外伝-002話-④ 強請って集ってジャンケンポン!


 帝都 ウィーン

 カワミネ重工業本社ビル

 徴税特課臨時オフィス


「とりあえず、詳細が見えたわけだけれども……まあなんともしょうもないというか」


 斉藤は特課一同を集めて、今回の事件の内容を整理することにした。


「例えば、この東部軍管区所属の第二一八護衛隊、駆逐艦ジュニオール・マディソンの例を見てみよう」


 斉藤はハンナやアルヴィンに探させたカワミネ重工業側の資料を、会議室のスクリーンに映し出す。


「この艦の定期大規模修繕は、帝国軍との契約でカワミネ重工業ロージントン造船所が担当している。最も近い大規模修繕は帝国暦五八八年に行われているね」


 斉藤の説明に、ソフィが感心したように頷いている。


「リストがすごい量だね。駆逐艦なんか小さいのに、これだけ資材が必要なの?」

「まあ、定期修繕だからついでに直しておこう、という部分もあるのよ」

「そう。そして艦の修繕には、艦の乗組員も参加する」


 ゲルトが補足説明を入れたところで、斉藤は更に続ける。


「その際、カワミネ重工業では艦の乗組員の意見を取り入れた現地改修を行うことが多いらしい」

「ああ、聞いたことあるわ。艦によって細かい部分がまちまちになってるって」

「ゲルトが知っているくらいだから、結構当たり前の様に行われてるんだろうね。カワミネはその点融通が効きやすいらしい。逆に、他のビッグセブンの造船所では行わないことが多い作業だ。これも小型艦を取り扱うカワミネらしいというか……話がそれたね」


 斉藤は次の資料をスクリーンに出した。


「これ、補修に使った資材の一覧なんだけど、これを――こうすると――こうなる」


 斉藤が修理資材品目を絞り込んでいくと、徐々にその実態が明らかになった。


「なんだいこれは。洗濯機に冷蔵庫? ゲームにブランドバッグ……これは一体全体どういうことなんだい? 斉藤?」


 ラポルトが首をひねる動作も大仰で、斉藤にとっては不愉快だった。


「つまり、艦艇側からのを、カワミネ側が引き受けていたというわけさ」

「おねだり?」

「軍人も国家公務員倫理規定に縛られているし、帝国軍人服務規程も別に存在している。これらは外部からの利益供与を受けることを禁じている。では逆はどうだろう? いや、というか……艦の補修資材として、必要品目として混ぜ込んであり、艦の修理と同時に据え付けてました、という体裁だったらどうだろう?」


 斉藤の言葉の意味を理解した全員が、呆れたような顔をしている。


「つまりなんだ? 置いてあったから使ってる……みたいな?」


 アルヴィンの問いに、斉藤は頷いた。


「はい。元々は、小規模な接待、それ自体も違法ですが、見逃されるような小さなものだったのに、いつしか慣習として当たり前になっていた……そんなところでしょう」


 一同がうんざりしたように項垂れた。


「まあ詳細は各税務署の聴取が始まってるので、こちらも中央税務署に引き継いで終わりですね」


 斉藤としては事件の全容が見えた今、これ以上の調査を特課が行う必要性を見いだせなかった。この程度のことは各地の税務署クラスで十分と判断し、斉藤は特課による監査終了を宣言した。


 斉藤としてはこんな小案件は各地の税務署に任せて、他にもやるべき仕事はあるのだから、特課のリソースを割いておく必要性を認めていなかった。


 ただ、この一連の操作は斉藤が考えているよりもさらに広範囲に、大規模な影響を生じさせることになった。



 東部軍管区

 ロージントン鎮守府

 司令長官執務室


 斉藤達が端緒を開いたカワミネ重工脱税事件は、帝国軍にも激震が走った。


「長官、これが本日までに判明した、カワミネ側から利益供与を受けていた部隊の一覧です」

「東部軍管区だけで五四部隊二〇〇隻以上、約三〇〇〇〇人が関与……」


 東部軍管区司令長官、ホーエンツォレルン元帥は報告書に添えられた概要を見て絶句した。


「現在、退役者にも遡って聴取を行っており、詳細が明らかになるまで発表は差し控えるべ――」

「馬鹿者! すでに報道まで出ているのにこれ以上発表を先延ばしにするつもりか! 現在判明しているところまでは公表しろ」


 綱紀粛正局長、マグヌス・カールシュテイン少将の報告に、元帥は机を叩いた。


「利益供与とは言うが、これは帝国軍からカワミネに強請ごうせいしているのはないか! こんなことが長年まかり通っていたとは……私の不覚だった」


 元帥は直ちにこの事実を統合参謀本部、国防省へ報告をした。



 国防省

 第一会議室


「馬鹿な! そんな長期間不正を見逃していただと!?」


 アレックス・ハガード国防大臣は驚きのあまり椅子から立ち上がって叫んだ。自由共和連盟から帝国民主党へ政権交代してから初の国防大臣は、あまりのショックで顔を青ざめさせていた。


 額の大小の問題ではない。報道されていることと帝国軍部内での調査内容が事実なら、帝国軍一部軍人、一部部隊が長期間にわたって一民間企業へ金品を要求していたことになるわけで、帝国軍の公正さと臣民からの信頼を大きく損なう事件となる。


「東西軍管区合わせて五万人以上の将兵が関与していると、綱紀粛正局から報告があがっております……」


 事務次官のアントワネット・ジャンメールの表情も、大臣のそれと大差なかった。


「……幕引きは可能な限り早くする必要がある」


 大臣がようやく絞り出した言葉に、会議に同席している富士宮統合参謀本部長、ハリクリシュナ後方本部長、通信で参加している東部方面軍司令長官ホーエンツォレルン元帥、西部軍管区司令長官ソニア・フェリシアナ・カストロ・カサルス元帥ら四人の軍幹部は頷いた。


『統合参謀本部長。ここは我らの首をもって、事態収拾すべきでは?』


 ホーエンツォレルン元帥の言葉に、富士宮も頷いた。


「それは無論です。カサルス元帥もよろしいですか」

『隷下部隊の不正を放置していた責は我らにもあります。当然ですね』

「私も辞表を――」

「大臣まで辞められることもありますまい。事務方からは私が」


 事務次官も腹を括って帝国軍史に残る不祥事の当事者としての責任を取ることにした。


「――すまない。しかし将兵の処分もなしとはいかない。どうするべきか……」

『個人的に収受したものもしくは相当額を返還させてはいかがでしょうか。兵卒はともかく士官、下士官は処分を重くするべきでしょうが」

「細かな部分は後方本部および各管区綱紀粛正局で詰めることにしましょう」



 ライヒェンバッハ宮殿

 楡の間


「で?」


 皇帝メアリーⅠ世は不満げに鼻を鳴らした。


「はっ、統合参謀本部長、東部方面軍司令長官、西部方面軍司令長官は責任を取って職を辞すると。背広組からはジャンメール事務次官も辞表を提出しております」


 皇帝の政務の補弼ほひつを主に行う帝国宰相の柳井の言葉に皇帝は溜息をついた。


「一〇年こんなショボい強請ゆすりやってた連中の処分は?」


 ショボい、という評は帝国皇帝という重要人物が放つには俗っぽい言葉に、宰相は資料をスクリーンに転送した。


「調査で判明した者については、個人的な供与を受けた物品サービス相当額の返還、減給処分を基本とし、これに加えて兵卒は戒告、下士官は一階級降格、士官以上については不名誉除隊処分。退役将校についても士官以上と同様の処置にすると、後方本部より草案が出ております」


 一〇年行われた不正ということは、その間に関与した人間が退役している場合もあるが、後方本部の司法局と各軍管区の綱紀粛正局はかなり広範囲に渡る処分を提案している。帝国軍始まって以来の不祥事であることを重く見てのことで、さすがに皇帝と宰相も驚きを隠せなかった。


「東西軍管区司令長官に統合参謀本部長まで辞職か。後任の手配は大丈夫なの?」

「東部軍管区は、第一二艦隊司令長官のグライフ提督を推薦しているようです。統合参謀本部長については後方本部長のハリクリシュナ大将、西部軍管区については一両日中に後任の選定を済ませると」

「去年の永田文書に続いて、今度は帝国軍からか。全く油断も隙もあったもんじゃないわ」



 巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング

 徴税特課 オフィス


『――処分者は五万人に達すると見られるとのことです。また、ホーエンツォレルン東部軍管区司令長官、カサルス西部軍管区司令長官、富士宮統合参謀本部長、ジャンメール防衛事務次官は本日付で辞職しており――』


 オフィスで流されるニュースを、はぇーなどと気の抜けた声をあげて眺めていたアルヴィンが、対面に座るハンナに睨まれてようやく仕事に戻ろうとしていた。


「なんか問題がデカくなったな」

「帝国始まって以来の大規模疑獄騒ぎのあとは帝国軍も不祥事大放出とはねえ。議会も荒れるでしょうし、まーた予算案固まらずに揉めるわよぉ」

「まあ風物詩だよなあ」


 頭の周囲にいくつもフローティングウィンドウを浮かべて調書を並列処理しはじめたアルヴィンに、ハンナが応えた。


「笑ってられるのもいまのうちですよ。予算案遅れたら、またうちも余計な執行して日銭稼ぐような真似することになるんですから」


 ソフィが先輩二人を諌めるように言う。総務部としては予算案が遅れるとそれだけ予算繰りに駆けずり回ることになるのでやめて欲しいというのが本音だった。


「自給自活のための強制執行か。ミレーヌさんあたりなら本気で言い出しかねないわね。そうでなくても、局長が面白がってやらせかねないんだけど」

「へえ、そりゃあ楽しそうだ! ねえ斉藤もそう思うだろ?」

「うるさい気が散る額ぶち抜くぞ」

「わぁ怖い」


 今回は出番が少なかったゲルトが不吉なことを言うと、ノリノリのラポルトが斉藤に話を振るが、斉藤の対応はにべもない。


「しかしまあ、帝国軍人が一企業に強請ってたなんて、今後一〇〇年は擦られるネタだな」

「帝国全軍全部隊に調査命令が出たそうだから、ついでに他の不正も出てくるんじゃないの。危険手当の不正受給とか」

「ありそうだなあ。掘れば掘るだけ出そうだが」

「まさか……いや、あり得るか」


 ハンナとアルヴィンの予言は見事に当たり、降下揚陸軍の降下手当――大気圏再突入を伴う戦闘や訓練に支払われる――の不正受給問題が出てくるのだが、それはまた別の話。


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徴税艦隊(タックスフォース)!~天駆ける徴税吏員達~ 山﨑 孝明 @tsp765601

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