外伝-002話-③ 強請って集ってジャンケンポン!
カワミネ重工業本社ビル
徴税特課 臨時オフィス
カワミネ重工業に対する徴税特課の監査は二日目に突入した。
『じゃあもうしばらく調査には掛かりそうだね』
斉藤の端末の画面に映る永田は、いつも通りの気の抜けたヘラヘラした笑みを浮かべていた。
「はい。今週中には片をつけたいと思います」
『うん、いいよ。まあ帝都でのオシゴトなんだからゆっくりしといでよ。ほんじゃねー』
「はい……相変わらず軽いな」
斉藤はカール・マルクスにいる永田に現状報告を済ませると、課員一同に振り返った。
「というわけで本格的な調査に入る。脱税スキーム自体はすでに丸裸。あとは正確な脱税額の算出と、そもそも脱税分を何に使っていたかの調査だ。ラポルトはカワミネの嫌疑人聴取、ソフィは資料の精査、アルヴィンさんとハンナさんは脱税額の算出と使途について。では、よろしく」
脱税額算出と使途についての調査は、斉藤がアルヴィンとハンナを従えて行うことになる。斉藤にとっては一番信頼できる部下であり先輩でもある。
「しっかし一〇年でニ〇〇〇億帝国クレジットかあ。多いんだか少ないんだか……」
「中途半端な金額ではあるわね。やり口は悪質だけど、そこまでしてやることかしら」
アルヴィンとハンナがぼやくのを、斉藤はうなずきながら聞いていた。カワミネ重工業はその傘下企業も含めて民需、軍需で大きなシェアを持ち、今更軍に擦り寄ってご機嫌伺いをしなければ仕事が取れない中小新興企業とは訳が違う。特に軍艦の建造は機密保持の兼ね合いもあって、帝国軍の艦艇を建造できる造船所など数が知れていた。
金額も一〇年で二〇〇〇億帝国クレジットでは、単純計算一年度辺り二〇〇億帝国クレジット。個人から見れば多額だが、帝国でも有数の企業が行う脱税と贈賄の額としては寂しいものになる。とはいえ帝国軍人をはじめとした国家公務員はいかなり利益供与も受けてはならないと国家公務員法で定められている。無論、利益供与した側も罰せられるので、額の多少の問題ではない。
だからこそ、今回のような贈賄が明らかになれば大問題なのだが、それはそれとして、斉藤はラポルトの聴取記録を確認しつつある違和感を覚えていた。
「カワミネ側のこの言いづらそうな雰囲気はなんだろう」
「そらあ大規模贈賄なんて気まずいなんてもんじゃねえだろ?」
「いや、そうじゃなくて……なんというか。アルヴィンさんも聞いてみます?」
斉藤の違和感は、これまで徴税吏員として飛び回り、方々での嫌疑人の調査をしてきたが故の所感だった。
「……んんーこりゃ相手に責任なすりつけたいが、そういうわけにもいかないって感じじゃねえかな」
聴取記録をデータで流し込んで爆速で理解したアルヴィンが、その明晰な頭脳と数テラFLOPSの処理能力で得た分析結果を提示した。
「なすりつけたい?」
「国防省からカワミネに脱税して贈賄しろって命令していたってこと? そんなまさか」
斉藤とハンナは顔を見合わせ、信じがたいといった風に首を振っていた。
「帝国軍側の聴取はどうなってる?」
斉藤はカワミネの聴取を進めると同時に、帝国軍側の調査も進めていた。軍機と徴税法六六六条の正面からのぶつかり合いで、これには監理部から派遣されていた特課員があたっていた。
「かなり抵抗されています。カワミネ側から調べるほうが手っ取り早いです」
「わかった。ソフィ、状況は?」
「電子資料の精査は完了。あとは手書きのものかなあ」
「わかった。ハンナさん、いっしょに来てもらえます?」
「いいけど、何かあった?」
「情報の出所、調べた本人に聞くのが手っ取り早いでしょ。こういうのは」
帝都旧市街
ローテンブルク探偵事務所
「ちょっとハンス! アレどこ行ったのアレ!」
「案件五九〇の四八二のファイルならお前がハエ叩きに使って汚したから捨てたろ!? 中身はそこのそれだ!」
「あ、あった! あとアレ、アレよアレ!」
「インスタントコーヒー切らしたら買ってこいって言ってんじゃん。在庫ゼロ。それでいいだろ」
「ああ紅茶ね。そういえばあったわ」
斉藤達がローテンブルク探偵事務所に踏み入れるや否や、所長のエレノア・ローテンブルクと助手のハンス・リーデルビッヒの口論にも似た緊急整理整頓が行われた。いつものことである。
「いやー、お待たせしました」
ようやく人が座れるスペースが開いた応接机に、エレノアがインスタントの紅茶を入れて持ってくる。樹脂製の使い捨てカップは、おそらくこの事務所でもっとも衛生的なものだろうと斉藤は感じた。
「情報提供者の情報は秘匿するって言うのがこういうオシゴトの鉄則でしてねえ。そのあたりは閃ちゃんが司法側とナシつけてあるんですが」
情報の出所、調べた本人とは他ならぬローテンブルク探偵事務所の所長、エレノア・ローテンブルクだった。
「別に公益通報者を取って食おうという訳ではありませんよ」
「そうですねえ……まあ斉藤さん達なら当人殴りつけにいくような人ではないですからヒントだけ」
もったいぶったエレノアが、ズバッと指を天井に向ける。
「敵は帝都ドナウシュタットに在らず、です」
「……なるほど」
「え、斉藤君今ので分かるの」
「さっすが斉藤さん!」
カワミネ重工業本社ビル
徴税特課 臨時オフィス
「おーう斉藤、なんかわかったかー」
留守番していたアルヴィンが、頭の周囲に大量のフローティングディスプレイを浮かべていた
「ええ。アルヴィンさん、一〇年分のカワミネが担当した帝国軍艦の補修履歴を出せますか?」
「出せるが、なんに使うんだ?」
「まあそれはあとのお楽しみです。ハンナさんはカワミネの物品購入履歴を漁ってください。子会社の分も含めて、直接造船などに使わない資材、物品は全てです」
「了解。でもなにするつもりなの?」
「年数の割に少ない献金額と、ドナウシュタットの官僚連中なんか要注意で見ていたはずのうちの網に掛からない理由ですよ」
斉藤の言葉にハンナはしばし考え込んで、はっとして斉藤の肩を掴んだ。
「……まさか現場部隊の士官に集中していたということ?」
「そういうことです。それにただ単に金を渡したわけではないでしょう。各艦の補修時に物品を代理購入して渡したとか、あるいは単純に飯と酒、女を手配したとか」
「今時そんなことやるぅ?」
「まあ、調べれば分かることです。頼みます」
斉藤の指示にハンナとアルヴィンが動き出す。これで事件の大まかなところは掴めるはずだ、と斉藤は自信を持っていた。
調査を開始してから二時間。揃ったデータを突き合わせて、斉藤の仮説の証明が行われることになったが、ある意味で斉藤としては外れてほしい仮説でもあった。
「……こうもあっさり繋がると、こっちとしては拍子抜けというか、呆れるというか」
ともかく、斉藤は定時連絡ついでにその情報を、カール・マルクスに送付した。
装甲徴税艦カール・マルクス
第一会議室
「いやぁ~、いまどきこんなわかりやすい贈賄が行われるなんてねえ」
永田の暢気な声に一同が溜め息をつく。永田の気楽さに呆れたのが六、事態のしょうもなさが四と言ったところだ。
「カワミネは、子会社の不動産会社や造船ドック、物流会社などを用いて帝国軍士官への贈賄を繰り返しておりました」
斉藤から送られたデータを精査した西条が、額に青筋を浮かべながら解説を始めた。
「カワミネ本体はこれらの企業に対して帝国軍艦艇の修繕用部品などの架空発注を行い、それらの発注を子会社間で更に架空発注し……つまり循環取引をしてを貯め込んだわけです。輸送費やら何やらに細かく分割して偽装した、極めて悪質なものですな」
「グループ内でこれやられると、中々見抜けないんだよねえ。各税務署も今頃怒り心頭だろうねえ」
「そして、これらの取引で得た裏金を用いて何をしていたかが、特課が突き止めた物品購入リストから分かります」
西条が表示させたリストは抜粋で、実際には数千万件のリストになっている。それでも第一会議室内の一同を呆れさせるには十分なものだった。
「ゲームソフト、礼装、洗濯機に冷蔵庫、ブランドバッグ、バイク補修部品、ママチャリ、登山用リュックサック他装備一式、高級食器セット、将棋盤、チェス駒、ジャック・ド・マーレイの油絵……これが軍艦の補修に必要とは知らなかったなあ」
リストの一部を読み上げた永田を、横に座っていた笹岡が肘で小突いた。
「白々しいぞ永田」
「あはは、これ以外にも、当然酒やら飯やらの接待もあるんでしょ?」
「はい。まあ造船所のある惑星は歓楽街も多いですからな。当然男女問わず性行を伴うサービスを提供する高級店などもリストアップされており……盛りの付いたサルですな、これは」
「まあ男ってのはアホだからねえ。射精の瞬間知能指数が三になるって言うじゃない」
吐き捨てるように言った西条をなだめるように、永田が適当なことを言い出した。
「なんだいそれは」
「え? 知らない?」
「んん゛っ!」
なぜか話を広げようとした笹岡と永田を、ミレーヌが咳払いで封じた。
「西条部長、続きどうぞ」
「うむ……」
このほか現金収受の痕跡もあることから、現在徴税特課と調査部では受け取った軍人の特定を始めており、各種商品やサービスと引き換えできるバウチャーの購入履歴もあることから、すでにカワミネだけでなく帝国軍にも事情聴取を行うことになっていることなどが西条の口から説明された。
「帝国軍各方面軍への聴取交渉は監理部にて行っています。調査自体は各方面の国税局に委託しますが」
セシリアの報告に、永田はニコニコしながら頷いた。
「うん、それでいいよ。どうせうちだけで調べきれる量じゃないし……でもさあ……なんていうかリストの物品が生々しくない?」
永田の言葉に、一同は唸った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます