第3話-① 【収】一号作戦
特別徴税局 総旗艦
装甲徴税艦カール・マルクス
第一会議室
「あの、僕が会議に出てもいいんでしょうか?」
その日、斉藤はカール・マルクスでも最大の容積を誇る第一会議室で、アルヴィン達と共に机の一角に座らされていた。ぞろぞろと入ってくる顔の中には、既に顔を合わせたことのある総務部長のミレーヌや監理部長のセシリア、徴税四課長の瀧山、カール・マルクス艦長の入井もいた。
「うちは人数が少ないし、他の課も必要なら三下でも出てんだ。うちの管理職連中は濃いからな、慣れておいたほうがいい」
「私も慣れるまで大分掛かったものだ」
「課長は濃い方だと思うんですがねぇ」
どの口が言うのか、と呆れた顔のアルヴィンを見て、斉藤は同じ穴の狢という言葉を思い出していた。
「何が始まるんですか?」
「作戦会議よ。そうか、斉藤君は初めてだものね。特別徴税局では毎年大規模案件を中心に、時期を定めて一気に執行に入ることもあって、これが【収】作戦って言われてるの」
ハンナの解説が終わると同時に、ベタシベタシと便所草履の音を立てて、永田と笹岡が会議室の上座に着いた。
「はい、みんないつもお疲れ様。今年度の恒例行事のお時間だ。それじゃあ計画については徴税一課長、秋山君、よろしく」
会議も始まって十数秒。早くも永田は自らの仕事は終わったとばかりにたばこに火を付ける。それを見て喫煙者各自――アルヴィンも――もポケットからいそいそとたばこを取り出す。ミレーヌはそれを見計らったように、卓上のスイッチを押す。全開となった換気装置が轟音を立てる中、会議は進行しようとしていた。
「はっ。それでは一課より、【収】作戦について説明いたします」
徴税一課は、特別徴税局の作戦方針と部隊編成を担当する部署である。課長は
「今回の目標は、西部軍管区ポグヌス自治共和国。北天軍管区イフェスティオ自治共和国、南天軍管区の民間軍事企業、レクスター・フリート・コングロマリット。この三つです」
三つの戦域が設定され、傍目には戦力分散による各個撃破を危惧される状況である。秋山立案の作戦では、このそれぞれに特別徴税局実務課を向かわせることになっている。これでは各個撃破されるのではないかと思われるところだが、しかし、秋山はその心配を全くしていない。なぜならば、帝国東部方面軍が相手でも無い限り、特徴局実務課が撃ち負けるような事態は、億に一つの可能性も無いからである。
「ポグヌス自治共和国およびイフェスティオ自治共和国は治安維持税および地方税滞納、共和国資産の故意の隠匿! これは明らかに我が帝国と畏れ多くも皇帝陛下への反抗の第一歩。見逃すわけには行かぬ!」
右手の資料を握りしめ、調査部部長の
「この南天のレクスターはなにをしでかしたんだい? 最近業績が悪いってフィナンシャルの三面とかで出てたけど」
実務一課長のフランチェスカ・セナンクールはその名に聞き覚えがあった。彼女が海賊時代、ノコノコと自分を捕らえにやってきた鴨の一つだった。彼女は元々惑星アヴェンチュラを初め帝国辺境諸惑星における反帝国分離主義運動にも関与していた活動家であり海賊の統領。二〇隻からなる海賊船団を形成し多方面での戦いをくぐり抜けたものの、帝国暦五八二年、帝国軍第一二艦隊と交通機動艦隊、民間軍事企業連合軍による掃討作戦メイワーリングにおいて捕縛される。あだ名はドッグファイター・フラン。
内乱罪により死刑が確定していたものの、他の海賊シンジケート、および反帝国活動家の情報を提供することにより死刑は免れ、さらに無頼の輩をまとめ上げていた指揮能力を買われ、永田により特別徴税局実務一課長として抜擢された経歴を持つ。
なお、本来終身刑だったはずが特徴局の囚人兵に対する恩赦減刑制度適用のため、無理矢理算出された当初の刑期は諸々合計して八九五年となっている。
「どう見積もっても艦船所有税の納税額が実態にそぐわない。現地税務署が調査しても、明らかにリストに無い艦艇の形跡があるのだが、税務署員では判断できないとのことだ。不自然な戦力の隠匿! これは我らが帝国への重大な背信行為で――」
「はいはい、西条さん、その話はあとでゆっくり」
再び怒りに燃える西条が立ち上がるが、隣の席のミレーヌにより、そっと、しかし大の大人が抵抗できない程度の力で座らされた。
「で、アタシらにぶん殴って確認してこいと」
「そういうことだ。レクスター・フリート・コングロマリットへは実務一課と実務三課」
「あいよ。頼んだよ三課長」
「対艦戦闘で死ねるなら本望です」
セナンクールに笑みを向けられたのは、実務三課、特別徴税局実務課においては航空部隊を務める部署の長。彼の名は
彼はにこやかで、穏やかで、たとえ囚人兵相手でも丁寧な物腰で話す人格者――のはずなのだが、かつての軍人時代の失敗を悔いているのか、死に場所を漁るかのごとく、彼自身が戦闘攻撃機のパイロットとして先陣を切ろうとする悪癖があった。
「三課長落ち着いてください」
桜田の隣に座るのは、軍人時代から彼の二番機、そして現在は課長補として彼を支えるヘルムート・ニールマンである。彼は桜田の死にたがりな気性を良く理解していた。
なお、彼も戦艦一隻、母艦二隻、航空機十機を撃墜したエースである。
「イフェスティオ自治共和国には主力となる徴税二課、それに徴税四課から強襲徴税艦ナガシノ、オケハザマ、カネガサキ、計四個渉外大隊」
「イフェスティオはワインの名産地。仕事が片付いたら是非味わいたいものだな」
徴税二課をまとめ上げるのは、会議中だというのにウオッカの瓶を煽る大男。ゲオルギー・イワノヴィチ・カミンスキー。彼は帝国軍のナンバーズフリートで戦隊司令まで務めた男だが、その酒と、生来の女好きがたたって不名誉除隊。彼も永田が発掘してきた逸材で、酒さえ飲ませておけば特徴局随一とも言われる指揮統率能力で、セナンクールの実務一課と並ぶ特徴局の主戦力である。
「西部、ポグヌス自治共和国には実務四課の巡航徴税艦ガングート、強襲徴税艦ハクソンコウ、タバルザカ、ダンノウラの三隻、計四個渉外大隊。前の現場から直行しますので、徴税三課は途中で合流してもらう形になります」
この場にいない特徴局実務四課。斉藤は会議の進行を聞きながら、どんな人物なのだろうかと勝手に想像していた。ゴリラのような筋肉もりもりのマッチョマンなのか、はたまたアルヴィンのような飄々としつつも、白兵戦も出来る男なのか。斉藤の空想の答え合わせは、もう少し後になる。
「本部戦隊はヴィシーニャ公国領内にて待機、これは予備兵力とします。戦線が膠着する場合は随時派兵しますのでそのつもりで」
とはいうものの、秋山は本部戦隊がどこかの戦線へ赴くことはないだろうと考えていた。戦力配分はバッチリ。大抵の仕事は片がつく。これは油断でも慢心でも無く、これまでのデータの蓄積によるものであり、彼が抱く自身の作戦立案能力への不信を補ってあまりあるものだ。
「では、具体的な作戦ですが……」
各作戦宙域で戦闘を行うのは、あくまで最悪の場合である。本来は特徴局の持つ戦力で威圧して税を徴収できれば最善だが、それが適うとは秋山も考えていなかった。彼が戦闘計画を話そうとした時、四人の男が、すっくと立ち上がる。
「徴税一課長! ここは突撃でよいかと」
「突撃しか考えられません!」
「突撃精神こそ特徴局の精神であります!」
「突撃こそ我らが本領!」
「というわけで、突撃あるのみ、と愚考いたします」
全く同じ声で全く同じ案を出してきたのが、特徴局実務課に配属された戦術支援アンドロイド、XTSA-444。機械部分の設計は徴税二課長ハーゲンシュタインによるもので、頭脳、つまり人工知能の思考ルーチンはハーゲンシュタインと実務各課長の意見を取り入れ、徴税四課長瀧山が組上げたものだ。傍目には人間とまったく遜色ない見た目だが、内部は最新型のオートマタである。なお、実務一課所属はフランシス、二課所属はフェリックス、三課所属はケンソリウス、四課所属はオスカール、そして本部戦隊には
結論から言うと、このアンドロイドは致命的な欠陥を持っている。重度の突撃バカなのだ。しかもこれで実務課長補佐の地位に据えられている。人類が人工知能という概念を生み出し、活用しようとして既に千年近い時が過ぎようとしていたが、未だに完全に人間を代替するようなものは出来上がらず、航空機や車両、船舶の制御の一部を代替している程度で推移している。
これでなぜ、実務課が稼働できるかというと、結局のところ、各実務課長、とくに砲雷撃戦を主任務とする実務一課、実務二課、白兵戦を行なう徴税四課において突撃はごく自然な戦闘行動であるからに他ならない。遅滞とか挟撃とか背面展開とか、そういう迂遠な戦法など特徴局においては邪道なのである。
「黙れポンコツアンドロイドども! 纏めてイニシャライズしてやろうかっ……!」
胃の辺りを抑えてうずくまった徴税一課長は、呻き声を上げている。彼が徴税一課長に就任して既に五年。戦下手を自称する彼とはいえ、その作戦は堅実ではあり、一方の実務課と言えばこの調子である。彼に蓄積したストレスは、その矛先を消化器系に向けていた。
「ああ、ほら、言わんこっちゃ無い。まあ、基本的にいつもと同じ。相手方の艦艇や武装は極力破壊せずにせよ、と一課長は言いたいわけですよ、はい」
徴税一課の
「三方面に分かれますが、徴税三課はどうされます?」
徴税三課は、特徴局内でもかなり人員数の少ない部署である。しかしそれでも業務が回るのは、基本的に課長以下スタッフが優秀なことに加え、調査にはカール・マルクスをはじめとした徴税艦のメインフレームの支援も受けられることが挙げられる。
「今回は徴税三課も三つに分かれて行動する。現地税務署への人員の手配は……局長頼みますよ」
「僕から言うの? 嫌がるんだよねぇ現地の税務署」
ケージントンの要請に、タバコをくわえていた永田が露骨に面倒くさそうな顔をした。
「特徴局の名前を出せば顔を真っ青な顔して三下をかき集めてくるでしょう」
「まあそれもそうなんだけどさあ」
特徴局は必要に応じて現地税務署を管轄下に置くことが帝国税法で定められており、これを拒否することはできないのである。
「レクスターへはハンナ、君が」
「はい」
「イフェスティオは私が。ポグヌスへはアルヴィンと斉藤が随行する形でいこう」
「は、はい!」
「いよぅし斉藤、今回もふんだくれるだけふんだくるからな、気合い入れろよ」
「は、はい」
ちなみに、斉藤はこの場にあの狂気、もといハーゲンシュタインが居ないことに安堵していた。ハーゲンシュタインは今もカール・マルクスの工房において、自らの欲望と探究心を満たし続けていた。ハーゲンシュタインにとって、特徴局の行う作戦は特に興味が無いのである。
実務四課旗艦
巡航徴税艦ガングート
「えー、徴税三課二名、乗艦を希望します」
カール・マルクスを出発して五時間。既にポグヌス自治共和国の国境宙域に近づいていた実務四課と合流を果たした斉藤とアルヴィンは、格納庫にて軍艦やそれに類する艦艇への乗り込みの儀式に入っていた。
「ようこそ実務四課旗艦、ガングートへ。アルヴィン、元気そうじゃ無いか」
「池田屋課長補も相変わらず。あ、これ今年の新人の斉藤っす」
「斉藤一樹です。よろしくお願いします」
「改めまして、このガングートを預かる池田屋だ」
カール・マルクス艦長の入井令二課長補同様、ガングート艦長の
「聞いているとは思うが、実務四課は渉外班を集中配備した陸戦専門部隊。私の仕事は彼らが無事目標に到達するまでの護衛、というわけだ。そして――」
「渉外班は上陸すれば目標制圧まで前進をやめない。やめさせない。なぜなら彼らは罪を背負いし者だからだ」
池田屋も一般成人男性の平均以上の背丈だが、その後ろから出てきた男はさらに巨大であった。
「お世話になります、ボロディン課長」
「ご苦労だなアルヴィン」
レオニード・アレクセーエフ・ボロディン。実務四課課長で金髪のスポーツ刈り、一九〇センチメートルの高身長、しかし痩せぎすの身体には似合わない帝国軍指導将校服――階級章がやたらデカい――を身につけている。もちろん、完全な帝国軍人の様式では無く、特徴局仕様の特注品の階級章なのだが。
「ロード・ケージントンから話は聞いている。新人育成は先輩たる君の大きな役目だ。斉藤君、君の良い経験になるように祈っているよ」
斉藤から見上げると、天をつくほどの大男だが、肩書きに反して柔和な笑み。しかしこれが外向きのものだということを、斉藤はこの後、知ることになる。
「いよっし。仕事場の準備は終わりと。飯行くぞ、斉藤」
何気ない一言だったが。これは斉藤にとって新たな体験が始まることを意味していた。
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