第15話-⑦ 特別徴税局らしさを体現した者
二時一五分
ブリスゴー税務署
署長室
ほとんど絶望的な戦闘が上空で繰り広げられていたころ、税務署内ではようやく突入部隊と西条達が合流を果たしていた。
「西条部長、ハーネフラーフ部長、お迎えに参上しました」
二本指のキザな敬礼をしてみせたマクレンスキーに、西条は答礼を持って応えた。
「ご苦労。こんなところはさっさと出よう」
「おーう、斉藤。元気してっか?」
「アルヴィンさん!」
ライフル片手に現れたアルヴィンに、斉藤は場違いな安心感を覚えた。この一年を通じて、なんだかんだと言いつつアルヴィンへの全幅の信頼を斉藤は抱いていた。
「へへ、なんだなんだぁ、嬉しそうな顔しやがって」
「別に嬉しくは……なくはないですが」
アルヴィンが斉藤の頭を乱暴に撫でてやる。これではサー・パルジファル扱いじゃないかと斉藤は若干の不満を抱いたが、それよりも安心が勝った。彼には珍しく、頬を緩ませた。
「あー、斉藤君正直じゃないなぁ」
「そうそう。斉藤ってばさっきまで泣きそうな顔してたのに」
「してない!」
ソフィとゲルトからの冷やかしに、斉藤は顔を真っ赤にして否定した。
「斉藤、アルヴィンはお前の為に志願してくれたんだぞ。戻ったらせいぜい高い酒おごってやれよ」
マクレンスキーは愛飲のたばこ――帝国たばこ協会謹製ハードラック――の吸い殻を投げ捨てると、各部隊へ指示を出し始める。
「よし、それじゃアルヴィンと三班は、西条部長達とそこのゴミクズ二人を連れて撤収しろ。三班が安全圏まで後退できたら、残りの部隊も撤退を開始する」
「了解。退路は確保してある。リムジンまで案内してやるからついてきな」
三班班長のホアン・チェットが髭面に笑みを浮かべて見せた。
二時五〇分
装甲徴税艦カール・マルクス
第一艦橋
「都市外縁の敵艦隊が引き上げていきます……」
「どうしたんだ……?」
潮が引くように一斉に大気圏外へと離脱する敵艦隊を見て、入井が気が抜けたように呟いた。
「帝国軍が星系外縁に来たようです。すでに全周波帯の妨害を始めています。これでは突入部隊との連絡が……!」
「考えようによってはこちらにも有利だ。各部被害調査と応急処置進めつつ、突入部隊の帰還を待つ。突入部隊との通信回復を急げ」
入井の指示が伝わると、艦内の緊張が解け、ブリッジクルーも溜息や軽口などが飛び交い始めた。
「どうにかなりましたかね」
「そうだといいんだけど。西条さん達が戻ってこないことには、僕らのやったことは全部ムダって事になるからね。皆、西条さん達が戻るまでは特別執行中だ。気を抜かないでね」
永田の言葉に、一度は緊張の糸を緩めたクルー達が気を引き締める。永田はブリッジの窓まで歩いて行くと、煙を上げるセンターポリスを見下ろして、らしくもない深刻な面持ちで溜息をついた。
同時刻
ブリスゴー名品街
「ちっ、無線がイカレちまいやがった……アルヴィン、そっちは」
「同じだ。だが上が静かになった、状況は多少良くなったんじゃねえか?」
斉藤達はアルヴィンらに護衛され、内火艇と合流すべくセンターポリス地下を縦横に走るブリスゴー名品街を移動していた。税務署からブリスゴー大学は普段なら歩いて一〇分も掛からないが、敵の目を掻い潜りながらの移動なだけに、かなりの時間を要していた。
「ともかく急ぐぞ。俺達が逃げてることなんて、連中にはバレてる」
薄暗い地下街には、斉藤達とは別の足音が響いている。それらは徐々にこちらに近付いているようにも聞こえた。
「だが、ここを抜けるのは骨だぞ。上のドンパチのせいで、シャッターが降りてやがる」
最短距離で内火艇の待つブリスゴー工科大学へ向かうことを企図したが、度重なる都市部への流れ弾の着弾などにより、地下街の防災システムが誤作動を起こしており、迷路のような地下街をさまようことになったのである。
「アルヴィン、リン、クラウンは西条さん達を連れて出口を探せ。俺とヴィリアン、サラディンで陽動を行なう」
「おい、ホアン、そりゃあ無茶だ」
「無茶でも何でも、俺らみてえな鉄砲玉が戻るより、お前ら一般職を戻すほうが先だ……早く行け。俺らの減刑の機会を奪うんじゃねえよ」
「……分かった。行こう、方向はあってるはずだ」
アルヴィンに率いられる形で離脱した斉藤達だったが、ここで思わぬトラブルが発生した。
「居たぞ! 止まれ、抵抗するなら射殺する!」
叛乱軍側としては特徴局職員を逃がすと、数少ない帝国との交渉材料を喪うことになる。帝国本国はその程度で判断を変えることはなかったのだが、それでもセンターポリスへの攻撃を思いとどまらせることが出来るかも知れない、と僅かな希望に縋ったのである。
しかしながら、希望はあくまで希望であり、帝国は星系住民が残っていようが、叛乱惑星に対しては断固とした鎮圧行動を取るし、場合によっては惑星地表面に対する爆撃を伴うものである。
ともかく、叛乱軍は地下街に逃げ延びた特徴局職員を追い詰めるべく、少なくない数の歩兵部隊を動員し、ようやく特徴局一般職を見つけ出したのである。
「居たぞ! 撃て! 撃て!」
しかし軌道上に殺到しつつある帝国軍への対処に忙殺される叛乱軍司令部からの特別徴税局局員追撃命令は不正確な表現であり、捕縛が逃亡阻止、逃亡阻止が射殺というように現場の兵士レベルには通達されていた。
「アルヴィン!」
「リン、クラウン! オマエ達は西条さん達を連れて逃げろ! 斉藤とソフィちゃんは俺が届ける!」
「わかった!」
斉藤達一般職を連れたアルヴィンらは、敵の追撃を躱すために二手に分かれることにした。二手に分かれて敵の追撃を分散させようという典型的な作戦だった。
「斉藤、ソフィちゃん、銃は構えといてくれ。当てる必要はないけど、俺が合図したら撃てるように」
「は、はい……」
ソフィも斉藤も、本来銃など持たずに仕事が出来るはずの部署にいる。ソフィに至っては、普段護身用の銃は持たされるとはいえ、射撃訓練以外で銃を抜くことなどない。
「ソフィ、大丈夫?」
「うん……こ、これでも射撃訓練の成績はいいんだよ?」
ソフィが無理に笑っているように、斉藤には見えた。斉藤も銃を持たされた当初は困惑しかなかったが、いつの間にか慣れてしまっていることに気付き、心中は複雑だった。射撃訓練の成績は特別徴税局内でもトップクラスにまで成長していた。
「……戦争なんて軍人が好きなだけやればいい。なんで僕らがこんなことに」
「全くだ。こっちも好きでやってるわけじゃねえんだってな……止まれ、静かに……」
アルヴィンに柱の陰に押し込まれた斉藤とソフィは、抗議する間もなかった。
『そっちは居たか?』
『いや、見当たらん。駅側に回り込んだのかもしれん』
叛乱軍兵士達の声がする。足音からしても一個分隊ほどはいるはずで、今見つかれば勝敗は明らかだった。
アルヴィンはタクティカルベストからグレネードを取り出し、放り投げた。炸裂と同時に何人かの悲鳴と轟音と爆風に身をすくめた斉藤とソフィだが、そう長くじっとしていられる訳ではない。
「走れ!」
斉藤とソフィはアルヴィンに言われるまま走り出す。斉藤の頬を、足を銃弾が掠めた。それでも斉藤は足を止めない。この一年の強制執行中の経験上、アルヴィンが走れと言えば、斉藤は止まれと言われるまで足を止めることはない。
「ちっ、しつこい男は嫌われるぜ!」
アルヴィンは斉藤達の後を追いかけながらも、時折牽制にライフルを腰だめに撃ちつつ、さらにグレネードをバラ撒いていく。斉藤達は銃声とグレネードの爆音とに追い立てられながら、さらに走る。しばらく走ったところで、ようやくアルヴィンは斉藤達に停止を命じた。
「なんとか振り切ったか……斉藤、生きてっか?」
「は、はい、なんとか」
「よーし上出来だ……早く行かねえと、置いてけぼりを――」
アルヴィンの言葉が不自然に途切れた。
「アルヴィンさん……? アルヴィンさん! 怪我してるじゃないですか!」
「なぁに……掠っただけだ。早く行くぞ」
アルヴィンはタクティカルベストの中から鎮痛剤を取りだして首筋に打ち込み、再び歩き始めた。
三時二九分
装甲徴税艦カール・マルクス
第一艦橋
「帝国艦隊、衛星軌道に到達。すでに射程圏内ですが……叛乱軍に対する降伏勧告も出されています」
艦長の報告に、永田は苦い顔をした。通信士が艦橋メインスクリーンに降伏勧告の映像を出した。
『惑星ガーディナを占拠する武装勢力に勧告する。こちらは地球帝国軍第一二艦隊、司令長官のハリソン・グライフ大将である。すでにこの惑星は我が艦隊の包囲下にある。軌道上の艦隊は既に無力化された。直ちに降伏せよ。この勧告から一〇分以内に返答無き場合、我が艦隊は全力を持って迅速にガーディナの解放を行なうものである』
すでに軌道上の叛乱軍艦隊は制圧され、一部の残存艦艇の処置も進んでいるようだった。
「西条さんとセシリアさん達は回収できたけど……潮時かな」
永田もいよいよ最後の決断を下すときが近付いてきたと覚悟を決めていた。今のところ、回収できたのは西条、セシリアらだけで、まだ斉藤、ソフィ、アルヴィンが戻っていないとマクリントックらから報告を受けていたが、これ以上待つと帝国艦隊の砲撃に巻き込まれる。永田は離脱を指示しようとしていた。
「斉藤君達がまだ戻っていないのに離脱するつもりか! 永田さん、もう少し待ってください!」
斉藤達が戻っていないことを聞かされた西条は激昂して煤まみれのスーツ姿のままブリッジに駆け込んできた。
「西条さん……個人端末の位置情報も先ほどから取得できていないんだよ? これ以上居座ると、巻き添えになる」
突入部隊は個人用端末を持たせていたので、大雑把な所在地はそれで確認出来ていたはずだった。しかしながら帝国艦隊が内惑星軌道に近付くにつれ、電子妨害の影響が強くなりすでにビーコンを確認できていない。
「吾輩達は地上へ戻るぞ!」
「なっ、それは無茶です西条部長! もう帝国艦隊が静止衛星軌道まで来てます! このままだと地上攻撃の巻き添えを食らいます!」
そのまま空挺降下でもしそうな剣幕の西条を、秋山は羽交い締めにして止めた。しかし、西条達が帰還して三〇分以上経つのにまだ斉藤達が戻らないのは、問題が発生していることに他ならない。
「局長! 救出に行きます! 内火艇だけ貸して貰えばいいんだ! 間に合わないならアタシ達ごと捨ててもらって構わねえ! 斉藤達を救出させてくれ!」
ブリッジにさらになだれ込んできたのは、普段なら許可無く艦橋には入れない渉外班員達だった。マクリントックはじめ、あのゴロツキ達が頭を下げている。
「……マクリントック君、見たでしょ? もう帝国艦隊が軌道上にいる。このままじゃ全員お陀仏だ」
「でも……!」
「局長……! 吾輩からも頼みます……!」
「にゃあああああああ!!!」
「西条さん……サーも助けろ、と言いたげだ……永田、僕からも頼む」
「笹岡君……」
「局長、敵の攻撃は止みました、本艦の応急処置が終わらないと動けませんし、救出部隊を降ろす程度の時間的猶予はまだあります」
「艦長……」
永田はぼんやりとタバコを吸って、指先がチリチリと熱くなるまで吸ってから頷いた。
「しょうがないなあ。もう少し時間を稼ぐから、渉外班は全力で斉藤君、アルヴィン君、ソフィ君の救出を」
「了解しました!!」
渉外班員達が艦橋を飛び出しても、西条も頭を下げたままだった。
「頭を上げてよ西条さん。元はといえば僕が迂闊な編成でこんな作戦許可したんだからね……さて、グライフ提督に通信を入れてもらえる? あと艦長、ブリスゴー税務署の上空に艦を移動させてもらえる?」
「はっ」
「局長、第一二艦隊旗艦、アドミラル・パンクロフトが出ます」
『特別徴税局! それ以上そこにいるなら纏めて砲撃するぞ! こちらはすでに攻撃態勢を整えて――』
「あんた誰?」
第一二艦隊への通信回線を開くと、通信相手は激昂して永田を怒鳴りつけた。対する永田は気にも留めずに不躾な問いかけを投げた。
『だっ……誰だと!? 第一二艦隊参謀長、ミラー中将だ』
「下っ端に用はないよ。提督出してもらえる?』
『下っ端……!? 貴様! 特別徴税局局長の分際で!』
「ミラー中将、あんたとある造船所から違法献金受けてるでしょ。申告ないようなんだけど、どういうことですかねえ」
出し抜けに帝国艦隊への通信回線で暴露された情報に、ミラーの顔が赤くなったり青ざめたりしているのを、永田は面白そうに眺めていた。
『なんのことだ! 事実無根の噂を軍用回線で――』
「リストアップしてあるんで読み上げましょうか? えーと、モルテンシュタイン自治共和国のクライスター造船から一〇〇〇万、カルツェーニ自治共和国のボーリッヒヘヴィーインダストリーから三四〇万、それに――」
帝国軍高官クラスの中には、企業からの献金を受ける例は少なくないが、それらは申告され国税当局、帝国軍主計局の監査を受けて問題がなく、所得税を納めさえすれば正当なものだった。永田が暴露したのは所謂無申告献金である。ミラー中将は噂と主張をしているが、その真偽は永田とごく限られた特徴局員しか知らない。
『待て……! わかった、提督へ取り次ぐから黙っていろ……!』
「はいはい……いやあ、西条さんに無理を言って調べて貰ってた甲斐があったね。どこで強請ろうか迷ってたけど、こんなところで使いどころが出るなんてねえ」
「局長、提督ですよ……」
『グライフだ。特別徴税局、我々はこの惑星への武力制圧を開始する。すぐに退避しろ』
場違いに上機嫌な永田を諫めた秋山が、画面を見て硬直する。第一二艦隊司令長官のハリソン・グライフ提督と言えば、帝国軍人のみならず、一般市民でも知っている現代帝国の名将。辺境鎮撫のグライフと言えば辺境惑星連合でも知られているほどの軍人だった。
「うちの局員がまだ地表にいましてね。も少し攻撃を待ってもらえませんか?」
『我々は皇帝陛下より可及的速やかに当地の治安を回復し、制圧せよと命じられている』
「まあまあ、到着早々お疲れでしょ? コーヒーでも飲んで、一時間くらい休憩されたらどうです」
永田のあまりに気楽な声色と提案に、グライフはさすがに気分を害したようで片眉をつり上げた。
『もしや叛乱勢力と通じているのか?』
「いやいや、とんでもない。そんなことするなら今頃あなた方をこっから撃ち落としてます」
『……何分待てばいい』
「あと三〇分ほど」
グライフは脇に控える幕僚達に何事か指示を出している様子で、十数秒後、再び永田達を見据えた。
『それ以上は待たんぞ。時間になったら攻撃を開始する』
「はいはい。どうもどうも」
永田はややホッとした様子で通信士に首を掻き切るジェスチャーをした。通信切断の合図に通信士が回線を閉じると、永田は大きな溜息を吐いた。
「はぁ……これでなんとかなるかな」
「三〇分もあれば……あれだけ第一二艦隊をこけにしたことを言えるのは、帝国広しといえども局長くらいでしょうね」
秋山は脇で永田の言葉を聞いていて胃がねじ切れるのではないかというほどの痛みを感じながら、降下したマクリントックらに通信を入れていた。
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