外伝-002話-① 強請(ゆす)って集(たか)ってジャンケンポン!

 帝国暦五九〇年某月某日某時某分

 装甲徴税艦カール・マルクス

 徴税三課 オフィス


『――続いてのニュースです。先日来、議会が揺れています。国防省によると、帝国西部方面軍ならびに東部方面軍の一部部隊が、整備・補修や艦艇・装備納入を行う企業からの利益供与を受けていることが判明。国税省はこれらの資金を架空発注によりプールしていたとしてカワミネ重工業株式会社、ミツボシ自動車工業ほか、帝国軍と取引のあった企業数社への特別監査を実施すると発表しました』

「うわぁ、今時そんなわっかりやすいことやってる企業あんのか。ショーワじゃあんめえし」


 つけっぱなしのテレビが映すニュース、ENNイブニングを眺めていたアルヴィンが、呆れたように言いながら右腕部のアクチュエータの調整をしている。最近アルヴィンは自分の身体のメンテナンスを自分で行うようになっていた。


「なによショウワって」

「いやこっちの話」


 ハンナに突っ込まれたアルヴィンがとぼけると、斉藤が大きな溜め息をついて首を振った。


「この関連でまた特課で特別監査やれって六角から通達が出てるらしいです。忙しくなりますよ」


 帝国経済に占める軍事産業の割合は六パーセント前後。これは食品産業の一三パーセントのほぼ半分を占めることになる。これに関わる企業というのは末端まで含めれば数千万社にもおよび、数百億人が関わる大規模なものとなる。


 これが帝国軍に対して贈賄していたとなるとまさに星の数ほどもある案件が降ってくることになるのだが、斉藤にはある程度の目星が付いていた。


「帝国軍と直接取引がある企業、それも大口を叩いて見せしめにすれば宣伝効果は大きいし、特課が行う特別監査も最小限で済むでしょう」

「一罰百戒ってか? まああとは各税務署や国税局の皆さん頑張ってちょーよってことだな」

「そうです。いちいち全部見てられませんよ」

「言えてるわね……どこに行かされるのかしら」

「さあ……そのあたりを決めるのが、この後の会議のはずですが」



 第一会議室


「いやあ、こんなわっかりやすいこと今時やってるところがあるんだね。ショーワじゃあるまいし」

「なんですかショーワって」

「いやこっちの話」


 永田の言葉に混ざった聞き慣れない単語に、ミレーヌが片眉を上げた。


「大体白々しいぞ永田。さんざっぱら君は贈収賄の証拠をチラつかせて、第一二艦隊司令部とかメリディアン工廠を強請ってたのに」


 笹岡の指摘に、永田はいつものヘラヘラした笑みを浮かべてタバコに火をつけた。


「しほーとりひきとかなんかそんな感じだよ」

「んん゛っ! そろそろいいでしょうか?」


 永田達の終わりのないボケ・ツッコミの応酬に終止符を打つべく、斉藤は西条直伝の咳払いをした。


「あ、はい。そんじゃ斉藤君よろしく」

「すでに各種報道でご存じとは思いますが、帝国軍と取引がある企業について大規模な贈収賄がありましたが、これに使われた金が、架空発注などにより作られている、という情報を確認したため、特別徴税局に対して本省より、特別監査の執行が下命されました」

「まあ、宣伝宣伝。ミスター国税シュタインマルク議員から、下院で突き上げくらってるクワリヤート国税大臣が矢の催促でね」


 先の永田文書公開後、一通りの検証や同時に発生した帝位継承動乱の後始末が完了したところで内閣は総辞職、同時に下院議会が解散され総選挙が行われた。


 結果として五九〇年四月をもって自由共和連盟を中核とした与党保守派が一〇年守ってきた与党の席は帝国民主党をはじめとする野党中道および左派に奪われる形となった。現在の国税大臣レベッカ・クワリヤートも帝国民主党の議員だが、これに激烈な口撃を加え、一躍ミスター国税と呼ばれるに至ったのが前国税大臣、オットー・シュタインマルクである。


 その舌鋒の鋭さは、与党時代に発揮できていれば首相になれたと評されるものだった。


 ともかく、今回報道された企業の帳簿の改竄、脱税、帝国軍一部部隊や将兵に対する贈賄を放置するわけにも行かず、いったん衆目衆耳に晒されたからには政府として目に見える成果を出さなければ、せっかく政権交代を果たしたのに支持率が急降下する恐れがある。そこでクワリヤート大臣は、特別徴税局徴税特課に望みを託したのであった。


「で、どこに突撃するのが一番楽にやってる感を出せるかというと――」


 永田は斉藤の説明が一段落したところで、会議室のスクリーンにある企業の広報ページを映し出した。


「KHI(カワミネ重工業)およびその子会社KSA(カワミネ・シップビルダーズ・アストロノーティカ造船所)にしよう」


 永田がここを選んだのは当然で、永田でなくて笹岡や西条、斉藤でもここを選ぶだろうものだった。


 KHIは帝国軍の主要装備を製造しているビッグセブンと呼ばれる大手企業の一つで、概ね主要装備の三割を提供し、巡洋艦以下の中小艦艇においては子会社のKSAが全体の四割を占めている。


「今は帝国臣民の耳目がこの事件に集中してる。だったら大手をぶっ叩く絶好のチャンスでしょ。遠慮なくぶん殴っちゃってよ、斉藤君」

「はっ。叩きのめしてきます」


 永田のいい加減な指示に、斉藤はややヤケクソ気味に返事していた。



 帝都 ウィーン

 アスペルン地区

 カワミネ重工業株式会社本社ビル

 

 アスペルン地区は帝国の大企業がこぞって本社ビルを構えている帝国経済の中心地で、宮殿や旧市街地の景観と合わせた保守的な建物が揃う新市街ドナウシュタット地区に比べると、高層ビル群がいくつも建ち並んでいるのが印象的だ。


 その高層ビルの一つ、カワミネ重工業株式会社本社ビルに、斉藤達徴税特課は訪れていた。無論、特別監査のためである。


「特別徴税局徴税特課長斉藤一樹です。これより特別監査を開始します。令状読み上げは省略しますので、各自ご確認願います」


 特別監査は警察の家宅捜索などのように、帝国各地の裁判所から監査令状を発行して貰い行うのが通常の手続きである。長らく永田体制特別徴税局では国税法第六六六条に基づいた事後承諾を取ってきたが、帝都に居を構える大企業の監査と言うこともあり、斉藤は念には念を入れてきちんと正式な手続きを踏んでいた。


 出迎えに出ていたカワミネ重工業幹部――揃って顔を強ばらせている――に無機質に告げた斉藤は、当面の仮オフィスの場所を確認すると、特課一同を引き連れてそのままエレベーターに乗り込んだ。



 三四階 第四五会議室(特課 仮設オフィス)


『なあ斉藤。今回アタシ達の出番ってない? ドンパチしないの?』


 カワミネ重工ビルのロビーで待機していたマクリントック渉外係長が、暇だ暇だと斉藤に抗議を兼ねた雑談を振ってきた。


「帝都の大企業でマクリントックさんたちの出番があったら困ります」

『退屈だなあ……ちょっと若い子食べてきていい?』

「ドタマぶち抜かれたいんですか。」

『わーぉ大胆。冗談だよ冗談。アイリッシュジョークってやつ』

「アイルランド人に殺されたらいいんですよ」

『おっほー、言うようになったねえ。ま、必要になったら呼んでくれ』


 斉藤の鋭すぎる突っ込みに些か快感を覚え、雑談欲をほどよく満たされたマクリントックが通信を切った。


「しかしほんと、斉藤も言うようになったなあ」

「マクリントックさん相手に怯んでたら仕事になりませんよ」


 アルヴィンの賞賛に、斉藤は首を振って答えた。


「そりゃ言えてる。しっかし下請け巻き込んで裏金プールたぁ、古典的な手口だなあ」


 そもそも斉藤達には帝国軍将校の一部における服務規程違反について取り締まる権限はなく、贈賄に使われた資金の作り方のほうに関わりがあった。カワミネ重工業の下請け企業を巻き込んだ架空発注およびそれに伴う脱税に対しての調査が主目的で、その過程で様々な闇が暴かれることになるのは、いわばのことである。


「古典的だからこそですよ。年数十万件の案件に紛れ込まされたら、こっちだって中々把握できません。まして現地の税務署では」

「機械処理してたら見逃すわよね。最初にこれ見つけたヤツの頭ん中覗いてみたいもんだわ」


 帝国企業は数百億社、関わる人間は数千億人、案件の数は星の数ほどとはよく言ったもので、本来企業や個人がきちんと税務処理をしてくれればコンピュータ処理で全ての国税監査のケリが付く。そうでないため、斉藤達のように特定企業の特定事案に的を絞るような調査も必要になる。


「あ、これローテンブルク探偵事務所ネタだそうで」


 斉藤がハンナにその名を告げると、妙に明るい小柄な女性の顔を思い出したハンナは顔をしかめて首を振る。


「前言撤回。あの探偵さんの頭の中とか覗いたら発狂しそう。知らなくてもいいこと知りそうだし」


 元々この案件はローテンブルク探偵事務所の所長、エレノア・ローテンブルクからのタレ込みが永田にもたらされ、これを永田がシュタインマルクがまだ国税大臣だった数ヶ月前にリークし、議会での追及は総選挙後に行うという約束で議会を巻き込んだ大事件となった経緯があった。


 これにより永田は特別徴税局として行ってきた各種の不正――ほとんどが国税本省の指示を逸脱して行った強制執行など――の処分などを揉み消させたと共に、野党転落後の自由共和連盟、そしてシュタインマルクに活躍の場を設けることで自由共和連盟にも花を持たせて議会に特別徴税局が一定の影響力を行使し続けることに成功していた。


「言えてる。知ったらエホバってな」

「ヤハウェじゃなかった?」

「違います。知らぬがほとけ、ブッダですよ」


 いい加減なことを話しているハンナとアルヴィンに突っ込みを入れた斉藤。斉藤の言葉に合点がいったとアルヴィンが感心したようにうなずいた。


「おー、そうだったそうだった。知ったヤツが全部ホトケさんになるからだっけ?」

「違います。いい加減すぎませんかアルヴィンさん」

「いいから、なんつって」

「仏罰でも下ればいいんですよ」

「ははは! 死人でサイボーグにも仏罰ってのは効くのかなあ」


 斉藤の言葉にアルヴィンが胸を張って笑った。


「まああらゆる宗教とか倫理観に喧嘩を売ってる存在ですからね、今のアルヴィンさん」

「帝国国教会の経典にゃ、サイボーグはダメって書いてないから大丈夫だろ」

「そうですかね……」


 こんな調子で、斉藤達によるカワミネ重工業の監査は幕を開けたのだが、幕の向こうには斉藤達の予想だにしない事態が待ち受けているのであった。

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