第3話-④ 【収】一号作戦

 巡航徴税艦ガングート

 艦橋


「ようやく敵が降伏した。あと三〇秒で、庁舎ごと粉みじんにできたものを」


 ガングートのブリッジからは、政庁へ通じる大通りに等間隔に開いたクレーターが見えた。ポグヌス自治共和国政庁の屋上には、巨大な白旗が翻っている。ボロディンは心底残念だという様子で溜息を吐いていた。


「さて……それじゃあ仕事と行きますか、斉藤。行くぞ」

「はい!」


 斉藤とアルヴィンが政庁にたどり着く頃には、本隊からの要請で出動したセンターポリス税務署の職員が集合しており――完全に怯えきっていた――ようやく斉藤達は仕事を開始した。


 政庁ビル 五階 経理部


「酷い改竄ですよ、これは」


 政庁メインコンピュータの予算執行記録や徴税記録を見た斉藤が溜息を吐いた。


「誤魔化すなら誤魔化すでもっと丁寧にやってくれねえかなあ……」


 アルヴィンもまた呆れ果てていた。ポグヌス自治共和国の財務資料があまりに杜撰だったからだ。自治共和国政府が徴収し本国へ納付した地方税の合計が実際の徴収額と大幅にずれていることはもちろん、使途不明金が多すぎて記録の体を為していないものも多数。特徴局が出るまでもなく、地方国税局の段階でなんとかしてしかるべきレベルだった。


「事前調査通り、浮かした金を企業支援政策の名目で横流しかあ。碌でもないことしやがる」

「……」

「どうした斉藤。なんか気になるのか」

「いえ、ここだけで済めば良いんですが」

「ま、珍しかねえけどよ……」


 斉藤の危惧は単なる虫の知らせで根拠が伴うものではなかったため、アルヴィンは軽く流した。



 ヴィシーニャ公国領内

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第二艦橋


 一方その頃。他方面で展開中の特徴局部隊も、次々に対象を降伏、もしくは完膚なきまでに叩き潰しているという報告が、カール・マルクスの徴税一課オフィス兼、カール・マルクス第二艦橋へと舞い込んでいた。


「何故だ……何故毎回こうなる……! 一号から四号作戦まで全てで戦闘が行なわれている!」


 実務一課長の秋山誠一は、特徴局実務課の展開状況が表示される電子星図卓に手を付き、肩で息をしていた。味方の損害はほぼゼロに等しくても、差し押さえるべき執行対象の被害は標準的な帝国軍三個戦隊を優に超えていた。


「諦めたほうがいいって。あの実務課の連中だぞ? しかも相手が撃ってくるなら、嬉々として戦うのは当然じゃないの」


 星図卓の脇の椅子に腰掛けた秋山の部下、徴税一課課長補の糸久三郎は自分のマグカップのコーヒーに塩をひとつまみ入れて、優雅なコーヒータイムと洒落込んでいた。


「すげー戦果だな。もしこれが軍隊なら俺達纏めて昇進してマルス勲章の授与間違いナシだ」

「敵を叩き潰すことが【収】作戦の目的では無い!」


 星図卓をたたき割るのでは無いかという勢いで拳を振るった秋山だが、あいにく星図卓の強度は秋山の拳でどうこうなるものではなかった。


「まあ、それもそうだけどねえ……ポグヌス方面の収一号作戦は上手くやったようだね。少なくとも、一番金になるであろう防衛隊の艦艇とかは無事だそうだ。」

「ET&Tの通信局を潰してる! あの設備建て直すのに一体いくらさっ引かれるのか……」


 超光速通信回線、通常電磁波帯域回線を扱うET&Tの基地局の建築費は帝国軍主力駆逐艦のH・U・ルーデル級一隻分に匹敵すると言われている。


「作戦経過は順調みたいだねえ。徴税一課長殿」


 暢気な声が、秋山の肩越しに放たれる。


「どこが順調か!!!!! あっ……永田局長! これは失礼を!」


 秋山が振り返った先に居たのは、黒縁メガネ――遠近両用である――をかけた特別徴税局局長、永田銑十郎その人であった。


「いいよいいよぉ、気にしないでぇ……ポグヌスが一番早かったみたいだね。これは嬉しい誤算」

「はっ?」

「ほら、今年入った新人の子」

「ああ、斉藤一樹、でしたか。彼とアルヴィンがコンビで向かったそうで」


 秋山自身は斉藤と会話したことが無い。とはいえ、噂くらいは耳にしていた。近年まれに見る秀才が、徴税三課に配属されたのだと。秋山はチラと暢気にコーヒーを啜る相方を見やった。今は軍人で無いから仕方ないとは言え、出来ればこのアンポンタンと取り替えて欲しいとさえ思っていた。


「いやあ、いくら現地税務署の応援があると言っても、ロードか、三課主任の向かった方面のほうが早く片付くと思っていたんだけど」


 秋山もそれは同意見であった。トリスタン・アルヴィン・マーティン・ウォーディントンは優秀だが、それを上回るのが彼の上司であるロード・ケージントンとハンナ・エイケナールである。


「大規模艦隊戦が無かったのが、ポグヌスの陥落が早い理由でしょうな」


 それはつまり、他の戦線では大規模艦隊戦が行われたということであり、秋山は自分の胃が軋むのを感じた。


「それにしたって、だよ……いやあ、僕が選んだ甲斐があったなあ」

「……そういえば、局長、今年の新人はどういう基準で選ばれたので? 数百人の新規入省者から見つけ出すのも一苦労でしょう?」

「えっ? 聞きたい?」

「それはもちろん。銀河にとどろく特別徴税局局長の人選テクニックとやらをぜひ」


 秋山の言葉に嘘は無かった。人格的に崩壊している局長とは言え、その能力の高さは秋山も認めるところだ。


「まず、履歴書を束にして手に持ちます」

 

 永田は近くにあった作戦計画書のクリップを外し、両手でつかんだ。


「手に持つ」

「そして渾身の力を込めて、ばら撒く!」

「ばら撒く……?」


 バサバサと音を立てて宙を舞うA4合成紙。五〇〇枚辺り五三九帝国クレジット。


 暫しの無言。そして全ての紙が第二艦橋の床に舞い落ちたとき、永田は再び口を開く。


「……で、僕の近くに落ちてきた履歴書の子を選んだ」


 そう言うと、永田は自分の足下に散らばる紙から、無造作に一枚拾い上げた。奇しくもその紙には、ポグヌス自治共和国への強制執行計画と、随員の名前――つまり、実務四課と徴税三課員斉藤一樹――の名前が記されていた。


「そんないい加減な手段で採用したんですか!?」

「それはテクニックというより、くじ引きでは?」


 呆れた様子の秋山だが、横で見ていた糸久は永田が拾った紙に書かれた名前に気づいていた。この局長は、運を引き寄せる人間なのだろう、と感心した。


「あははっ、そうかもしれないねえ。それじゃ、僕はこれで」


 あっけにとられた徴税一課トップ二名を放置して、永田はヘラヘラしながら、第二艦橋を後にするのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る