外伝-002話-② 強請(ゆす)って集(たか)ってジャンケンポン!!


 カワミネ重工業本社ビル

 徴税特課 臨時オフィス


『斉藤課長ぉ~、こちらで解析したデータを送付しましたぁ』

「不破艦長、ご苦労様です。こちらもいったんキリをつけますので、随時ヴァイトリングも乗員を上陸させるなりして休ませてください」

『了解です~。それじゃお先に失礼しまーす』


 特課臨時オフィス側も仕事を一段落つけて、今日の監査を終えようとしていた。山積みのA4合成紙の束、手書きのメモ用紙の山に辟易としていた斉藤は、コーヒー缶を握り潰そうとしたが、ビクともしなかった。


「……痛い」

「何してるの斉藤君?」

「なんでもないよ……なんで帝国暦六〇〇年も見えてきたってのに、手書きのメモなんかで記録してるのかな」

「ほんと最悪だよー、全部スキャナに掛けたって判別しないのとか出てくるし!」


 処理済みのメモやら記録用紙の束をにらみつけたソフィが、机の上にあったコーヒー缶を手にしてグシャッと潰した。それを見て、斉藤はこの子には逆らわない方がいいな……という気持ちを新たにした。


「聴取にも時間を取られそうだからね。まあ頼むよソフィ」

「はぁい……」


 うんざりといった様子のソフィの肩を叩いて、業務にキリをつけようとした斉藤だったが、オフィスのドアが勢いよく開かれてそちらへ振り向いた。


「いやぁ~要領を得ない受け答えばっかりでうんざりしちゃうよねえ~おっ、斉藤まだ居たんだねえ。ちょっと斉藤分を補給させておくれクンカクンカスーハースーハー」


 フィリップ・アンドレ・シリル・ラポルトが斉藤を抱きしめて頭のニオイを嗅いでいる。傍目にはセクハラにしか見えない。国税本省領邦課から特別徴税局に異動してきた彼は、本部戦隊での研修後、本格的に特課専属として職務を遂行していた。


 斉藤にとって不幸だったのは、彼がカール・マルクスに集中する徴税部のいずれかから出向する形を取らず、特課専属となっていたことだ。


「やめろこの馬鹿! ぶち殺すぞ!」


 斉藤が背負い投げしようとしたところで、ラポルトは起用に身体をくねらせて回避。斉藤と距離を取る。


「おっと嫌われてしまった♪」

「元からだよ!」

「底値ならこれ以上下がらないネッ★」

「今ここで撃ち殺してやろうか、それともそこのガラス窓ぶち割って二〇〇メートル下のコンクリートに叩き付けてやろうか……」


 斉藤とは思えない低い声は、ラポルト曰く『子犬の唸り声のようで可愛い』らしい。


「おお怖い怖い……まあそれはともかく、一日目の聴取記録だ。明日にでも確認してくれよ」


 合成紙の束と共にデータチップを受け取った斉藤が、その量を見てげんなりしている。


「所感は?」


 椅子に腰掛けた斉藤は、ラポルトの所感を問うた。資料の音声や文字をチェックしたところで、ラポルトなら自分と同程度の感触を得るだろうと、短い期間だがラポルトの勘所をそれなりに信用している斉藤であった。


「まあバレちゃった時点でもう言い訳しようがないからね、答えはするけどどれもなんかぼんやりしてるんだよねえ」


 これまで特課による脱税の嫌疑人等への聴取は斉藤自ら行っていたが、ラポルト達本省からの異動組が配属されてからはラポルトを中心に行わせていた。いかな斉藤といえど、ラポルトの能力そのものは前回監督官として特課に来たときに見極めていた。


 彼の軽薄で圧を感じさせない雰囲気は、斉藤とは別の意味で聴取の際にうってつけ――理詰めの斉藤、人情のラポルト――の人材だった。そして聴取は特課臨時オフィスと別室で行うから、顔を合わせる時間を最小限に出来るという計算もあった。


「なんかねえ、隠してるというか、すっごい言いづらいことがあるみたいでねえ。そこんところを調べるのも、うちのお仕事ってところだけどネ!」

「……まあいいや。明日以降もよろしく」

「任されよう! この帝国に特別徴税局徴税特課長のご威光をあまねく広めるためにも、僕は粉骨砕身の覚悟で頑張るよ!」


 芝居がかった所作で手を広げたラポルトを無視して、斉藤は仕事の残りを片付けることにした。



 東部軍管区某所

 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「で、斉藤君達はなんだって?」

「まあ、架空発注と脱税のシステム自体はタレコミ通りで、特に新味はありませんな……しかし今時国防産業がこんな陳腐な脱税スキームを用いて軍への利益供与など、古くさいことをしているものですな! けしからんことです!」


 怒り心頭の西条が番茶を飲んで気を落ち着かせたあと、さらに続ける。


「しかしこれだけの金がどこに渡っているかについて、まだ詳細は掴めないようです。総額は十年で二〇〇〇億帝国クレジット。軍への調査も必要なのでは?」

「フロイラインからのタレコミには、供与受けた側の情報はなかったんだよねえ……お金積んだら情報売ってくれるのかなあ」


 永田の言葉に笹岡は首を振った。


「そこまで阿漕な商売している探偵ではないだろう? 売り惜しみ出し惜しみで機会損失するような間抜けではないと思うが」

「あるいは、まだ調査中なのでは?」


 笹岡と西条に言われて、永田はうなずいて見せた。


「ま、うちで調べて見つかるならそれでよし、帝国軍が自発的に発表すれば一番だけど、まあ何ヶ月後になるやらだしね。西条さんのとこで無理のない範囲で調べてみてよ。斉藤君達は当面KHIに貼り付けるし」

「はっ!」


 西条が張り切って執務室を後にする。ちょうど先週大規模執行を終えて、調査部は次の獲物を探しているときだったため、調査そのものはすぐに終わるだろうと永田はぼんやりと考えていた。


「ねえ笹岡君。KHI、KHIだけじゃないかもだけど、今の帝国国防産業が軍に利益供与する理由ってある?」


 しばらくタバコを吸いながら週末のヨットレースの買い目を考えていた永田が、笹岡に唐突に聞いた。なお笹岡は笹岡で、リベラル系言論誌のインテリゲンツィアを斜め読みしながらタバコを吸っていた。


「自分たちの製品を選んで貰いたいからじゃないのかい?」


 笹岡の答えは一般論だった。


「だってさ、帝国軍の装備品の調達計画って統合整備計画に従うものでしょ? あれ、今は第一四次統合整備計画が進行中で、これがあと二〇年くらい続くじゃない」

「特に何もなければね」


 帝国軍は、元々地球連邦軍と火星自治政府軍を統合したもので、特に地球連邦軍は各連邦管区軍で装備品の規格が細かく違うのは当たり前だった。


 これが帝国建国後、本格的に軍隊の整備を行う際に問題となった。特に陸・海・空・宇宙軍を統合してナンバーズフリート制度を確立させた五代皇帝エカテリーナⅠ世、六代皇帝ジョージⅠ世の御代においてようやく作られたのが、統合整備計画である。


 これは帝国軍で使用する装備品の規格を統一することが目的だったが、そのまま帝国における軍の整備計画になっている。陸戦・空戦兵器の発展が頭打ちになっている昨今、主に話題になるのは艦艇に関するものであり、インペラトリーツァ・エカテリーナ級重戦艦は現在進行中の第一四次統合整備計画の目玉と言えるものだった。


「カワミネってさ、インペラトリーツァ・エカテリーナ級の受注もしてるんだよ。初期ロットアドミラル級との置き換えだからそこそこの数だ。そうでなくても現行主力巡洋艦のオデーサ級、ジブラルタル級フリゲートの最終ロットの建造も続いてるし、次期主力巡洋艦とフリゲートも、艦政本部じゃなくてカワミネの設計案が採用されて、建造の六割がカワミネのアストロノーティカ造船所が担当することになってる」


 カワミネ重工業のアストロノーティカ造船所は、KSAと呼ばれる子会社ではあるが、ともかくここは帝国領内でも一、二を誇る規模を持ち、小は個人用ヨット、大は軌道都市船まで幅広く手がけている。帝国軍艦艇も、艦政本部直轄工廠以上の建造数を誇る。


「何が言いたい?」

「今、カワミネが帝国軍の、情報通りなら一部部隊に対してする必要あるのかな? 放っておいても仕事は振られるわけで」

「まあ、カワミネほどの造船能力を持つのは他のビッグセブンの造船会社だけだからね……だとしたら、なんのためにこんな真似をしてるのか」


 永田は楽しみだなあと言いながら、ヨットレース誌にマークをしていく。彼が楽しみなのはヨットレースなのかこの案件なのか。おそらくその両方だと思いながら、笹岡はタバコを消して執務室を後にした。

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