第14話-④ アゴアシマクラは役所持ち!エンジョイ!慰安旅行!


 帝国軍保養所 マキン・アイランドⅣ

 食堂


 ヴォストーク・アストリアはじめ、特別徴税局一般職員が宿泊するホテルで夕食会が開催されているころ、刑期の残っている囚人局員達は一応慰安旅行と言うこともあって、無制限の飲酒と食事の許可が出されていた。


 カリフォルニアンⅣセンターポリス郊外の帝国軍保養所マキン・アイランドⅣに収容されていたのは、特別徴税局実務一課および本部戦隊の囚人局員である。


「かぁーっ! やっぱシャバで飲む酒はうまいわ!」


 ビールジョッキを一息に飲み干したセナンクール実務一課長が満足げに頷いた。


「軍の保養所ですぜ? シャバって言うには物々しいもんです」


 装甲徴税艦インディペンデンス渉外班長、アルカイーニはたばこを咥えたまま周囲を見渡した。保養所とは言え、基本構造は軍事基地の建物用の設計だから装飾などありはしない。斉藤らが宿泊しているヴォストーク・アストリアとは雲泥の差である。


「細かいことはいいのよ」

「そりゃまあ、艦内に押し込まれたままになるくらいなら、この方がいいですがね」


 アルカイーニはチラと視線を巡らせた。本来のこの私設の利用者である帝国軍の兵士達は、半グレ集団といって差し支えない特別徴税局囚人集団を前に、食堂の片隅で静かに食事を取っている。


「可愛そうに。ま、うちのゴロツキに喧嘩ふっかけるチンピラじゃないだけマシか」

「何か言った?」

「いえ、なにも」


 下手なことを言えば、遊び半分で帝国軍に戦争をふっかけるかもしれない女が目の前に居る。アルカイーニのような命令不履行と上官暴行の常習者でもその程度の危機感は抱いていた。ウェイターに新たにビールジョッキをダースで頼んだアルカイーニは、とりあえず隣に居る上司にテーブルの上に山と積まれた骨付き鶏肉を突き出して、意識を逸らさせることにした。


「ちっ、筋肉ダルマしか居ないなんてさ。アタシャもっと線が細いのがいいんだよ」


 装甲徴税艦カール・マルクス渉外班長、そして本部戦隊渉外班統率役のメリッサ・マクリントックも麾下の部隊共々マキン・アイランドⅣに押し込まれた。本部戦隊はそれなりの統率を誇るが、単純に収容力の大きな軍保養所にあてがわれた形となる。それだけに、メリッサの不満は大きかった。


「……おっ、いいのがいんじゃん」


 部下達はすでに実務一課の連中と肉や魚や酒だとである。彼女はするりと筋肉ダルマ達の群れの中から抜け出て、食堂の片隅に一人で食事をしている士官に近づいた。


「ねぇ、アンタ。ちょっと今からアタシと来なさいよ」


 帝国軍正規艦隊の徽章、少尉の階級章。従軍記章やら何やらの数を見るに、恐らく最近少尉任官したばかり。軍人にしては細見で浮いた話が無さそうな地味な外見。


 メリッサが好んで襲いかかる相手であった。彼女はそういう、女慣れしていなさそうな獲物を見抜き、グチャグチャになるまで弄ぶのを好んだ。


「えっ、いや、僕は」

「まあまあ。アタシに全て委ねなさいって。主は全てお見通しなのよ」

「あ、いや、その、待って、待ってぇ!」


 翌朝、何者かによって襲われたと思しき哀れな半裸の新米少尉が、保養所の倉庫区画で発見されることなど、誰も知る由も無い。



 国税省保養所 EIRコンドミニアム21


 国税省の保養所には特別徴税局実務二課が放り込まれた。いかなる口八丁手八丁を永田が用いたかは定かではない。ただし、実務二課は酒さえ潤沢であれば極めて素行良好という点も、グレードの高い保養所を利用できた理由の一つである。


「慰安旅行とは言え、我らが実務二課の名を汚すことはまかり成らん。一般の宿泊者への乱暴狼藉はその場で射殺してよいと通達が出ている。心するように。頼むぞ、フェリックス」

「はっ」


 とはいえ、いかな実務二課長といえども一人では管理が行き届かない。そこで考案されたのが、館内警備システムを実務二課戦術支援アンドロイドであるフェリックスに直結させることであった。このアンドロイドは何せ課長補佐の待遇であるから、上意下達の行き届いた実務二課においては強力な統率力を発揮するし、常に監視の目が、しかも身内の中でも容赦の無さそうな者から見られているとなれば、大人しくなるものである。


「では諸君。飲酒を許可する」

「我らがポンコツ課長補の稼働率向上を祈って!」

「アル中二課長の肝臓に!」


 誰が叫んだかは定かではないが、それらを唱和した一同は、この後出航時間の三〇分前まで飲酒を続け、実務二課長を除いた全員がアルコール解毒剤の洗礼を浴びることになる。


 

 帝国法務省保養所 ホテル・ユスティティア39


「……借りてきた猫のようだ」


 こちらもお目付役として配備された戦術支援アンドロイド、ケンソリウスもホッと胸をなで下ろしていた。


 実務課の中でも特に好待遇の宿泊所をあてがわれたのは実務三課であった。法務省保養所の作りはセンターポリスの一流ホテルのそれに勝るとも劣らない。


 これが何故許可されたのかはやはり定かではないが、一説には実務三課長桜田の『もし備品の一つでも傷が付いていた場合は、全責任を取って私が腹を切れば済む話です』などとにこやかに言ったものだから、さすがの荒くれ者達も細心の注意を払って宿泊することを誓約したからとも言われている。実際のところ、実務三課の構成員は主に桜田が不名誉除隊したあとに付き従ったパイロットが多いこととも無関係ではない。彼ら自体は囚人や犯罪者ではないからだ。


「しかし、あちらは大変だろうな」


 アンドロイドのくせに妙に人間くさい仕草で、肩をすくめたケンソリウス。彼の高精度アイボールカメラは、沖合の人工島を見て溜息をついた。



カリフォルニアンⅣ 自己増殖型酸素生成プラント


 カリフォルニアンⅣは、もともと大気組成としては人間の生存が難しい二酸化炭素超過の大気だった。それを酸素を十分に含む大気に改造したのが、カリフォルニアンⅣセンターポリスの沖合に浮かぶ大気改造プラントである。アレクサンデル・フォン・ギムレットが帝国暦一九年に実用化したこのシステムは自己再生、自己増殖を可能としたナノマシン群による大気改造を可能とし、可住惑星の増加に貢献した。


 それはともかく、現在もプラントは稼動しているが、海上部分は緑化を行い一種のキャンプ場として利用されている。


 市街地とは隔絶され、脱走も困難な立地であるため、凶悪犯も含まれる実務四課がここに放り込まれるのは必然であった。


 重苦しい空気が立ちこめるキャンプ場。キャンプファイヤーの薪が爆ぜる音だけが響く。何せ実務四課長ボロディンも、拳銃をいつでも抜ける状態で宿泊しているのである。さらには、キャンプ場周囲には課長配下の警備担当が配置され、こちらもライフルを常に構えている。


「どうした? せっかくの慰安旅行だ。もう少し賑やかにしていてもよいのだぞ?」


ボロディンはにこやかにマシュマロをたき火であぶって頬張っている。周囲の局員も愛想笑いを返す。下手なことをすれば眉間に風穴が空く。いかな知能指数の低めな実務四課囚人局員にも分かっていた。


「これなら強制執行でもやってる方がマシだ……」


 誰が呟いたかは定かではないが、そのような声が、どこからともなく聞こえてきたと、後に実務二課長補、戦術支援アンドロイドのオスカールは語った。



 ヴォストーク・アストリア・カリフォルニアン

 八階 男子トイレ


「おーい斉藤、生きてるかぁ」


 返事はない。どうやらしかばねのようだ、とアルヴィンは斉藤の入っている個室を覗き込んだ。斉藤は久々に便器とお友達になっていた。


「アルヴィン、斉藤君生きてる?」

「生きてるみたいだぞ、見るか?」

「生きてるならいいわ」


 ハンナの言い草も酷いものだが、あえて弁護するのであれば彼女も相当酔っていた。ディナー会場にてボトルで注文したワイン瓶を片手にフラフラと立っている。


「ごめんなさい、アルヴィンさん……」

「猛省しています……」


 トイレの外に出たアルヴィンは、頭を下げているソフィとゲルトの頭に軽く拳骨をたたき込んだ。


「あのなあ、斉藤の飲める量と喰える量は二人の半分くらいだぞ。あんまり無茶させねぇでやってくれよな」


 例によって斉藤がトイレとお友達になっているのは、ソフィとゲルトの食事・飲酒の勧め――半ば強要ではあったが――が原因だった。もちろん、斉藤もよせばいいのに勧められるがまま飲まされるがまま受け入れるのが悪い、とも言えるが。


「はぁ、まあいい。斉藤は俺が部屋に車庫入れしとくから、お前らはもう休め」

「よぉしソフィちゃん、ゲルトちゃん、もう一軒行くわよ」

「お供します!」

「喜んで!」


 ハンナ、ソフィ、ゲルトはそのままホテルそばの飲み屋に進撃を開始した。溜息をつきながらそれを見送ったアルヴィンは、再びトイレに戻る。


「おー、見事に真っ青だな」

「……すびばぜん」


 涙に鼻水に涎と、出せるだけの液体を垂れ流す斉藤は、申し訳なさそうに頭を下げた勢いそのまま床に崩れ落ちた。


「おうおう、そんなんじゃ女の一人も落とせやしねえぞ。自分が酔っちゃダメだろうが」

「あい……」


 よろよろと立ち上がった斉藤を見て、アルヴィンは苦笑いを浮かべた。これが帝国大学を銀時計組の栄誉をもって出てきた秀才だと、誰が見てくれるだろうか。


「ったく、放っておけねえ後輩君だぜ。お前はよぉ」


 アルヴィンはトイレから出た通路で座り込んだ斉藤を、肩に担いで部屋へと歩いて行った。


 この後、特別徴税局の慰安旅行はつつがなく完了し、彼らは再び天翔る徴税吏員として宇宙に舞い戻った。


 

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