第27話-⑦ 特別執行、開始

 一〇時〇〇分

 国税省

 大臣執務室


「では、これにて特別査察を完了いたします。ご協力、感謝します」

「ご苦労だった」


 斉藤の白々しいセリフに、大臣は安堵しきった笑みで応えた。


「爆薬等はすでに回収済みですが、心配なら機動隊に調べさせて下さい。爆発物処理班も同行しているでしょうから。それでは」


 斉藤達は平和裏に国税省を撤退した。本来ならもうしばらく粘って本隊到着を援護すべきだったが、すでに機動隊や首都防衛軍団が動き始めている状況では、これが限度だった。



 一〇時〇四分

 ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 艦長室


「機動隊は国税省ビル内に入りました。第一機械化歩兵師団は宮殿のほうに向かいましたね」


 艦長室でコーヒーを振る舞われつつ、斉藤達は次の行動を考えていた。


「それならよかった。官庁街を灰にするのは忍びないですから」

「灰になっちゃえばいいと思ってる連中は多いだろうけどね」


 ソフィの言葉に斉藤は笑って返そうとしたが、ソフィの目は笑っていなかった。本来なら年度末業務が山積する時期であり、その処理に忙殺されているソフィの言葉には真実味があった。


「しかし斉藤、よかったのか? 本隊が帝都に入るのを援護しなくて」

「局長達なら自分でなんとかするでしょう」


 アルヴィンの指摘に、斉藤はこともなげに言った。


「私達はどうするの?」

「帝都官庁街の上空に止まっている限り、迂闊に撃てないでしょうし」


 国税省上空は離れたものの、ヴァイトリングは相変わらず官庁街に滞空していた。撃沈しないまでも、砲撃されれば装甲材の破片が降り注ぐことになるから、余程の覚悟がなければヴァイトリング他徴税艦への攻撃はできない。


 まして撃沈でもしようものなら、それこそ帝都は旧市街も含めて甚大なダメージを負う。人的被害は考えたくもないレベルだ。


「まあ局長達が戻ってくるまでは高みの見物、ってとこですね。皆一休みしましょう。ただ、対空監視は厳に。あちらも撃てませんがこちらも撃てません。強襲揚陸艦に横付けされて移乗攻撃アボルダージュでもされたら目も当てられませんから」

「了解」


 斉藤は一通りの指示を出した後、自室に引き取って仮眠を取ることにした。



 一〇時四二分

 内務省

 内国公安局オフィス


「で、結論は出たのかね?」


 特課にも同行せず、単独行動を取っていたロード・ケージントンは内国公安局にきていた。戒厳令下に他ならぬ内国公安局の監視対象者がうろついていること自体が不思議な話だったが、古巣の監視体制などロードには筒抜けだった。


「ケージントン、これは貴様のような外部の人間に言われるような話ではない……」


 内国公安局長ナレンドラ・マラカールは冷静に、かつ憤怒を込めてロードを睨み付けた。ロードがまだ内務省にいた頃には上司だった男だが、ロードの目から見れば誰かの腰巾着が限界の男だった。


「これだけの証拠を揃えて告発までしているというのに、内公が動かないのなら存在意義を疑われるぞ? すでに五一五号室も動いている。お前達の飼い主は遠からずこの世を去る」


 ロードは永田資料――すでに使途不明金問題に関する告発関連資料はそう通称されていた――を合成紙に出力した物を、マラカールの机に放り投げる。


「そんなことはわからんではないか……!」

「わからない? だから貴様はその年次で局長クラスで昇進が止まるのだ。木星圏の中央軍はすべて降伏した。帝都への叛乱軍主力の進行も時間の問題だ。内公を潰したくなければ、今すぐにでも大公の身柄の確保に動くべきだ」

「それは内公の仕事ではない」

「では、我々特別徴税局が捕縛しても構わないな?」

「……」

「そうか。それでは局長、ごきげんよう」


 オフィスを出て、ロードは悠々と内務省内を歩いて行く。すれ違う何人かの官僚がロードを二度見したが、それを意にも介さず次の目的地へと向かった。



 一〇時四六分

 内務省

 外事課


『――それは内公の仕事ではない』


 ボイスレコーダーを仕込んだ葉巻を弄びながら、ロードは目の前の男を見ていた。


「――というわけで、内国公安局は動かないとのことでした」

「ご苦労だった、ロード・ケージントン。マラカールについては省内で何らかの結論が出るだろう」


 内務省外事課長チャオ・フエン・リーは満足げな笑みを浮かべた。元々外事課はその重要性に比して冷や飯喰らいと揶揄される傾向があり、本省内での権限拡大、地位向上を画策していた。永田文書による告発を下にして、内国公安局が大公らの各種の利敵行為などを検挙しないのなら、これは省内権力闘争でカードとなる。


 ロード・ケージントンは今更内務省に戻るつもりもないので正直どうでもよかったのだが、特別徴税局が帝都で活動するにつき、帝国軍の次に障害となるであろう内国公安局の行動に制約を加えたかった。そこで内務省内の権力闘争を利用することにしたのである。


「では、内公の連中の動きは封じてもらえるな?」

「同期の頼みではしかたあるまいな。ただ、そう長いことは無理だぞ?」

「今日中には決着が付く。頼むぞ、外事課長」


 ロードはそう言ってオフィスを出る。再びその姿が確認されるのはすべての事件が終わってからのことである。



 一一時〇〇分

 ライヒェンバッハ宮殿

 楡の間


「国税省からの電子妨害の証拠は取れたか?」


 マルティフローラ大公の言葉に、参謀長の顔は複雑だった。


「国税省コンピュータの接収を完了しましたが……一切の痕跡もありません。各システム干渉が収まった時点で、侵入した攻撃プログラムなどがすべて消滅するように出来ていたようです」

「ええい、これでは連中に攻撃を仕掛ける口実にならんではないか!」


 大公と共に報告を聞いていたフリザンテーマ公爵が怒鳴り散らすが、大公は忌々しげに窓から見える徴税艦を睨み付けるだけだった。


 システム上に痕跡がない以上、各省職員の証言を元に特別徴税局の非をならすこともできるが、証拠がなければ権力を濫用することになり、後々問題になる。帝都上空を遊弋する徴税艦の帝都退去、および撃沈について法的根拠を得たかったマルティフローラ大公だったが、特徴局極彩色の脳細胞がそんな青二才に尻尾を掴ませるようなことはしなかった。


「ともかく木星を落としたギムレット公爵が来るまで時がない。軌道上の迎撃態勢を整えさせろ」



 一一時一〇分

 ウィーナー・ノイシュタット

 帝都防空司令部


 ウィーン南方五〇キロメートルほどに位置するウィーナー・ノイシュタットには帝都ウィーンの防空を担当する帝都防空司令部とその基地が設置されていた。


 地球の大気圏内および大気圏外はヒル圏の中――恒星系における中心星の重力より、惑星の重力の影響がまさる領域――のあらゆる航空機、艦船の動静を監視して帝都ウィーンを守るのが、彼らの役目だった。


 この司令部を預かるのは軌道航空軍のラジェッシュ・アイアンガー中将。いつも通り司令部の指揮所に入った彼の耳に、索敵担当官の報告が入った。


「月軌道に浮上する艦艇群あり。識別照合……装甲徴税艦カール・マルクス以下特別徴税局全艦艇です」

「いつもの仕事帰りというのか。連中は気楽な物だな」



 一一時〇八分

 月軌道

 装甲徴税艦カール・マルクス

 第一艦橋


「通常空間へ浮上完了」

「全艦、作戦は最終段階に入る。帝都ウィーン、ライヒェンバッハ宮殿にいる大公の検挙が目的だ。全艦、特別執行開始!」


 入井艦長の報告に、永田は即座に命じた。全徴税艦が航行安全規則を無視した最大加速で地球への降下軌道に入る。


「低軌道要塞群からの砲撃が飛んでくる前に片を付ける! 電子妨害開始! 通信網遮断を最優先に! 瀧山課長、よろしくお願いします」

『あいよぉ!』

「セナンクール課長、カミンスキー課長は領邦軍艦隊の迎撃を! そろそろ連中は気付くはずです!」

『了解! 沈むんじゃないよ!』

『心得た! 皆、あとで会おう!』


 徴税局本隊は三部隊に分かれた。領邦軍残存を迎撃する部隊と帝都に突入する部隊だ。実務一課と二課は迎撃以外にも、本隊の囮としての役目も与えられている。本部戦隊、実務三課、四課は帝都への強行突入部隊だ。


「皆、死んじゃダメだよ。危なくなったら逃げてね」

『局長、今更遅ぇよ! まあ、あとでたっぷり減刑してもらうから頼みますよ!』

『ははは! 酒を輸送船単位で用意して頂きますからね!』


 そう言うと、セナンクールとカミンスキーの通信が切れた。徴税四課による電子妨害が始まったからだ。



 一一時一〇分

 ウィーナー・ノイシュタット

 帝都防空司令部

 

 戒厳令中、木星圏では大規模な艦隊戦まで行なわれているというのに暢気な物だ……とアイアンガーは報告書やら申請書に目を通そうとしたときだった。


「……いえ妙です。全艦最大加速のまま接近してきます。地球圏内航行速度規制超過」

「交通マナーも守れんのか、連中は。交通機動艦隊にしょっ引かれるのではないか?」


 アイアンガーも暢気な物だったが、副官のジョシュア・ディトゥーニャ中佐の報告に顔色を変えた。


「閣下! これをご覧ください!」


 中佐が持ってきたのは防空軍の早期警戒衛星が捕らえた木星圏からの通信文だった。超空間回線が不通状態だった際、電磁波帯域で発信された物をようやく回収した形になる。


「特別徴税局がギムレット公爵の叛乱軍に荷担している……!? 特別徴税局へ通告! 減速を掛けないと砲撃すると警告しろ! 各防空軍基地にスクランブルの用意! 低軌道要塞群にも迎撃要請!」


 今このタイミングで特別徴税局が地球本国に来るということは、ギムレット公爵の本隊とは別行動で帝都なり、地球の要所に対する攻撃や占拠を目的としている可能性が高い。アイアンガーは独断で帝都防空軍にスクランブル態勢、低軌道要塞群――軌道エレベーター低軌道リングに接合された重火力プラットホーム群――に攻撃態勢を取らせた。


「最大砲戦距離まで一〇分!」

「閣下、帝都宮殿よりホットラインです」

『アイアンガー中将、特別徴税局はギムレット公爵に荷担している叛乱軍である。直ちに迎撃態勢を――』


 摂政マルティフローラ大公は、憔悴しているようにアイアンガーには見えたが、その顔もすぐに見えなくなった。

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