第15話-⑤ 特別徴税局らしさを体現した者
二二時三〇分
ブリスゴー税務署
二階通路
「やれやれ! まさか吾輩まで実戦に出るとは」
西条の声は、銃撃戦の最中にあっても衰えることはない。むしろ戦場にこそ、彼の声量は必要とされていた。特別徴税局調査部部長が警備兵から奪ったアサルトライフルを乱射している姿は、彼らしからぬ貴重な姿だった。生真面目な彼は、二ヶ月に一度行なわれる局員向けの射撃実習にも欠かさず参加し、拳銃、アサルトライフルのみならず、手榴弾や個人用の携行型誘導弾の取り扱いまで習熟している。
「姐さん! 武器の追加です!」
渉外班員の男達が、コンテナごと山積みの武器を担いできた。押収されていた武器に加え、各所の警備兵からもぎ取ってきたライフルと弾薬である。セシリアの愛刀とレーザーライフルも納められていた。
「ちっ、こんなことになるなら無反動砲でも担いで来りゃ良かった!」
通路の奥から銃撃してくる警備兵に牽制射を放ったマクリントックが毒づいた。そもそも身内である税務署の強制捜査に、対陣地・対装甲目標用の無反動砲を持ち出すほどの非常識さは、マクリントックになかった。
「マクリントック班長!」
「斉藤! セシリア姐さんの場所は分かったか!」
「恐らく署長室です。このすぐ下のフロアです!」
斉藤は銃撃戦を囮にして、署内のダクトやメンテナンス通路を伝ってようやくセシリアの位置を掴んだ。ホコリまみれの斉藤の頭を、メリッサは乱暴になで回した。
「よぉし! 西階段の雑魚を片付けたら、署長室に――」
次の指示をメリッサが飛ばそうとしたときである。
『特別徴税局の諸君、私はブリスゴー税務署長のコーンズだ。諸君らの同僚であるセシリア・ハーネフラーフ部長は、我々と共にある。君らが無益な抵抗を続けるのであれば、彼女の生命の保証は出来ない。即刻投降しろ』
「ヤロー、姐さん盾にしてやがんのか……!」
「どうする、マクリントック班長。吾輩がハーネフラーフ部長なら構うな、というところだが」
横で聞いていた斉藤は、想像以上に肝の据わった西条を見て唖然とすると同時に、この人ならそう言い放つだろうと納得もしていた。
「ちょっと待ってください……いい考えがあります。状況を少しは楽に出来ると思うのですが」
斉藤のひらめきは、メリッサと西条両人の了解を得て、実行されることになった。
二二時四一分
装甲徴税艦カール・マルクス
第一艦橋
カール・マルクスは軌道上の艦隊を振り切り、大気圏に突入してセンターポリスに接近していた。
「センターポリス外縁まであと三〇分」
「ラコリス地対空誘導弾接近。数一二」
XTSA-444征蔵の報告を聞いて、入井は笑って見せた。
「素人め。その程度で装甲徴税艦を落とせるものか。迎撃開始」
などと入井は言ってみたものの、飽和攻撃を受ければ不利なのはこちらであり、軌道上の艦隊も次々に大気圏突入軌道に移りつつある。対空誘導弾はともかく、艦載砲の集中砲火を浴びれば、そう長くは持たない。
「本艦が先行する! 誘導弾の第一波を迎撃完了後、内火艇を発進!」
そこまで指示を出してから、入井は永田に振り向いた。
「局長、まだ離脱するだけの内火艇はあります。直ちに艦を降りていただきたい」
「僕? いいよ、現場責任者だし」
「そういうことじゃないんですよ。局長が居なくなったら、誰がこの無謀な行動の責任を取るんですか」
「艦長。このカール・マルクス、沈めるとでも言うのかい?」
「その危険はあると考えておりますが……」
今更この局長は何を聞くのか、と入井は口ごもりつつ答えた。彼自身、ここが死に場所になるという覚悟を持っての作戦決行である。
「僕の責任は政務官辺りに被って貰うさ。ね、笹岡君」
艦橋後方のオブザーバー席に腰掛けたまま、サー・パルジファルと戯れていた笹岡が顔を上げた。
「まあ、カール・マルクスに残った幹部が死ねばそうなるかな。死体に詰め腹を切らせるわけにもいかないだろうしね」
「しょうがない人達だ。ではご自由に、ただし安全は保証しかねますよ」
同時刻
第一格納庫
『突入部隊はできるだけ低空を維持し、センターポリスへ突入。本艦は敵を引きつけつつ、諸君の援護を行なう』
「げーっ、援護はカール・マルクスだけか」
「仕方ねえだろ。なんせ一隻しか居ないんだ」
「ははっ! こりゃあ久々に楽しい現場になりそうだな」
「マクリントック班長が地上で暴れてる頃だろうし、俺らも楽しませて貰わなきゃなぁ」
カール・マルクス渉外班で、まだ艦内に残留していたのは二個分隊四八名。これに他部署の陸戦経験がある志願者をかき集めてもようやく一個小隊になるかならないか。本格的な陸戦を展開するには不足しているが、彼らにその悲壮感はない。
「危険手当も今回はがっぽり貰えるだろうさ」
「ああ。でなきゃこっちが人質取って叛乱起こしてやるんだ」
西条部長辺りが聞けば、血管が裂けるのではないかという冗談に、アルヴィンが不快そうに首を振った。
「やめろよ、縁起でも無い」
「まあ落ち着けってアルヴィン……お前んとこの新米野郎、捕まってんだろ?」
アルヴィンが特別陸戦部隊に志願したのは他でもない、後輩である斉藤の救出の為である。
「安心しなって、西条のオヤジやセシリア姐さんやソフィちゃんやゲルトだっているんだ。ついでに助け出してやるさ」
「ついでとは何だ。あいつも可愛いやつだぞ、あいつも」
アルヴィンは、臨時陸戦部隊を率いるマクレンスキーの言葉に顔を顰めた。やがて、陸戦部隊を乗せた内火艇は接近するミサイルの爆炎に紛れつつ、地表すれすれの進軍ルートへと入った。
二三時〇二分
カフェ・レッセフェール
「おや総務部長。逃げなくて宜しいんで? 内火艇はまだあるって言ってたのに」
第一食堂に隣接したカフェ・レッセフェールはマスターである烹炊長、バディスト・ドンディーヌと総務部長ミレーヌ・モレヴァンの姿しかない。二人とも、部下は全て軌道上にいる間に離艦させた。
「烹炊長だっていいの?」
「西条部長達が帰ってきたとき、飯も食えねえコーヒーも出せねえじゃ烹炊長の名が泣くってもんです」
「それもそうか。それに今逃げたところで、惑星上をネズミみたいに這いまわって逃げるしかないでしょ? 願い下げよ、そんなの。どうせこれが終わったら、山積みの仕事が待ってるんだから」
「はは、それは道理ですがね。てっきり、艦と命運を共にするなんて殊勝なお方だと思いましたよ」
「馬鹿ねえ。私の艦じゃないもの」
暢気にコーヒーなど飲みながら、ミレーヌはぽつりと呟いた。艦内でもっとも装甲の厚い中枢区画に位置する居住区にいると、まったく戦闘の気配など感じない。沈むときも、恐らくそれほど揺れたりせず、突如爆発が起きて沈むのだろうなどとミレーヌは考えていた。
「しかし、ほんとに大丈夫なんでしょうか?」
「入井艦長はいい船乗りよ。タダで沈むもんですか」
「ミレーヌさんがそう言うなら、そういうことなんでしょうな」
そのとき、カランコロンとドアチャイムが鳴り、カフェに入ってきた者がいた。
「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛くっそ疲れたし眠ぃぃ……マスター、アイスで」
凝り固まった肩をほぐす呻き声と共に、いつもの注文をしたのは徴税四課長、瀧山だ。
「あいよ……瀧山課長、電子戦はもう終わったんですか?」
「あとはオートで回るからな」
「瀧山君、逃げなくてよかったの?」
「ターバンに全部押しつけてあります。ま、俺の三分の一程度はアイツも働けますから」
「もうすぐ沈むかも知れない艦に残るなんて、瀧山君も物好きね」
「なに、一応電子戦が終わったわけじゃないんで。もっとも、相手の目ん玉まで見えるような距離で戦うってんなら、お役御免ですがねえ」
瀧山はカウンターに出されたアイスコーヒーを一気に飲み干し、溜息をついた。
「マスター、ホットで」
「おやロード。こちらに残られたので?」
ロード・ケージントンも艦内に残っていた。
「部下が地上に居るのに逃げられるものか。そもそも私が斉藤に行けと命じたのだから、せめて彼を出迎えるくらいはしなければな」
「まったく、意地っ張りな人が多いもんですなあ、特徴局は」
烹炊長の言葉に、ミレーヌと瀧山、ロードはそれぞれ目を合わせて苦笑した。
二三時一四分
ブリスゴー税務署
空調ダクト内
「だぁー! クソ狭い! 斉藤! ほんとにこの先通れるんだろうな!」
「マクリントック班長! 大きい声出さないでください! その先左です!」
斉藤の提案はセシリアの奪還と、状況をひっくり返すことが主目的。
空調ダクトやメンテナンス通路内を通り、セシリアの拘束されている署長室を強襲し救出。その場に居るはずの署長と副署長を拘束し、こちらが人質を取って盾とする。この間、二階フロアにいる特徴局部隊は全力で抵抗を続け、天井裏を這い回る突入要員から目を逸らす、というものである。
しかし、人選は難航した。口では説明しがたい空調ダクト内の道案内は斉藤が行なうとして、筋骨隆々の渉外班員にダクト内部を通れる人材は、ただ一名を除いて居なかった。
「だからってアタシを、このメリッサ・マクリントック様がこんなホコリまみれのダクトを這いずり回んなきゃならねえんだよ! サー・パルジファルじゃあるまいし!」
メリッサのみならず渉外班員の荒くれ者達でもサーの敬称をつけることを忘れない。それが実務部長サー・パルジファルである。
「仕方ないでしょ! 班長しか小さい人居ないんだから!」
「小さいって言うな! お前に小さいなんて言われたかないんだよ! 胸はデカさじゃねえんだよ感度なんだよ!」
「そういうこと言ってんじゃ無いです! あ、そろそろです。声を抑えて」
「ったく……」
とはいえ、斉藤がダクト内から観ただけでも、セシリアの周りには二名、ないしは三名の敵がいるわけで、戦闘のプロたるメリッサがスレンダーな体躯故にダクトを通れたのは僥倖である。とはいえ、斉藤の作戦案はメリッサの戦闘力に過度に依存するもので、危険も大きかった。
「先に行く。アンタはここに隠れてな」
「はい……」
ダクトの金格子を外せば、メリッサの両脇に備えた男達の背後を押さえられる。メリッサは手にした大型拳銃――もちろん特徴局正規品ではない――に初弾を装填して、部屋の中へと飛び降りた。
「な、何者――」
メリッサに銃を向けた警備兵は、最後まで台詞を言うことは出来なかった。眉間に空いた穴から血と脳漿を吹き出して崩れ落ちた。
「正義の味方、メリッサ様参上! 武器を捨てて降伏しな、クズ共!」
「お前こそ、抵抗するな! 上司が血を吹き出して死ぬのを観たいか!」
コーンズ署長がセシリアのこめかみに銃を突きつけ、ありきたりな脅し文句を放つ。とうのセシリアは涼しい顔をしていた。
「斉藤!」
メリッサが叫ぶや否や、ダクトに隠れていた斉藤が室内に向けてスタングレネー度を放り投げる。激しい音と閃光がさして広くもない部屋を満たす。
「な、なんだ!」
「おらぁっ!」
署長と副署長が閃光と爆音に身動きが取れないのを見逃さず、メリッサが署長の顔面を殴りつけ、副署長のみぞおちに蹴りを入れる。
「よし。片付いたな。セシリア姐さん、大丈夫ですか?」
「全く。スタンを投げ込むなら、前もって教えてください、ともかく助かりました、マクリントック班長」
抜く手も見せず、いつのまにか耳栓をしていたセシリアが不満げな表情を見せた。斉藤も耳栓を外し、ダクトから飛び降りる。元々西条部長対策として持ち歩いていた耳栓が、こんな時に役立つとは斉藤もセシリアも予想していなかった。
「斉藤君も、よく私を助けに来てくれました」
「いえ。それよりも班長、ここからどうしますか?」
「まずはそこの二人を縛り上げてだな……あと、上の連中をこっちに移動させる。伝令頼むぞ、斉藤」
メリッサは慣れた手つきで署長らのズボンのベルトを外すと、それを使って彼らの手を後ろに縛り上げた。斉藤もそれにならい、再びダクトの中へと潜り込んでいった。
同時刻
内火艇一一二号
「うはぁ、カール・マルクス袋叩きにされてるな」
アルヴィンが見上げた先には、市街地に布陣した叛乱軍から無数の対空砲火を浴びせられるカール・マルクスが見えていた。まだ貧弱な対空車両からのものだけだからいいものの、軌道上から艦隊が降下してくれば状況は一変する。
「後方から敵艦隊も迫ってきてる。俺らがさっさと仕事を終わらせねえと、帰りのバスが無くなるからな! とっとと西条部長達を救い出してずらかるぞ!」
部隊を率いるマクレンスキーの声に、陸戦部隊は身構えた。
「艇長! 税務署の位置は分かるな!?」
「だがあそこは敵部隊が多すぎる、突っ込んだら蜂の巣だぞ!」
「あそこだ! ブリスゴー工科大学! あそこに内火艇を乗り入れろ! 他の内火艇も続け!」
そこだけぽっかりと対空砲火に穴の空いたブリスゴー工科大学のキャンパス内に、内火艇が強行着陸して陸戦部隊がぞろぞろと出てくる。
「内火艇は物陰に移動しとけ。一班はここで待機、歩兵部隊程度ならここに布陣して内火艇を死守。戦闘車両が出てきたら、内火艇を爆破して撤退。こちらに合流。二班は分隊ごとに当初予定通り散開。敵配置を調べてこちらに合流。残りは俺に続け!」
寄せ集めの部隊とは思えない統率で、陸戦部隊が展開する。アルヴィンはマクレンスキーに続いた。
「待ってろよ、斉藤……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます