第14話ー① アゴアシマクラは役所持ち!エンジョイ!慰安旅行!


 装甲徴税艦カール・マルクス

 徴税三課 オフィス


「いやあ斉藤、いいよなあ慰安旅行!」


 官公庁で慰安旅行を行なうのは帝国でも特別徴税局くらいのものだが、これは特定の庁舎、特定の惑星上に留まらずに徴税艦で帝国を東奔西走する特別徴税局ならではの制度だった。休暇も停泊宙域や次の執行先の予定次第では辺境であって、ストレス解消、士気向上の点から本省からも公認のものである。


「何せアゴアシマクラは役所持ち! 良い旅だぜホント! なーっはっはっはっはっ!」


 アルヴィンが満面の笑みで頷いていた。普段は一応スーツ姿――着崩しているが――のアルヴィンだが、今はアロハシャツにショートパンツ、サンダルにサングラスとバカンス仕様である。浮き輪は邪魔だから仕舞えとハンナに怒鳴られていた。


 特別徴税局は延期に延期を重ねていた局員慰安旅行のため、全艦をアマツバラ自治共和国エリュシオーネ星系第四惑星、カリフォルニアンⅣへと向けていた。


「は、はあ」


 今年が初めての慰安旅行の斉藤としては、普段あれだけネジが外れるかずれている人間達が旅行など行くとどうなるのかあまりゾッとしない気持ちで一杯だった。


「あれ、あんまり乗り気じゃねえのな。カジノで一獲千金とか、リゾートでひとときの甘いアバンチュールとか考えねぇか?」

「ダメよ斉藤君。あんなのに影響されたら」


 相反する二人の意見だが、斉藤は後者の意見に同意だった。


「分かってますよ」

「はぁ……つまんねえなぁ。男なら女遊びと博打くらいはだなぁ」

「やめなさいよ。あんたみたいな低俗な人間じゃないのよ斉藤君は」

「けっ、なんだよハンナ。お前は斉藤のおかーさんかなにかか」

「上司として当然です」

「そういうわけではありませんが」

「いいぞーカリフォルニアンⅣは。青い海に白い砂浜、豪華なホテルに夢と欲望渦巻くカジノ。」


 大仰な身振り手振りを交えた安っぽい売り文句は、アルヴィンの自作などではなく、カリフォルニアンⅣ観光局が出しているパンフレットの受け売りである。


「アルヴィンさんは女性目当てかと思っていたんですけど」

「おっ、言うようになったなあ斉藤。この口か、ええ? この口が言うのか」

「いはいれすあるいんはん!」

「はいはい喧嘩しないの」


 斉藤の頬をつねるアルヴィン、情けない声を出す斉藤、それを止めるハンナの図。初期に比べれば斉藤も随分とフランクになったものだと、オフィスを出ようとしていたロード・ケージントンは感心していた。


「まったく、賑やかなものだ。会議に出てくる、後は頼むぞ」

「はーい……でも妙よね。いくら移動費安いからって、強襲徴税艦まで全部引き連れていくなんて」


 ハンナの疑問はもっともなもので、本来一般職の局員――懲罰兵以外――だけならば、カール・マルクス一隻でも運べるくらいの人数でしかないのに、今回は懲罰兵も含めた完全武装の特別徴税局全艦である。ちなみに懲罰兵は福利厚生の一環として隔年で慰安旅行は行なわれており、例年風光明媚――とは名ばかりの荒涼とした――で知られる収容所惑星、ゲフェングニス194に送り込まれるのだが、今回に限って全員がカリフォルニアンⅣのレンタルプライベートビーチや軍の保養所などに放り込まれることになっている。


「囚人連中の移乗が面倒なんだろ?」

「……それだけかしら」

「おいやめろよ、変なこと言うなって」


 傍から聞いていた斉藤はアルヴィンに完全同意だったのだが、口には出さなかった。



 第一会議室


「惑星カリフォルニアンⅣは主にトライスター・インターステラ・ホテルズ・アンド・リゾーツが経営するISロイヤルリゾート系列とクライバー&ナガングループの経営するホテル・マリアナ系列が主流だ。ここにいる者なら当然、名前も知っておるだろう」


 いつもの西条の大音量で発せられた声に、会議室に集められたいつものメンバーは思い思いの防音対策で応じていた。


「いいとこだよねえ。僕はホテル・マリアナのほうが好きだけど」


 耳栓を嵌めた永田は、一息ついたようにたばこに火を付けた。


「そうかい? インターステラ・ロイヤルリゾートのほうがベッドの寝心地はいいんだけれど」


 整備士用の防音イヤーマフをはめた笹岡も、ようやく手が空いてたばこを咥える気になった。


「ホテル・マリアナはシガー・バーがあるんだよ」

「カジノは?」

「あれは僕の趣味じゃないなぁ」

「んんんっ! 続けてもよろしいですかな?」


 いつもの茶飲み話が始まりそうな気配に、西条が咳払いをした。


「あ、ごめんごめん」

「これらの大規模ホテルグループは常に現地当局が張り付いておりますので、そう大したことにはなっておりません。ただ、カリフォルニアンⅣにいるホテルはこれだけではありません」


 カリフォルニアンⅣにはベルクバ、プレシナ、チェスカー、ズブロヨフカ、レミー、オーゼル、ミネーベアにシュタインマルク、ヴォストーク・アストリアなど多数のホテルチェーンが展開しており、当然カジノも併設。これらはカリフォルニアンⅣを管轄するアマツバラ自治共和国のリゾート特区政策により乱立したものであり、また当該自治共和国首脳部や観光局中枢部への賄賂などを用い、多額の脱税を行っている――というのが調査部長西条の見立てだった。


 いつものように怒りに打ち震えとまではいかないが、声のボリュームは常にフルスロットルである。


「つまりは、二大ホテルグループに対抗するために、それ以外の連中が寄り集まって、現地当局も抱き込んでウハウハってワケだ」

「赤信号、みんなで渡れば怖くないってね」

「ところで――」


 西条の言わんとしていたことを短くまとめた永田と笹岡の言葉に、ミレーヌが不満げな顔をしていた。


「なぜ今その話を? 局員慰安旅行なのに……」


 ミレーヌはあえて気づかないふりをしていたが、局長と笹岡、西条以外の大多数の幹部はうんざりした表情をしていた。


「往生際が悪いなぁミレーヌ君。僕らの慰安旅行の行き先を言ってみなよ」


 永田はわざとらしい口調でミレーヌの方を向いた。


「慰安旅行ついでにホテルにカチコミかけるんですか?」

「ま、一石二鳥だよね。それにうちの連中なら半日とかからないでしょ」


 そもそも囚人兵も引き連れていこうと永田が提案したときには、すでにこのことは決まっていた訳である。


「あはは。とりあえず各部署は執行準備よろしくね」


 大きな溜息をついたミレーヌ他幹部達を尻目に、永田は楽しそうに笑っていた。



 徴税三課 オフィス


「慰安旅行前に現地ホテル脱税に対する強制執行、だそうだ」

「な、な、な……なんじゃこりゃぁぁぁ!」


 ロード・ケージントンがオフィスに戻ると同時に各部署へ配信された執行スケジュール。アルヴィンは腹の底から絞り出すような声を上げていた。


「はぁ、ろくでもないこと思いついたものね、うちの局長は」


 自分の予感が当たってしまったことに、ハンナは溜息をついた。


「あそこのビーチ、今の季節ならめっちゃ賑わってるだろうに……!」

「昼までに終わらせれば、翌日はまるまる楽しめるでしょ。さっさと仕事仕事」


 悔し涙を流しながら床に崩れ落ちたアルヴィンの頭を、タブレットで叩いたハンナだが、その声は明らかに残念至極というものだった。



 第二ブリッジ 徴税一課オフィス


 秋山以下徴税一課により急遽立案された強制執行の作戦要綱の説明のため、各実務課長、徴税艦艦長、および渉外班班長がカール・マルクス第二艦橋へと集められていた。


「では作戦を説明する。秋山課長、頼むよ」


 一応徴税部長としてブリーフィングに出席した笹岡だが、その言葉と共に膝の上の猫――トリスタンという名前らしい――のブラッシングを始めた。


「主な使用兵力としては各艦および徴税四課渉外班で実施。火器の使用は厳禁。執行先は既に送付済みの資料を参照。だいたい一つの執行先に二個分隊を送り込む」


 壁面の大型スクリーンに映し出された軌道図および執行先であるホテルの位置がプロットされたカリフォルニアンⅣセンターポリス周辺地図を、秋山がポインターで指し示した。


「超空間から浮上後、カール・マルクスから電子妨害を開始。これにより星系内の通信を掌握し、星系外への通信を遮断した後、一気に降下してブツを押えろ。時間との勝負だぞ。今回の執行はスピードが命だ。囚人兵、一般職の区別なく、執行が長引けば慰安旅行の日程が圧縮されることを留意せよ」


 秋山徴税一課長の言葉に、特に渉外班長達はニタニタと笑みを浮かべていた。特別徴税局渉外班は帝国軍降下揚陸兵団、近衛軍陸戦師団にも並ぶ帝国最強の陸戦兵であることは疑いないが、そもそも囚人や懲罰兵が大多数を占めることから、バカかトリガーハッピーか独断専行が実体化されたような人間が多い。しかもその長である。秋山も普段よりも強い口調で作戦説明に当たっていた。


「重ねて言うが、今回の強制執行は敵勢力に防御兵力がほぼ皆無であることから、火器類、特に重火器の使用は厳禁。現地には多数の観光客が滞在しているものであり、これらへの危害を加えることはまかりならない。各指揮官はこの点を留意の上作戦を実施するように」


 重火器というのは、有り体に言えば広範囲を破壊可能なロケットランチャーや手榴弾やそれに類する武器である。今回の執行先はいずれもリゾートホテル、周囲はもちろん館内にも一般客が多数、当然従業員も真っ当なホテルであれば善良な帝国臣民である。普段相手にするような抵抗を試みる不埒な輩とは違う。


 その点を秋山は強調したのだが、今回の主兵力である渉外班長達はやはりニタニタ笑いをやめない。


「どっからが重火器っすかぁ?」

「ロケランは重火器に入りますかぁ?」


 バナナはおやつに入りますかレベルの質問に、秋山は手をわなわなと震わせた。無論、班長達は使用できる武器が拳銃やアサルトライフル、テーザーガン程度に限られ、その発砲もいつにも増して自重すべきと承知している。単に秋山をおちょくって遊んでいるだけである。


「阿呆! 入るに決まっている!」

「手榴弾は手に持てるから軽火器っすよねぇ」

「馬鹿者! お前の口の中に詰め込んで起爆させるぞ! 重火器に決まっているだろう!」


 青筋を立てて怒鳴った秋山に、追い打ちをかけるようにセナンクール実務一課長が挙手する。


「なんですか実務一課長」

「秋山ぁ、艦砲は重火器じゃないわよねえ」

「実務一課長はなにを言ってるんですか! 重火器に決まってるでしょう!」

「あっ、じゃあ対空レーザーは重火器じゃないわよね」

「各徴税艦の武装は使用厳禁! あなた分かってて言ってるでしょう!!」


 一通りの質疑応答を終えた秋山は、肩で息をしていた。生真面目すぎるのが彼の長所であり短所。そう評したのは秋山の部下である糸久課長補佐である。


「くどいようだが重火器の使用は厳禁だぞ! 分かっているな――」

「秋山課長がまた倒れたぞ! 医務室に運べ!」


 青筋を浮かべて叫んだ秋山は、言い終えると同時に倒れた。徴税一課員達が駆け寄り、担架に乗せてそのまま医務室へと送られた。


「では笹岡部長、何かあれば」

「特に無いよ。さっさと済ませてリゾートでの優雅なひとときと洒落込もう」


 糸久徴税一課長補が会議を〆るために笹岡に発言を求めたが、この有様である。


「では解散。作戦実行は明朝○七○○時を予定。とっとと片付けてビーチへ繰り出すぞ!」


 糸久の言葉に、第二ブリッジに集った荒くれ者達は鬨の声を上げた。



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