第15話-⑥ 特別徴税局らしさを体現した者

 二三時三八分

 ブリスゴー税務署

 署長室


「こちらは特別徴税局渉外班長、メリッサ・マクリントックだ。テメェらのお仲間、ブリスゴー税務署の署長と副署長の身柄は預かった! こいつらの命が惜しけりゃ、抵抗を止めて投降しろ!」


 署長と副署長を人質に取った特別徴税局は、全部隊を署長室周辺に集結させていた。先ほどとは攻守が変わったようにも見えるが、実態としては特徴局員は税務署内に閉じ込められたままである。


「マクリントック、連中がこれで引き下がるか?」

 

 西条の問いに、メリッサは顔を顰めた。


「どうでしょうねえ……連中がこのオッサン二人を切り捨てたら、あとはここに立てこもってお迎えを待つしか無いでしょう。ま、そんときゃお荷物はぶっ殺して荷物を軽くするだけですよ」


 猿轡を噛まされ、両手を縛り上げられた署長と副署長がマクリントックの言葉にすくみ上がった。


「外の様子はどうです?」

「なーんか、うちの内火艇っぽいのが工科大のほうに突っ込んだように見えたんですがねえ」


 窓の外を見ていた渉外班員にセシリアが声を掛けた、が掴み所の無い返答が返ってくるだけだった。


 もし、カール・マルクスから救出部隊が来たのなら、税務署内に居る部隊も呼応して動くべきであるが、果たしてここまでたどり着けるのかが鍵だった。


「ソフィ、ゲルト、大丈夫?」

「私は平気。ソフィは?」

「うん、大丈夫……かなぁ」


 ゲルトはともかく、ソフィはそもそも非戦闘員である。この状況下でも意気軒昂な西条部長がおかしいのであって、斉藤にしても疲労がピークを迎えているのは分かっていた。


「テメェら、水やら食糧をかっぱらってこい。西条部長はともかく、セシリアの姐さんやソフィちゃん、斉藤のヤローは非戦闘員だ! 気ぃ使ってやんな!」


 マクリントックにもその程度の認識はあったのか、配下のむくつけき大男達を動かした。西条については、常に過重労働を強いられている中で鍛えられているというのも、彼女の認識だった。


「すみません……」

「気にすんな。元気な西条部長のほうが不思議なんだって」

「なに、吾輩と君らでは場数が違う。六角の年度末はもっと凄いからな!」


 がははは、などと笑っている西条を見て、本省に行っていたらそれはそれで人生で経験し得ない経験が出来たのだろうと、斉藤は考えていた。


「班長、通信機です」

「おう、あんがとさん……血塗れじゃねえか。もちっと上手く取れないもんかねえ」


 マクリントックは、射殺した警備兵から引き剥がした通信機の血液を、部屋の隅に転がっている死体の衣服で拭い、設定をいじって恐らく降下したであろう救出部隊に向けて交信を試みた。


「聞こえるかー特徴のゴロツキ共ー」

『どこの馬鹿だ! 常用周波数帯を使うなんて!』

「おっ、その声はマクレンスキーか。こっちも余裕がねえんだよ。今署長室に居る。そっちの動きと合わせて動く、ヨロシク」

『あっ、ちょっと班ちょ――』


 メリッサは端的に用件だけ伝えて通信を終えた。このくらいの指示でも、ある程度解釈して上手くやれるのが渉外班だとメリッサは信じて疑わなかったし、実際そうだった。


「テメェら! マクレンスキーの野郎が来たら、それに合わせて脱出するぞ! 今のうちに休んどけ!」


 署長室や近くの部屋の什器でバリケードを構築する渉外班員達が、野太い返事を返したのを確認し、メリッサもたばこに火を付けて一服していた。



 帝国暦五八九年四月一日

 〇時三九分

 超空間内

 巡航徴税艦ガングート


 日付が変わった頃、イステール自治共和国にもっとも近い場所に居たのは実務四課旗艦、巡航徴税艦ガングートただ一隻だった。


「課長、これ以上の超空間潜航は機関に重大な損傷をもたらします。一度浮上し、冷却させましょう」

「……むう、艦長がそこまで言うのなら仕方が無い。一度浮上し、情報収集も兼ねて休息を取ろう」


 ガングートは単艦で特別徴税局徴税艦運用規程を逸脱する超々距離超空間潜航を行ない、通常なら一日半かかる五〇〇〇光年の行程を一〇時間で踏破する強行軍を行なっていた。


 しかも、強襲徴税艦などは機関出力の関係で超々距離超空間潜航に耐えられないことから通常通りの航法でイステールを目指している。単艦独行は危険ではあるが、なにせ特別徴税局本隊の危機である。

 

「浮上完了。天測結果出ました、現在東部軍管区第二一一宙域アルファ四九ポスト付近」

「イステール自治共和国の状況は分かるか?」

「出発時と大差は無いようです。すでに第一二艦隊が向かっているとのこと」


 超空間通信網にアクセスして、各種情報を収集した戦術支援アンドロイドのオスカールが答えた。


「他の戦隊は?」

「イステール到着は我々よりも遅いでしょう」


 艦長の池田屋は星図盤にプロットされた各戦隊の位置を見て溜息をついた。もちろん、各課最大戦速でイステール自治共和国を目指しては居るが、超空間潜航をもってなお、帝国の版図は広大であった。


「次の超空間潜航で、なんとかイステール自治共和国まで突入するぞ」


 ボロディンの指示に、艦長は頷いたが、それでも到着はまだ先になりそうだと苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。



  一時三八分

 ブリスゴー名品街


 特徴局陸戦部隊はブリスゴー大学からさらに都市中心へ進み、地下街に入っていた。名品街と呼ばれる地下街は辺境地域でも有数の広さを持つ。


「税務署周辺は、約一個中隊で防衛中。歩兵戦闘車四両、対空車両二両、兵員輸送車一二両が展開。署内は少なくとも一個小隊からなる戦闘員が詰めているようです」


 特徴局陸戦部隊のうち、第二班は敵情視察を終えて本隊と合流していた。


「署内の配置はもう少し詳しく分からないのか?」

「正面ロビーに二個分隊程度居ます。それ以外はさすがに……姐御がもっと詳しく教えてくれりゃあ良かったんですが」


 マクレンスキーの苦言に、偵察に出た二班班長がうんざりした様子でぼやいた。


「そりゃ無理ってもんだ……アルヴィン、どう思う」


 マクレンスキーは、隣に居たアルヴィンに助言を求めた。


「この地下街から税務署に通じる通路がある。そこから攻め込んで、人質救出して撤収ってのが一番だろ?」


 地下街の見取図を指し示したアルヴィンの助言は、あくまで常識的なものに留まったが、頭に血が上りやすい渉外班員に比べれば冷静かつ的確なものだった。


「うむ。さすがだな、アルヴィン。また渉外班に戻ってこないか? 班長くらいまだこなせるだろう?」

「やなこった」


 アルヴィンが間髪入れずに拒否したのを、マクレンスキーは苦笑いを浮かべて受け止めた。


「だろうな。よし、警戒しつつ、税務署地下から侵入する。続け」



 一時五一分

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


『ラコリス対空誘導弾接近、数五』


 手持ちの対空誘導弾を始め、カール・マルクスには地上から常に対空砲火が打上げられていたが、いずれも艦本体に致命的な損傷をもたらすには至らなかった。しかしここに来て、状況が一変する。


「四時方向から敵艦、駆逐艦四、巡洋艦二! さらに敵艦続々大気圏突入中であります! 艦長殿、このままでは袋叩きであります!」


 戦術支援アンドロイドの征蔵が叫ぶ。


「主砲、副砲用意、取り付かれる前に落とすぞ!」


 カール・マルクスは現在身動きが取れない状況であり、つまり的である。


「地上のマクレンスキーからの報告は!」

「これより税務署に突入するとのことであります」

「ええい……早く逃げてくれよ。こちらもそう長くはないぞ……!」


 艦長の独り言は、彼自身が思っているよりも大きなボリュームで艦橋に響いた。それを聞いた秋山は、不安げに永田に振り向いた。


「間に合うでしょうか……」

「マクレンスキー君は有能な陸戦指揮官。そう言ったのは秋山君でしょ?」


 どこから持ってきたのか、コーヒーの空き缶を灰皿代わりにたばこを吸っている永田は、気楽そうに返した。


「いえ、ですが……」

「ここはマクレンスキー君を信じようじゃないか。そうするより他に、僕らはどうしようもないでしょ?」

「は、はぁ……」


 毎度の事ながら、永田のあまりの落ち着きように、指揮官たるものの器か、それとも神経が麻痺しているだけなのかと疑いつつ、秋山はセンターポリスを中心とした戦況モニターを見つめるしかなかった。



 一時五四分

 ブリスゴー税務署

 地下一階


(ったく、なんで俺が先鋒なんだよ)


 名品街にある物資搬入路から税務署内に潜入を果たしたアルヴィンは、息を潜めていた。柱の陰から僅かに顔を覗かせると、ライフル片手に地下を見回る警備兵が見えていた。


 いや、実態としては警備兵とも言えない。銃はただ持っているだけ、不安げに周りを見渡す動作は素人丸出しだった。


『第二区画、異常ないか』

「異常なし。ったく、こんなところまで敵は入り込んでくるのか?」

『先ほど市街地に特徴局の揚陸艇が着陸した、らしい。詳細は分からんが』

「全く。なんで俺が警備兵のまねごとなんて……」

『ぼやくな。今更俺達も手を引けないだろ?』

「まあな……」


 通信相手とのぼやきあいに気を取られ、哀れな税務署員は周囲の警戒が疎かになっており、死角から音もなく忍び寄ったアルヴィンに気がつかなかった。


「こんな仕事は、早いとこ終わらせ――っ!?」


 小さい呻き声を上げた警備兵。アルヴィンが背後から突き刺したナイフは、腎臓にまで達して、数秒で失血死に至らしめる。寸分の狂いのない見事なナイフさばきとメリッサ辺りは賞賛するだろう。


「……」


 口を塞がれ、断末魔の叫びを上げることも叶わずに警備兵のまねごとをしていた税務署員は、ビクビクと身体を痙攣させていたが、しばらくして帰らぬ人となった。


(……ったく、後味が悪ぃな。だが仕事なんでね)


 アルヴィンは数秒前まで税務署員だったものを静かに床に降ろした。勘が鈍っていなければ、ほぼ即死。死の恐怖を感じる間もなかっただろうと思いながら、通信相手の異変に気付いた相手がわめき立てる通信機を手に取った。


「すまない。妙な音がして慌ててしまった。ネズミだったよ」


 わざとらしく、息を切らした演技などしながらアルヴィンは通信相手に話しかけた。どうせカール・マルクスからの電子妨害で通信状況は最悪。声音が多少違っても問題はないという判断からだった。


『そ、そうか……ならいいんだが』

「ああ、じゃあ切るぞ。何かあったら知らせるよ」

『了解』

「……マクレンスキー、もういいぞ、上がってきてくれ」


 通信が終わると同時に、アルヴィンは地下街側で待機していた特徴局部隊に連絡を入れた。


「一撃か。さすがだな、アルヴィン」


 ほとんど抵抗の痕の見られない室内と、ナイフによる刺し傷が一筋ついただけの遺体を見て、マクレンスキーが満足げに頷いた。


「同じ国税当局の人間を殺すのはいい気分じゃあねえな」

「ああ。できるだけ税務署員には危害を加えずに、西条部長達を救出する必要があるな……地下には叛乱軍司令部もある。ここに長居すると不測の事態が生じる。二班はこの区画を制圧。脱出路を確保しておいてくれ。通信と電力のライン、エレベーターシャフトに爆薬を設置。起爆と同時に署長室まで突撃、中に居る連中をかっさらってずらかるぞ」


 マクレンスキーの指示に従い、アルヴィン達は手にした爆薬を手近の配電盤などに設置、いよいよ突入が開始されようとしていた。



 二時〇〇分

 署長室


「部長達も銃だけはいつでも使えるようにしといてください。あと、アレどうします?」


 メリッサが銃を向けたのは、今まで猿轡を噛まされ、その場に転がされていた署長と副署長だった。


「こいつら二人は重要参考人ということになる。このまま身柄は特徴局で保護する」


 西条はじめ、特別徴税局としてはルガツィン伯爵の叛乱など本来どうでも良いものであり、本来はこの税務署とルガツィン伯爵の脱税と、その隠蔽に関する問題さえ解決できればいいのであって、西条の言うように、彼ら二人を拘束・捕縛するのは当然である。


「し、しかし部下を置いていくなど」


 猿ぐつわを外されたコーンズ署長の口から出た言葉は、あまりに間の抜けたものだった。


「ほう。叛乱に加担し、それまで善良な一官吏として働いていた税務署員を、帝国公務員法にもないような叛乱行為への動員をした署長の言葉とは、到底思えませんな」

 

 西条の言葉に、署長は黙ってうつむくしかなかった。


「荷物が増えるのは、こっちとしちゃあ面倒なだけですが……まあしゃあないか……」


 メリッサとしては、署長と副署長には肉壁としてここで死んで貰うか、それかこの場に転がしたままでもよいとさえ考えていた。しかし、西条がそう決めたのなら仕方がないと納得もしていた。


「そろそろのハズ……」


 署長室の時計を見上げて、メリッサが呟くのとほぼ同時だった。足下から突き上げるような衝撃と共に、火災報知器のベルがけたたましく鳴り響いた。


「各員戦闘用意! 敵味方識別を厳にしろ! 同士討ちなんてしたらキンタマ叩き割ってやる! 署長室前の通路は是が非でも死守しろ!」


 メリッサの言葉に、それまで思い思いに身体を休めていた渉外班員達が戦闘態勢を整えた。署長室前の通路はすでに確保されているが、爆破が特徴局による潜入の合図と知れば、警備兵達が押し寄せてくることが考えられた。


「おい、カール・マルクスが!」


 窓の外から見える空、先ほどからほとんどサンドバッグのようになっていたカール・マルクスが、ひときわ大きく火を噴いた。艦砲射撃の直撃を受けたのだろう。


「砲撃を受けた?」


 斉藤も窓に近寄り、空を見上げる。カール・マルクスの船体、特徴局識別用の目立つ白色塗装に国税省所属を現わす赤い帯が、度重なる砲火に煤けているのが見えた。


「……こっちが早くずらからねえと、ありゃ持たねえな」


 斉藤の後ろに居たメリッサが呟いた言葉に、斉藤は身体の芯が凍るような感覚を覚えた。入局から一年。大半の時間を過ごしていた官舎代わりの艦が沈むかもしれない、ということを考えたからだ。それは斉藤自身が思っているよりも、はるかにショッキングであり、現実になって欲しくないことだった。



 二時一〇分

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「直撃! 右舷センサーアレイ全損! 第三対空レーザー砲群、大破!」

「外殻第二三区画から第三一区画で火災発生!」

「主要区画以外は全て放棄しろ! 中枢区画のみ持ちこたえればいい! 副長、とっとと敵艦をたたき落とせ!」

「艦長、これ以上は持ちません! 待避を!」


 副長のチェガル係長が悲鳴を上げるが、入井は首を振った。


「まだだ! まだ突入部隊が離脱していない! 連中の目をこちらに引きつけておくんだ!」


 こんなことなら、一般職にも残って貰えば少しは応急処置にも余裕が出来たのに、と入井はそんなことを自分が命じることが出来ないことを分かっていながら歯噛みした。一般職や総合職をダメコン班に組み込んだところで、余分な死者を増やすだけだからだ。


「マクレンスキー部隊、西条部長と合流しました! これより脱出するとのことです」

「聞いての通りだ! もう少し持ちこたえろ!」


 カール・マルクスが上空に居ることで、それまでは地上部隊が引きつけることができていた。しかし税務署内に特徴局部隊が侵入したことが分かった以上、敵の狙いは突入部隊側になることは明白。せめて市街地に展開した部隊くらいは、カール・マルクスが相手にしなければ署内からの脱出もままならなないだろう。


「艦底部火器は全て地上部隊への攻撃に回せ!」


 カール・マルクスの『一隻で戦艦四隻分』という火力は誇張であっても虚構ではない。事実、軌道上から降下してきた敵艦隊はセンターポリス外縁で釘付けにされている。実際のところ、高速艦艇が肉薄攻撃をしていれば、この時点でカール・マルクスの撃沈はほぼ確定的だったし、体当たりでも仕掛けていれば一撃でカタがついた。


 しかし、叛乱軍艦隊にしても、態々カール・マルクスの砲火に身をさらしたところで、これから行なわれるであろう帝国軍の鎮圧行動に対する備えを損なうだけだったこともカール・マルクスに対する攻撃が消極的なものになったことに繋がっている。おまけにカール・マルクスを沈めればセンターポリスは更地になる。しかし、それでもこの時点で、入井はカール・マルクスの沈没も覚悟していた。


「局長、後悔してません?」


 入井は指揮の合間に、オブザーバー席に収まってタバコを吸っている永田を振り返った。


「え? ああ、まあ、ちょっとね」


 真顔で返されて、入井は永田に対して何か勇壮な覚悟や激励を期待する方が間違いだと思い出した。そもそもこういう人なのだとは理解していた。


「そこは、してないってはっきりと言って欲しいものですがねぇ」

「やだなあ艦長。僕がそんな往生際いいわけないじゃない」

「ま、そうでした……あと、ブリッジ内禁煙ですよ」

「えー」


 文句を言いながらも、永田はタバコを携帯灰皿の縁で消した。

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