第14話-③ アゴアシマクラは役所持ち!エンジョイ!慰安旅行!
総務部 オフィス
斉藤が一足先に戻っていたロード・ケージントンへ執行完了を報告したのと時を同じくして、アルヴィンとハンナも帰還した。これにて一件落着。斉藤とアルヴィンとハンナは総務部で宿泊先の説明を受けていた。
「徴税三課はホテル・ヴォストーク・アストリア・カリフォルニアンに予約してあります。スタンダードルームです」
「うっひょー。帝都最高級ホテルの系列か!」
「いいホテルじゃない。一歩も外に出なくても楽しめそうね」
アルヴィンとハンナの喜びようは当然で、通常一泊一〇万帝国クレジットはくだらない高級ホテルである。
「言っておきますけれど、宿泊費以外は自腹になりますから」
経理課のティニヤ・ポルヴァリが念押しするように言った。
「えー、ルームサービスにシャンペンくらいはいいだろ? しかし総務部も同じホテルか。どうだい、いっしょに飲まないか?」
「お一人でどうぞ。来月分の給料から天引きしますので」
「ありゃりゃ、連れないねえ……」
アルヴィンのナンパ術など、経理課のエースには通用しない。傍から見ていた斉藤とハンナは呆れるやら面白いやらで笑いを堪えるのに必死だった。
ヴォストーク・アストリア・カリフォルニアン
ロビー
その後、同じホテルに泊まる総務部員と共に内火艇でホテルまで乗り付けた斉藤達は、チェックインを済ませるためホテルのロビーにいた。ちなみに、課長であるロード・ケージントンのみシガー・バー併設のホテル・マリアナに宿泊となっている。
「それじゃ俺はビーチに行ってくる!」
「あ、ちょっとアルヴィン。チェックインくらい済ませていきなさいよ……言ったって聞きゃしないんだからもう……」
「サーフィンでもするんでしょうか」
白々しいまでの斉藤の推測に、ハンナが不満そうに鼻を鳴らした。
「ふん、どうせナンパよナンパ。斉藤君分かってて言ってるでしょ」
「ええ、まあ」
「はぁ、ま、精々骨休めするとしましょう。じゃ、また夕食で」
「はい、ハンナさんも」
斉藤は部屋に荷物を置いた後、何をするわけでもなくホテルのラウンジで寛いでいた。趣味と呼べるのは映画鑑賞と読書くらいの彼だが、最近の業務の建て込み具合は彼からそういった趣味に当てる時間を奪っていた。
「ふぅ……今日くらいはのんびりと……」
夏の陽光に照らされたビーチを見やる斉藤だが、今日はこのラウンジでゆっくりとするのも良いかもしれない、と考えていた。しかし彼の運命はそんなことを許すはずもなかった。
「ねえねえ斉藤君、今から暇? ちょっとビーチにお散歩しにいかない?」
ソフィ・テイラーはラウンジでくつろいでいる斉藤を見つけて駆け寄った。
「え? あ、いや」
「せっかくカリフォルニアンⅣまで来たんだから、ちょっとくらい外に出ないと不健康だよ」
「……まあ、それもそうか。いいよ、付き合おう」
「よし! それじゃ――」
ソフィは斉藤が恋人と別れたことをきちんと知っている数少ない人間だが、それでもソフィは恋人がいないのを見計らって攻勢を掛けたように見るのは早計である。
彼女は純粋である。傷心の斉藤を少しでも元気づけられれば――などと考えていたのだが、彼女の真意を知るものは他にいない。
「あっ、ソフィ、斉藤、何してんの」
「あれ? ゲルトもこっちだった?」
「うん」
嘘である。秋山が執行後の虚脱状態だったときに、ゲルトはしれっと宿泊先変更の書面に判を押させていた。
「ねえねえ、ゲルト水着持ってきた?」
「今年買い直そうと思ってたのよ。ちょうどいいわ、斉藤付き合いなさいよ」
「えっ?」
「ほら時間は限られてるんだから、ほらほらほら」
「あっ、ちょっと、待って」
「たしか近くに水着売ってるお店あったよね、行こう行こう!」
「あっ! まだ僕はついていくと言った訳では」
「つべこべ言わない! あんたの仕事手伝ったでしょ」
ソフィが右腕、ゲルトが左腕をつかんで斉藤を引きずり、そのままストリートへと繰り出していった。
「……若いなあ」
カール・マルクス艦長の入井はラウンジの隅でコーヒーを飲みつつ、その様子を微笑ましく見守っていた。
ブラットフォード・ストリート
アデルファ・ショッピングモール
「……結局ついてきてしまった」
リゾート地のショッピングモール、それもシーズン中ともなれば、女性と同伴で来ている男性など珍しくもない。カップルで連れたって水着を選ぶ光景は当然だ。だが自分は違う。同僚の女性に無理矢理引きずられここまできた。
「ねえねえ斉藤君、どっちが良いと思う?」
「ほら斉藤! ぼーっとしてないで選んでよ」
服の上から水着を当てて見せて斉藤に詰め寄るソフィとゲルトだが、何せ斉藤も慎重だった。これでも斉藤は幾人かの女性と関係を持ってきたのであり、間違っても「どっちでもいいんじゃないかな」などとは返答しない。しかし、その慎重さは女性にとって煮え切らない態度とみられる場合もあるのだが。
「うーん……」
「よし分かった。やっぱり着ないと分からないか」
「そうね」
「はい?」
ソフィとゲルトはそれぞれ気に入った水着を手に持って試着室へと入った。いよいよ斉藤は放置状態で、所在なさげにショッピングモールの天井の空調ダクトを眺めていた。彼の他にも、カップルの片割れが同じような状態で放置されていた。
東部軍管区 クリゾリート自治共和国
惑星クリゾリートⅧ 制御室
「まったく。皆は今頃バカンスだってのに、何で我々はこんな石っころに……」
「ぼやくでない。そのぶん追加で手当も出ておるだろう」
「博士は海とか興味ないからいいかもしれませんがね」
「はっ! どこの惑星の海も重金属だらけで触れることもできんものを、浄化して一定区域内だけに満たして海水プールにしておるだけではないか。デカイプールなんぞ、そこらの軌道都市にでも行けばあるではないか」
「浪漫がないですねえ博士」
「それは違うぞラインベルガー。ワシとお主の浪漫が異なるだけじゃ」
徴税二課のハインツ・ラインベルガー課長補は、上司であるアルベルト・フォン・ハーゲンシュタイン課長――通称博士――の輝く双眸を見て溜息をついた。
「しかし、今更この惑星に追加で工事なんて、局長も何考えてるんですかね」
「接収した惑星の資源を売り払い、はじめて重加算税を含む未納税の徴収を終えるということじゃろ」
「まあ、珍しくはないですがね……」
徴税二課は永田からの緊急依頼ということで、休暇を返上してかつて徴収した物件である惑星クリゾリートⅧの再開発を行なっていた。再開発とはいっても、本来なら元々あった設備を補修し、採掘自体は鉱山採掘の専門企業に委託するのが通常である。しかしそこは特別徴税局が誇る極彩色の脳細胞ことハーゲンシュタインがやることで、これまでも博士の手による再開発は資源衛星などの資産価値を大幅に向上させてきた実績がある。
「しかし、最近大人しいと思ったら、こんな無人採掘プラントの設計してたんですか」
「中々楽しい設計だったわい。これほど大規模な無人プラント、帝国中を探しても見つかるまい」
本来ハーゲンシュタインの業務は特別徴税局の補給・整備などを司ることなのだが、それらはほぼ、課長補のラインベルガーの手によって行なわれ、ハーゲンシュタイン自身は徴税艦の武装の改造などを行なっている。それにしても、このような工業プラントの設計までこなすのは、彼の非凡ならざるところを示していた。
「――そうか。博士、工作班から最終チェックが完了したと報告が」
「ふふ……それでは僭越ながら起動はワシが……」
博士は目を輝かせながら、プラントの起動コマンドを打ち込んだ。プラントが稼働しだした重低音が、制御室内に響く。
「……採掘プラントの稼働を確認。採掘システム、精錬ライン、問題なさそうですが」
「当たり前じゃ。ワシの設計を疑うのか?」
「いえ……そういうわけでは」
ラインベルガー自身は兵站などを中心とした後方業務のプロとして特徴局に在籍しており、義務的に目を通したプラントの設計図を見ても、それが何をするモノか分からなかった。
「これで、このプラントそのものが壊れるか、惑星を食い潰すまで無限に資源を精製し続けるわけですが……博士、大丈夫ですよね? このプラントそのものが超空間潜航して別の惑星喰いにいくなんてこと、ないですよね?」
「……」
「なんでそこで黙るんですか!?」
「さて、プラントの様子を見に行くかの」
「博士!!」
惑星カリフォルニアンⅣ
インペリアル・ビーチ
カフェ・アスタナ
ビーチテラスにはあまりに不釣り合いなスリーピースの老紳士が、葉巻を咥えて。特別徴税局徴税三課、アルフォンス・フレデリック・ケージントン伯爵はある人物との待ち合わせの為、観光客を装って――装う気があるのかは不明だが――いた。カリフォルニアンⅣ産のフレッシュフルーツを使ったカクテルが温くなった頃、ロードに声を掛ける女性がいた。
「お待たせしてすみません。ケージントン伯でお間違いないかしら?」
ド派手なビーチドレスにキャペリーヌ。トンボの目玉のようなサングラスを掛けた小柄な女性は傍らに、アロハシャツにタクティカルベストという珍妙な出で立ちの男を従えていた。
ロード・ケージントンは手にした葉巻をレストに置いた。自分にナンパしてくる女性などいるわけがないし、何よりもこれは仕事なのだ。
「お待ちしておりました、フロイライン・ローテンブルク。以前うちの局長や部下がお世話になったそうで。はじめまして、特別徴税局徴税三課長のケージントンです」
「毎度ご贔屓いただいてます」
帽子をとサングラスを大仰な仕草で脱いだ女性はエレノア・ローテンブルク。毎度おなじみのローテンブルク探偵事務所の所長である。
「で、依頼の方は」
「ああ、そうでした……ハンス」
「あいよ……四日前の情報ですが、これが最新版で――」
小型のプロジェクターを掌に載せたエレノアの助手、ハンス・リーデルビッヒの説明を受けたロードは、感心したように頷いた。
「大理石直送か。よく手に入れられたモノだ」
「ま、それが仕事ですからね……お得意様からの依頼ですし」
「ねえハンス、大理石ってなに?」
「内務省のことだ」
「フロイライン・ローテンブルク。内務省の正面玄関にある柱をご存じかな。あれが大理石で出来ているモノだから、一部の者が内務省のことを大理石と呼んでいるのだよ。まあ、連中の頭が硬いことを揶揄している面もあるが」
ハンスの掌の上のプロジェクターを手に取って懐にしまい込んだロードは、入れ替わりに帝国クレジットが入金されたキャッシュチップを手渡した。
「内務省案件に手を出すなんて、特別徴税局も物好きですね」
「それはお互い様だよ、レディ。私も内務省は調べているが、元身内だと警戒されるのでね」
魑魅魍魎が跳梁跋扈する伏魔殿こと帝国省庁の中でも、その総本山とも言える内務省が絡む案件は誰も手を出したがらない。そこに無遠慮に手を突っ込みまさぐるような真似をするのは、よほどの物好き。エレノアもロードも不気味に笑い合った。
「なに、うちの局長の気まぐれさ。では、帰り道には気を付けたまえよ。我々はともかく、大理石は一般人くらいなんとも思わん連中だ」
「ご安心を。優秀な護衛が付いていますから。閃ちゃんによろしくお伝えください」
葉巻を再び咥えたロードに、エレノアは自信ありげに微笑んだ。閃ちゃんが永田局長を指すことに気付いたロードは、彼にしては珍しく唖然として二の句が継げなかった。
「はぁ……やれやれだぜ、まったく」
肩をすくめたハンス・リーデルビッヒの視線の向こうには、ビーチで無邪気に遊び回る男女の姿が見えていた。
「あっはははは! 冷たーい!」
「ほら斉藤も来なさいよ!」
「いや、僕は……初等学校の生徒じゃあるまいし」
醒めた面持ちで斉藤がビーチに立ちすくんでいたのをゲルトは見逃さなかった。
「つべこべ、言うなぁ!」
ゲルトは斉藤を抱え上げ、渾身の力を込めて放り投げた。
「わああああああっ!」
「斉藤君! ゲルト、なんてことを!」
ゲルトの凶行にソフィは絶句した。
「ほら! 悔しかったらやり返してみなさいよ!」
しかし、海は静かだった。
「斉藤、浮いてこないわね、まさか……」
「ちょっと……! 斉藤君、斉藤くーん!」
さすがのゲルトとソフィも斉藤が浮いてこないことには慌てた。しかし、彼はすでに一〇回ほど死んでいてもおかしくないような仕事に従事していたが、ビーチで女性にフライング・メイヤーを掛けられて死んでしまうなど情けないながらも衝撃的な死を遂げる人物ではない。
美女ふたりの足下に近づく不気味な影。一瞬後にゲルトは足を取られ、もんどり打って海水に没した。
「ふっ……ふふふっ……ゲルト……僕はさ、やられたら、やりかえすんだよ!」
海中からゆらりと浮上した斉藤の目は、ソフィに向けられていた。
「ちょ、ちょっと斉藤君、私はまだ何もしてない!」
「はははっ! 連帯責任だ!」
「いやぁっ!」
「くっ、奇襲を受けるなんて私らしくない……! 斉藤、次こそ息の根を止めてやる!」
「殺しちゃだめぇぇぇぇっ!」
その後も、しばらくの間斉藤とゲルト、ソフィのともすれば子供のような無邪気な遊びは続いた。
「若いな」
「いやぁ、羨ましいもんですな、ほんと」
葉巻の煙を燻らせながら、シナプスに染み渡る複合精神薬の感覚を楽しんでいたロードの向いにトロピカルドリンクのハート型ストローを咥えたアルヴィンが腰を下ろした。
「何だアルヴィン、釣果が悪くてヤケ酒か?」
「さすがに護送船団に強行突入するほど、バカじゃありませんぜ」
リゾート地ともなれば鵜の目鷹の目、アルヴィンと同じような目的で訪れる男はいくらでも居る。女性側はもちろんそれに気付いており、リゾートを心安らかに過ごしたい女性の中には、事前に民間軍事企業から護衛を雇うこともいとわない。
ともかく上物には群がる獲物も多いということで、アルヴィンの今回の戦果は惨憺たるものだったと、ロード・ケージントンは見抜いていた。
「そうか……では付き合えアルヴィン。少しは紳士の嗜みというヤツをお前も覚えておけ」
「はいはい。ヤクにドップリ浸かるのが帝国紳士とはね」
「合法なのだ。文句は帝国たばこ協会と天然資源省に言うことだな」
ヴォストーク・アストリア・カリフォルニアン
レストラン・マリインスキー
特別徴税局一行は局割り当てのホテルで夕食を取ることになっていた。ビーチで散々遊び回っていた――初等学校の修学旅行のような――斉藤達は、シャワーと着替えを済ませてレストラン・マリインスキーの扉を潜っていた。
ウェイターに案内され、一般客とは別の個室に通された斉藤らは、思い思いの休暇を過ごしていた同僚達と再会した。
「おっ、なんだ斉藤。同伴入店たぁモテる男は違うねぇ、このこのぉ! アフターの予約までバッチリってか?」
ドレスコードが指定されているようなレストランで、アルヴィンのこの台詞である。
「バカッ!」
「アダッ! 殴るこたぁねえだろうよぉ」
「品位ってもんがアンタにはないの!?」
ハンナは手にしていたハンドバッグでアルヴィンの顔面を殴打した。レストラン・マリインスキーはヴォストーク・アストリア・カリフォルニアンで最も格式高いレストランで、アルヴィンですらタキシードをめかし込む程度にはフォーマルな場所だったのだが、彼本人の品位という者は残念ながらレストランの格には釣り合わなかった。
「はい、全員揃ったわね。それじゃあ便宜上全員揃えて食事会のようですが、まあおのおの好きにしてちょうだい。それじゃあ――」
便宜上特別徴税局ヴォストーク・アストリア宿泊組の引率役――それこそ修学旅行である――のミレーヌ・モレヴァン総務部長のごく短い挨拶の間に、各自の前にはシャンパングラスが用意されていた。驚くべき早業。帝国一流ホテルの名は伊達ではない。
「――乾杯!」
一同も唱和し、夕食会がようやく開始された。
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