外伝-001話-③ サイトー 怒りの突撃/バカ野郎!納税義務果たせこの野郎!
帝国暦五九〇年某月某日一〇時二八分
アージヌス騎士団政党事務所
「何の騒ぎですかこれは!」
「はいはいお静かに」
その日、支持者と共に交流イベントを行なっていたアージヌス騎士団政党事務所に、突如として特別徴税局徴税特課が押し寄せた。事務所の管理者である山内田太一朗が、顔を真っ赤にして斉藤に詰め寄ろうとするが、アルヴィンに押しとどめられた。
「お忙しいところ失礼します。特別徴税局です。これより徴税法第六六六条に基づく特別査察を実施します。現時刻をもちまして事務所内外の物資、情報、人員、あらゆる物の出入りが査察完了まで不可能になりますのでご承知おきください」
斉藤は簡潔に目的を告げた。
「特別査察……!? 税務署への書類も税理士事務所の監査も不備はないと思いますが」
「判断するのは我々です。じゃ、はじめてください」
「はいはい~」
ソフィ達が激昂したり狼狽えたり唖然としたり、大混乱の政党事務所内にズケズケと入り、端末にコネクタを繋ぎデータを抜き去り、文書として残されているあらゆる書類のチェックを始める。外はすでに渉外班により封鎖済みで出入りは出来ない。
「これは明らかに政党に対する政治弾圧だ! また与党の仕業ですか? こうやって公党の活動を制限するんですね帝国中央政府は!」
『ちっ、うるさいな』などと斉藤は声に出すわけにはいかず、心の中で、目の前の男を罵倒するに留めた。
上空にいるヴァイトリングの取得した市街地の映像を確認した。こちらが声高にアージヌス騎士団への特別査察を触れ回ったこともあって、デモ隊のボルテージが上がりに上がっている。いっそ税務署に火でも放ってくれれば国税施設防護を理由に錦の御旗六六六を掲げて全力で対応できるのに……などと、浴びせかけられる罵声を右から左に聞き流しながら斉藤は考えていた。
一〇時五〇分
装甲徴税艦カール・マルクス
監理部 オフィス
「はい特別徴税局……え? はぁ、そうですか。我々のほうではなんとも――はあ、そうですか。では局長に繫ぎます」
セシリア・ハーネフラーフ監理部長は、本日何件目かの抗議の申し入れをあっさりと局長室に回した。正直取り合えっていられない、同じ帝国標準語を使っているのかも怪しい人間の対応に付き合っていられないというのが一つ。
もう一つは、前マルティフローラ大公の不正摘発に至るまで、散々無茶をさせられてきたことに対する意趣返しのようなものもあった。
『ハイハイコチラライライケンネ。タイワンラーミェンチンジャオロースーユーリンチー、ハイ!チャーハン五〇人前ネ! マイドオーキ……切れちゃったよセシリアさん』
「切れちゃったんじゃなくてキレちゃったんでしょう? 局長、もう少し真面目に対応してください」
もう少し、もう少しとセシリアは言うものの、本来世間標準で言う停職とか減給を覚悟しなければならないレベルのはずだが、特別徴税局になるとこれが局長の「めっ!」とか総務部長の「ダメ」程度になってしまうのが恐ろしいところであった。
『はーい……こりゃ早いとこ斉藤君に下を片付けて貰うしかないなあ』
「そうですね……はい特別徴税局……はい、局長ですね、お待ちください――』
『アーワカタワカタ、ワタシテコクヒョジュゴチョトワカルアルヨ、チャハンナ、スグスグ。ナムル、ギョザ、オケオ……また切られちゃった』
「局長」
『いいじゃない。どうせ自分らが言ったことも言われたことも、一週間したら忘れるような人たち相手にしてらんないよぉ』
「泣き言いうなら、斉藤君にもう少し穏便な執行を心がけるようにクンロク入れてください」
セシリアの見つめる画面の先の永田は、肩をすくめてくわえタバコのまま、他の監理部員が回した抗議に対応をはじめていた。
一一時二九分
アージヌス騎士団政党事務所
『特別徴税局はー直ちに事務所から撤収しろー!』『しろー!』
『特別徴税局局長付斉藤一樹は直ちに辞職しろー!』『しろー!』
事務所の中にまで響いてくるのは、これまで税務署側にいたデモ隊だ。斉藤達が政党事務所内に居座って既に一時間。事務所内全ての端末、合成紙ファイル、引き出しの中から床下配線スペースまで洗いざらい調査をしているせいで、事務所内はメチャクチャである。
「お、ちったあまともなシュプレヒコールを上げられるようになったじゃねえか。立派になったなあ」
窓からタバコをくわえたまま身を乗り出し、シュプレヒコールに合わせて手を突き上げていたアルヴィンがウンウン、と頷いていた。
「テメェが育てたわけじゃねえだろアルヴィン」
その後頭部を執行小銃の銃床でゴツンと殴ったメリッサ・マクリントック渉外係長が、窓枠でタバコを揉み潰すようにして消した。
「まあ細かいことは言うなって……おい斉藤。大分こっちに集まったみたいだぞー」
アルヴィンは窓から離れて、一人パイプ椅子に腰掛けてボケーッと現場を見渡していた斉藤――その最中、彼の脳裏には馬鹿の相手は疲れるなあなどという思想が渦巻いていた――に耳打ちした。
「では、予定通りに」
斉藤が下した指示は短かった。アルヴィンが頷き、何人かの渉外班員に目配せすると、彼らはそれとなく事務所を出ていった。
斉藤がロード・ケージントンの助言を受け、ゲルトが作戦として纏めたのは以下の通りである。
税務署を取り囲み、内部を制圧するデモ隊を特課長である斉藤と直属部隊を囮にして、政党事務所側に引きつけることで数を減らし、その隙に税務署内部にアルヴィン率いる精鋭一個小隊を投入。
これにより税務署を開放。時を同じくして全部隊を動員して交通整理と威嚇射撃を実施し、政党事務所の斜向かいにあるセンターポリス中央警察署の敷地内にデモ隊を押し込み、あとは警察に丸投げというものだった。
「警察が最初からデモをキチンと制御してくれればこんな荒技せずに済んだのに、ねー」
ソフィが事務所の端末から吸い出したデータの精査をしている横で、ゲルトだけはこの状況に、不安を覚えていた。特に斉藤の堪忍袋の耐久力に関してだ。
「……ねえソフィ、アイツ内心ブチ切れてるよねえ?」
「……あれかなりキテるね。爆発するんじゃない?」
「するわよねえ、爆発……」
斉藤は無表情を装っていたが、明らかにイライラしている。つま先が時折跳ね上がり、膝においた手の指は忙しなく動いている。キーボードをその下に置いたならば、おそらくありとあらゆる罵詈雑言を入力しているのが分かっただろう。
「作戦が終わるのが早いか、斉藤がキレるのが早いか……」
「お、賭けかい? アタシは斉藤がキレるのに五〇〇帝国クレジット」
ゲルトのつぶやきを聞いたマクリントックが、ウキウキとしながら言った。
「じゃあ、あたしも」
「私は五〇〇〇、斉藤がキレる方で」
『あっ、じゃあ私も斉藤君がキレるに五〇〇』
ゲルトも五〇〇、ロード・ケージントンが五〇〇〇、通信で様子を聞いていたヴァイトリング艦長の不破課長補も五〇〇賭けると言い出して、事務所の一角は異様な熱気に包まれた。無論、アージヌス騎士団政党事務所スタッフは置いてけぼりである。
「さあはったはった!斉藤がキレるが先かアタシらの仕事が終わるが先か!」
どっかりと胡座を書いてデスクに座り込んだマクリントックが威勢の良い声をあげるが、ソフィがその肩を軽く小突いた。
「マクリントックさん、職務中の賭博は局中法度で禁止だって言われてますよね? ダメです。他の皆さんも仕事に戻ってくださいねー」
そもそも全員が斉藤がキレるに投票したら賭けが成立しない。それとはもかく局中法度とは国家公務員倫理規定に特別徴税局に関する事項を付け足した、特別徴税局局員倫理規定のことである。
総務部長ミレーヌ・モレヴァン譲りの凄みのあるソフィの『ダメです』に気圧され、一同はそそくさと仕事に戻った。
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