第15話-① 特別徴税局らしさを体現する者

「うう……っ」


 激しい頭の痛みに、斉藤は目覚めた。薄暗くほこりっぽい硬い床の上。前後の記憶がはっきりとしない斉藤は、自分が後ろ手に縛られていることに気がついた。


「ここは……どこだ」


 薄暗い部屋の壁に掛けられた時計は、帝国標準時で一八時三九分を指していた。斉藤の記憶が元に戻るまでは、まだしばらく掛かる。何故普段徴税艦カール・マルクスの奥深くに居る彼が、このようなところにいるのかは複雑な事情があった。



 約一〇時間前

 帝国暦五八九年 三月三一日 八時一四分

 装甲徴税艦カール・マルクス

 徴税三課 オフィス


「ブリスゴー税務署への強制調査ですか?」

「うむ」


 徴税三課長ロード・ケージントンの指示に斉藤、アルヴィン、ハンナは怪訝な表情をしていた。慰安旅行を終えてからと言うもの、期末の案件が立て続けに行なわれ、今日はその最終日。平穏無事に終わると思われた年度末にこれである。


「税務署へのガサ入れ? なんかやらかしたんです? その税務署」


 アルヴィンの問いに、溜息をついてロード・ケージントンが壁面モニターの灯を入れた。


「イステール自治共和国を管轄する東部国税局からの依頼だ。どうも現地税務署と、イステール自治共和国で惑星開発を担当しているルガツィン伯爵が共謀し、多額の脱税を行なっているとタレコミがあったそうだ」


 ここまでロードが説明して、斉藤が首を傾げた。


「それなら東部国税局が監査に入ればいいだけでは?」


 本来、各地の税務署は東西南北の各軍管区政庁および領邦国税局が管轄するものであり、特別徴税局が出向く必要はない。


「私達に依頼があるんだから、武力で抵抗してきたってことでしょ? ですよね、課長」


 ハンナの言葉に、再びロードが溜息をついた。正直面倒くさいという感情を隠しもしないロードである。


「そうだ。イステール自治共和国のブリスゴー税務署には。一個中隊からなる伯爵の私兵がいるとのことだ。これを国税法第六六六条における帝国国税省関連施設への武力行使と判断し、我々が派遣される運びとなったわけだ」


 つまらん任務だ、と吐き捨てたロードが懐から葉巻を取り出して、着火しかけたところでハンナが葉巻を取り上げる。


「まだ癖が抜けませんかね。吸うならあとにしてください」

「ははっ。よく考えたら斉藤が来るまで、このオヤジさんここで葉巻吸ってたんだな」

「そうでしたね。初対面があれでしたから」


 そう、斉藤が徴税三課に配属されて、ほぼ一年の月日が経とうとしていた。斉藤の顔は今やいっぱしの特別徴税局員である。


 取り上げられた葉巻を名残惜しそうに見ていたロードだが、咳払いをして説明を続ける。


「本案件は本部戦隊、それもカール・マルクスのみで行なうものとする。我々はいつも通り、渉外班が署内を制圧後、帳簿データをひっくり返して不正の証拠を確保することにある」

「本部戦隊も各案件に振り分けられてますからね、しょうがないでしょう」


 本来は本部戦隊、実務課各戦隊は戦隊ごとに、あるいは複数の戦隊で一個の案件に当たるが、繁忙期には艦ごとに分散して任務に当たることもある。普段なら待機して予備戦力になる本部戦隊もカール・マルクス以外の各艦艇はそれぞれ現場に赴いていて不在だった。


「ま、いつもの強制執行と大して変わらねえってやつだな」

「アルヴィンさん、油断は禁物ですよ。皇統貴族絡みの案件って碌なことがないじゃないですか」


 斉藤の脳裏には、かつて自分がメイド服で女装させられたヴィルヌーブ子爵家への税務調査の記憶が蘇っていた。


「ははっ、違いねえ。悪かったよ」

「また、今回は期末の案件だ。斉藤、悪いが私もハンナもアルヴィンも、案件処理が追いついていない。西条部長の部隊の増援として出て貰えるか?」


 徴税三課と調査部は似た仕事内容ではある。前者はより現地に乗り込むことが多く、後者は膨大な案件を機械的に捌くという点で違いはあれど、本質は同じである。徴税三課への増援に調査部員が来ることもあるし、調査部への増援に徴税三課から赴くことも頻繁だった。


「了解しました」

「えーっ、俺もこっちっすか」

「アルヴィン。お前からはまだ前回、前々回の案件の最終報告書と、来期案件で依頼した調査の報告が上がっていない。早く仕上げないと三月三二日も働いて貰うぞ」


 三月三二日とは、しばしば帝国官公庁で用いられるスラングだ。年度内に収まりきらない仕事を無理矢理、つまりは不眠不休で片付けるストロングスタイルである。無論、誰でも徹夜はイヤなのである。アルヴィンは畏まって――見た目だけは――デスクに向かった。


「徹夜ねアルヴィン。ご愁傷様」

「なあに。終わればぐっすり寝れるだろうさ……はぁ」


 そんな会話を背後に聞きつつ、斉藤は西条のいる調査部のオフィスへと向かった。


 約四時間前

 午前一四時〇〇分

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「局長、ブリスゴー税務署から通信が入っています。どうしますか?」


 今まさに強制捜査の指示を下そうとしていた秋山徴税一課長は、通信士から手渡された受信記録を手に、永田に支持を仰いでいた。


「いいよ無視して。とっとと済ませちゃおうよ忙しいんだから」


 永田にしては珍しく、艦橋に詰めているときも仕事を処理している。決裁書類を溜め込んでいた報いである。


「それが、税務副署長を名乗っていて……すでに税務署内は解放されており、こちらの調査官受け入れの用意もあると言っていますが」

「……はあ?」


 永田は気の抜けた返事をして一〇秒後に、最低限の人員のみセンターポリスに居を構える税務署へ降ろすことを決定した。



 一四時二五分

 第一格納庫


「えーと、今日のお客さんは珍しい組み合わせね」


 カール・マルクスを降ろすには状況が不透明だったこともあり、今回は護衛の渉外班を付けた調査部隊を降ろすことになった。内火艇の操縦を担当するのは本来であれば渉外班の仕事だが、その場に居たのは徴税一課、ゲルトルート・アウガスタ・フォン・デルプフェルトである。


「君が内火艇の操縦を?」

「はい。正規の艇長が皆他の強制執行に駆り出されちゃってて。西条部長達を送り届けるよう言われています」

「うむ。頼むぞ」

「はっ……あれ、斉藤もいくの?」

「増援でね。ゲルト、今日はよろしくね」

「はいはい。あんたも吐くんじゃ無いわよ」

「吐かないように操縦してくれよ、艇長」


 内火艇に乗り込み、シートベルトを締めている斉藤に声を掛ける者がいた。


「あっ、ゲロボーイ。元気してる?」


 斉藤に気安い挨拶をしてきたのは、渉外班長のメリッサ・マクリントック班長。年度末とはいえ、彼女達は強制執行中以外は暇を持て余す。彼女が西条達の護衛に出てきたのは、艦内にいるよりは退屈しのぎが出来るからに他ならない。


「……」


 斉藤は答えない。マクリントックは明らかに斉藤を指してゲロボーイと言ったのだが、斉藤はそのような侮辱に答えるほど鷹揚ではないし、さらに言うのなら、そんな呼称をされて鷹揚で居られる人間は地球帝国領域内に片手で数えられるほどしか存在しないだろう。


「わーったよぉ、すまねえな。斉藤、元気してっか? 最近タチはどうよ。ビンビン?」

「ええ。マクリントック班長も相変わらずで」


 笑みを顔面に貼り付けて、斉藤はマクリントックに顔を向けた。


「おつかれ、斉藤君」

「ああ、ソフィか。君も増援で?」


 斉藤がシートに収まったあと、斉藤の隣に座ったのは総務部のソフィ・テイラーである。


「うん。総務部は片がついたから、ミレーヌ部長に行ってこいって」

「はは、僕もだよ」

「お互い様だねえ」


 などと斉藤とソフィの会話が弾んでいるときである。


「……内火艇一〇九号、発艦します」


 その日のゲルトの操縦は、少し荒かったと同行する渉外班員は記述している。



 約三時間前

 一五時二一分

 東部軍管区 イステール自治共和国 第四惑星ガーディナ 

 ブリスゴー税務署 


「まったく。すぐに投降するなら抵抗など考えるなというに」

「まあまあ。実力行使に入る前でよかったではありませんか」


 調査部部長の西条昌樹と、監理部部長のセシリア・ハーネフラーフは随員を引き連れて現地税務署へと入った。随員は斉藤と総務部、それに徴税一課からそれぞれ一名、護衛の一個小隊で編成されている。


「しかし、調査部は西条部長だけですか」

「ただでさえ年度末で仕事が立て込んでおるのに、こんな場末の税務署の案件に人員は割けんよ。すまんなあ斉藤君も、忙しいところを」


 税務署どころか町中に届きそうな西条の声だが、別に当てつけではない。素のボリュームが狂っているだけである。


「いえ……」


 耳を押えながら、斉藤は早くこの仕事を終えたいと思っていた。

 税務署内ではすでに事態収拾のために副署長が部下達に指示を飛ばしているところのように斉藤達には見えていた。


「副署長のゴードンです。ようこそお越しくださいました」

「特別徴税局、調査部長の西条です。今回の特別監査の指揮を担当する」

「同じく、監理部部長のハーネフラーフと申します。局員の皆さんの取り調べを担当いたします」


 斎藤は、妙に腰が低い副署長の様子が気になっていた。そう、税務調査に入ると時々見かける手合いである。物腰は丁寧で協力的に見せているが、隠すものは隠しているタイプの輩だ。


 すでに調査に入り始めたソフィや手伝いのゲルト、護衛のゴロツキ達は、そういった人間観察の暇は無いといった風だったが、斉藤にしては珍しく、虫の知らせというヤツが働いていた。


「西条部長、お話中にすみません。少しよろしいでしょ――」


 斉藤が西条に声を掛けようとした瞬間である。後頭部からの強い衝撃を受け、斉藤の意識は途切れた。



 一八時四一分


「そうか、後ろから殴られたかな……」


 混乱していた斉藤の脳が、ようやく記憶の整合性を取り戻すのに五分ほど掛かっていた。どうにかして身を起こした斉藤は、近くに転がっている男の背中を蹴った。手が使えないのでやむを得ない手段である。


「西条部長、ご無事ですか?」

「ん……おお、斉藤君か。君も無事か……ううむ頭が……」

「気を確かに。麻酔銃でも撃たれたんですか?」

「記憶がはっきりせん。ここはどこだ。何があった」


 斉藤は自分自身の記憶の間違いが無いかを再確認するように、順を追って西条に状況を説明した。とはいえ、ブリスゴー税務署に来てからの記憶は、僅かに副署長と会話していたところで途切れており、残りはこの部屋で目覚めてからのことなのだが。


「我々は、副署長に騙された、というところか……ハーネフラーフ君は? 他の者はどこにいる?」

「わかりません。僕もこの有様ですから」

「むう……ゴードンとかいったな、あの副署長。ヤツは署長やルガツィン伯爵と手を組んで、我々を出し抜いたわけだ。なんとも情けない」


 斉藤と同じく、手を後ろに縛られていた西条が起き上がり、胡坐をかいた。がっくりとうなだれる様は、西条らしからぬ弱気を斉藤に感じさせた。


「上はどうなってるんでしょう……」


 斉藤は、カール・マルクスがいるであろう方向、つまり天井を見つめた。



 一八時四五分

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一会議室


「秋山君、状況に進展は?」

『はっ。依然変化なし』


 斉藤達が捉えられた直後から、カール・マルクス第一会議室では残った幹部達が集まり、状況の推移を見守っていた。本来であれば着用者の腕にあるはずの携帯端末の信号が途絶え、何かのトラブルが起きているということだけは確認できていたが、惑星ガーディナの静止軌道上にいる彼らに、それ以上の事態把握は困難だった。


『すでに三時間経っており、しかもブリスゴー税務署はおろか、自治政府政庁、警察、防衛軍全てが応答しません。ET&T通信局が押さえられているようで、民間通信も不通。また、軌道上とセンターポリスにルガツィン伯爵の私兵と思われる所属不明の艦艇、装甲車両と戦闘員が展開しているのを確認しています』


 第一艦橋に詰めて事態把握に務めている秋山の顔には焦りが滲み出ていた。特別徴税局が人質を取られる、しかもそれが部長クラスというのは永田体制の特別徴税局では初めてのことだった。


『また、通信途絶の直前に自治共和国政府からセンターポリス全市民に対して市街地からの退去、および地下シェルターへの避難命令が発出されています』

「……カール・マルクスだけで来たのは失敗だったかな」


 永田が後ろ頭をボリボリと掻きながら珍しく後悔するようなことを言った。水を打ったように静まりかえる会議室に妙に大きく響いたのは、西条が居ないこととも若干関係している。


『現状、下手に動くわけにはいきません。識別が途切れたのは、恐らく各自の携帯端末の電源が切られた、あるいは破壊されたからでしょう』

「じゃあ何。秋山君の最終的な結論は?」

『ルガツィン伯によるイステール自治共和国の占有、もしくはイステール自治共和国がルガツィン伯と共謀し、帝国へ反旗を翻そうとしている、つまり叛乱を企てており――』

「西条部長達は交渉のための人質というわけだ。さて、永田どうする」


 いつものような気楽さで、笹岡はたばこに火を付けながら言った。


「どうするも何も、西条部長達の身の安全を確認するのが最優先です!」


 換気装置のスイッチを最大にしてから、ミレーヌが叫んだ。彼女としても、同僚達がむざむざ敵の手に落ちたまま、生死不明ではたまらないといったところである。


「そりゃあ、もちろんそうなんだけどさ、相手の要求が分かんないんだよなぁ……どう見る? ロード」

「……内務省でも、伯爵の動向は掴んでいなかった。つまり彼の計画がかなり高度に秘匿されていたか、ひどく衝動的なものか、あるいはつい最近、神輿として担がれた」


 別案件の処理のためにカール・マルクスに残留していたロード・ケージントンが、葉巻を口に咥えたまま、数秒黙考したあとに答えた。


「局長の言われたとおり、相手の目的が分かりません。秋山課長の予測通り、帝国への叛乱の第一歩となれば少々面倒なことになります」

「辺境惑星連合が、ここに来るっていうのかい?」

『その確率は極めて少ないと思いますが』


 秋山はそう信じたい、とばかりに顔を顰めたが、葉巻を燻らせながらロード・ケージントンは首を振った。


「そうだろうか? 帝国に反旗を翻そうというのなら、それ相応の準備が必要だ。ヴィルヌーヴ子爵事件のように、我々が不意打ちで動いたならともかく、今回先方は準備が整っている……そういう可能性もあるではないか」


 実際のところ、ロード・ケージントンも辺境惑星連合がここに来る確率は極めて少ないと考えていたが、楽観論に逃げたくなる秋山を諫めるためにも、些か悲観的な予測を並べ立てたに過ぎない。


「さてどうしようかなあ。帝国軍に丸投げする?」

「局長!」


 永田の冗談はミレーヌの予想以上にヒステリックな声で掻き消された。


「冗談冗談。部下を見捨てたとあっちゃあ特別徴税局局長の名折れだ……といっても、カール・マルクス一隻で突入ってのもねえ……あちらさんは撃ってくるかな?」


 会議室のモニターには、すでに臨戦態勢といった衛星軌道上の艦艇群の位置がプロットされていた。三〇隻近い艦艇のうち、半数は防衛軍所属だが、もう半数は識別不明。恐らく伯爵の私兵艦隊である。


『カール・マルクスの火力であれば、センターポリスへの降下は可能ではありますが……その際、人質となっている西条部長らの生命の保証が極めて困難になる可能性もありますし、包囲され沈められる確率が極めて大、であります』


 本部戦隊参謀、戦術支援アンドロイドXTSA-444征蔵も普段の突撃思考ではあるが、それをごり押しするほど無神経ではなかった。


『徴税一課としては、現在東部軍管区ハルバッハ自治共和国に向かっている実務三課か、恒星間軌道都市サザランズⅣへ強制執行に入る予定のカール・マルクス以外の本部戦隊を呼び戻し、陣容を整えた上でイステール自治共和国を不当占拠する者に対し、局員の解放、および特徴局による立ち入り調査を要求するのが最善と考えます』


 秋山は極めて現実的なことを言っていたのだが、会議室にいる永田も笹岡もミレーヌも、これには同意しづらいものがあった。実務三課も本部戦隊もイステール自治共和国からは丸一日かかる距離にいる。その間、状況をただ見ているだけになるからだ。堂々巡りに入りかけた議論はカール・マルクス艦長の入井の声によって遮られた。


『第一艦橋より第一会議室、入井です。局長宛に地上から通信。共和国首相ルガツィンを名乗っているのですが』

「ああ、こちらに出して」

『イステール汎人類主義共和国、首相のルガツィンである』


 豊かな口髭を蓄えた老人は、そう名乗った。会議室に居る誰もが、いやお前は皇統伯爵なのでは? という表情をしている。


「ミハイル・ラヴィノヴィチ・ルガツィン伯爵でいらっしゃいますね。ご機嫌麗しゅう。特別徴税局局長、永田です」

『私はもう皇統伯爵ではない。先ほども言ったとおり、私は汎人類主義共和国の首相である』

「はあ……ええ、まあそれは置いとくとして」


 それを置いておくと言えるのが永田閃十郎という男だった。


「そちらにうちの局員が伺ったきり戻ってこんのですが。閣下、なにかご存じではありませんか?」

『いかにも。君のところの部下は人質として我々の手中にある。誰一人殺してはおらんよ』

「人質? そりゃあいささか物騒なお話だ。人質と言うからには、なにか要求がおありのようで」


 永田はワザと会話を長引かせようとしていた。要求は以上、お前から本国に伝えろで切られてはたまらないからだ。それを察した笹岡は、徴税四課への内線に小声で吹き込んだ。


「瀧山課長。現在行なわれている通信の発信源サーチを大至急。同時にイステール自治共和国のET&T超空間回線網、天象局の測候所ネットワークを乗っ取ってくれ」

『了解』


 会議室の様子を察した瀧山の行動は素早かった。唯我独尊に見えて細やかに仕事をこなすのも瀧山の美点の一つである。


『我々の要求を端的に言おう。帝国による本共和国への干渉の放棄、および対等な立場での同盟である』

「つまり、独立を認めろとおっしゃるわけだ。そりゃあまた大きく出ましたな。しかし、いかなる政治的正当性があって、閣下は帝国からの独立を宣言されるおつもりで? 私のような平役人にも分かるようにご説明いただけるとありがたいんですが」

『そもそも――』


 永田は手元の操作パネルで、送出する映像を会議室の自動生成映像に切り替えた。これで長々と演説を始めた伯爵は、ありがたいお話を拝聴する愚かな特別徴税局局長の映像を見ていることになる。


「秋山君、伯爵の演説を拝聴しておいて行動予測を、それとともかくこちらに来れそうな実務課をこちらに呼び戻して。笹岡君は瀧山君からの情報を元に、秋山君達と救出オペレーションを立案して」

「わかった」

『承知しました』

「ミレーヌ君、悪いけど艦内への説明任せていい?」

「直ちに」


 普段の永田からは想像できないテキパキとした指示に、各自が会議室を出て行く。


「さて、そろそろご大層な演説も終わるかな?」

『――故に! 我々は帝国からの独立を要求するものである!』


 送出映像をリアルタイムのものに切り替え、永田は再びルガツィン伯爵と対峙した。


「私は一介の役人に過ぎません。私は仲介しかできない、ということは閣下もよくご存じかと」

『分かっておる。だが貴様も部下は可愛かろう?』

「ええ、そりゃあもう目に入れたら痛いくらいには」

『……良く分からん言い回しだな』


 永田の故郷の地域での本来の言い回しは、目に入れても痛くないなのだが、それを巫山戯て言い換えてみたところで、ルガツィン伯爵には通じない。


「まあそれはともかく。そちらの要求は分かりました。こちらからも数点確認させていただきたいのですが、よろしいですか?」


 永田はモニターの隅に表示される各所の状況報告を見つつ、あとどれくらいでこの誇大妄想家との対話を終わらせられるかを考えていた。


「まず、繰り返しになりますが人質は我々特別徴税局の西条以下、全員無事なんでしょうね?」

『いかにも。全員無事である』

「顔なんて見せて貰えませんかねえ? あ、声だけでも結構」

『交渉相手への礼儀だな。よろしい、何名か連れてくる』


 数分後、縄で拘束された西条、セシリア、そして斉藤が連れてこられた。


『局長! 彼らは帝国への叛乱を企てております! 吾輩達に構わず、帝国本国に通報を!』

「ああ、西条さんかあ。それに斉藤君にセシリア君、元気そうでなにより」


 スピーカーが音割れする西条の声量に、永田は手元のパネルから受話音声を絞っていた。恐らく現地の人間は全員今頃突発性難聴にでもなっているだろう、などと心配していた。


『局長! なに暢気なことを言っているんですか!?』


 斉藤が叫ぶ。暢気すぎる永田の顔を見て、思わず階級差など無視したツッコミが入る。


『我々は無事ですが、彼らを許しては置けません! このような平和を乱す輩には、屈してはなりません!』


 セシリアはそういうが、さすがの永田も人質が取られた状態で総攻撃など考えていない。


「まあまあ。他の者も、当然無事ですね?」

『局長! 恫喝に屈してはなりませんぞ! こやつらは安全な帝国領内に居て帝国の庇護を受けているにもかかわらず、のうのうと分離主義運動に加担しているのです! 自分達が今までどれだけ帝国に守られてきたかも忘れて暢気なことを言っているのです! 分離主義運動など所詮は安全な場所で喚き散らすだけの大馬鹿者でしかないのです!』

『だれかこの男を黙らせろ!』


 見る間に西条は猿ぐつわを噛まされて、画面外へと掃けていった。


『いかにも。彼ら以外も全員安全な場所にて待機していただいている!』

「はあ、安全な場所に、ですか……」


 西条の大声に釣られたのかフィードバックが聞かないのか、妙に大声のルガツィンを永田は呆れたような目で眺めていた。拘束しておいて安全な場所も何もあったものではないだろう、と。


『他に無ければ、これにて第一回の通信を終わる。一時間後、再び通信を入れる。その際に貴様から帝国本国の返答を聞かせて貰おう』

「一時間ですかあ……閣下、今恒星イステールの活動が活発で、超空間通信の障害が出てるみたいなんですよ。もう少しお時間いただけませんかねえ」

『そのような欺瞞は私は好かぬな』

「嘘じゃないですよ。なんなら通信局にでも問い合わせていただければ」


 これは瀧山による妨害活動の一種で、すでに惑星ガーディナの軌道上にある測候所、およびET&Tガーディナ支店の恒星風監視システムには欺瞞情報が流されていた。


『……確認した。星の動きというのは分からぬものだ。では二時間待つ』

「三時間で」

『通常の障害であれば二時間程度で収まるだろう』

「ああいえ、今のは私の言い間違いで、五時間は欲しいですな」

『永田、私を愚弄するつもりか? 二時間だ』

「ああ、恒星風の状況次第ではさらに伸びるかも。六時間は欲しいですなぁ」

『永田!』

「いっそ一二時間。ああ二四時間あれば、さすがに収まるでしょうが」

『貴様ふざけているのか、それとも時間稼ぎか?』

「ああ、いえいえ、そのようなつもりは。しかし宇宙の天気は変わりやすいもの。では余裕を見て三時間でいかがです?」

『……』


 音声が途切れた。近くに控えている人間に確認をしているのだろう。伯爵はあくまでも担がれた神輿であり、実働部隊の指揮は別のものが執っているに違いない。永田はそういう事情を逆手に取り、攪乱を行なおうとしていた。


「あー、もしもーし、聞こえてますかねー? アロー? ボンジュール? シルブプレ?」

『聞こえておるわ!! 分かった、三時間待つ!』

「そりゃあどうも。ではまた後ほど」


 通信が切れると同時に、永田は懐のたばこを取り出して火を付けた。誰も居ない会議室に煙が立ち上り、換気口へと吸い込まれていく。


「やれやれ。面倒なことになったなあ、こりゃ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る