第15話-③ 特別徴税局らしさを体現する者
一九時四五分
装甲徴税艦カール・マルクス
第一会議室
「結論から申し上げます。我々単独での救出オペレーションの成功確率はかなり低い目だと言わざるを得ません」
秋山は、ここ数年まれに見る顔色の悪さで口を開いた。
「……具体的には?」
さすがに一瞬間を置いて、永田が先を促した。
「人質全員を救出、かつ、普段の死傷者を普段の強制執行並に抑えるのはほぼ絶望的です。少なくとも渉外班は、壊滅する恐れも……渉外班に死んでこいと送り出すことは、小官にはできません」
「増援は? 呼び戻した他の部隊はどうなの?」
「西部軍管区にいる実務一課などは到着までに最短で七二時間、一番近い徴税四課のガングートのみ、渉外班員を限界まで収容して単艦でこちらに向かうとのことで、早くて一九時間後とのことです」
「帝国艦隊より到着は早いのか。でも待てない。とっとと済ませよう」
永田の言葉に、秋山が血相を変える。とても現実的ではないと思ったからだ。
「そんな!? 局長、確率だけでお話しするのも酷なことですが、最大限楽観的に見ても、こんな分が悪い賭けを行なうのは反対です!」
「でも、その後の救出は今よりも分が悪い。もう帝国軍は叛乱に気付いて帝国軍がもうこちらに向かっている筈。西条さん達を帝国軍の砲爆撃に晒すの? 帝国軍の叛乱鎮圧時の対処フローは秋山君が一番知ってるでしょ?」
帝国軍の叛乱対処フローは実に単純で、叛乱勢力に対しては即時降伏、民間人には軍事施設、市街地からの即時退去を要請。その後、猶予時間を設けた後、惑星軌道上の艦艇などは降伏しなければ殲滅。占拠された都市部、軍事施設などは砲爆撃により叩き潰し、陸戦部隊を送り込むというものだ。
「しかし……」
秋山にしては珍しい抵抗だったが、それほどまでに今回は分が悪かった。特別徴税局の優位というのは、個人の力量はもちろんながら、圧倒的な火力と物量によるところが大きい。今回はこの両者が欠けている上、人質を奪還する困難なミッションも追加される。
「ともかく、作戦の成功確率を少しでも上げられるように、どうにかして」
「どうにか……はっ、どうにかします!」
ここまできては何を言ってもしょうがないとばかりに、腹をくくった秋山がよろけつつ敬礼した。
「捕まってるのは西条さん達や徴税三課、渉外班の皆だ。こんなことで死んじゃうようなこと、僕は座視できない。なんとかして救い出そう」
永田にしては情緒的な言い方だったが、その場に居合わせる幹部達を奮い立たせる物言いではあった。
『局長、本省より呼び出しです』
「ああ、そうだった……いっそ教えない方がよかったのかなあ」
局員が人質に取られたこと、ルガツィン伯爵が叛乱を起こしたことは国税省にも報告していたが、これを受けた本省の決定がどのようなものになるか、永田は既に理解していた。
「局長室に回して」
永田は、もう一つの厄介ごと。本省との打ち合わせに向かった。
二〇時一〇分
局長執務室
会議室から戻った永田は、たっぷり時間をかけて紫煙をくゆらせてから、本省からの呼び出しに応えた。
「永田です、どーもお疲れさまです」
『どうして貴様の行くところは毎度毎度そういう面倒なことになるのだ! ラカン=ナエの騒動からまだ半年も経っておらんぞ!』
モニターが待機画面から切り替わった途端に画面の向こうの国税省三羽烏の一羽目、官房長の
「ああ、もう半年も経ってたんですか。しかしですね、私が面倒ごとを起こしているわけではありませんが」
今回については、永田の言うことが正しかった。
『ともかく、事態収拾は今度こそ帝国軍に一任しろ。分かっているな?』
官房長は渋面に脂汗を浮かべて、永田に念押しするように言った。
『人質もおるそうだが、生死の確認は取れているのか? 何故お前のところの人間が――』
政務官のデレク・ハスケルは呆れたように溜息をついた。彼の意識はすでに、この件を早く国防省に引き渡したいというその一点にあった。
「待ってください。生死の確認は取れてますし、我々は独自に救出作戦を行なう予定です」
事務次官の
「だから帝国軍の叛乱鎮圧行動を待つように、官房長達から要請してください」
『何故だ? これは明らかな帝権への叛乱だぞ? お前達が出ていく幕じゃない』
事務次官は眉をひそめて、もっともらしい正論を言い放った。
「帝国艦隊出動となれば、連中もそれを知るでしょう。人質の生命を保障してくれるかどうか。帝国軍の攻撃を待って貰うように交渉するだけじゃないですか」
『……君のところの部下には悪いが、帝国への叛逆を許すことは国税省、いや、帝国臣民としても看過できない。現在宮殿で皇統ご列席の上で会議が開かれているが、鎮圧行動は迅速に行なわれるようにと仰せだ』
官房長の言葉に、永田はにやりと口角を歪め、官房長は自分の失言に気付いて目をそらした。永田の表情は、これから反撃に出ようとする時のそれだった。
「ははあ。帝国のメンツが守れれば、帝国臣民の命はどうでもいいと仰るんですか、あなた方は。帝都の六角で偉そうにふんぞり返って、まあお気楽なものですなぁ」
『永田! これは高度に政治的な問題だ!』
政務官が口角泡を飛ばしながら怒鳴りつけたが、永田はその程度で怯むものではない。
「特徴局局員は帝国臣民では無いとでもおっしゃるのですか? こりゃあ帝国憲法を書き換えて貰わねばなりませんなあ」
『い、いや、永田、それは違うぞ。我々は帝国の官吏だ。君も局長ともなれば分かるだろう』
官房長が永田を宥めるように言うが、そのような理屈は永田の怒りに油を注ぐようなものだった。
「分かるわけないでしょ、そんな理屈。バカ言うんじゃないよ、まったく」
カメラを切っているので官房長達に永田の表情は見えない。しかし、今の永田は普段なら浮かべることのない、激しい怒りを顔に浮かべていた。それを隠すように、永田はたばこを一本吸ってから再び口を開く。
「国税吏員だって立派な帝国臣民だ。それをあっさり切り捨てる判断を下すような命令、私は認めない。たかだか四、五〇人の部下を守れなくて、何が公正な徴税だ。何が特別徴税局か」
官房長は何か永田を言いくるめられる言葉はないかと口をパクパクと動かすが、こうなった永田を動かせる道理などなかった。
「これより永田は独自の判断で状況に対処いたします。以降作戦行動中は無線封鎖のため、通信には出られませんのであしからず、以上」
乱暴に通信切断の操作を行なった永田は、たばこを取り出して火を付けた。
二〇時二八分
第一会議室
「おお、永田。ちょうどまとまったところだ。そちらは? まあ聞くまでもないか」
「はははっ。あとは好きにやるって言ってやったよ」
笹岡の質問に、永田は珍しく呵呵大笑して答えた。
「そりゃあ結構」
結構ではない。大臣の命令について一局長が抗命したのである。しかし、永田はすでに事後の責任問題のことなどどうとでもできると算段を付けていた。
「確度を挙げるには、人数を増やすしかないという結論だ。そして実行は早ければ早いほどいい。ボロディン課長には申し訳ないが、強行するより他ない」
笹岡の概要を聞いた永田は、苦笑いを浮かべた。こんなに分の悪い賭けに出るのは、一昨年のヨットレース帝国皇帝杯の舟券を買うとき以来だななどと考えていた。
「作戦……と言えるかはかなり怪しいですが、こちらをご覧ください……サー、どいてください」
「ほら、サーはこちらへ」
「うぁーん……」
机の上から、サーをどかせた秋山。サー・パルジファルは不満げに唸り、笹岡の膝の上へと待避した。続いて秋山が手元のパネルを操作して、立体投影モニターを起動した。カール・マルクスの予定針路上にはリアルタイムで得られた敵艦隊の配置がプロットされている。
「現在本艦は、高度四万キロメートルの静止軌道に定位しておりますが、作戦開始と同時に軌道遷移開始。センターポリスへの降下侵入軌道に入ります。途中、敵艦隊による迎撃もあるでしょうが、これはなんとか突破します」
「なんとか?」
秋山らしからぬファジーな物言いに、さすがの永田も聞き返した。
「できようができまいが、強行突破しかありません。時間を掛けるわけにはいかんのです。降下後、敵は航空戦力および軌道上から追撃してきた艦艇により、こちらを阻止しようとするでしょうが、これもなんとか撃退。その間に内火艇に分乗した渉外班、および志願者による混成特別陸戦隊をセンターポリス、税務署付近へと降下させます」
「税務署でいいの?」
「首相閣下を名乗る通信は、全て税務署から発信されています。あそこの税務署は帝国軍駐留艦隊旧司令部ですから、にわか作りのプレハブ政庁よりも安心できるってもんです」
作戦会議には瀧山も同席していた。徴税四課により、先の通信が税務署内から発信されていることは分かっており、余剰戦力が無い今回、税務署への突入のみに秋山は目標を絞っていた。
「それまで本艦はできるだけ上空にて待機、地上部隊の援護をしつつです」
「作戦というか、討ち入りだねえ、これ」
「これが現状考案できる最大限です」
秋山は腹をくくった様子で、永田の目を見据えた。
「万が一に備えて、本艦のデータバンクはバックアップしておいてね」
「それならもうフリードリヒ・エンゲルスに送りつけてあります」
永田の指示にあっさりと答えた瀧山に、永田はぽかんと口を開けていた。
「あっそう……早いなあ」
「普段からデータ連係はしてますからね。どうせ言われるでしょうし、言われてからじゃ間に合いませんからね」
特別徴税局の各徴税艦に蓄積されたデータは逐次特徴局全艦にバックアップされるが、今回はカール・マルクスそのものの喪失も想定されていたため、瀧山はメインフレーム内全てのデータを本部戦隊準旗艦、フリードリヒ・エンゲルスへと送りつけていた。各種税務調査の資料に電子戦プログラム、サー・パルジファルの体重データまで含むデータの洪水に、フリードリヒ・エンゲルスの電算部門は上へ下への大騒ぎだった。
「ところで、陸戦隊の規模は?」
「一個小隊、六三名です」
「……マクレンスキー君、やれるかい?」
「是非もねえ。他ならぬ西条の親父やセシリア姐さん達の救出とあれば」
セルゲイ・ヴコーロヴィチ・マクレンスキーはカール・マルクス渉外班副長、元降下揚陸兵団の軍曹だった男だ。上官に対する暴行の罪で軍刑務所に入れられていたところをリクルートされた経歴を持つ。マクリントックに次ぐ、カール・マルクス渉外班のまとめ役だ。
「よし、これで行こう。艦長、マイク貸して貰っていい?」
「は、どうぞ」
「全艦に達する。局長の永田だ。これから我々は、分の悪い賭けに出る。それもこれも、地上に居る西条さん達、人質救出のためだ。仲間を見捨てたとあっては特徴局の名折れだ。非戦闘員、命令に不服の者は離艦して貰って構わない。以上」
永田による作戦決行の通達後、艦内では急ぎ救出オペレーションの準備が進められることとなった。
二〇時五九分
徴税三課 オフィス
「アルヴィン、行くのね」
有志による特別陸戦隊に、アルヴィンは当然立候補していた。愛用のアサルトライフル――どこかの強制執行の際に拾ったものらしい――を担ぎ、いつもの陸戦装備に身を固めていた彼を、ハンナは呼び止めた。
「出来の悪い後輩を助けに行くのも、先輩の仕事ってやつさぁ。あいつ、またゲロってなけりゃいいが」
いつも通りの気楽な言葉。しかしハンナはどこか不安を感じていた。
「バカね。斉藤君だってこの程度で動じるタマじゃ無いわ」
「そりゃそうだ。そんじゃ、行ってくるわ。帰ってきたら斉藤連れて飯でも行こうや。それよりハンナ、お前離艦しなくてよかったのか?」
「このフネが沈むもんですか。どうせあっさり終わって、アンタの仕事まで手伝わなきゃならないんだから」
完全装備のアルヴィンを見送り、ハンナは一人、オフィスで平素と変わらず仕事を続けた。
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