外伝-001話-④ サイトー 怒りの突撃/バカ野郎!納税義務果たせこの野郎!
帝国暦五九〇年某月某日〇一一時四五分
センターポリス シュトゥルトム
シュトゥルトム税務署
「よーし、案の定ガバガバ警備でやんの。戸締まりくらいちゃんとしとけってね、ほんと」
アルヴィンは腕部のウィンチを起動すると、税務署裏手の窓に向けて放つ。開けっぱなしの窓に飛び込んだそれは、壁にクローを突き立て、固定される。
「よし……」
アルヴィンが侵入した倉庫から税務署内に入り込む。続けてアルヴィンが仕掛けたワイヤーから、渉外班から選抜された精鋭二個分隊が侵入する。
「やっぱり税務署側は空にしてんのか。連中はクーデターのやり方ってのがわかってねえのか」
「だったらうちに言ってくれりゃあいいのに。戦力は自前でそろえてもらわなきゃならねえけどな」
アルヴィンの軽口に、さらに別の渉外班員が答えた。
「生体反応がある。一〇人くらいだな。床に転がってるように見える……」
アルヴィンが注意深く扉を開くと、猿ぐつわを噛まされ、手を後ろで縛られた状態の税務署長ら税務署幹部達がいた。
「おおー。こりゃ見事に縛られてる……大丈夫ですか? 特別徴税局ですが」
「やっと来たのか! 遅いぞ!」
猿ぐつわを解かれた税務署長ブラス・レジェスは開口一番、アルヴィンを罵った。
「いやあ、超特急お急ぎ便だったんですがねえ……ところで、ほかの署員の解放はそっちでやってもらっていいっすか? この建物内の暴徒はほとんど出払っちまってるんで」
「あ、ああ……どういうことだ?」
「まあ、陽動を派手にやってますんで……」
同時刻
アージヌス騎士団政党事務所
『斉藤を引きずり出せ!』
『つるし上げろ!』
『帝大出が帝国を滅ぼすぞー!』
シュプレヒコールが野蛮さを増し、さすがに斉藤自身の命に関わるレベルになってきていたが、当の本人は優雅にティータイムを楽しんでいる――ーように、斉藤を知らない人物達には見えていただろう。
しかし斉藤と付き合いの長くなってきた人間が見れば、そのガラス玉のような目が徐々に怒りに満ちたものとなってきていることに気がついている。コーヒーブレイクとしゃれ込んだのは単にそれを押し隠すための、体が無自覚に動いた防衛本能のようなものだった。
「これ以上の事務所の操作は明らかに政治弾圧だ! 皇帝に直訴申し上げるぞ」
「……」
アージヌス騎士団代表、事務所の管理者である山内田太一朗が斉藤を怒鳴りつけるが、斉藤は聞く耳を持たず、マグカップの中に入っている漆黒の液体を
そもそも現在の帝国の政体を打倒して市民目線の政治を行うなどと嘯いておいて、こんなときだけ皇帝頼みかなどと、普段の斉藤ならイヤミの一つや二つや三つは言うだろうが、今の彼は自制心を維持することに全力を割いていた。
「ねえ、あと何分持つと思います?」
ゲルトが現場指揮を執っているマクリントック渉外係長に聞いたが、これには二通りの意味があった。
一つはデモ隊が事務所内に強行突入を開始するかもしれないということ、もう一つは斉藤がキレ散らかして暴走するのではないかということ。
「デモ隊は問題ねえだろ。問題は、あいつだ」
マクリントックは見事に両方の意味で解釈して回答した。
「帝大出の官僚はいつもこうだ! 私たち市民の声を無視して――」
山内田の斉藤への罵倒は未だ続いているが、それが帝大や帝大出身官僚への批判に移っていることにソフィは危惧を抱いていた。
「ねえゲルト、大体この流れって」
「うん、まずいわね……止めた方がいいかな?」
「止めて聞く人ならこんな政党立ち上げないと思う」
「だよね」
ゲルトは心ここにあらずといった様子で、窓の外のデモ隊を眺めながら相づちを打った。
「マクリントックさん、ぼちぼち作戦決行時間ですね」
ゲルトが手首の個人端末の時計を確認して、マクリントックに再び声をかけた。マクリントックは面倒くさそうにアサルトライフルを持って立ち上がる。
「あいよ。斉藤が切れたときのために1個分隊残しとくわ。んじゃ、よろしく」
マクリントックが事務所を出て行った直後、ゲルトにアルヴィンからの通信が入る。
『こっちは終わったぞ。一〇人ばかしとっ捕まえてふん縛ってるから、あとで警察に放り込んどく』
「ありがとうございます。こちらももうじき始まると思います」
『あいよ。んじゃま、税務署から高みの見物と行きますか』
「サボってないでこっち戻ってきてくださいね」
『……ういっす』
公然とサボると言われては、ゲルトとしても止めないわけにはいかない。黙ってやればいいのに……とアルヴィンの馬鹿正直さを微笑ましく思うゲルトであった。
「――中央官僚には市民生活が見えていない!」
「あ、まだ続いてる」
ソフィが調査担当の事務官達に屋上への待避を命じ、自分の端末を畳んでポケットに入れた頃、まだ山内田代表の演説は続いていた。斉藤は相変わらず感情のない顔を口角泡を飛ばすアジテーターに向けていた。
「第一、学力だけが高い連中が国の中枢部にいるのがダメなんだ! 無能な頭でっかちのクズは排除せねばならない!」
山内田の言葉はトドメだった。
「あっ」
ソフィの存外大きな声に、ただ一人を除き全員が振り向いた。
振り向かなかったのは言うまでもなく、斉藤である。
「無能だと?」
あーあー、言っちゃった、とソフィが執行用ヘルメットと自分の荷物を抱えて退却の構え。ゲルトはじめ徴税一課および渉外係員は物陰に隠れて様子見に入る。
「ああそうだ! 無能だと言った! 所詮中央官僚は市民生活などどうでもいいのだろ――」
山内田が続けて斉藤を侮辱しようとしたときだった。
斉藤が腰のホルスターから執行拳銃を抜くやいなや、天井に向けて発砲。あまりに突然のことで山内田はじめアージヌス騎士団の面々は凍り付いたように動かなくなった。
一方の特別徴税局側は、溜め息と同時にうなだれ、とりあえず目の前の仕事をこなすことにした。
「ああどうでもいいさ! そんな細々したことを考えるだけの必要はない! 文句があるなら区役所の市民生活課にでも言え! 黙って聞いてりゃ好き勝手言い腐りやがって! てめぇらみたいなお花畑の頭の弱いカツドーカ風情に付き合ってる暇はないんだよ! 大体皇帝の統治が云々と
ここまで一息に言い終えた斉藤は、腰を抜かしてへたり込んだイキリエセ人権活動活動家こと山内田を放置して、机の上にあった執行小銃を手に事務所の外へ出て行った。
「よーし! 横一線! デモ隊に押し負けるなー!」
マクリントック指揮下の渉外係も事務所から銃声が響くと同時に行動を開始していた。事務所前の道路を横陣で封鎖して、防楯で無理矢理デモ隊を押しやっていく。銃器使用許可については出ているも同然だが、マクリントックは一応デモ隊側の怪我人増大を危惧してまだ人力による排除を考えていた。
「マクリントックさん、まだですか」
「んー、押し込んでるとこだろ?」
やや苛立ちを含んだ斉藤の声に、マクリントックはヘラヘラ笑いながらたばこに火をつけつつ答えた。執行中の斉藤の苛立ちなどに驚くようでは徴税特課は勤まらない。
「こんなものはあちらの自由意志で解散させればいいんですよ」
「どうやって?」
そこで初めてマクリントックは斉藤の方を振り向いたのだが、斉藤が手にしているものを見てくわえていたタバコを地面に落とした。
「こうやって――」
「わっ、馬鹿やめ――」
斉藤の小銃が天に向かって乱射され、デモ隊が泡を食って逃げ出す。先ほどまでは斉藤の首を取るとまで気炎を上げていた連中も、実際に銃火器が持ち出されればこの程度のものである。
「あーあー……こりゃ救助の手配が先かぁ……ゲルトさんよ」
「はいはい、今やってます……」
取り落としたタバコをブーツのそこで揉み消して、マクリントックは新たなタバコに火をつけつつゲルトに声をかけた。うんざりしたような顔でゲルトが消防・救命当局に連絡をつけるのを見ながら、マクリントックは逃げ惑うデモ隊、上空に向かって小銃を撃ちまくる斉藤、そしてあっけにとられた渉外係の部下達を眺めていた。
「この暇人ども! とっとと家に帰っておとなしく幼年学校の公民の教科書でも読み直せ! てめぇらは黙って決められた額を納税してりゃいいんだ!」
斉藤の怨嗟の声は執行小銃の銃声、デモ隊の悲鳴にかき消されて聞いているものはいなかったとか、いないとか。
一四時三二分
巡航徴税艦ヴィルヘルム・ヴァイトリング
徴税特課 オフィス
「斉藤君」
「はい」
特課オフィスにおいて、斉藤はソフィの前で正座させられていた。
「銃器の適正使用に気をつけてね、って私このまえ言ったばかりだよね」
「だから人に向かって撃ってはいないだ――」
口答えする斉藤を、ソフィが眼力だけで黙らせた。
「銃声に驚いて転倒して骨折する者一三〇名、転倒した拍子にほかの人に踏み潰されるもの五九名、そのほか諸々あって、重軽傷者併せて三九〇名、命に別状はなし」
「記録更新だなぁ……あっ、いやっ、すいません、続けてください」
その様子を見ていたアルヴィンが軽口を叩いたが、やはりソフィが眼力だけですくみ上がらせた。ミレーヌ・モレヴァン総務部長譲りのスキルである。
「斉藤君? これがどういうことかわかってる?」
「いや、その、はい……」
「ともかく、各所からの事情説明だの抗議だの何だのが山のように来てるから、斉藤君、あとよろしく」
「はい……」
しゅんとした斉藤が自分のデスクに戻り、クレームやら取材やらに対応し始めると、一同が緊張を解いた。
「いやあ……まあ税務署も無事解放、アージヌス騎士団についても政治資金規正法違反スレッスレの不動産売買だのが見つかって、当分おとなしくなるでしょ」
ヴァイトリングで情勢を見守りながら、現地部隊からのデータを精査していたハンナ・エイケナール係長が安堵したように言う。
「デモ隊も国税施設への軽はずみな行動が、特徴局の介入に繋がると学んでくれたようですしね」
ゲルトも報告書の作成に入りつつ、ソフィのほうをチラリと見た。
「なに?」
「……ソフィ、あんたって強くなったわね」
「そう?」
「そうよ……ミレーヌさんの生き霊が見えたわ」
またまたぁ~などと言うソフィの目は笑っていなかった、とゲルトは後に振り返った。
このように特別徴税局の本来の業務、国税施設防護についても徴税特課は様々な問題はあれど迅速にこなしている、という日常の一コマなのであった。
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