第3話-③ 【収】一号作戦

 ポグヌス自治共和国 首都星ラエティティア

 センターポリス政庁ビル 四階 通路


「もっとも、その前に銃撃戦があるのだがねぇ」

「またですか……!」

「おい斉藤、頭下げろ、頭吹き飛ぶぞ」


 ぐい、と乱暴に押し縮められた斉藤は、頭吹き飛ぶなどという物騒な言葉を聞かなかったことにした。斉藤達は未だ政庁ビル内で銃撃戦のまっただ中にいた。


「この先の階段を確保していますが、敵に回り込まれたようです」

「ふむ。ヴラドレン・チムローヴィチ。これはらしくない失態では無いかね? ん?」

「申し訳ありません。同志四課長。しかしここを抜けばあとの抵抗は我らの敵ではありません」


 言葉だけは叱責するようで、ボロディンの声音には一切そのような雰囲気はなく、ストルィピン班長と共にこの状況を楽しんでいるようでもあった。


「よろしい。ではちょっとしたランニングといこうじゃないか」

「斉藤、合図したらそのままの姿勢で進め。拳銃は持ったか? とりあえず目についた奴らを撃てばいい」


 アルヴィンの指示は斉藤にとって常軌を逸していた。帝国において銃火器の個人所有は認められているものの、その所持申請と所持資格取得の煩雑さから、所持率は全人口の一〇パーセントを超えたことがない。斉藤も銃など手にしたのは特徴局入局後のことであり、しかも射撃訓練は自由意志で行うものであるから、彼は今までのところ実際に射撃を行ったことなどない。


「同志四課長、いまです!」

「全軍突撃ぃ!」


 威勢のいいかけ声と共に、ボロディンは拳銃を乱射しながら突き進む、それに続いて、アサルトライフルで的確に敵歩兵を処理するアルヴィン、おっかなびっくりで付き従う斉藤、殿はストルィピンである


 銃弾がかすめる音、怒号、爆発音。斉藤にとっては恐怖が束になって牙をむいてきたに等しい。


 横合いの通路から飛び出てきた男が見えて、斉藤は、手にしていた拳銃が火を噴くのを感じた。


 当たった? 


 しかしそれは彼には分からない。後ろから迫ってくる大男に潰されないように、彼は走り続け、階段を駆け下り、アルヴィンの背中だけを見ながら彼は装甲車の中に転がり込んだ。


 心臓が早鐘を打ち、酸素を欲して肩で息をする。次に彼が明確に自分の居る場所を理解したのは、ガングートの艦橋だった。


「おかえりなさい四課長。結局撃つことになりましたな」

「聞き分けの悪いお馬鹿さん達で困ったものだ。今、何斉射目だ?」


 烹炊ほうすい班の職員が持ってきたティーカップを一啜りして、ボロディンはガングート艦長の池田屋に問うた。彼の忠実な部下は、ポケットから懐中時計を取り出し、答えた。


「あと一〇秒で五斉射目。政庁まで残り五〇〇メートルです」

「ふぅむ。まだ折れないか」


 暢気な声のボロディンだが、内心にはポグヌス自治共和国の警備隊艦艇が出てくるのを危惧していた。砲火力が比較的高いとはいえ、この方面に出てきた特徴局艦艇で、砲撃戦が可能なのは機動徴税艦ガングートのみで、万が一自治共和国が購入していたオデッサ級やらが出てきた日には、全部隊を撤収させなければならない。


 それは彼にとって、忌々しくも心沸き立つ展開であった。帝国に反旗を翻そうとする輩の最期の抵抗。彼らは艦隊を出撃した瞬間、自らの処刑執行書にサインをすることになる。特徴局本隊が来れば、この程度の星は一時間もあれば焼け野原に出来る。


 彼の中に巣くう薄暗い部分は、どこかでそれを望んでいたのかもしれない。


「渉外班より政庁地下通路の爆破に成功したと報告が入っています。包囲も完璧、自治政府首脳らは逃げ出すことも出来ますまい」


 池田屋の報告に、ボロディンは満足げにうなずいた。とりあえず逃げられないというだけでも構わない。ボロディンとしてはあの首相や財務長官の命などどうでも良かったのだが。


「ご指示を頂ければ、直ちに全部隊突入できます。すでに準備は完了しております」


 自信満々に言う第四課課長補、XTSA-444、個体識別名はオスカールである。彼の提案は、ボロディンにとって非常に魅力的だった。


「突入は時期尚早だろう。砲撃は続行。庁舎まわりの囚人共に窓ガラスでも狙い撃たせろ。このまま庁舎を吹き飛ばすのではいささか芸が無い」

「はっ」

「強襲徴税艦タバルザカをポグヌス警備保障の基地に向かわせろ。飛び立つ前なら艦艇と指揮系統を押さえておけ」

「はっ」


 しかしボロディンは、自らの欲望よりも特徴局の理念、思想、使命に従うことにした。砲撃だけで不足なら、ガラス窓をたたき割り、未だ抵抗を続ける政庁内部の指導者層に恐怖を味合わせ、手っ取り早く降伏に導く。そして滞納された税を、彼らの資産により徴収する。それこそ、特別徴税局実務部実務四課長、アレクセイ・レオニード・ボロディンに課せられた任務なのである。


「……」

「斉藤、どうした」


 アルヴィンは、隣に立つ斉藤の血の気が引いていることに気がついた。前回の現場のように、この場で吐くのでは無いかと思ったが、そうではない。肩を震わせ、目の焦点は定まっていない。


「……僕、人を撃っちゃったかもしれないです」

「ああ? それがどうしたよ……あ、いや、そうか」


 アルヴィンはボロディンに目線を送った。全てを悟ったボロディンは、小さくうなずき、指示を下した。


「アルヴィン、斉藤君を医務室へ。徴税三課の仕事は当分先になるだろう。休んでおきたまえ」




 医務室


 ガングートの医務室は無人だった。いかに戦うのが囚人兵とはいえ、負傷は名誉のものであり、贖罪のための手段だ。医療班は地上の救護所に派遣されている。医務室の独特の匂いのせいか、一息ついた気の緩みからか、斉藤は医務室の洗面台に胃液を逆流させていた。


「ほれ、口ゆすげ」

「……ありがとうございます」

 

 アルヴィンが差し出したカップの水で口をゆすいだ斉藤は、鏡に映った自分の姿を見た。戦闘をくぐり抜けた来た自分の姿は、それは一端いっぱしの特徴局員だと周りのものは言うかもしれない。彼は腰のホルスターにあって、その重さをさらに増したような気がする拳銃に手を触れた。疲れのせいだろうか、それとも人を殺した事実、死人の血が拳銃にしみこんだのだろうかなどと馬鹿げたことを考えていた。残弾は五発。四発は発砲したことになる。


「あの乱戦だ。お前の目にそう見えただけかもしれない。もしかすると、お前が撃ったかもしれない。だがそれは、お前がいずれ超えなきゃならない壁だ。特別徴税局員となったからには、いずれ誰もが、その手を血に汚す」

「はい……でも僕は、出来れば人を撃つなんてことはしたくなかったです」

「まあ、そりゃあ誰だってそうだろうさ……一つ、昔話をしよう。とある小僧のとあるしょうもないお話だ」


 アルヴィンは医務室の冷蔵庫を開くと、ミネラルウォーターのボトルを斉藤に放り投げる。ベッドに腰掛けた斉藤の横に、自分も座ると、彼は斉藤に対してゆっくりと話しかけた。


「とある小僧?」

「ああ、その小僧は東部管区首都惑星ロージントン産まれ。小僧の両親は、それはもうクソみたいな人間だったことで有名だ」


「小僧は小さな頃から、君はご両親みたいになっちゃだめよなんて、周りにはそんなことを言われながら、両親にはこんな子供を産むんじゃなかった、なんて言われていた」


「ある日のこと。小僧が一八歳になった頃だ。ロージントン警察の巡査さんが我が家にいらっしゃった。泥酔した小僧のオヤジを担いできたのさ。酒とゲロと香水、そんな臭いを放ちながら」


「小僧のオフクロさんは何に気づいたのか、巡査さんが帰ったあと、玄関に崩れ落ちたままのオヤジを包丁でメッタ刺しにしちまいやがった。ひでえもんだ」


「だが酷ぇのはこっからだ。小僧はなにを思ったのか、血だまりに沈んだオヤジの近くでへたり込んだオフクロさんを刺し殺しちまった。背後から一突き、悲鳴も上げる時間はなかった」


「玄関は一面血の海だ。もちろん、騒ぎは小僧の住んでたアパートの住人達により、警察に知らされた」


「だが、小僧は逃げ出した。着の身着のままで、だ。斉藤、小僧がなぜ、オフクロさんをぶっ殺したのか分かるか?」

「……お父さんを殺したから、ですか?」


 ここまで一息に話したアルヴィンの問いに、斉藤は恐る恐る答えた。


「半分当たりってとこだな。小僧は自分なりの正義を行使した。オヤジを殺したオフクロさんは、死ぬべきだ。人は犯した罪に対する対価を払うように出来てると、彼は思っていたんだな」

「犯した罪に対する、対価?」

「パブで姉ちゃんに酌をしてもらって飲む、金を払う。立ちんぼとワンナイトラブと洒落込む、金を払う。コンビニで安酒とつまみを買う、金を払う。いずれにせよ、何かをするときに、この世の中じゃ金という対価を払うわけだ。では、罪に対してはどうだ?」

「……裁判で、懲役刑だったり、罰金が言い渡されます」

「おう。それが帝国の法ってもんだ。小僧のいけなかったところは、帝国の法じゃなくて、自分の中での法に則って処分をしたところにある」


 アルヴィンは手にしたミネラルウォーターを一口飲み、再び話を始める。


「……小僧はしばらくの間、民間軍事企業崩れの海賊やら、マフィアの下働きやらで生計を立てていたそうだ。その間、殺した連中の数は両手足の指には収まりきらねえ……とまあ、そんなことが長く続くはずも無く、あるとき身を寄せてた海賊諸共交通軌道艦隊にとっ捕まって、おまけに過去の親殺しの罪もバレちまった。めでたく小僧……まあいい歳なんだが、ともかく彼は、即決裁判で刑務所送り、終身刑を言い渡されたわけだ」

 

 ここまでの話を聞いていた斉藤には、この【彼】というのが誰か、薄ぼんやりと理解できた。しかし、確定したわけではない。斉藤は飄々とした顔のアルヴィンの顔を見つめた。


「……あの、その、彼、というのは」

「その彼の名は、トリスタン・アルヴィン・マーティン・ウォーディントンという」

「……」


 刑務所上がりというのは、いつぞやの食事の時に聞いていた。彼の過去に斉藤から触れるつもりは無かった。それがルールと聞いていたから。


 アルヴィンは、自分が何故こんな話をし出したのか、自分でもあまり理解していなかった。単なる気まぐれ、あるいは時間つぶし。なんなら詰ってくれても構わないとさえ考えていた。


「そんな彼が、今や特徴局の犬っころというのが、この話のオチなんだが……ああ、いや、慣れないことをするもんじゃねえな。とにかくだ、俺の手はとっくの昔に血塗れなんだ。だから斉藤、お前は気にするな。お前が殺した罪も、俺が被ってやる。だからお前は今日、誰も殺しちゃいねえ」

「……アルヴィンさん」

「あーあー、らしくねえこと言っちまったな。ハンナが見たら鼻で笑われるぜ。ったくよお。兎に角だ、局長自ら選んだお前だ。連中みたいな叛乱分子をぶっ殺した程度で落ち込まれちゃ困る。だからお前の代わりに俺がヨゴレはやってやる! お前がぶっ殺されそうになっても、俺が絶対に守ってやる! あーあー、くっせーセリフだなぁおい!」


 アルヴィンは今まで感じたことの無い感情をごまかすように、斉藤の頭をグシャグシャとなで回した。


 彼にとって、特徴局入局後、初めての後輩である。否、後輩という存在はこれまでも存在していたが、それは実務四課の荒くれ者のように、自分と同じ汚れた人間ばかりであった。しかしベッドに腰掛けた目の前の青年はどうだ? 虫も殺さないといった風情では無いか。少なくとも、まだこの青年に人殺しなどという業を背負わせるには、まだ早い。後輩の罪は先輩の罪。少なくとも、トリスタン・アルヴィン・マーティン・ウォーディントンはそう考えていた。


『徴税三課、アルヴィン、斉藤君、直ちにブリッジへ出頭せよ』


 ボロディンの呼び出しに、アルヴィンと斉藤は顔を見合わせ、気まずそうな笑みを浮かべた。

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