、困り切って眉が八の字にしなりきっている。提出された資料を見る限りなら、彼の表情は至極尤もであり、わざわざ取り立てに来た特徴局はいわばチンピラのカツアゲに等しい行為である。無論、提出された資料が正しければ、であるが。


「ほほぉう、あくまでもシラを切るってえなら教えて差し上げましょうか? 今ならまだ、通常の納付遅延という形で引き下がるってこともできるんですがねぇ」


 無論、特徴局が一自治共和国の財務長官ごときに引くことはない。さらに特徴局は動かぬ証拠を突きつけることが出来る。アルヴィンの挑戦的な笑みに、ジェンキンスは酷く不服そうな顔をしていた。


「何を言っているのだ、特徴局の犬っころごときが偉そうな」

「ふぅん。そうか……斉藤、読み上げてやれ」


 ついに斉藤の出番である。彼の手にした資料は、特徴局調査部長、西条の墨痕淋漓ぼっこんりんりとした署名入りだ。


「はい……五八七年、四月。フラワー級駆逐艦一隻、九五億とんで四九九二帝国クレジット、サムナー級輸送艦二隻。単価四〇億三四八九万帝国クレジット。同年五月ジブラルタル級フリゲート二隻、単価六九億帝国クレジット、タランタル級重コルベット二隻単価二二億飛んで九三〇〇帝国クレジット」


 これらは全て中古艦の購入記録である。艦艇の規模としては小さいが、財務長官の説明通りの財政状況であれば、これらを購入するだけの潤沢な予算が存在するはずが無い。


「何の話だ。そんなもの我々の防衛軍には納入されていない」


 財務長官がそう言い放った瞬間、アルヴィンが斉藤に目配せする。


「そうでしょうね。これが防衛軍の装備品購入リストならば、ですが」


 斉藤が自分の手にしていた合成紙の束の表紙を首相と財務長官に見せる。


「これはポグヌス自治共和国に本拠を置くポグヌス警備保障株式会社の装備品購入履歴です」


 斉藤の言葉に首相と財務長官が呆けたような顔をしたあと、青ざめていく。


「ポグヌス警備保障の株式出資比率は自治共和国政府が六割となっており、事実上政府企業となっています。さらに在ポグヌスの企業への各種資金援助も判明しています」

「ポグヌス警備保障はあくまで近隣星系や星系内部における警備業務を行なう会社で、それに資金援助や株式の保有をしたところで何の問題が?」

「しらばっくれるつもりか。斉藤、リストの続き読み上げてやれよ」


 斉藤の説明に反論した財務長官の反応をアルヴィンが面白がったような調子で続きを促した。


「オデッサ級巡洋艦二隻、それも対艦砲増強型です。購入価格は四二〇億帝国クレジット。再整備費用などは入っていません」

「さっきから一民間企業のリストを読み上げて、時間稼ぎのつもりか!」


 財務長官が焦れたように机を叩くが、斉藤は平然としていた。なにせ台本はすでに作成済み。財務長官のリアクションもそれから外れたものではなかった。


「ポグヌス警備保障の経営状態でこれだけの軍備は揃えられるものではありません。帳簿に改竄のあともあります。ポグヌス防衛軍の予算から多額の支援をしているようですが」

「軍の予算執行を閲覧したのか!? 軍機をなぜ!?」

「俺達特徴局にはこれがあるんでね」


 アルヴィンが背広の胸ポケットから野茨御紋を取り出した。自治共和国の防衛軍であろうと、各種予算執行状況の閲覧は当然の権利として認められている。


「自治共和国防衛軍の予算によりポグヌス警備保障は維持されている、いや増強されている、というのが我々の判断です。そしてその予算の出所は滞納し続けている税金で賄われていた。さらに、自治共和国政府の官僚の出向と称して指揮権を掌握。事実上の第二軍扱いとなっています」


 斉藤の言葉に、財務長官は二の句が継げなかった。


「こんだけ頭数揃えて、なにしでかそうとしてるんだぁ? おたくは自治共和国としての範疇を超えた軍備を、極秘裏に進めようとしていた。民間軍事企業を隠れ蓑にしてな。そのためにいつまでも経済疲弊を理由に税納付を渋ってた、違うか?」

「ま、待て! これは自治共和国の持つ自衛戦力保有権の行使にすぎない! 経理の不備について修正する準備もある!」


 アルヴィンの言葉に、首相が泡を食った様子で反論した。


「ふうん。まだシラを切るつもりか。じゃあこのフラワー級強襲揚陸艦仕様は何の冗談だ? おたくらはどこへ着上陸するつもりだ? ええ?」

「強襲揚陸艦はあくまで自治共和国内の惑星災害などの支援用で……」

「お、頑張るねえ。災害救援用? じゃあ武装はいらねえよなぁ。なんですかねぇ、この装甲車に無反動砲、対装甲ライフル……おたく、どこと戦争をしようってのかね」


 帝国軍を相手取るには分が悪いのは明白であり、露骨な反逆行為を行うつもりではない。裏を返せば、隣接する自治共和国や、辺境惑星連合の有人惑星相手であれば有効な戦力と判断できるのである。


 ここから導き出された特徴局としての結論が、ポグヌス自治共和国が隣接星系への侵略戦争を計画している、ということと、そのために国税滞納を繰り返しているというものだった。


「……」

「現金で用意できねえってなら現物徴収でもいいと特別徴税局は判断しています。穏便に済ます気はおありで?」

「……あくまで特別徴税局は税の徴収にこだわる、ということか」

「無論です。足りねえ分は分割払いでもいいし、自治政府の人間を全員奴隷市場に売り飛ばしてやってもいい」

「あ、あの、奴隷市場というのは派遣会社のことでして……」


 思わず斉藤は、ハンナに言われた言葉を思い出していたが、その言葉を言い終わる前に、自治政府首相が立ち上がった。


「そうか、なら仕方がない」


 応接間の扉が勢いよく開かれ、完全武装の歩兵が室内になだれ込んできた。


「我々は我々の自主独立を拒む何者にも従わない。時期尚早とは思ったが、やむを得まい」

「ほお。つまりあなた方は、帝国に対して……連戦無敗の帝国に反旗を翻すということか」


 ここに来て、それまで黙って出された紅茶を飲んでいたボロディンが口を開いた。ゆったりとした所作で立ち上がると、自治政府首相の目の前に立つ。身長一八〇センチメートルの自治政府首相でさえ、ボロディンが相手だと見上げることしかできない。


「これは我々の生き残りを賭けた生存闘争である! 貴様らには人質になってもらう」


 その言葉に、ボロディンは不敵な笑みを浮かべた。


「人質? あなた方は何を勘違いしているのかね?」

「口を慎み給え! すぐに国税省に連絡を取れ」

「くっ……ふふ……ふふふっ……」


 堪えきれない。ボロディンは笑いを堪えきれないといった風だった。


「ふはははははは! 人質? 我々が? 斉藤君、彼らは我々を人質に取った気で居るそうだ。どう思うね?」

「え、いや、その」


 何を言い出すんだ、と斉藤は答えに窮した。先に答えを返したのは、やはり吹き出すのを堪えていたアルヴィンであった。


「おたくら、まだ自分達の立場を理解していないようだな。人質に取られてんのはおたくらだ」

「何!?」

「ガングート、主砲発射」


 襟元に仕込んだ無線機にボロディンが吹き込んだ刹那である。すさまじい轟音、まばゆい光が窓の外から政庁応接間に飛び込んできた。


「税か死か。あなた方に与えられた選択肢はこの二つ。第一射はセンターポリスのET&T通信局を狙った。これでセンターポリス外部への通信は不可能だ」

「な、何をする! 帝国の資産を――」

「あなた方は既に帝国臣民たる資格を失いつつある。三〇秒後第二斉射を行う。目標は政庁南一〇〇〇メートル。以降五分ごとに一〇〇メートルずつ近づけていく。それまでに結論を出したまえ」

「待て! 貴様らは自滅するつもりか!?」


 そもそも、自治政府首相と財務長官がこんな場にのこのこ出かけてきたのは、特徴局の人間を捕えてしまえば、噂に名高い特徴局の攻撃は避けられると踏んだからである。しかしそんな浅はかな考えが、特徴局随一の陸戦経験を持つ実務四課に通用するはずは無かった。


「あいにくと、そのつもりはないのでね」

「首相! 政庁正面玄関が破られました! 特徴局です!」

「何だと!?」


 駆け込んできた政庁職員の声に、首相は振り向いた。


「さて、迎えのリムジンも着いたようだし、我々はこれで失礼するよ。降伏勧告以外の通信は受け付けんからそのつもりで」


 ボロディンが言い終わると同時に、何発かの銃弾がドア越しにポグヌス自治共和国の歩兵を撃ち抜いた。腰を抜かした自治政府首相と財務長官は放置された。


「同志四課長! お迎えに参上しました!」


 巡航徴税艦ガングート渉外班長のヴラドレン・チムーロヴィチ・ストルィピンは、毛むくじゃらの顔に爽やかな笑みを浮かべていた。帝国軍降下軌道兵団にいた彼は、上官殺害の罪で軍刑務所に入れられていたのだが、戦闘能力の高さを買われてボロディンによりガングート渉外班長に据えられた。彼には囚人として刑務所にいる自由もあったのだが、困ったことに彼は命と弾丸のやりとりを愛して止まない人間だった。ゆえに彼は、現在の状況が愉快であり痛快であり、幸福で、その目は爛々と輝き、少年のような純粋ささえ垣間見えた。


「ご苦労。さて、ではガングートで紅茶でも飲みながら、降伏を待つとしよう。では首相閣下、自治共和国として最善のご回答をお待ちしておりますよ」


 空になったティーカップをテーブルに置いて、ボロディンは部屋を出て行った。腰を抜かした首相と財務長官はなにもできないまま、蜂の巣にされた部下達と去りゆく徴税吏員達の背を交互に見ているだけだった。

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