第14話-② アゴアシマクラは役所持ち!エンジョイ!慰安旅行!
アマツバラ自治共和国
惑星カリフォルニアンⅣ
航路保安局交通管制センター
惑星カリフォルニアンⅣ周辺は、リゾート惑星への来訪者の船舶やら個人用コミューター機の往来が多く、航路保安局による交通管制も事細かに行われていた。
「やれやれ。今日も団体様御一行が多いな」
「まあ、今の時期のこの惑星は人気ですからねぇ」
地球帝国内は基本的に帝都と同じカレンダーが適用される。二月といえば帝都ウィーンはまだ真冬の寒さだが、カリフォルニアンⅣのリゾートが集まる中緯度帯は、今がリゾートに最適な季節である。
「俺たちゃこんな管制室に缶詰で、全く……」
「次の休みには地上に降りたいもんですね」
「ああ全くだ……」
とはいえ、主要航路を外れるような無秩序な船舶はごくごく一部であり、それらへも管制センターのメインコンピュータから自動警告が発せられ、それでも航路を修正しない場合にのみ、人間を介して警告を行うものだ。
彼らの仕事はイレギュラー対処が主であり、そのイレギュラーが起きようとしていた。
『ラグランジュ2、第四象限に多数の重力震を感知』
「ラグランジュ2だと? 今日はそこで浮上する船はないはずだが……スィール、ライブラリ照合」
『了解』
管制センターAIのスィールは女性の合成音声で答えた。
「かなりの大型艦揃いですよ。クルーズ客船かな……」
「バカ言え。客船が単縦陣組んでるとこなんざ見たことない」
『民間船ライブラリに該当船舶なし』
「……なんだって?」
スィールの報告に、管制長は眉をひそめた。帝国民間船を外観、船内見取図、エンジン排熱パターン、超空間潜航・浮上時に出る重力波形を名目上はすべて登録していると言われているライブラリに該当がないということは、それ以外の船舶だ。
だが、何だ? 帝国艦隊が演習ついでに寄港でもするのか? と管制官達が思った矢先、センター中が凍りつくような名前がスィールから吐き出された。
『公用船ライブラリを照合中……該当船舶あり。国税省特別徴税局装甲徴税艦カール・マルクス、フリードリヒ・エンゲルス、インディペンデンス―――――』
管制長にとって次々と読み上げられる艦名などどうでもよかった。その機関の名前を聞くだけで大抵の人間は恐怖するかうんざりするかの二択で、彼の場合は後者だった。
「特別徴税局だと? あの連中何しに来た!」
「警報! 特別徴税局艦艇の進路に位置する全往来船舶に退避命令!」
「地上に降下警報! 奴等どこに降りるかわからんぞ!」
「特別徴税局! どういうことだ! 入港予定は明日のはずだ!」
管制長が全周波帯通信で呼びかけると、映像回線もなしの音声だけで、特別徴税局から応答があった。
『こちら特別徴税局装甲徴税艦カール・マルクス。帝国税法第六六六条に基づく強制執行中。以降通信不可。以上』
返事も待たずに通信は切断された。
「強制執行だと……!?」
「連中、またですか……」
「まったく。リゾート惑星だぞここは。戦争やりたいなら辺境にでも行ってろってんだ……」
再び鳴り響く警報に、再び管制センターに緊張が走る。
「ET&Tネットワークに障害発生! 星系外への通信ができません!」
「予備回線は!」
「ダメです。全系統が遮断されています!」
「奴等だ。特別徴税局の連中が電子戦をおっ始めやがった!」
「くそっ! なんて連中だ!」
装甲徴税艦カール・マルクス
第一ブリッジ
「通信ネットワークの掌握完了。星系外への通信を遮断しました」
「よし。全艦所定目標への降下軌道に入れ」
「降下軌道遷移。減速開始」
「航路保安局、ET&TカリフォルニアンⅣ支店、星系自治省カリフォルニアンⅣ支局、警察に商工会議所と抗議が殺到しているようですが」
「無視しておけ……受け取ったところでどうしようもない。どうしてもというなら本省総務課にでも繋いでやれ」
秋山は胃の鈍痛を堪えながら指揮を取っていた。
「四課長、通信検閲はどうですか」
『うちの情報だけは遮断できてるが、そう長くは止めとけねえぞ。どうせ近距離無線とレーザーはどうしようもねえしな』
「構いません。どうせあと一時間もかかりませんから……」
不機嫌そうな滝山徴税四課長の顔を見たことで、秋山の胃痛はより激化した。別に瀧山は不機嫌なわけではなく、元からそういう顔なのだが、それを理解している秋山でも生理反応で胃痛を覚えていた。
「……早く終わらせたい」
艦首方向を映し出すモニターには、慌てて軌道変更する大型クルーズ船や個人所有のソーラーヨットがいくつも映し出されていた。
徴税三課 オフィス
降って湧いた強制執行。徴税三課は調査部と共に急遽執行用の資料作成に追われていた。
「課長、どうですか?」
「……西条部長もてんてこ舞いのようだ。電話にも出ない」
調査部に内線をかけていたロード・ケージントンは溜息交じりに立ち上がった。
「直接確認に行ってくる」
本来実務からは遠のき、永田から依頼される別案件を独自に調査するロード・ケージントンさえ、執行先の資料作成に追われていた。
「斉藤、そっちはどうだ」
「あと四件分です」
「おし。なんとか大気圏突入前にまとめ終わったな」
「はぁ、もっと早くから言ってくれれば資料も集めておいたのに」
「最近、執行にしろ調査にしろ、直前になってから知らせてきますね……」
最後のデータを渉外班と調査部、徴税部各部に送付した斉藤は、溜息交じりに手元のマグカップを手に取った。
「ん、まあな……いつものことではあるが、こんなにギリギリだったか?」
特徴局による強制執行は、複数候補の調査を終えた後、局長と徴税部長、調査部長の協議により決定される。徴税三課での調査も同時複数案件を調査しておくことが通例だった。
しかしこのリゾート惑星強制執行については直前になって全ての調査を終えなければいけないと厳命されていた。
「上が唐突なのはいつものことでしょ……確かに最近変ね。何かあったのかしら」
ハンナも首を捻るが、ある程度考えたところで、トップが永田閃十郎という時点で自分の理解が追いつくはずもないと諦めた。
「調査部はセンターシティ直上まで調査を続けるそうだ。西条部長自ら調査資料の作成中だった」
データチップ飛び交う戦場のような調査部から出てきたロード・ケージントンは、まるで銃撃戦をくぐり抜けてきたかのような姿だった。データディスクや合成紙が飛び交う戦場そのものだったという。
「我々は分担して強制執行済みの現場に赴き、最終的な資産差し押さえと資料徴収に当たる。スピードが肝心だぞ」
「スピード重視……しっかし各現場一名っすか」
アルヴィンが口を尖らせたが、乱れた髪を撫でつけながらロード・ケージントンは答えた。
「総務部から増援を出してもらっている。各現場三名で動くぞ」
「移動はどうするんで? カール・マルクスが一軒一軒回るわけにはいかないですよ」
「戦闘機を借りてある。これで移動もスムーズだろう」
そうこうしているうちに、カール・マルクスは対流圏まで到達していた。
第一格納庫
「急げぇ! 実務四課はすでに降下済みだ! もたもたしてるヤツぁタマ引きちぎるぞ!」
「ひー、おっかねえ。ま、斉藤、そっちもうまくやれよ」
メリッサ・マクリントック渉外班長が怒鳴り散らす格納庫。アルヴィンらと別れた斉藤だったが、指定された駐機スペースにたどり着いた瞬間回れ右したくなった。
「なんで僕の乗機はゲルトが操縦なんだ……」
「文句ある? じゃあアンタが操縦なさいよ!」
ゲルトルート・アウガスタ・フォン・デルプフェルト。徴税一課所属。斉藤が出動となると度々操縦手として彼の活動をサポートしているのだが、とにもかくにも操縦が荒く、彼女と同じ機体に乗り合わせるだけで斉藤は胃の中身をひっくり返している。
「それは……」
「まあまあ二人共、喧嘩しないの」
「ソフィが手伝いか」
「任せて!」
普段ならカール・マルクスから出ることはないソフィ・テイラーも緊急事態ということで徴税三課への増援として出撃する。普段通りのスーツ姿にヘルメットと念のための防弾チョッキはあまりに不釣り合いだった。
「……まあいいや、行こう。そろそろ高度も下がっただろうし」
『格納庫へ。現在高度六〇〇〇m、対気速度二三〇ノット。航空機発艦作業許可』
アナウンスが流れるやいなや、それまで強制執行に文句を言っていた整備士や誘導員たちが動き出す。斉藤たちも自分の乗機に乗り込んだ。
「……せまくない? 斉藤君」
「いや、大丈夫……」
本来二人乗りのSU-38Tだが、必要に応じて機内に座席をもう一つ追加できる。斉藤のような小柄な人間であれば特に問題にはならなかった。
「よーし! それじゃあいくわよ!」
『デルプフェルト機、発艦を許可する』
カール・マルクスの艦底部発艦口から放り出された機体は、一路ホテル・オーゼルコンドミニアムへと向かった。
ホテル・オーゼルコンドミニアム
ロビー
「徴税三課の斉藤です。状況はどうなっていますか」
「おう、ここはもう制圧済みだ。資料は今仕分けおわったところだ」
巡航徴税艦ジョセフ・E・スティグリッツの渉外班長は既にひと仕事終えたという様子で、宿泊客が遠巻きに見守る中、ホテルのロビーでくつろいでいた。押収された証拠品を搬出する渉外班員も含め、そのままリゾートへ繰り出すようなアロハシャツやら浮き輪にストローハット姿までいる。
「ありがとうございます。押収した物品はあとから輸送艇が来ますので、そちらへの搬入お願いします」
その後、ホテルの支配人と経理スタッフらへの簡単な通知を終えた斉藤は、オフィスですぐに持ち出せるデータを整理していたソフィとゲルトの様子を見に来た。
「斉藤くん、必要なデータはこれでいい?」
「うん、バッチリ。さすがはソフィだ」
手元のタブレットでデータを読み込んだ斉藤は、リストアップされたデータが要目別にきちんと整理されているのを見て笑みを浮かべた。さすがは総務部長の下で鍛えられているだけはあると感心していた。
「そっか。よかった」
「あたしも手伝ったんだけど」
「ああ、ありがとうゲルト。このペースならなんとか間に合いそうだ。次のホテルへ急ごう」
再び狭いコクピットに収まった斉藤は、上空に展開する徴税艦を見て溜息をついた。
「まったく。慰安旅行のはずが何でこんなことに」
「溜息つかないの! ほら、二軒目はどこだっけ」
斉藤をぴしゃりと叱りつけたゲルトが、後席のソフィに振り向いた。
「シュタインマルク・カジノ&リゾートだって。どっかで聞いた名前だね、ここ」
「そりゃそうだよ。我らが国税大臣の弟が運営してるんだから」
HUDにデータを転送したソフィに、補助席に収まる斉藤が答えた。
「ああー、そうか。それでシュタインマルクね」
「いい機会だし爆撃してつぶしとく?」
「どういう機会なんだよ、それ」
斉藤はゲルトの良く分からない提案を、先ほどのお返しとばかりに一蹴しておいた。
シュタインマルク・カジノ&リゾート
ロビー
「うわぁ……」
「これはすごいね」
「なんでこんなことに……!」
駐機場まで行くのは時間が惜しいということで車寄せの付近にまで戦闘攻撃機を転がしていった斉藤たちだったが、ホテルロビーは未だ混乱の真っ只中だった。ゲルトさえドン引き、ソフィは苦笑い、斉藤は頭を抱えていた。
「資料はまとめてコンテナに放り込め! 隠してねえか調べとけ!」
「コンピュータもだ! ラックの配線は手斧でぶった切ればいい!」
「ブツは二分隊に任せとけ! 一分隊と四分隊で従業員に資料の在り処を吐かせろ!」
「警備員は実力で排除しろ! 野茨御紋で引っ叩いてやればいい!」
普段の強制執行よりもよほど平穏だが、それは単に銃声が鳴り響いていないだけで、それ以外は平素通りだった。怯えた宿泊客はロビーから逃げ出し、殺伐とした空間だけが残っている。
「なんでこんなことに……」
「おう斉藤。どうした」
装甲徴税艦カール・マルクス渉外班長、おなじみのメリッサ・マクリントック班長がこのホテルの担当だった。
「なんでこんなことになってるんですか」
「あん? なんか文句あんのか?」
タバコをくわえたまま答えたマクリントック班長は、肩に担いだアサルトライフル、タクティカルベストはともかくとして、この女はきわどい黒のビキニで強制執行に赴いていたのである。斉藤も絶句。もはやそこに突っ込むのは野暮以外の何物でも無かった。
よく見れば、他の囚人兵も私物なのか支給品なのか、アロハシャツやら何やらケバケバしい姿なのは他の現場と同様だった。
「文句じゃなくて疑問なんですが」
「連中、こっちの動きに気付きやがって。資料類にロックかけてやがったんだよ。だからこっちも実力行使さ」
「まあ銃を抜いていないだけマシか……」
客の待避も行なわずに強制執行している時点でどう考えてもおかしいのだが、そもそも斉藤の感覚もすでにおかしくなってきていた。
「あたしゃ実務のイチカチョウとは違うんだよ。あのイカレた女海賊と一緒にしてほしかないね」
装甲徴税艦インディペンデンス
ブリッジ
「へっくしぇっ!」
「風邪ですか、イチカチョウ」
「違うわよ。どっかで私の噂してるアンポンタンでもいるんでしょ」
こちらは相変わらず寝間着のジャージのまま指揮を執っているセナンクール実務一課長である。なお、下には水着を着ている。彼女も執行後は囚人兵共とビーチに解き放たれる。
「そいつがアンポンタンならこっちはオタンコナスだな」
「あ?」
こちらを睨み付けた双眸に気付いて、吉富は即座に話題を変える回避行動に入った。
「いずれにしても地上はまた放置状態ですが、いいんですか?」
「いいのよ。アルカイーニからの報告では九分九厘終わってるみたいだし」
「やれやれ。慰安旅行なんだか演習なんだかわかりませんね」
「砲術演習もないのに演習だなんて、吉富、あんたちょっと弛んでない?」
「……重火器の使用を制限された演習とでも言っておけば納得してくれるんだろうか」
「艦隊戦は戦いの華なのよ! それが無いって、一体全体どういうこと!」
吉富の言葉に、セナンクールは立ち上がって大仰な仕草で声を上げた。
「普通の役所は艦隊戦なんかやらないんですよ!」
周囲でその会話を聞いていたブリッジ要員も、確かにそうだと心の中だけで頷いていた。
カリフォルニアンⅣセンターポリス
ニュー・セントアンズ通り上空
「はあ、とりあえずあと三件か」
シュタインマルク・カジノ&リゾート以外の執行先は比較的平穏で、斉藤達は順調にリストを消化していた。
「お腹空いたな……そこのスタンドでなにか買っていかない?」
「ソフィ、あんまり食べると斉藤袋よ」
「えー……じゃあやめとく」
「僕を吐くの同義語みたいに使うのやめてくれない!?」
ちなみに、今回斉藤はまだ吐いていない。これは彼が戦闘機動になれた訳ではなく、ゲルトが落ち着いた操縦を心がけているからであることと、斉藤が資料整理に追われて昼食も取っていないからである。
この後も斉藤たちは各ホテルを周り簡単な調査と指示を続け、なんとか昼過ぎまでに受け持ち分のホテルを回り終えた。
正式には、特別徴税局の強制執行が終わったのは帝国標準時一二時三九分。秋山徴税一課長のスケジュールよりも一時間ほど早い完了だった。
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