第15話ー② 特別徴税局らしさを体現する者
一九時二一分
装甲徴税艦カール・マルクス
徴税三課 オフィス
「……」
「アルヴィン、貧乏揺すり」
「ん、ああ……ハンナ、コーヒー飲みすぎじゃね? 何杯目だ?」
「そうかしら?」
斉藤が税務署で囚われている、ということは先ほどの艦内放送で伝えられたが、それ以降、ハンナもアルヴィンもまったく仕事が手につかない。
「……あー! もうダメ。落ち着かないったらありゃしない!」
「いきなり大声出すなよ!」
「うるさいわね! これが落ち着いていられる!? こんなことになるなら私が行けば良かった」
「……せめて俺がついて行ってやれば」
「なにしてる二人とも。もう定時はまわっているぞ」
ハンナとアルヴィンが後悔に打ちひしがれているところ、ロード・ケージントンは暢気に紅茶など飲んでいた。
「課長!」
「ハンナ、どうしたお前らしくない。局長が局員を捨てて逃げ出すようなタマに見えるか?」
「それは、そうですが」
「でもよお……帝国軍が動き出してるんでしょう? もし、爆撃が行なわれたら……」
「だからこそ、今局長達は対応を協議しているのだ。たまには局長に全額ベットしてもいいだろう」
ロード・ケージントンらしからぬ言い草だったが、ハンナ達の頭はようやく冷えたようで、二人とも大人しくなった。
同時刻
ブリスゴー税務署
第三資料室
『食事だ』
扉の隙間からアサルトライフルの銃口が覗くと共に、軍用携帯食糧と水のボトルが投げ入れられた瞬間、西条の最大音量が税務署内に轟いた。
「ここから出せ! 今どうなっておるのだ! 状況を説明しろ!」
『黙れ! オマエ達は人質だ。大人しくしていれば命までは取らん!』
「人質だと!? 貴様ら、何が目的だ! 税金の滞納ごときでこのようなことをして、タダで済むと思っているのか!」
軌道上と地上でやりとりされた内容は、西条の知るところではない。
『うるさい! 静かにしろ! また麻酔を撃ち込まれたいか!』
「はっ! どうせ撃つなら実弾を持ってこい! 吾輩は死など恐れん!」
『頼むから静かにしてくれ! 妙な真似をするなよ!』
扉の閉められる乱暴な音も、西条の最大音量をほぼノーガードで受け止め続けた斉藤には聞こえなかった。
「人質!? 吾輩達を!? その程度で特別徴税局が引き下がるとでも思っているのか!」
「さ、西条部長! ボリューム絞ってください……!」
斉藤も出せるだけの最大音量で叫んだ。というよりも、すでに音量のフィードバックができないので、怒鳴るしかなかった。
「む、すまんな……しかし吾輩らにこんなしけた携帯食料を寄越すとは……そもそもどうやって食えというのだ」
器用に足先を使って携帯食料をつまみ上げた西条は、口に持って行った携帯食糧をこれまた器用に開封した。歳の割に身体が柔らかいのだな、と斉藤は場違いな関心をしていた。
「ふふふ、吾輩の特技だ。もっとも家内に見られれば怒鳴られるだろうが。ほら、斉藤君、どうだね」
「あ、いえ。部長どうぞ」
さすがに西条の足でつまみ上げられた携帯食料を口にすることはできず、斉藤は丁重に断った。
「……しかし、今頃局長たちはどうしておるのだろうか」
「案外、僕らごと吹き飛ばすような作戦考えているかもしれませんよ」
「はは、斉藤君。それは永田さんへの評価を違えておるよ」
「……珍しいですね。西条さんが局長をさん付けで呼ぶなんて」
「ああ失敬。たまに昔の癖がでる。永田局長は吾輩の大学時代の先輩なのだ」
西条のほうが永田より年上だと思っていた斉藤は目を丸くした。永田からして、西条にはさん付けである。もっとも、永田のこの辺りの基準はかなり曖昧だった。
「む、斉藤君。吾輩のほうが局長より年上だと思っていたのかね」
「い、いえ。まあその」
「まあいい……あれで局長は部下思いの面もある。吾輩や笹岡部長が本省から左遷されたときも、拾ってくれたしな」
「……前から気になってたんですけれど、局長って特別徴税局に来る前、なにかしたんですか? 本省の領邦課長といえば出世の王道。そこから特別徴税局にとは、到底考えられないんですが」
「……そうだな。君も知っておくべきだろう」
西条は携行食糧を囓り、数回咀嚼して飲み込んでから答えた。
「永田さんは当時、国税省領邦課長として、ある不正を見つけた」
「不正?」
「帝国中央から、とある領邦国家に流れる使途不明金。一〇年間で約四五〇兆帝国クレジット」
その金額に、斉藤は覚えがあった。
「四五〇兆帝国クレジット……って、それはこの前、局長からシミュレート依頼があったものです」
「そう、あれは永田さんがつかんだ使途不明金の金額だ。マルティフローラ大公国、フリザンテーマ公国、コノフェール候国。これら帝国領邦でも古参の三国に対して流れたこれらの金の使途を突き止めようとしたところで、永田さんは特別徴税局局長に島流し、というわけだ」
「……そんなこと、初めて知りました」
暇な時間に国税省内の事件記録などは読み込んでいた斉藤だが、これは初耳だった。あの暇さえあれば笹岡部長と茶飲み話をしているオッサンが、そのような国家の重大事に絡んでいたとは考えもしなかっただけに、驚きを隠せない様子だった。
「そうだろうとも。この使途不明金に関する資料は、国税省のどこを探しても存在しないことになっている。カール・マルクスのデータベースにだって、表向きは存在していない。全ては永田さんが個人的に持っているデータのみだ……まあ、瀧山課長に頼んで、不可視領域の一つや二つ作って放り込んでいるかもしれんが」
西条は周囲を見渡し、一層声を潜めて話を続けた。
「……この使途不明金。ただ領主がくすねるにしては額が大きすぎる。だからこそ吾輩や笹岡部長も、永田さんと一緒に調査をした。だが、最終的な答えは、永田さんしか持っていない。国税省上層部が調査すら許さないとはよほどのことだ」
「それができない用途に……明るみに出来ないやましいことに使われていると、そういうことですね?」
「その通り……今は吾輩達も従順に国税省としての仕事をこなしている。だが覚えておいて欲しい。永田さんの本心は、この使途不明金問題の追及にあるのだと」
「それは復讐ですか?」
「そうだな。そうとも言える。だが帝国がこの先続くにしろ滅ぶにしろ、金の流れが不透明では死期が早まるのも事実だ」
思いもよらない話に、斉藤は今の状況を忘れて聞き入っていた。あの脳天気そうな永田にそのような過去があり、そんなことを考えていたとはついぞ考えもしなかったからだ。
「税の公正な徴収は公正な国家の礎だ……と、吾輩が大学生だったときの指導教官が言われていた。それを思い出すよ」
西条が口にした台詞には斉藤も覚えがあった。
「……もしかして、それってジェルジンスキー先生ですか?」
「なんと! 彼を知っているのか?」
「今は学部長になられましたよ。僕も学生時代、お世話になりました」
「なんと……そうか、君も帝大出だったな」
西条をはじめ、笹岡、そして永田は帝大卒である。斉藤と西条はしばらくの間、自らの置かれた状況を忘れて話を続けていた。
一九時三〇分
署長室
一方その頃、同じ税務署内においてセシリア・ハーネフラーフはルガツィン伯爵と対峙していた。
「帝国に反旗を翻すなど、愚かなことです。今なら寛大な処置を嘆願することもできますが」
「これはあくまできっかけに過ぎぬ……帝国は今や、建国当初の目的を忘れて、辺境への進出意欲を失い、痩せ衰えていくだけの老馬だ」
「私は国税当局の人間としてここに来ています。閣下と国家観の議論をするために来たのではありません」
「それもいいだろう。君達には帝国への交渉材料となって貰う」
「私達が材料になると本当にお考えなのですか? 本国は一介の官僚など使い捨てますよ」
セシリアの認識は些か悲観的にすぎるものだったが、かといって帝国官僚の価値を過度に安く見積もっているわけではない。
「それもいいだろう。どのみち帝国がこの要求を呑むとは思えん」
あっさりと言った伯爵、いや共和国首相の言葉に、セシリアは唖然とした。
「我々が立ち上がることで、辺境の心ある者達が立ち上がる……それこそ、宇宙人類の独立の正しい姿だ」
「では、閣下は他の自治共和国でも叛乱が起きることを期待しているのですか? なんと愚かな……!」
そのようなことは万に一つもあり得ない。東部軍管区の辺境星域が政情不安定とは言え、今すぐに帝国から独立しようなどと考えているのは、よほどの夢想家とテロリストだけだ。それがセシリアだけでなく、帝国に住む者のごく一般的な認識である。
セシリアは溜息を堪えて、ただ遠くを見つめている首相を見上げていた。
同時刻
第三資料室
斉藤達とは別の部屋に監禁されていたソフィとゲルトも会話を交わしていた。
「もうすっかり夜みたいだね……斉藤君達無事かなあ」
ソフィは差し入れられた携帯食糧を囓っていた。
「カール・マルクスだけじゃなくて本隊さえいればすぐに叩き潰せたのに……!」
空になった水のボトルを壁に投げつけたゲルトは、不満げに椅子を並べてつくったベッドに身を横たえる。
「……ここも戦場になっちゃうのかな」
「あちらはそれをお望みみたいだけれど」
ソフィは窓から見えるセンターポリスの道路を見て溜息をついた。銃を構えた戦闘員やら、装甲車が行き交うのをみて、ソフィは身震いした。
「せめて上の状況が分かればなあ。通信機も取り上げられたし……」
とはいえ、状況が分からずに不安や苛立ちを抱えていたのは、ソフィだけではなかった。
同時刻
ブリスゴー税務署
「……騒がしいな」
尋問されるでもない状況で数時間放置されていた斉藤と西条だが、ここに来て部屋の外が慌ただしい。
「はい。外の方も大分……本当に彼らは帝国と一戦構えるつもりなのでしょうか」
「バカな。恐らく帝国軍はすでに鎮圧に動いている。我々もこのままだと爆撃に巻き込まれかねないぞ」
「僕らもなんとかしてここを出ないと……!」
「しかし両手は縛られたまま。ドアは施錠され、窓から飛び降りようものなら全身バラバラだぞ?」
斉藤は視線を巡らせる。廊下には見張りが経っており、この目を掻い潜るのは不可能。そのときである、斉藤の指先を冷たい風がなでた。
「……そこの通風口から移動できるかもしれません」
斉藤が足で指し示した先には、確かに館内空調用の通風口が開けられていた。しかし、その幅は斉藤の肩幅より僅かに広い程度だった。
「おお、妙案だ! しかし吾輩は身体が通らんな……せめてソフィ君やデルプシュテット君、セシリア君くらいは助けてやってくれ」
西条が通風口の金網を足で起用に取り外した。
「では、行ってきます」
斉藤は両手が使えない状態で、芋虫のように身体を動かして通風口の奥へと進んでいった。
「あ……」
一人部屋に残った西条は、肝心なことに気付いていないことを悟った。
「そもそも、吾輩だけではなくて、斉藤君以外ほとんど誰も通れないのでは……?」
通風ダクト内
「……ここは……隣の部屋だな」
壁面内に埋め込まれる形の通風ダクトだが、斉藤であれば身動きを取ることが出来るサイズだった。
「くっ……」
斉藤はなんとか身体をよじり、頭突きをして目の前の金網を外そうとしている。
『だ、誰!?』
『何の音!?』
「ソフィ? ゲルト? ここだ、声はあまり出さないで……!」
通風ダクトを這い出た斉藤は、ソフィとゲルトの手を借りて立ち上がった。そう、手を借りて。
「……ちょっとまって、君達拘束はどうしたんだ?」
「え? ああ、ほらこれ」
ソフィは靴の踵を斉藤に見せた。
「仕込みナイフ……なんでこんなもの」
「女性局員向けに博士が作ってくれてるの」
かかとから飛び出たナイフ、爪先からは鋭いニードル。斉藤は知る由も無いが、このニードルからは一〇〇万ボルトの高電圧が放たれるのである。それでいて見た目は女性向けのパンプスと変わりが無い。
「あの博士もたまにはまともなものを……ああ、まあいい。僕の縄も解いてくれないか」
ソフィが斉藤の縄を解き、斉藤は数時間ぶりに解放された両手をぐるぐると回してほぐした。
「でもどうしたの斉藤君。ご飯なら携帯食糧しかないよ」
「なんでそんなに暢気なの!?」
携帯食糧を差し出したソフィの暢気さに、斉藤は叫んでいた。
「斉藤、あんまり声出さないでよ……!」
「ああ、ごめんごめん……何で僕が怒られてるんだ?」
ゲルトに諫められた斉藤は、理不尽さに頭を抱えた。斉藤は気付いていなかったが、先ほどから西条としか話しておらず、声量調整に難があった。
「……ともかくここから出よう。カール・マルクスが動き出したとしたら、こんなところに居たらまとめて吹き飛ばされかねない」
「……まあ秋山課長ならそこまでヘタなことはしないはずだけど」
斉藤の不安はさすがに行き過ぎのものだった。ゲルトも珍しく自分の上司への信頼を垣間見せたが、それでもはずである、という些か不確定のものだったが。
「でも出るって言っても、表には兵隊が一杯居るけど?」
「そこの通風口を使えば――」
「そこ、斉藤くらいしか通れないよ」
「え?」
ソフィに言われて、斉藤は初めてその点に思い至った。拘束される際に頭部への殴打を受け、長時間の拘禁により判断力が鈍っていたのである。
「ええとね、その……私達、斉藤君よりもその……」
「斉藤くらい小さけりゃ通れるってはっきり言ってやりなさいよ」
ソフィは言葉を選びつつ、斉藤にその点を指摘しようとしたのだが、ゲルトは尤も端的で暴力的な表現を選んだ。
「小さいって言うな!」
斉藤にとってこの反応はほぼ条件反射に等しい。
「小っさいじゃないのよ、実際! 変なとこで見栄張るんじゃない!」
『おい! 騒がしいぞ、静かにしてろ!』
「黙れ!!!!!!」
「あ、あの斉藤君」
『ええいうるさい奴らだ! いいから黙ってろ! ったく』
怒鳴り返した監視がどこかへ行ったあと、斉藤は憮然とその場に座り込んだが、それどころではないことを思い出した。
「このままここに居たら、帝国軍の爆撃に巻き込まれる。皆を探して、早く脱出しないと」
斉藤はソフィからナイフを借りて、再びダクトの中に潜り込んでいった。
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