第27話-⑧ 特別執行、開始
一一時一〇分
ET&T本店
通信管理センター
帝国中の超空間通信、通常空間通信、有線通信網の敷設、管理をおこなうET&T本店は蜂の巣を突いたような騒ぎだった。
「帝都通信ネットワークに強制介入! 通常回線が
「装甲徴税艦カール・マルクスからの攻撃です!」
「連中力任せに通信網を遮断したのか!? バックアップへの切り替えは!?」
「ダメです! ロックされています!」
「システム保護を優先しろ!」
「ダメです! 防壁もなにも効果がありません!」
つい一時間ほど前まで続いていた通信妨害は、国税省コンピュータからの干渉によるものだったが今度は違う。小細工無し、ごり押しで通信回線へダミーデータを大量投入する直接攻撃により、ET&T本店に繋がる通信省のメインシステムごと帝都全域の通信ネットワークが遮断されているのだった。
「迎撃プログラム発動! 特別徴税局のメインコンピュータさえ落とせばいい!」
元々ET&Tは帝国の重要な通信インフラを預かる公社であり、あらゆる有象無象からの不正アクセスや干渉などは日常茶飯事だった。それらに対してET&T法に基づき攻勢防御、つまり敵対者のコンピュータシステムの電子的破壊が可能な迎撃プログラムの使用が認められていたが、ET&Tご自慢の迎撃プログラムも、ある意味ET&T以上に狙われている特別徴税局に対しては威力不足だった。
一一時二五分
ウィーナー・ノイシュタット
帝都防空司令部
「帝都防空軍にスクランブル、低軌道要塞群に攻撃要請を」
アイアンガー中将は通信網遮断を理由に、独断ですべての迎撃態勢を整えさせていた。基地内の通信システムさえダウンしており、伝令に参謀達が駆けずり回っている。低軌道リングの要塞群へはレーザー通信が使えたのが幸いした。
「攻撃か……あの特別徴税局を相手に防空戦闘だと? 部下に死んでこいと言うのか」
「閣下!?」
自分で出した指示に自分で悪態を付く妙な悪癖がアイアンガーにはあった。驚いた参謀の一人が振り向き、顔を青ざめさせている。
「分かっている。低軌道要塞で片が付くことを祈ろう。連中と大気圏内で戦闘機で戦うなどゾッとするな」
アイアンガーはそう吐き捨てると、防空司令官としての任務を果たすために各所の状況確認、迎撃計画の策定など参謀達に指示を飛ばし始めたが、噂に聞く特別徴税局徴税艦隊の戦力と防空軍の戦力を鑑みて、無謀なことをしていると無力感に苛まれていた。
一一時二七分
装甲徴税艦カール・マルクス
徴税四課 電算室
「くぁーっ! さっすが帝都の通信ネットワーク。ホンマガッチガチのプロテクトやで!」
「ガタガタ抜かすな! 時間最優先でバックドアもバイパスも使わねえ力押しなんだ! 手ぇ抜いたらこっちが逆襲されっぞ!」
徴税四課はその設立以来、最も騒然とした時間を過ごしていた。ET&T本店は腐った納屋ではなく、中央軍の電子戦隊より実戦経験が豊富な手練れだった。瀧山が檄を飛ばしターバンがぼやきながら、防御の隙を狙ったり狙われたりしている。
「ひぃぃっ、人使いが荒いで瀧山はん!」
「ET&T、迎撃プログラム発動。こちらへの逆探知と乗っ取りを掛けています」
「ちっ、意外と早かったな……局長ぉ! もって一〇分、いや二〇分だ!」
『ああ、構わないよ。あとは低軌道リングの重火力プラットフォームだけだし』
第一艦橋にいるはずの永田が気楽に答えた。
「気楽に言ってくれんだもんなぁ……低軌道リングっていやあ、戦艦クラスの大砲が雁首揃えてるんだろ?」
「ひぇぇ死ぬのはイヤやぁ!」
同時刻
カフェ・レッセフェール
「おや西条部長、セシリア部長も珍しい」
「マスター、ホットで頼む」
「私も」
「はいはい」
カフェ・レッセフェールは第一食堂横で烹炊長バディスト・ドンディーヌが趣味でやっている喫茶店スペースだ。
「お二人とも、まだ執行配備中ですよ?」
「我輩は永田局長の資料が世に出た時点で、役割を終えているからな」
「交渉どころではない事態では、監理部も開店休業ですし」
気軽な調子で言う二人の部長を見つつ、烹炊長はコーヒーを淹れる。
「総務部長もそうでしたが、皆さん腹が据わってますなあ。低軌道要塞の砲門の前に全身さらしてるっていうのに」
「永田局長に引き抜かれたときから、こうなる覚悟はしていた」
「そうですねえ」
「まったく、我らの上司は豪胆でいらっしゃる」
烹炊長も気楽な調子で答えて、淹れたてのコーヒーを二人に差し出した。
一一時三七分
第一艦橋
一周回って暢気なコーヒーブレイクが繰り広げられている中、第一艦橋は緊迫していた。
「第一、第二、第三要塞の射角に入ります! 照準波検知!」
「ジャミング! チャフ、フレア、防護幕、ばら撒けるだけばら撒け! デコイ発射!」
入井艦長の指示に各種対抗策が展開されるが、低軌道リングとの相対距離は詰まるばかりなので効果は薄い。カール・マルクス以下特徴局本隊はウィーンへの最短経路を取っており、無防備な脇腹を低軌道要塞群に晒していた。
「秋山課長、電子妨害を掛けても、すでに光学照準射程に入っています。回避機動を……」
「どうせ撃たれたら避ける間もないでしょう?」
入井艦長の警告は、秋山にも届いていたが、秋山は意外にも冷静だった。
「低軌道要塞なんてのはよく言ったもんですがね……」
地球には地上から宇宙に向けて一二基の軌道エレベーターが稼働中、一三基目があと一〇年もすれば完成すると言われており、これらを安定させるために地上四〇〇キロメートルの低軌道には頑丈な単分子ケーブルなどを用いた低軌道リングが設置された。対消滅反応炉、超空間潜航、超空間通信技術の発展で人類が本格的に宇宙大航海時代を迎えてからは、これらを基礎として居住区や港湾施設、工場区画が増設されていった。さらに、帝都防衛のための重火力プラットフォームが接合され、今や低軌道リングは低軌道要塞群と呼ばれる複雑な構造体を形成して、地球赤道上に広がる薄いリングが肉眼でも確認出来た。
秋山は永田の顔をチラリと見たが、何事か考え込んで、その後何かを思い付いたようなロクでもない笑みを浮かべた。
「瀧山君、帝都宮殿に通信つないでもらえる?」
『今かぁ!? 双方向通信はこっちのシステムにも大穴開けるようなもんだぞ!?』
「それにほら、お偉方があたふたしてる間に低軌道要塞群の射角から逃げられるよ。ねっ、お願い。一分だけ」
『だぁぁぁっ! わぁりやしたよ! 一分だけだぞぉっ! 一〇秒待てぇっ!』
「何するつもりですか?」
瀧山の悲鳴に近い返答に、永田は満足そうにうなずいていた。秋山が怪訝そうな面持ちで永田に問いただしたが。永田はニカッと笑った。
「大公殿下に嫌がらせ」
一一時三八分
ライヒェンバッハ宮殿
地下司令室
『本当に撃沈してよろしいのですか? 公務中の官公庁艦船の撃沈はあとで法的正当性が主張できなければ問題になりますが』
「……」
国税局はすでに国税法六六六条に基づいた行動を取っている。これを撃沈して処分するにはそれなりの法的根拠が必要だが、大公にこの理由を作り出すことが出来ていない。
「殿下!」
「何か」
ギムレット公爵の帝都強襲に備え、帝都宮殿の地下司令室に指揮座を移した大公は、そこでとんでもない報告を聞いていた。
「永田からホットラインです!」
『殿下、カール・マルクス他徴税艦隊を低軌道要塞群が射程に捕らえましたが」
「通信をつなげ。それからでも遅くはあるまい」
自分と相容れない相手でも、その言葉を聞くという大公の癖が出たが、これが命運を分けることとなる。
『あーあー、お忙しいところどうも。大公殿下におかれましてはご機嫌麗しゅ――』
「前置きはいい! どうなっている! 低軌道要塞の砲門が貴様らに向けられているのが見えんのか! 直ちに降伏せよ! でなければ撃沈する」
大公がこの戦いが始まって以来、初めて激昂した。永田資料は彼にとって見れば首に突き立てられたナイフであり、その持ち主でありナイフそのものでもある永田への憎しみがあふれ出した格好だ。
『そりゃあおっかないですね』
「おっかないで済むモノでは無い! 貴様、公務員ともあろうものが国家に牙を剥くのか!」
「殿下。これは時間稼ぎでは……付き合うと時期を逸するのでは」
横で会話を聞いていたコノフェール侯爵が大公を諫める。永田は国税大臣などと話す際、徹底的に相手を小馬鹿にして、煽って、失言を誘い時間を引き延ばすという噂を聞いていたからだ。
「どうなんだ永田! 貴様何を考えている!」
『大公殿下の行なわれた一〇年余りの不正を、この際一気に精算してただく。代替わり前の大掃除とお考え下さい』
「大公、低軌道要塞から発砲していいか最終確認が……」
「貴様ぁ! 私達の首を手土産に皇統伯爵にしてもしてやるとでも言われたか!」
『皇統なんて死んでも願い下げですよ。私の目的は、もっと別にある』
「殿下! 明らかに時間稼ぎです!」
『あっ、時間切れですね。それじゃあ後ほど』
「あっ……」
永田の初歩的な時間稼ぎに引っかかってしまった大公は、脱力して椅子に座り込んでしまった。
一一時四六分
ウィーナー・ノイシュタット
帝都防空司令部
『状況はどうなっているか!』
「はっ……カール・マルクスが降下軌道に入りました。軌道上からは撃てません」
『帝都への侵入は是が非でも阻止せよ』
ライヒェンバッハ宮殿からのホットラインに、帝都防空指揮官のアイアンガーはしかめ面を崩すこと無く答えた。
「帝都全域に防空警報発令! タマンラセット、ラムシュタイン、ウェイナー・ノイシュタットの各航空基地に迎撃命令! なんとしても特徴局の帝都侵入を阻止させろ!」
「しかし、軌道航空軍で手に負えるとはとても……」
そもそも地球に降下された時点で敗戦が確定していることもあって、帝都の防空プランは最終防衛ラインを地球低軌道に置き、最悪でも月軌道から静止軌道で敵の侵攻を阻止するものだった。とはいえまったくの無防備では無く、成層圏から地表付近までは戦闘機や攻撃機、少数の戦闘艦による防空部隊も配備されているし、電磁砲や各種誘導弾を中心に対空兵器も各地に配備されているが、極超音速で突っ込んでくる目標に対しての命中率など高が知れていた。
「分かっているが、軍人としてはやらねばならない……か」
同時刻
帝都ウィーン
巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング
艦橋
「帝都全域に防空警報が発令されたようです。全市民に警報解除まで頑丈な建物、もしくはシェルターへの避難指示が出ています」
「いよいよですか……」
艦長の報告に、斉藤はモニターから見える帝都を見て溜息を吐いた。
「せめて、帝都旧市街に被害が出ることがなければいいけど……」
「艦長! 一一時方向から強襲揚陸艦が接近!」
「えっ!? 識別は?」
「シュトゥットガルトの第二九降下揚陸連隊所属、ノルマンディーです……特別徴税局は全艦帝都を退去せよ。退去しない場合は強行突入するとのことです」
ゲルトの報告に、艦橋内に緊張が走った。砲撃による撃沈は出来ないなら、陸戦兵を強行突入させて接収しようというのが、大公が下した決断だった。
「艦長、揚陸艦に通信を」
斉藤はオブザーバー席のヘッドセットを付けると、接近する揚陸艦への警告を発した。
「こちらは特別徴税局巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング。現在本艦は国税法第六六六条に基づく強制執行中である。本艦への攻撃は国税当局の正当なる職務執行に対する妨害と判断します」
そこで斉藤は一旦言葉を切って反応を待つが、揚陸艦は針路を変えない。
「本艦を含む特別徴税局艦艇に対して攻撃態勢を取るなら、我々は全力をもって迎撃を含む措置を取る。その際に帝都にもたらされる被害の責任を、降下揚陸兵団が取るのなら、喜んでお相手しましょう」
そこまで言い終えた斉藤は顔には出さないが、祈るような気持ちだった。本職の陸戦兵が相手では、艦内での迎撃戦は不利だった。
「艦長、高度を下げて帝都宮殿方向に後退しつつ敵艦に牽制射撃。当てないでくださいよ」
「えっ!?」
「斉藤、本気!?」
艦長とゲルトだけでなく、艦橋中の全員が驚愕した。
「防空警報出てる状態で宮殿に近付いたら、撃沈されますよ!?」
「その時は大公殿下と心中ですよ。宮殿ごとクレーターにしていいなら、撃沈命令も出せるでしょうが」
「えぇ……じゃあ課長、ホントに撃ちますよ? いいんですか? 責任一緒に取ってくれるんですよねえ!?」
「いいですよ。イザって時は国税省抱き込んで
困り顔の不破艦長に念押しされて、対する斉藤は深刻そうな顔一つせずに放言した。
「その言い草、ホント永田局長の生き写しだわ」
ゲルトに言われた斉藤は、硬直したまま動かなくなった。
「ええーい、ままよ! 一番主砲牽制射、撃てっ!」
不破艦長の号令一下、ヴァイトリングから揚陸艦ノルマンディーへ牽制射撃が加えられた。出力を落とした荷電粒子束が揚陸艦の左舷側をかすめて空中へ拡散していく。
『特別徴税局! 何を考えている!?』
「執行中につき近付くな、と言いました。まだ続けますか? 貴艦の位置なら帝都郊外。本艦は貴艦の航行能力のみを奪うことも可能です。大人しくそこで待機していれば、これ以上攻撃は加えません」
ノルマンディーの艦長が全周波で怒鳴りつけてきたが、斉藤は涼しい顔をして言い返した。
「敵艦、停止した模様」
「さて……問題は局長達だ。今頃大部隊の襲撃を受けてるはずだけど……」
斉藤は見えるはずも無いのに、恐らく本隊が突入してくるであろう南方の空を映すモニターを見つめていた。
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