第27話-⑨ 特別執行、開始

 一二時一〇分

 ラグランジュ1

 実務一課旗艦インディペンデンス

 艦橋


「敵艦接近! 識別はマルティフローラ大公国領邦軍!」

「よしよしキタキタ! 最大加速で突っ込んで一撃喰らわせたら離脱! 敵が追ってこないならさらにもう一撃!」


 実務一課は二課と共に、地球へ降下を開始した本隊の囮として敵艦隊を惹き付ける役目を負っていた。セナンクール実務一課長は嬉しそうに指示を出し始めた。


「しかしイチカチョウ、相手はこちらの三倍近いですが……」


 インディペンデンス艦長の吉富課長補は不安げに言ってはみたが、セナンクールは常と変らず楽しそうだった。


「三倍くらい何よ! 一〇倍でも足りないくらいだわ。どうせ木星戦線の死に損ないでしょ? 徹底的に引きずり回しておちょくり回すのが私達のお仕事」


 実際、実務一課に向かってくる大公国領邦軍艦隊は損傷艦が多い。セナンクールには本隊がマルティフローラ大公を捕らえるまでの時間稼ぎが命じられていた。


 艦数だけの戦力比なら一対三。領邦軍艦隊もまさか実務一課が突っ込んでくるとは思わず、狼狽えたように迎撃の砲火を上げる。


「まもなく最接近です」

「スタン・カノン斉射! 敵艦隊後方三万で回頭一八〇度。再攻撃に移る!」


 特徴局自慢の特殊艦砲は正規軍相手でも威力は健在だった。木星戦線ではその余裕はなかったが、今回は長時間敵を拘束し続けることが目的なので、セナンクールは敵艦の撃沈は最小限でいいと考えていた。


「敵艦隊、回頭してこちらを追撃する態勢です」

「よしよし、馬鹿な連中で助かるわ。このままある程度引きずり回したら、回頭一八〇度。再度突撃を掛けて離脱。相手がこれに気がつくようなら、一気にすり潰してやる」

「は……ポイント四九二到達と同時に回頭一八〇度。再度突撃。全艦に下命」


 ウキウキと指揮を執るセナンクールを見ながら、吉富課長補は溜息を堪えながら、細かな指示を出し始めた。

 


 同時刻

 実務二課旗艦ソヴィエツキー・ソユーズ

 艦橋


「課長、コノフェール候国領邦軍およびフリザンテーマ公国軍の艦艇です。動きもバラバラで鈍いし、帝都から迎撃せよとだけ命じられているようですね」


 ソヴィエツキー・ソユーズ艦長の安藤課長補が、ウオッカの瓶を煽りながら戦況図を見ている上司に報告した。


「木星戦線で大分削られたようだな。同胞を沈めるのは気分がいいものではない。各艦にスタン・カノンによる無力化が最優先だと徹底させろ」


 実務二課長カミンスキーは、空になったウオッカの瓶を艦橋後方のゴミ箱に放り込むと、胸に入れたスキットルのウオッカを一息に飲み干してから決断を下した。


「敵艦隊と距離を保ちつつ砲撃戦用意。距離は六万キロを保て。相手にこちらを叩き潰せると思わせつつ、時間を稼ぐ」

「はっ! 突撃は避けて持久戦、ということでありますな?」


 実務二課長補で戦術支援アンドロイドのフェリックスは、即座に作戦案を作成し、各艦に共有した。


「局長達が上手くやってくれること、我々がこの戦いに勝利することを祈って!」


 敵艦隊からの砲撃が開始される直前、そう言いながらカミンスキーは司令席の後ろから取り出したウオッカの瓶を一息に飲み干した。




 一二時三二分

 地中海上空

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「針路上に多数の機影を捕捉。大気圏内の防空部隊と思われます。戦闘攻撃機八〇機、巡洋艦二、戦艦一。その後方に戦艦三、巡洋艦二、戦闘攻撃機一〇〇機以上」


 高度一二〇〇〇メートルまで降下したカール・マルクス他本部戦隊、実務三課、実務四課を併せた特徴局帝都殴り込み部隊は、地中海上空に差し掛かったところで帝都防空部隊の迎撃に遭遇した。


「タマンラセット、ラムシュタイン、ウィーナー・ノイシュタットからのものでしょう。これより北上すれば人口稠密ちょうみつ地帯ですから、迎撃ポイントとしてはここが最後かと」


 大型航宙艦を大気圏内で撃沈すれば、大規模な対消滅爆発の影響が予想される。都市上空で迎撃を行なうわけにもいかない。


「本国防空部隊が実戦なんて、何世紀ぶりだろうね」


 そう言っている傍から、カール・マルクスの右舷を荷電粒子束が掠める。


「敵艦隊、砲撃開始しました」

「アレ使っちゃおうよ。アレもここが最後の使いどころでしょ?」


 永田は正面スクリーンに映し出される無人艦ミハイル・バクーニンを指さした。


「了解しました。ミハイル・バクーニンを前に出します」

「識別はカール・マルクスに切り替えてある?」

「もちろん」


 ここまでカール・マルクスの盾艦として活躍してきたミハイル・バクーニンが、急加速して艦列を離れていく。無人艦ならではの使い方を、秋山は考えていた。


「あ、それと六六六のことも伝えてあげてね。妨害するなら撃沈するって」

「はっ」



 一二時三四分

 巡洋艦ベルリン

 艦橋


『特別徴税局より接近する艦艇、航空機に宣告する。現在特別徴税局は国税法第六六六条に基づく執行中である。これに対しての妨害行動は実力を持って排除する』


 防空軍の三ヶ所の基地から出撃した部隊のうち、カール・マルクスはじめとする特徴局艦隊とはじめに接触することになったのは、ラムシュタイン防空隊に所属する巡洋艦ベルリンを含む部隊だった。 


「敵艦識別照合……カール・マルクスほか徴税艦隊! 突っ込んできます! 艦長どうします?」

「どうもこうもない! 司令部からは撃沈命令が出ているんだ! 全部隊攻撃隊形へ! 敵旗艦カール・マルクスを狙え!」


 ベルリンの艦長はカール・マルクスの動きに驚愕した。いくら軍隊でないとはいえ、あまりに無謀な動きに見えたからだ。


「敵艦さらに増速!」

「敵艦隊散開、こちらへの直進コースを外れます……旗艦は直進中の模様」

「奴ら気でも狂ったのか? 識別も出したまま……これだからド素人は。カール・マルクスに砲撃を集中。他の艦はタマンラセットのメルス・エル・ケビールとノイシュタットに任せておけ……攻撃開始!」


 号令一下、艦砲射撃と航空部隊のミサイルがカール・マルクスに集中するが、その全てが直撃したにもかかわらず、カール・マルクスの針路は変わらない。


「ちっ、やはり一撃では沈まんか。航空部隊は退避、本艦の近接攻撃で機関部を撃ち抜いてやる」


 巡洋艦ベルリンの加速に合わせて、他艦もより近距離からの攻撃にシフトする。


「艦長、光学観測映像です!」

「艦影が違うぞ! カール・マルクスはセンチュリオン級のはずだ! アレは……」


 副長が叫び、艦長も異変に気がついた。直進してきた戦艦はカール・マルクスの信号を発しているだけで、艦影は全く違うカール・マルクス”もどき”だった。被弾箇所から爆炎を吹き上げているが、その船足は鈍るどころかさらに加速していた。


「……まずい! 全部隊攻撃中止! 待避、待避!」


 気がついたときにはすでに遅かった。



 一二時三六分

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「ミハイル・バクーニンの自爆コード送信。キングストン弁解放」

「衝撃波来ます!」


 ベルリンをはじめとする防空軍の前方二キロメートルまで接近していたカール・マルクス”もどき”は、光芒一閃、四散した。


 現用艦のキングストン弁解放とは、対消滅反応炉の磁場・斥力場複合の反物質保持シールドの解除を指している。宇宙空間ですら保持していた反物質と構造材などが対消滅を起こして時空間を揺るがす大爆発を起こすが、大気中でこれを行なえば急激な大気の加熱も加わり、熱核兵器を大気圏内で使用するよりも派手な爆発を起こす。


「大気圏内での対消滅爆発なんて、おっかないねー」


 暢気に言った永田も、オブザーバー席のアームレストを掴んで椅子から転げ落ちないようにするので精一杯だった。局所的な低気圧が発生して乱気流が発生し、並の航空機では空中分解するほどのものだ。


「それにしても拿捕しといてよかったねえ無人戦艦」

「バクーニンがマルクスの盾になるなんて、本人達が聞いたらなんと思うでしょうね」

「死人に口なしってね」


 永田は嬉しそうにしていたが、その目は笑っておらず、遠く帝都の方向を見据えていた。



 一二時五六分

 ライヒェンバッハ宮殿

 地下司令室


 ミハイル・バクーニン自爆による防空軍壊滅の報は通信回線不調のため、帝都防空司令部のあるウィーナー・ノイシュタットから、ドナウシュタットの宮殿まで伝令の将校が司令部の連絡機を飛ばして口頭で伝えられた。


「迎撃に失敗しただと!? 帝都防空軍の空中艦隊はなにをしている!」


 報告を聞いた大公は激怒した。木星圏で叛乱軍を迎え撃つ作戦がすべて裏目に出ていた。


 帝国暦五九〇年三月の叛乱の特徴は、大公、公爵双方が短期決戦を企図して狭い範囲に大規模兵力を展開させた点にあるが、それだけに決着がつくのも早い。木星戦線での決戦に敗れ、帝都まで敵を阻むものがない。


「は、どうも無人艦を自爆させたようで、爆発に巻き込まれ壊滅しております。残存は巡洋艦一、攻撃機六機程度と……」

「無茶苦茶だ! 奴らは常軌を逸している!」


 マルティフローラ大公は憎々しげに叫んだ。


「軌道上の艦隊をこちらに呼べないのか?」

「それが、特徴局の連中に拘束されているようで。囮に引っかかったようですね……」

「それで、連中は今どこに」

「すでに地中海を越えてダルマチアのあたりまで達している頃かと」

「……司令室の防御を固めろ。連中が艦隊ごと突っ込んできたら、外にいる陸上戦力では太刀打ちできない。官庁街の部隊を宮殿の内部に戻せ」


 大公はまだ抵抗する気だったが、司令部の士気は覆い隠せないほどに低下していた。また、兵力確保のために官庁街を撤退したのも悪手だった。これ以降、政治的主導権も急速に大公の手から離れていくことになる。


 

 一三時五三分

 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 艦橋


「撃ってきませんね……」


 ライヒェンバッハ宮殿上空で滞空したヴィルヘルム・ヴァイトリングは、帝都近郊で待機する揚陸艦を牽制しながら待機していた。地上には歩兵師団一万人、機甲師団戦車数十両その他多数が待機しているが、攻撃態勢には入っていない。


 不破艦長はそわそわとしがら艦底部カメラの映像を見ていた。


「ここでヴァイトリングを撃沈すればどうなるかくらい、大公殿下にもご理解頂けているようで幸いですね」


 斉藤は艦橋で休息を取っていた。リクライニングさせたオブザーバー席で暢気にシエスタでも決め込もうとしていたときだった。


「艦長、南方より接近する艦影および機影多数。本隊が来ます」

「やっと来てくれた~!」


 不破艦長は小躍りしながら艦長席に戻った。座席をリクライニングして休息を取っていたクルーや斉藤達も、仕事モードへと頭を切り替えた。


「……ヤケに接近速度が速くないですか?」


 戦術ディスプレイに映る特徴局本隊のマーカーの動きは、そこに表示される数字が何を示しているかきちんと理解できていない斉藤が分かるくらいのスピードで接近していた。


「艦長、ちょっと高度取りましょう。事故は御免です」

「あ、はい! 急速上昇! 回避!」


 艦底部のスラスターを全開にしてヴァイトリングが高度を取ると、そこを掠めるようにカール・マルクスが通り過ぎた。本隊各艦は強引に逆噴射を掛けて高度を落とし、帝都宮殿の敷地内に強行着陸を行なったのだった。


「あの庭園、直すのに時間掛かるんだろうか……」


 場違いな不安を斉藤が感じていた。


『やぁ斉藤君、特課の皆も元気?』

「局長! 待ちかねましたよ」

『あははは、それじゃ今から大公とっ捕まえに行くから――』


 通信は突然切断され、眼下のカール・マルクスに集中砲火が加えられたのが斉藤からも見えた。


「局長!」

「ダメね、向こうの通信関連逝っちゃったみたい」


 斉藤はゲルトの言葉に唇を噛んだ。この程度で死ぬようなタマではないと局長のことを評価しているが、なにせ図体が大きなカール・マルクスに対して、シュヴェヒャトの砲兵師団は九割九分命中させていた。


「艦長、砲兵陣地の位置は分かりますか?」

「えー、ウィーン周辺のものなら、先ほどの砲撃を弾道解析で――でました!」

「航空隊が向かった目標以外をこちらで叩きます」

「了解!」


 ヴァイトリングから電磁砲弾と荷電粒子ビームが立て続けに放たれ、ウィーン周辺に展開していた砲兵を叩く。しかしあくまで弾道解析の結果によるもので、移動を開始していた部隊を撃破するには至らなかった。



 同時刻

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「いやー、すごい砲撃だったね」

「艦長、被害は!?」


 永田がのんびりとした様子で、先ほどの砲撃を総括した。元々秒速数キロメートルで放たれる電磁砲弾や亜光速で飛んでくる荷電粒子砲を受け止める前提の装甲はビクともしなかった。


「非装甲の艤装品は軒並みやられました。艦上面の通信アレイ、対空砲は使用不能です。あと今の砲撃で推進機がやられました。応急処置を行なわないと航行不能です」

「おー、そりゃエラいこっちゃだ。渉外班にはとっとと大公殿下をとっ捕まえてもらおうか」

「すでにボロディン課長が動いているようです、カール・マルクス渉外班もすでに宮殿への突入を――」


 その時、第一艦橋に警報が鳴り響いた。


『艦底部第四九ハッチに異常発生』


 人工音声の警告音と共に、監視カメラの映像が艦橋のスクリーンに映し出される。ハッチが爆破され、艦内に続々と陸戦兵が雪崩れ込んでくる。


「装備を見る限り、大公国領邦軍の陸戦兵です! 艦長、艦底部火器で迎撃を!」

「先ほどから機甲部隊の攻撃で潰されており、どれだけ使えるか」


 入井艦長はそう言いつつも、できるだけの小型火器――対空迎撃用のレーザーやリニアカノン――を陸戦兵に向けた。


「第四九ハッチ付近の区画は隔壁閉鎖!局長、全局員を艦橋ブロックまで避難させます! 陸戦隊を呼び戻しますか?」

「うーん、大公捕まえちゃった方が早い気がするんだよねえ……秋山君、とりあえず、時間稼ぎしつつ避難を進めて」

「了解しました。各員に通達! 速やかに現在の配置を離れ、安全を確認しつつ艦橋ブロックへ避難しろ、敵歩兵が侵入した! 逃げられない場合は抵抗せず、投降すること!」


 装甲徴税艦として改装されてから一〇年目にして、カール・マルクスはついに初の艦内戦闘を経験することになった。

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