第15話-④ 特別徴税局らしさを体現する者
二一時四五分
装甲徴税艦カール・マルクス
第一艦橋
『機関、全力運転準備完了』
『電子戦、準備完了。いつでもいけるぞ』
『希望者の離艦完了』
「局長、戦闘態勢整いました。最終判断願います」
「……」
これは税務調査でも強制執行でもない、いわば業務外の業務であり、しかも命の危険、艦の喪失という最悪の事態が考えられた。そんなことに一隻数千億帝国クレジットはする装甲徴税艦と、値段がつけられないベテラン局員を投入する。これは永田をして非合理的なことだとは分かっているのだが、局員を放置して撤退するのも、永田の主義に反するというのが、この決断の理由だった。
「特別執行開始」
特例中の特例。永田が発した号令は、規程にない仕事を行なう際の汎用命令だった。
「全艦特別執行開始! 以降の指揮は入井艦長に一任します」
秋山の復唱と同時に、入井艦長も頷いた。
「指揮権、頂きました」
ここからは本職の船乗りの仕事である。入井にしてもこれが無茶な作戦だと承知はしていたが、船乗りとしての腕の見せ所と張り切っている部分もあった。
「軌道遷移開始! 対艦、対空、対電子戦用意!」
同時刻
汎人類共和国(イステール自治共和国)軍艦隊
旗艦 アドミラル・メイフィールド
「カール・マルクス、軌道遷移開始、同時に電子妨害が入りました。こちらの制止命令にも応じません」
「そんなバカな。連中一隻で突っ込んでくるのか!? 首相閣下はなんと!?」
参謀長の報告に、汎人類共和国を名乗る賊軍の艦隊を預かるアンジェリーナ・バーリー少将はヒステリックな悲鳴を上げた。
「構わないから迎撃せよ、とのことですが」
「全艦に伝達。装甲徴税艦は一隻で戦艦四隻分の火力を持つと思え。モンキーモデルとは訳が違う……! 敵はセンターポリスに向かうはずだ! 予測針路に展開して頭を押さえるぞ」
徴税艦が標準仕様の帝国艦艇より強化されているのは軍人ならば誰でも聞いた逸話だ。本来ナンバーズフリートと憲兵艦隊、近衛艦隊以外の領邦軍や自治共和国防衛軍や払い下げ艦を用いる民間軍事企業の戦闘艦は、帝国艦隊正規仕様の艦艇よりも火力や推力、電子戦能力をダウングレードされるのが常である。しかし、特別徴税局はあろうことかナンバーズフリートの艦艇をしのぐ大火力を誇るという。
たかが一隻とは言え油断は出来ない。バーリー少将は宙域図に光る一つの点を、忌々しげに睨み付けていた。
二二時〇三分
装甲徴税艦カール・マルクス
第一艦橋
「敵艦隊、軌道遷移開始。本艦の予想軌道上に展開しています」
猛然と地表への降下態勢に入ったカール・マルクスに対して、敵艦隊は全面対決の姿勢を見せていた。
「一隻と見くびらなかったことは褒めてやらんとな。瀧山課長、電子戦の準備はどうですか?」
入井が手元のモニターに電算室の瀧山を呼び出した。
『いつでもオーケーだ。連中の目と耳を叩き潰してやる!』
「では、今すぐお願いします」
『アイ・アイ・サー!』
特徴局旗艦としての高度な情報処理系と通信系は、帝国軍の電子戦艦を凌ぐ。瀧山の手で実行された電子戦プログラムに従い、カール・マルクスからミリ波から超長波帯に至る電磁波ノイズが発せられた。各種センサーから見れば、惑星ガーディナのヒル圏が真っ白に染め上げられたように見えただろう。同時に通信システムジャックを行なうことで、あらゆる通信を混乱させる。
「砲雷撃戦用意! 照準システムを熱・光学照準に切り替え!」
艦長の入井課長は珍しく気合いの入った声で指示を飛ばしていた。カール・マルクスは本部戦隊旗艦、つまりは特別徴税局の事実上の庁舎としての役割を持つため、最前線で砲雷撃戦を行なうことは希である。おまけに現代艦艇の艦長職は部隊の中間管理職のようなもので、艦隊で動く場合は個々人の戦術などはあまり重要視されない。だからこそ単艦で海賊のような戦闘機動を行なうのは船乗りの腕の見せ所ではある。
「敵艦隊が軸線に乗り次第、重荷電粒子砲を発射。完了と同時に反転一八〇度。軌道遷移噴射。高度を二〇〇〇〇まで落とす。センターポリスへの降下軌道を修正!」
「艦長、あくまで目標は地上に居る西条部長達の救出だ。無茶はするなよ」
「船に乗ったら船頭任せ、戦艦乗ったら艦長任せ。秋山君、艦長に任せておこうよ」
「は、はあ」
曲芸のような戦闘機動に対し秋山が苦言を呈するが、目を瞑ったまま足を組み、悠々と椅子に納まった永田の言葉で浮かせかけた腰を椅子に落ち着けた。
「敵艦隊の一部が軌道を下げていきます」
艦のシステムと接続された戦術支援アンドロイド征蔵の報告に、入井はほう、と感心したように唸った。
「こちらの頭を押える腹づもりか? 構うな、降下を最優先!」
「本職の気合いは凄いねえ。たまにはカール・マルクスも前線に出さないと」
艦長が戦闘配置で気が逸れているのをいいことに、禁煙の艦橋で永田はたばこに火を付けた。
「局長、暢気に言ってる場合ですか。もし我々が動いたことで、下に居る西条部長達が殺されていたら、どうします?」
「そのときは僕の首一つで済むさ」
タバコを手で弄びながら、永田は自嘲的な笑顔を浮かべた。ただし永田には確証があった。連中には今のところ人質を殺せない、と。唯一帝国との交渉材料になり得る人質を殺してはなんの意味もないからだ。
「敵艦隊、射線軸に乗りました!」
「重荷電粒子砲、撃てっ!」
帝国軍最大の艦載砲。仕組みは主砲に採用される荷電粒子砲と同様だが、艦首に固定装備として収束エネルギー量を格段に引き上げていることから、重の文字が付け加えられる。シールドを展開している戦艦さえ消し炭にするという触れ込みの火砲が、逆行軌道で接近中の叛乱軍艦艇を薙ぎ払った。
「敵艦三隻撃沈! 残りは軌道変更を開始した模様です」
「いやあ、毎度思うけどスゴイ威力だね」
「しかし敵に動きを読まれていて、あまり有効射とは言えません……」
秋山と永田の会話は、すでにスポーツ観戦のそれに近いが、そのくらいの感覚で無ければ、一隻で敵艦隊に殴り込もうなどと考えつかないだろうとも言えた。
「なあに、今回は西条部長達を助け出すのが作戦の本質でしょう。ここで敵艦沈めたところで何のこともありません」
艦長は冷静だった。もともと彼は民間軍事企業の艦長職にあって、いくつもの戦場を渡り歩いた猛者である。徴税艦の運用は実務課所属の彼をはじめとする、中途採用が大半を占めるクルーによって成り立っていた。
「敵艦隊より砲撃!」
そもそも、現代の宇宙戦闘艦の平均砲戦距離は七〇万キロメートル。地球サイズの惑星なら、静止軌道より内側は荷電粒子砲ならばほぼタイムラグなしで着弾し、誘導弾や電磁砲でも有効射を十分に得られる距離である。
「時間がないんだ、多少の攻撃は無視して、降下軌道を維持! 本艦針路上にに防護幕展開! フレアもありったけばらまいていけ! 出し惜しみは無しだ!」
二二時一九分
ブリスゴー税務署
「ゲルト、今空が光った!」
税務署の窓から空を見ていたソフィは、星の光ではない瞬きがいくつも明滅していることに気がついた。
「始まったんだ……そろそろこちらも動かないと……斉藤はまだ戻らないの?」
その頃、斉藤は再び空調ダクトの中にいた。
「サー・パルジファルじゃあるまいし……」
ホコリまみれの斉藤は、いつも自分の部屋に来る猫の実務部長を思い出していた。かの猫は今頃何をしているのだろうかなどと考えつつ、斉藤は囚われの身である同僚達を探していた。西条とソフィとゲルト、調査部員はすでに発見済み。残りは護衛として共に降りてきた渉外班のゴロツキ共である。
「……いた」
両手が使えるようになったことで、斉藤の行動範囲は遙かに拡大していた。天井裏へ伸びるダクトを伝い、整備用の通路を這いずり、斉藤はようやく特別徴税局渉外班が押し込まれた部屋の一つを見つけだした。
「マクリントックさん、開けてください。僕です、斉藤です」
「あ!? お前なんだそんなところから来たのか!? おい、足場作れ」
部下のデカブツ達を足場にして、マクリントックが天井の金網を取り外すと、斉藤はホコリまみれの身体でダクトから這い出た。
「お前、よくここまでこれたな。他の連中は?」
「西条さん、ゲルト、ソフィは無事です。他の人もこのフロアにいます」
斉藤はソフィから借りたナイフで渉外班員の拘束を解いてから、倉庫の中にあった合成紙に、大まかなフロアの見取図を書いて見せた。
「よぉし……アタシらの装備は警備兵達がどっかに集めてんだろう。他の連中の居場所も大体見当が付いてる。ステゴロでもあんなにわか作りの叛乱軍なんて敵じゃあない」
何せ特徴局渉外班は、帝国軍降下揚陸兵団と民間軍事企業に並ぶ戦闘のプロである。
「カール・マルクスが動いてる頃だ。斉藤、お前はセシリア姐さんの居場所を調べてこい」
「分かりました」
再びダクト内を這い回る斉藤だが、セシリアの捜索は難航した。同じフロア内には居ないのか、どこにも見当たらない。そうこうしている内に、ダクト内に居ても聞こえてくるサイレンの音が斉藤の耳朶を叩き、仕方なく斉藤はマクリントックのいる部屋へ戻った。
「……まあ、あの姐さんならなんとかなるだろ。五分後に動く」
マクリントック渉外班長の建てた作戦とは、つまり、このフロアにいる警備兵をぶん殴り、武器を奪い、西条、ソフィ、ゲルト、セシリア、他の部屋に監禁中の渉外班員を救出し、駐機場の内火艇を奪い脱出というものだった。現状、ここに居る特徴局員だけで実行可能な、現実的なものではあったが危険な作戦だった。
同時刻
署長室
「なぜあなた方の脅迫に屈しなければいけないのです。私は特別徴税局の監理部部長ですよ? あなた方の要求を呑むなんて、あり得ないことです」
「いやそこをなんとか……このままだとあなた方もろとも、伯爵は玉砕とか言いかねません」
ルガツィン伯爵はカール・マルクスが動き出したとの報に際し、その迎撃指揮を国家元首として督戦する必要があった。成功する確率が低いとはいえ、叛乱軍首脳部としては特別徴税局を介した帝国との交渉のために、人質の懐柔はなんとかしたいというのが本音である。
ルガツィン伯爵に替わってセシリア・ハーネフラーフの懐柔を行なっていたのは、ブリスゴー税務署のコーンズ署長とゴードン副署長である。彼らはそもそも帝国へ反旗を翻すというルガツィン伯爵の理想など一片も理解しているわけではないのだが、伯爵が武装蜂起のための脱税を繰り返していたことを黙認し、あまつさえそこから袖の下を受け取っていた立場では叛乱軍に参加するしか無かった。
「カール・マルクスはもう動いているんですよ? あなた方も薙ぎ払われたくなければ、早く逃げるべきでは?」
永田がそこまでするとはセシリア自身思っていなかったのだが、セシリアはあえて逆に脅迫していた。普段なら腰に下げた長銃身レーザーライフルと愛刀も睨みを利かせるが、今のセシリアには、自らに備わった双眸しか、威圧するものはない。
それでも、セシリアの気迫はそこらの税務署長と副署長では、足が震え冷や汗が流れ落ちる程のものだった。伊達やハッタリだけでキャリア官僚は務まらない。
「今更逃げることなどできません! ハーネフラーフ監理部長、お願いですから、カール・マルクスの永田局長に停戦を呼びかけてください!」
「手遅れです。もう遅い」
ゴードン副署長の泣き声にも等しい嘆願を一蹴し、セシリアはテーブルの上に出されたティーカップを取り上げた。叛乱軍がセシリアを交渉相手としたのは、激昂する西条や筋肉ゴリラばかりの渉外班では話にならず、斉藤などの平職員では決定打になり得ないと考えたからなのだが、セシリアを交渉相手に選んだのもどのみち失敗だったと悟った。
「署長、だから私は反対したじゃないですか!」
「ゴードン、今更怖じ気づいてどうするんだ!」
セシリアは二人の様子を見つつ、現状を推察していた。ルガツィン伯爵による永田への通達が反故にされた現在、特別徴税局の行動を抑止するには、人質を使った泣き脅しか、正面切っての戦闘で撃退するしかないのだが、署長と副署長に伝えられる戦局は、あまり旗色が良くないらしい。
「この建物は帝国軍の駐留軍司令部だったそうですね? どのくらい持ちこたえるか見物です」
だからこそ、セシリアは強気の姿勢で立ち向かっていた。セシリア・ハーネフラーフという女性が特別徴税局監理部部長にいるのは、彼女が卓越した剣術・射撃術の使い手だからではなく、見た目によらない剛毅さによるものだ。
「どうです? むしろ我々特別徴税局に協力して、事態収拾を手伝いませんか? あなた方に寛大な処置が下るよう、私から口添えすることもできますよ」
ルガツィン伯爵が税務署を叛乱軍の本部に選んだのは、設備上の理由だけであって税務署員が全て伯爵の思想に心酔しているからではない。セシリアだけでなく、誰が見ても分かることではある、となれば、ここに付け入らない道理はない。
「署長、特別徴税局の人質を地下にお連れしろと、ルガツィン伯爵よりご指示がありました」
しかし銃を構えた伯爵の私兵の存在が、税務署側に行動の自由を与えない。署長としては今すぐにでも裏切って――厚顔無恥も甚だしいが――永田に税務署の保護を要請したいところだった。
「……事ここに及んでは、もうどうしようもない」
ゴードンが持ち慣れない拳銃をセシリアに突きつけ、地下施設に連行しようとしたときである。
「大変です! 人質のいるフロアで銃撃戦が……!」
駆け込んできた署員の報告に、署長は狼狽えた。
「バカな!? 人質は拘束していただろう!?」
「それが、相手は素手で殴りかかってきたとのことで……武器を奪われ、すでに全員が解放されています」
「ええい、伯爵の部下も役に立たんな! これでは地下への移動もできん!」
署長は当てつけがましく伯爵が連れてきた兵士を睨み付けた。
「ハーネフラーフ部長、あなたが我々の手の内にある内は、彼らも迂闊に手を出せないでしょう」
「うちの渉外班は軍規違反者や犯罪者出身の者が多いです。私のように局幹部を務めてるものなど、一緒くたに撃ち殺されるかも知れませんよ」
無論、セシリアは渉外班がそのような暴挙に及ぶとは考えていなかったが、署長らを揺さぶる為のブラフとして発言していた。
「宇宙からは装甲徴税艦、署内からは渉外班、どうなるか見物ですね」
まるで他人事のようにセシリアが笑うと、その場にいた全員が言いようのない不安と焦燥感を感じていた。
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