第27話-⑩ 特別執行、開始
一四時二三分
巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング
艦橋
カール・マルクスへの砲撃は収まったものの、徴税艦への砲撃は続いていた。いよいよ本丸に攻め込まれた大公が、なりふり構わない行動に出たとみた斉藤は、目には目を歯には歯をと艦長に砲撃を命じていた。
「こちらからでは粗方潰したように見えますが……」
「桜田課長、どうですか?」
『こちらからの航空偵察でも、帝都周辺の砲兵陣地は粗方叩きました。こちらは引き続き、上空の制空権を確保します』
「了解しました、お願いします」
「機甲部隊は、こちらへの砲撃はしてきませんね。まあ戦車の砲撃程度でどうこうなることはないですし」
何せ砲兵師団の主力は自走砲。撃ったら移動してさらに撃ち、と繰り返す。固定砲台になっているヴァイトリングからではそのすべてを叩くのは容易ではなかった。
「こちらは大公捕縛の援護に入ります。渉外係は全員持てるだけの武器を持って揚陸艇へ。僕も現場で指揮を執ります。ヴァイトリングは上空待機しつつ、追加の陸戦兵や機甲師団がカール・マルクスへ近付くようなら砲撃してください」
「課長出ちゃうんですか!?」
「不破艦長。万が一の時は戦域の離脱を許可します。一般職と総合職の安全確保を頼みます」
「課長!」
斉藤が普段の調子で艦橋を出て行こうとするので、不破艦長は慌てて呼び止めた。
「どうか、ご無事で!」
「……祝勝会の準備でもしといてください、では。ゲルト、行くよ」
「了解!」
一四時二八分
格納庫
「おーう斉藤ぉ! ここに来ていよいよホットな仕事だなあおい。最終話までもう出番がないんじゃないかと不安で仕方なかったんだ」
マクリントックが陸戦装備に身を固めて斉藤の背中をバシバシと叩いていた。
「そんなはずないでしょう。大公を捕らえれば恩赦で残りの刑期もなくなるかもしれませんよ」
「へへ、そりゃあいい。ついでに金も!」
「酒も!」
「休暇も!」
「女も!」
渉外係の囚人兵達が気炎を上げる。
「アタシは男でも女でも構わねえ! いくぞ野郎共! たいこー殿下をふん縛って捕らえてラウエンシュタイン広場に逆さ吊りにしてやるんだ!」
なお、ラウエンシュタイン広場はドナウシュタットにある公園のことで、広さはウィーン随一。公園内には帝国建国の功臣の一人、元火星自治共和国軍提督のマティルデ・リーゼロッテ・ラウエンシュタイン提督の銅像があることから名付けられたものだ。
マクリントック班長がそう言うと、揚陸艇に乗り込んでいく。
「さて……僕たちも行くか」
「斉藤君!」
揚陸艇に乗り込もうとした斉藤を、ソフィが呼び止めて、しばらく話し込んでいた。その後、揚陸艇は発進した。
一四時三六分
ライヒェンバッハ宮殿
一階 中央ホール
「進め! キサマら囚人は今、囚人ではない! 国家に大逆をなす悪鬼羅刹を引っ捕らえる勇士だ! ひるむな! こんなもの普段の強制徴収に比べればどうということはない!」
大公軍の陸戦兵で固められた中央ホールに突入したのは、実務四課渉外班の主力部隊で、ボロディン実務四課長の直接指揮のもと戦闘を開始していた。すでに優美な曲線を描く正面階段は銃弾でズタズタにされ、静謐な雰囲気のホールは戦場と化していた。
「同志四課長! 下がってください、ここは私が」
顎髭、もみあげふささの筋肉モリモリマッチョマン、四課徴税艦ガングート渉外班長ヴラドレン・チムーロヴィチ・ストルィピンが、ヘルメットも付けずに拳銃一つで前線に立つ上司を物陰に押し込んだ。
「同志ヴラドレン・チムーロヴィチ、私は今日この日のために四課長を拝命したのだ。その仕事を横取りしないでくれ給え。君は二個小隊ほど連れて、敵の横合いから援護してくれ。壁をぶち抜けば連中の横合いから狙える筈だ」
「はっ!」
一四時四六分
楡の間
屋上から揚陸艇で進入した徴税特課は、さしたる抵抗も受けないまま宮殿内の捜索に入っていた。歴代の宰相や摂政にあてがわれる楡の間に入った斉藤は溜息を吐いた。
「もぬけの殻か……大公はやはり地下司令室にいると見て間違いないな。あるかは分からないけど、資料になりそうなものは接収しておこう。ソフィ、頼めるかい?」
「りょーかいっ!」
ソフィ他特課総合職、一般職も志願して斉藤に同行していた。
「楡の間の端末から各所の状況が分かるわ」
ハンナが自分の端末を部屋の隅のコンソールに繋いだ。
「正面ホールは激戦ね。ボロディン課長が暴れ回ってる」
正面ホールの監視カメラの映像は、斉藤に些かショッキングなものだった。幼年学校時代の授業で見せられた宮殿の資料映像と、その場所が一致するまでには多少の時間が必要だった。
「こりゃスゴい……カール・マルクスの状況は?」
「艦内の抵抗は時間稼ぎできるだけするから、大公をとっとと捕らえてこいとのお達しらしい」
実務四課の戦闘員から話を聞いたらしいアルヴィンが苦笑いを浮かべていた。
「無茶するなあ局長……四課の犠牲もバカにならない。早く大公とっ捕まえないと」
斉藤は自分の端末から各所に指示を出し始めた。
「ゲルト、上層部の捜索は打ち止めだ。地下司令室にいこう。ボロディン課長達が攻めあぐねているようだし」
「了解。それにしても、宮殿が陸戦の舞台になるなんて、帝国史上初めてね」
「宮廷史に名前が残るかもね。ソフィ達はここに一個小隊置いていくから、楡の間で情報収集を。万が一の時は揚陸艇で離脱してくれ」
「斉藤君はどうするの?」
「アルヴィンさんと残りの渉外係は地下司令室へ。ハンナさん、ここからナビゲート頼みます」
「了解、斉藤君、気をつけてね」
「いざとなればアルヴィンさん盾にして逃げますよ」
「おうっ! 盾でもなんでもって、いや斉藤ぉ、俺もちゃんと連れ帰ってくれよぉ」
「分かってます、冗談ですよ。マクリントックさん、行きますよ」
「あいよ!」
同時刻
装甲徴税艦カール・マルクス
総務部 オフィス
「非戦闘員は逃げろって言われてもねえ、あの連中、動きが早いったらないわ」
ミレーヌは愛銃のマグナムを引き抜いて放つ。通路から飛び出してきた戦闘員がもんどり打って倒れ込む。すでに総務部オフィスの前の通路まで敵の射程圏内。ミレーヌ他数人の総務部員が、戦闘経験のない局員を逃がすためにオフィス什器をバリケードにして抵抗していた。
「艦内戦闘で無茶苦茶してこないからいいですけど……!」
総務部でも特に長い特徴局在籍期間を持つベルトランは、執行用のアサルトライフルを片手に敵を牽制していた。
「あと何人残ってる!?」
「あと三人。次の銃撃の切れ間に逃がします」
空薬莢をシリンダーから放り出し、銃弾を装填して再びバリケードから乗り出して近付いてくる戦闘員を撃ち抜く。ミレーヌの射撃術を横目に、経理課のティニヤ・ポルヴァリが、バリケードからペリスコープを出して冷静に状況を報告した。
「よし……それじゃ、その後の切れ間で私達も引くわよ。ベルトラン、爆薬のセットは?」
「もう終わってます」
「よし……来た! 走って!」
オフィスに残っていた最後の局員が出て行くと、大公軍の戦闘員が一気に押し込んできた。
「ベルトラン!」
「起爆!」
バリケードに仕掛けられた爆薬を起爆して数人の戦闘員を道連れにすると、ミレーヌが隔壁を降ろす緊急スイッチを叩き込んだ。
「これでしばらく持つでしょ……艦橋ブロックへ急ぐわよ」
現代艦艇の艦橋を含む周辺区画は、それ自体が独立して航行出来る脱出艇になる。各部署にいた局員は艦橋を目指して移動していたが、一部、それを拒否する者も居た。
一五時一二分
第三通路
第三通路は艦橋まで続く第一通路に繋がる通路で、オフィスのある中枢区画と繋がるルートでもある。カール・マルクスが大規模改装を施されているとは言え、基本構造は帝国軍で運用されていたころと変らない。艦内への侵入後の制圧が早いのはそれも影響していた。
その通路に、西条とセシリア、調査部と監理部の戦闘経験者がバリケードを築いて最終防衛ラインを築いていた。
「さ、早く奥へ! バスに乗り遅れるぞ!」
逃げ延びてきた局員達が次々とバリケードの奥に走って行く、その奥に、いよいよ大公軍の戦闘員が見えはじめた。
「貴様らは完全に包囲された! 直ちに投降せよ!」
戦闘員の隊長が言うが、セシリアと西条はバリケードの前まで出て仁王立ちしていた。
「撃てるものなら撃って見ろ! この特別徴税局調査部部長西条は、貴様らの脅しになど屈しはせんぞ!」
「このハーネフラーフ。私への狼藉ならばともかく、愛する特徴局員を傷つけることは許しません……この先へは一歩たりとも通しません!」
両手にアサルトライフルを構え腰にはグレネードを巻き付けた西条と、腰に下げた愛刀を引き抜いたセシリアに気圧され、その場は膠着状態となった。
「貴様ら! 大公殿下の命令に従い戦うのはいいが、大公はすでに貴様らのことなど使い捨ての道具としか見ておらんではないか! 自身は安全な司令室に引きこもって出てこない。卑怯千万! 貴様らこそ投降せよ! 特別徴税局でこき使ってやるから、遠慮なく申し出るがいい!」
戦闘員達がたじろいだ隙に、セシリアと西条はバリケードの奥に引っ込んだ。
「さて……しばらく時間は稼げそうだが」
「いざとなったら、通路ごと爆破して、艦橋には離脱してもらいましょう」
「そうだな」
セシリアと西条はバリケード越しに、突撃を躊躇している戦闘員達を見ていた。
一五時一六分
徴税四課 電算室
「抜かったなあ、おい」
「瀧山はん! ここはもうあかん!」
「馬鹿野郎てめえ、ここを抑えられたら、カール・マルクスは終わりじゃねえか! チャカとヤッパを持ってこい!」
電子戦支援とカール・マルクスのデータベースのバックアップとデータの消去作業をしていた徴税四課の中でも、ターバンことスブラマニアン・チャンドラセカール・ラマヌジャンと課長の
「ほんまでっか!?」
「ったりめえだろ!」
レーザーカッターで扉が切断され、戦闘員が雪崩れ込んできた。
「投降しろ! 大公殿下は貴様らの身柄の安全を保証すると言っている!」
戦闘員に言われた瀧山は、くっくっくっと押し殺したように笑い始めた。
「はあ? 投降だぁ? ざけんじゃねえ。この電算室は徴税四課長瀧山の目の黒いうちは他人に触らせねえと決めてるんだ」
「貴様……」
「これを見ろぉ!」
言うやいなや、瀧山はターバンのターバンに工作部隊用の吸着爆弾を貼り付けた。
「下手なコトしてみろ。こいつのターバンが火を噴くぜ!」
「はっ!? なに!? これ何?!」
「テメェらが電算室弄るってえなら、このターバンが貴様らと電算室もろともどかーんだ!」
実際は電算室直下のメインフレーム本体にも機密保持用の爆薬が大量に取り付けられており、それらは瀧山の手に握られたリモコンに連動している。
「ちょっ、待って! 死にたない死にたない!」
「馬鹿野郎喜べこの野郎、テメエは二階級特進だ」
「えっ、何になんの」
「徴税部長だ。ありがたく思え!」
「イヤやぁ!」
「何を考えている、バカな真似はよせ!」
瀧山とターバンの漫才を見ていた戦闘員は呆れて叫んだ。
「バカはテメエらだ。その頭は飾りか? お前らがここを制圧するってえなら、俺は電算室ごと自爆した方がマシだっていってんだよ」
「いやちゃいますやん。吹っ飛ぶのワイやで? 瀧山はん後生や堪忍しておくんなはれ!」
「テメェらの大将に伝えてこい! たとえ特徴局が全面降伏しても、特別徴税局徴税四課長瀧山は、艦と命運を共にするってなあ!」
「いやだから吹っ飛ぶのワイ! 死ぬのはイヤ死ぬのはイヤ死ぬのはイヤやぁぁぁぁぁぁぁ!」
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