外伝-001話-② サイトー 怒りの突撃/バカ野郎!納税義務果たせこの野郎!

 帝国暦五九〇年某月某日〇九時三二分 

 センターポリス シュトゥルトム

 シュトゥルトム税務署前


「帝国は自治共和国の自由を奪うな!」

「中央政府の専横を許すな!」

「皇統貴族の特権を廃止せよ!」

「帝国解体! 自由で民主的な共和国を!」

「税金ドロボー! 犯罪者集団はとっとと帝都へ帰れ!」

「リーマン宰相を引きずり降ろせ!」

「海賊皇帝を倒せ!」


 中央税務署前に特課の一同が到着すると、税務署を制圧したデモ隊があらん限りの声で斉藤達へシュプレヒコールを送った。


「タイミングくらい合わせりゃいいのになあ。あれじゃ何言ってるか分かりゃしねえ。ちょっくら現地指導してやっか」

「アルヴィンさん?」

「サイボーグジョークだよぉ、そう目くじら立てんなってソフィちゃん」


 ソフィがそれどころではない、という目線をアルヴィンに向けると、アルヴィンはサイボーグ・オチャメ・ムーヴをして誤魔化した。


 アルヴィンの空気を読めないジョークはとりあえず放置して、斉藤は当たりを埋め尽くす群衆を見渡した。


「凄い数だ。中の税務署員は無事なのか?」

「さっき通信入ったわよ。署員は半分くらい会議室で籠城中。残りはまあ、捕虜というかなんというか」


 ゲルトに聞いた斉藤だったが、とうのゲルトが気楽そうだったのでそこまで深刻に考えなくて良いと判断した。


「……まあいいか。とっとと済ませよう。アルヴィンさん、拡声器を」

「あいよー」


 斉藤は諦めたように、いつも通りの手順を始めることにした。


「現在、税務署を制圧している自治共和国市民の方々に告げる――」



 〇九時四五分 

 衛星軌道上

 装甲徴税艦カール・マルクス

 局長執務室


「入るぞ永田」


 暢気に足の爪などを切っていた永田の元へ、笹岡徴税部長が訪れた。


「もう入ってるじゃん」

「それはともかく、下の対応は斉藤君達だけでいいのかい?」

「帝都宮殿に殴り込むわけでも無いし、巡航徴税艦に強襲徴税艦三隻も付けたら十分でしょ」

「二度と御免だな、あの規模の執行は……ところで気になることがあるとロード・ケージントンが言っていてね」

「え?」


 笹岡は永田の返事を待たず、執務室のモニターに資料を出した。


「最近、オル・ド・サム自治共和国の議会にリベラートルが浸透しているという話だ」


 リベラートルは、辺境惑星連合のうちリハエ同盟という構成体が帝国内に作った協力組織の一つで、表立ったテロは行なわず、辺境部の自治共和国の政界や経済界へ浸透し、反帝国、反中央、分離主義思想を吹き込むという。


 実態解明の為にはかなり思い切った私権侵害、つまりは盗聴や当人への尋問が必要になることから、ラウリート政権時代でも及び腰になる案件だった。


「もしかして、下の混乱って」

「アージヌス騎士団の動向は、今ロードが洗い出してるところだけど……事と次第によっては、増援が必要かな?」

「あっそう。笹岡君が判断したらいつでも出していいよ」

「話が早くて助かる。ではこれに」

「はいよ」


 笹岡が持ってきた合成紙をほとんど見ずに、永田はあっさりと局長印を押した。



 〇九時五三分

 シュトゥルトム税務署前


「埒があかないな。ゲルト、なんかいい案ない?」


 特課側の警告にも関わらず、相変わらず統一感の内グダグダなシュプレヒコールを続けているデモ隊に対して、斉藤も対処を決めかねていた。連れてきた渉外班は全部で一個大隊六〇〇名だが、いつもの強制執行と異なり、相手が一応非武装の民間人であることから適当にぶっ放すという乱暴なスタイルを取れずにいた。


 なお、執行中の周辺警備などにも人出を割いているので、実際に税務署開放に使える人員はさらに少ない。


「アルヴィンさん、二個分隊くらい連れて行って中から奇襲しましょう。警察署の前まで押し込んでしまえば後は丸投げできるでしょう」

「ところてんみてぇだな。まあしゃーねえか! 斉藤、それでいいか?」

「とっとと済ませましょう」

「アイアイサー! マッケラー、ハプキンソン、付いてこい」


 アルヴィンが適当な分隊を連れて路地裏に消えるのを見送って、斉藤はソフィに振り向いた。


「ソフィ、警察に通告お願い。そっちにデモ隊押し込むから不法侵入および道路不法占拠容疑で検挙してくれと」

「はーい」

「マクリントックさん、中から出てきた連中が別方向に逃げないように包囲陣を。キチンと警察に引き渡して反省してもらいましょう」

「あいよぉー」

「……これで片が付けばいいんだけど」


 そう斉藤が呟いたときだった。


『課長ぉ~、南西方面から新たなデモ隊が接近。上から見た感じ一〇〇〇人くらい居ますね』


 不破の報告に、斉藤は舌打ちした。


「なんですって? 警察はどうです?」

『動きはないですねえ……むしろこっちに来るように誘導しているように見えますねえ』

「執行中断! 一時撤退します!」


 斉藤の判断は早かった。


「アルヴィンさん聞こえますか? 中止、退避、撤退! 一時後退して態勢を立て直します」

『マジか。了解』

「デモ隊の間に挟まれたら身動きが取れなくなります。マクリントックさん、一時全部隊を中央公園まで後退させます。ヴァイトリングは現状維持」

『はっ!』


 斉藤達が税務署前から撤退するのと入れ替わりに、デモ隊が道路を占拠。税務署前は三〇〇〇人からなるデモ隊に封鎖された。



 一〇時一〇分

 中央公園


「いやあ、どうすんよこれ」


 アルヴィンは掌から空中に投影したヴァイトリングからの空撮映像を、ブランコを漕ぎながら見て呟いた。


「警察か治安維持軍の出動を頼みたいところだけど、無理かぁ、ヤル気無さそうだもんなあ」


 ゲルトがベンチに寝転がって顔を顰めていた。


「斉藤君、警察から中央公園の占有許可取ったよー」

「ありがとう、ソフィ……さて、どこからどうしたものか。マクリントックさん、どうです?」

「あの数じゃ下手に押し込むのもヤバそうだなぁ……」

「どうしたものか……」

「お困りのようだな、特課長」

「わっ、出た」


 斉藤の後ろからぬっと出たロード・ケージントンに斉藤は身構えた。


「そう驚くな。博士が出たわけでもあるまいし……アージヌス騎士団の呼びかけで始まったデモだ。ここは本丸を叩いてみてはどうだ?」

「本丸? 政党事務所ですか?」

「税務署前に居るデモ隊が、怒りにまかせて政党事務所のほうに雪崩れ込んでくれれば、税務署の開放は出来る。ノリで税務署を制圧するような連中だ。頭に血を上らせてしまえば勝手に動くかもしれん」

「ちょっと乱暴では? いやでもありか……」


 ロード・ケージントンの提案に、斉藤は決定を下した。


「全部隊、これよりアージヌス騎士団政党事務所に向かいます。ソフィ、自治共和国政府ならびに関係各所、メディアにこれより特別徴税局はアージヌス騎士団政党事務所に対する特別査察を実施すると通告してくれ、派手に触れ回ってもらおう」

「了解!」


 斉藤の指示に従い、特課大隊が移動を始めた。斉藤は溜息交じりに缶コーヒーを飲み干すと、アルヴィン達に続いて歩兵戦闘車へと乗り込んだ。

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